Ten Memorise
「魔法薬学では杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思うかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力・・・・・君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより君がまだましであればの話だが」
次の日からの個人授業は始まった。スネイプは魔法薬学と薬草学を教えてくれている。とてもスパルタで、でも分かりやすい。が間違えそうなところをすべて丁寧に教えてくれる――多分、記憶があるときのが間違えていたところだろう。
呪文学、闇の魔術に対する防衛術、変身術はルーピンが教えてくれた。彼はスネイプと違って優しいし、ちゃんと問題が解けたらご褒美にチョコレートをくれた。しかし、ときどきルーピンが授業をしていると、ハリーやジェームズ、シリウスが乱入してきて、授業にならないことがあった。としては、それはそれで楽しかったが、ルーピンはダンブルドアからの教育を頼まれている身なので、三人に腹を立てていた。
「君たち三人はの勉強の邪魔をするのかい?」
「そんなつもりじゃないよ、リーマス。の気分転換のためさ」
ジェームズがに笑いかけた。そして、の隣に座ると、まるで生徒のようにルーピンに向かって「授業を続けてください、ルーピン先生」と言った。
「そうそう。授業参観みたいな感じでさ」シリウスがニヤニヤと笑って、ルーピンを見た。
「昔、父さんたちは悪名高き悪戯仕掛け人だったんだ。ターゲットはスネイプで、そのときの先生たちの手を煩わせてたんだって」
が不思議そうに仲良しな三人を眺めていると、ハリーが説明してくれた。目の前で自分に勉強を教えてくれているルーピンまでが悪戯を好きだったなんて意外だった。その驚きようが顔に出ていたのだろう、ルーピンがちょっとため息混じりにの方を向いた。
「私が、悪戯仕掛け人だったのが意外かい?」
「いや、あの――その・・・・・はい」
はシリウスやジェームズがニヤニヤと自分を見つめるのが気になって、頬を赤く染めながらやっとそう言った。ルーピンも、もう授業は続けられないと思ったのか、クスリと笑って、の返事を面白がった。
「なら、私はまだ君たちより教師らしいということだね」ルーピンが悪戯っぽくシリウスとジェームズを見て言った。
「リーマスは現役の教師じゃないか。それで教師に見えなかったらちょっと問題だね」ジェームズがルーピンの言葉に嫌味っぽく答えた。すると、ルーピンはふと真面目な顔になって、ジェームズとシリウスに向き直った。
「本来なら、君たちがに教えるべきじゃないのかい?私より、君たちの方が――」
「いや」
ジェームズがルーピンの言葉をさえぎった。「いや、それは違うさ」
ジェラーは部屋の雰囲気が変わったのを感じて、黙って成り行きを見守った。
「ダンブルドアが君を指名した。僕たちにはを教える資格はないよ」
「だが――」
まだ何かを言いかけるルーピンをシリウスは軽く睨んで黙らせると、口を開いた。
をこいつに教えさせたら、とんでもないことになる。それこそ、まともな知識は得られないだろ」シリウスはジェームズを指差した。ジェームズは「酷いなぁ」と落ち込んだそぶりを見せたが、目は笑っていた。
「それに、おまえはの名付け親だ」
「でも、君はの父親だ」
シリウスとルーピンをとりまく空気がなんだかピリピリしたものになったが、ジェームズの笑い声で一変した。
「二人とも、そういうところは変わってないね」
その一言で、ルーピンとシリウスは、二人顔を見合わせてニヤリと笑うと、ジェームズに杖を向けた。
、ちょうどいい実験台が見つかったから、さっきの呪文の効果を見せてあげよう」ルーピンはそう言って、呪文を唱えた。
「タラントアレグラ!」
数分間、ジェームズは自分の意志とは関係なく踊り続け、その後、ルーピンが術を解くまで続いた。
騎士団の本会議のときや、ルーピン、スネイプが不在のときはハリーが勉強を教えてくれた。ハリーは「いつもならが自分に教えてくれるんだ」と言いながら、一年生のころの勉強から、最近の授業の勉強まで見てくれた。
そんなこんなで、夏休みの中盤くらいには、の頭脳はほぼ元通りになっていた。取っていた科目が少ないのもあるし、が元々頭が良いというためだった。しかし、記憶がある以前のには追いつかない。以前のなら、自分の力を感情に流されずに抑制できたし、基本が分かっている分、応用が効いて戦術も騎士団のメンバーに匹敵するほどだった。しかし今のは、まだ自分の力をどうやってコントロールするのか分からずに、ストレスが溜まって、時々爆発させてしまうこともあった。それに短期間で知識を叩き込んだため、基本がなんとなくしか分かっておらず、応用力はない。戦った経験も忘れてしまっているため、決闘の仕方など知らなかった。
そんな状況でも両親や、その友人たちは見捨てないでくれた。しかし、はその事実がどうも負担になっていた。こんなに良い人たちに手を焼かせているのは、明らかに自分だし、でも、自分には何も出来なくて彼らの負担を軽くすることも出来ない。そう考えると、は余計に惨めな気持ちになり、一方で勉学に励もうとするが、基礎が固まってないし、魔法が使えない夏休みでは出来る勉強も限られて、結局、勉強がはかどることはない。そしてまた、こんな自分でさえ見捨てない彼らに、なんだか申し訳ない気持ちになって、いつの間にかその感情が爆発してしまって、もっと手間を掛けさせるという悪循環だった。
一方で、そんなの変化に気づかない者はいなかった。シリウスもルーピンもジェームズも、手が空くたび、の気を紛らわせるために、彼女の部屋を訪ねたし、面白い魔法の道具を見せたり、ちょっとした魔法を使って見せたりもした。そうすると、必ずは嬉しそうに、楽しそうに笑ってくれた。しかし、それでも彼女の気持ちが晴れることはないだろうと、三人にはわかっていた。がそういう子だと、彼らは熟知していたからだ。
どんなに楽しそうでも、どんなに嬉しそうでも、どんなに幸せそうであっても、彼女が本心からそう思っているときと、そう思っていないときでは何かが違う。その差を彼らはもうわかっていた。今の彼女の笑顔は本心からの笑顔ではないと、彼らは見抜いていたのだ。しかし、見抜いていたとしても、彼らにはどうしようも出来なかった。が楽しめる環境を三人は十分に作り出していた。あとはが自分たちに心を開いてくれるかどうか、そして、信頼してくれるかどうかだ――それは時が解決してくれる。それが三人の決定だった。

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