誰がそのような事態を予測しただろうか。
誰がそのような事態を望んだだろうか。
シェラーが不安気に見つめるなか、シリウスがそっと口を開いた。
「私たちが、誰だかわからないのか?」
「あの・・・・・ごめんなさい」シェラーは目を伏せた。
「気にすることはない、安心するが良い。ここに危害を加える者は誰一人としておらん。」ダンブルドアは優しい微笑みを浮かべ、シェラーに語りかけた。すると、不思議なことに、シェラーの心が温かくなり、安心感が広がった。
「まず、二、三点君に聞きたいのじゃが、答えてくれるかね?」
シェラーが恐る恐る頷くのを見て、ダンブルドアはシェラーのベッドの傍らに立った。
「まずは自分が誰だか知ってるかね?」
「いいえ」
シリウスの表情が暗くなった。
「では次に、ここはどこか分かるかね?」
「あの、いいえ」
ルーピンが眉を潜めた。
「シリウス、テリー、ジェームズ、リリー、リーマス、セブルスの中に君が聞いたことのある名前はあるかね?」
「・・・・・ありません」
テリーの顔が歪み、手で顔を覆った。その背中をリリーが優しく撫でている。
「あの、ごめんなさい」シェラーがその様子を見て気まずそうに呟いた。
「謝らなくて良い。お前は何も悪くない」シリウスは微笑みかけた。
「さて、こうなってしまった以上、彼女は危険な状態じゃ。ヴォルデモート卿の手に易々と捕まってしまう。されど、あと数日で夏休みじゃ。シリウス、テリー、シェラーをもう家に引き取りたければ全く構わない。普段通り、まだ学校にいさせたいのならばそれでも良い。どちらが良いかね?」
ダンブルドアはマダム・ポンフリーにシェラーの世話を任せながら、シリウスたちに向き直った。
「校長、しかしながら学校にいる場合、誰が面倒を?まさか――」
「ハリーがいる」
スネイプの抗議にシリウスが口をはさんだ。
「あいつをあまり過信しない方が良い」スネイプが意地悪い表情で言った。いつの間にか、マダム・ポンフリーはいなくなっていた。
「いや、案外良い案だと僕は思うよ。ハリーとシェラーは昔からずっと二人で一人だった。僕たちが知らない彼女の姿も知ってる。もしかしたら、思い出すかも・・・・・」
ジェームズがテリーを見た。テリーもそれに気づいてジェームズに頷いた。
「シリウス、そうしましょう。ハリーにたくすの」
テリーは赤い目でシリウスを見て微笑んだ。切ないほど、テリーの目は辛さを語っていた。
「記憶は魔法じゃどうにもならない。キッカケを作っても、最後はシェラー自身の問題だ」
ルーピンが独り言のように呟いた。すると、テリーの顔が曇った。
「ハリーにプレッシャーをかけない方が良い。彼だってまだ子供だ」
「でも、シェラーの記憶が戻らなかったら、テリーはどうなるの?」
ルーピンにリリーが反撃した。いつもなら仲の良い二人なので、シリウスとジェームズは驚いた。
「記憶が戻らなくてもシェラーはシェラーだ。何も変わらない。それとも、記憶がないシェラーはシェラーではないと否定するのかい?」口調は和やかだが、言葉の中に少々の怒りが隠されていた。
一同が黙りこんだ。次に口を開いたのはダンブルドアだった。ダンブルドアはドアに向かってぶつぶつと何かを唱えると、六人の大人たちに向き直った。
「わしとしてはシェラーにはこのまま居てほしい。それはとても簡単で事務的なことじゃ。シリウスの家でずっとシェラーに付き添っていられる騎士団のメンバーがいないからじゃ。時には家が空になるときもある。シェラーが何かの反動で外に出てしまうかもしれん――つまりは、ホグワーツにいれば、少なくとも身の安全の確保は出来る」
「先生」テリーが涙声に言った。
「シェラーをお願いします」
テリーはそう言って泣き崩れた。シリウスはなだめるようにテリーを抱き締めた。その様子をスネイプは堅い表情で見ていた。
「それではもう少しここにいてくださらぬか。もうすぐ午後の授業の開始の合図がでる。スネイプ先生、授業の用意を頼みましたぞ」
スネイプは踵を返すと、黒いマントをたなびかせながら、出ていった。
「さて、シェラー」
ダンブルドアはずっと大人たちのやりとりを聞いていたシェラーに話しかけた。
「簡単に、簡潔にお話ししよう。君はシェラー・ブラック。ここにいるシリウスとテリーの一人娘じゃ」
シリウスとテリーが微笑みかけた。
「そしてここホグワーツの生徒、君は魔法が使える」
「魔法?」
シェラーは首をかしげた。その仕草は記憶のあるシェラーの仕草と何も変わらなかった。
「そうじゃ。君は他の生徒の誤った呪文に当たり、意識不明になった。そして、目覚めたとき、記憶がなくなっていた」
「それはなんとなく、会話を聞いていてわかりました」シェラーの頭脳は相変わらず、明細だった。
「ならば、話は早い。君は今、六年生。ここにいるジェームズとリリー――」二人が会釈した。「――の息子と同学年じゃ。友人関係等は彼から聞くと良い。後で面会させようぞ」
ダンブルドアはシェラーが話についてくるのを確認しながら進めた。
「さて、もちろん学校と言うのじゃから授業はある。君は今まで通り、普通に授業を受けてもらう。分からなくても構わぬ。記憶が戻ったときに役立つからの」
何か質問はあるかね、とダンブルドアが聞いた。
「あの、どうしてそこまでしてくれるのですか?」シェラーが恐る恐る言った。
「どうしてだと思うかね?」ダンブルドアが逆に問いかけた。
「わかりません」
「答えはきっと過ごしていくうちにわかる」
ダンブルドアがにっこり笑った。そして、自らハリーを呼びに行った。部屋には気まずい沈黙が漂った。シェラーは起き上がるに起き上がれずに、もぞもぞと動いた。すると、シリウスがその様子に気づいて声をかけた。
「体の方、大丈夫なら起き上がっていいぞ」
シェラーはまさか、声をかけられるとは思っていなかったので、シリウスをまじまじと見つめた。
「私の顔に何かついてるか?」
「いえ、あの、シリウスさん、ですよね?」
シェラーは何て言って良いか分からずに、そう口に出した。
「シリウスでいい。普段なら、『パパ』と呼んでいるがな」
シェラーにはシリウスが「パパ」と呼んで欲しがっているのがわかったが、今の自分には到底出来なかった。
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