「おやすみ、」
「おやすみなさい」
シリウスはの頬を優しく撫で、静かに部屋から出て行った。
昼ごろ、ルーピンが抱えてを運んできたときは、時が流れるのを恐れた。の警戒がもっと厳しいものとなり、もう昔のように笑顔を向けてくれないと思った。に手を出した生徒をどれだけ憎んだだろう。
しかし、実際は違った。は確かに傷ついていた。けれど、自分たちに向ける笑顔が代わらずに存在するのを目の当たりにした。彼女は前に進むことを恐れてはいない。そればかりか、微かに記憶が戻りかける兆候もある。
シリウスは自分の娘をほんの少しでも疑ったことを恥ずかしく思った。
「シリウス、ムーニーが君を呼んでる」
の部屋の前の、廊下の窓から月を見上げているとジェームズに声をかけられた。
「あいつの話は聞きたくない」
シリウスは腹立たしげに言った。
「それは自分で本人に伝えることだね。君の悪いところは、自分の気持ちを伝えようとしないところだ――リーマスのこと、まさか怒っていないだろう?」
ジェームズに聞かれ、シリウスはしばらく考えたのち、月を見上げて答えた。
「怒っているさ。あいつは、全部自分の所為にしようとする。が傷ついたのはあいつの所為じゃない」
「じゃあ本人にそう言えばいいだろ、シリウス」
ジェームズは一向にリーマスと話そうとしない親友にイライラした。
「伝わらないんだ、想うだけじゃ!今回の一件で君はもうそれを理解したと思ったさ。記憶を無くしたが今、一番不安に思っていることはなんだか分かるだろ!彼女は自分が本当に誰かから愛されているか確かめたいんだ。が言っただろ?が不安そうに自分を好きになってくれる人なんていないって言っていたのを!」
ジェームズはシリウスをにらみつけた。今のを一番理解しているのはシリウスだと思っていた自分の浅はかな考えに情けなくなった。
「君がいくらに優しく接しようと、の心は半開きのままなんだ!言葉にしなきゃ、自分の思いは伝わらないんだ!相手には当然伝わっている、そんな馬鹿げた考え方は捨てろ!だって、リーマスだって、君の言葉に動かされるんだ」
荒々しくそう吐き捨てて、ジェームズは寝室に行ってしまった。シリウスは仕方なく、厨房の暖炉まで行くことにした。
「やあ、シリウス・・・・・」
暖炉に浮かぶリーマスの首が、妙によそよそしい。
「呼び出して、ごめんね」
「俺もお前に話がある」
シリウスはリーマスの首を見下ろしていた。しかし、自分の想いを伝えられるかは自信がなかった。
「のことだろう?」
ルーピンの声が震えていた。
「お前が、お前だけが罪の意識を感じることはないんだ」
シリウスは出し抜けにそう言った。
「あいつが怪我をしたのはお前が守ってやれなかった所為じゃない。俺もあいつの力になれなかったんだ」
「ホグワーツにいない君になにが出来たと言うんだ?」
ルーピンは自分でも驚くほど冷たい声でシリウスに言い返していた。とっさにまずいと思ったが、もう遅かった。シリウスの顔には怒りが浮かんでいた。
「お前はどうして総てを自分の所為にしようとするんだ!そうやって自分の中に溜め込んで、何が楽しいんだ!」
シリウスはもう居てもたってもいられなかった。もし、目の前にルーピンの体がすべて存在していたなら、容赦なく殴っていただろう。
「じゃあ、誰の所為だって言うんだ!」
ルーピンも荒々しくシリウスに言い放った。
「君の所為でも、わたしの所為でもない。なら、誰の所為だ!」
シリウスがグッと言葉に詰まったのを見て、ルーピンはますます悲しみが染み渡った。
「――わかった、もういい。好きにしろ」
シリウスは怒りに震えながらルーピンにそう吐き捨てて、厨房から出て行った。同じく、ルーピンも怒りに震え、ホグワーツに戻って行った。
「、もうすぐホグワーツに戻れるよ」
二日間、家でゆっくりと休むと傷も大分癒えてきた。しかし、気持ちの整理はついていなかった。
ジェームズはとチェスの試合を楽しんでいると、ふとシリウスがイライラと読書をしているのが目に入った。
「パパがどうかしましたか?」
はジェームズの視線を追った。
「・・・・・いや、なんでもないよ、」
学生時代から、些細なことでケンカする親友二人を見てきたジェームズは、すぐさま今回もケンカしたのだと理解できた。
シリウスが不器用で、自分の思いがなかなか相手に伝わらないのを十分知っているジェームズは、なかなか人に頼らずに自分だけの中に留めようとするルーピンとぶつかるのは当たり前だと思った。それに、今回は目の前のこの少女にも関わっている。のことになると熱くなるのは、何もシリウスだけではない。
「君は自分がどれだけの人から愛されているのか、ちゃんとわかってる?」
ジェームズはチェスの駒を進めながらに問い掛けた。
「えっと・・・・・言っている意味がわからないのですが」
ジェームズはの返答にクスリと笑って答えた。
「そのままの意味だよ」
は困ったようにジェームズから目をそらした。なんて答えたらいいのか、わからないからだ。
「多分、私を嫌っている人の方が、多いと思いますが」
「答えになってないね」
ジェームズは静かにが駒を動かすのを見ていた。
「でも、多分、僕も君がどれくらい傷ついているのかわかっていないと思う」
「――そんなことないと思います」
は少し迷ったが、ジェームズにそう言った。ただ、彼の笑顔を見たかっただけかもしれない。
「やっぱり、は優しいね」
ニコッと笑った彼の顔は、いつもながら自信に満ち溢れていた。しかし、はジェームズの言葉を素直に受け取ることは出来なかった。
「買い被らないで下さい。私はたくさんの人を傷つつけています」
「それこそ『そんなことないと思う』けどな」
すでにジェームズの意識はチェスの試合より、にあった。
「どうしてそう思うんだい?」
「リーマスの謝る声が聞こえた気がしたんです。リーマスは悪くないのに、私は彼に謝らせました」
ジェームズは改めて彼女の底知れぬ優しさを感じた。
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