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Keepsake from my mother 形見
「、準備できたの?」
「今行くわ、ママ」
はショートパンツにTシャツというマグルが着るようなラフな格好で玄関に降りた。杖は一応ポケットにさし、隠し持っている。すでには待っていて、シリウスが隣で心配そうな面持ちで立っている。
「本当に行くのか?」
シリウスがに聞いた。
「ええ。もそろそろ私の実家に行っても良い頃だと思うし、第一、あのあの家になら何かヒントがあるかも」
「すでに十数年前にあそこは調べきったじゃないか」
「念のためよ。ダンブルドアもそれを望んでる」
がきっぱりそう言うと、シリウスも諦めたのかそれ以上は何も言わず、を見た。
「この間、お前はわたしたちに自分も何か協力したいと言ったな」
「言ったわ、パパ」
がはっきりと頷いた。
「すでに何度も言ったと思うが、の家での調べものを手伝うのが、今のお前にできるわたしたちへの最大の協力だ」
は未だ不死鳥の騎士団の全貌の話をしてくれないシリウスたちにもやもやしていたが、の手伝いで何かヴォルデモートについて分かるかもしれないと、すでに割りきっていた。
「ええ、何度もその話は聞いたし、ちゃんとママの言うことを聞いてしっかり手伝うって約束したわ」
シリウスは満足そうに頷き、を抱き寄せた。
「そうか。じゃあ気を付けて行くんだ。この家にいれば安全だが、外は危険が待っている。何かあったらママの言うことを――」
「わかってる。ママの言うことをちゃんと聞くわ」
は早く外に出たくてウズウズしていた。そんなをわかってるのか、シリウスはにっこり笑って、ポンとの頭に手を起き、いってらっしゃいと言った。
「も気を付けて」
「あなたもね」
もシリウスに別れを告げ、二人は家の外に出た。
「さあ、。私にぎゅっと捕まって」
「姿あらわしで行くの?」
はに抱き付きながらそう聞いた。
「ええ。あなたが早く姿あらわしを出来るようになってくれたら良いんだけどね」
はその場で一回転した。
の力が緩み、足が地面に着くとの目の前の景色は一変していた。
今住んでいる家よりは一回りほど小さいが、立派な家が建っている。しかし、その周りは雑草が生い茂り、長年手入れされていないことがよくわかる。
「ここがママの家?」
「そう。昔住んでいたの。私の母と二人でね。母が亡くなってからはそのままだけど」
はの手を握り、玄関のドアを開けた。ホコリが舞い、もも顔をしかめた。
「ホントに誰も住んでないのね」
の声は家の壁に反響した。
「ええ」
は杖を取り出し、一振りすると家中の明かりが灯った。
「それで、何を調べるの?」
はの質問に少し悩んだ様子で、答えた。
「それはまたあとでね。それより、あなたに話さなければいけないことがあるの」
いつになく真剣な面持ちでがをじっと見つめた。はゴクッと唾を飲み込むと、の次の言葉を待った。
「落ち着いて聞くのよ。実は私の父、あなたの祖父はトム・リドル――いえ、
ヴォルデモート
なの」
は自分の耳がどうかしてしまったのかと思った。今、の口から出た言葉なのだろうか。
「うそ」
はそれだけ言うので精一杯だった。
「本当よ」から返ってきた言葉もそれだけだった。
しかし、その態度がをむしろ冷静にさせた。うすうす自分がリドルの夢を見た原因も、魔力が強い原因もそれなら納得いく気がする。祖父であるヴォルデモートの所為だったのだ。
それに、最大の要因はヴォルデモート自身の言葉だ。彼は私の母も、そして祖母も知っていると言った――。
「みんな知ってたの?私がトム・リドルの孫だって」
「シリウスはもちろん知っている。知りながら私と婚約したわ」が言った。
「ジェームズとリリー、リーマスも知ってる。そして、不死鳥の騎士団のメンバーも」
はなんと言って良いのかわからなかった。この感情が怒りなのか絶望なのかわからない。
「今まで黙っていてごめんなさい、。あなたが今、話を聞いて戸惑う気持ちはよくわかる。けれど、これだけは忘れないでほしいの。シリウスも私もあなたを産むとき、本当に悩んだわ。この先、あなたがこの世に産まれ、幸せなのか、彼の血を私たちの子供にも負わせる権利が私たちにあるのか」
の声がだんだん湿り気を帯び、が視線を上げると、の頬に一筋涙の跡がある。
「けれど、あなたを愛していたから、あなたに会いたかったから――」
はに手を伸ばし、その体を引き寄せた。
「本当にごめんなさい、。でも、心からあなたを愛しているの。許して――」
「ママ・・・・・」
はに声をかけることが出来なかった。自分がヴォルデモートの血をひく者だなんて信じたくなかったが、しかし心当たりもたくさんある。その半面、ヴォルデモートの孫だという事実に実感がわかないのも確かだ。
それよりも、シリウスはヴォルデモートの娘だと知っていてを本当に愛しているのだろうか。ジェームズもリーマスもリリーも、そして騎士団の人々ものことを、そして自分のことを快く思っているのだろうか。けれど、いつもジェームズたちは、自分をハリーと同じくらい心配してくれる。それにリーマスは一昨年自分の身元引受人になってくれた。
「この家って、ヴォルデモートの家なの?」
は祖父の話には触れず、ただ聞いた。
「いいえ、彼はこの家には住んだことはないはずよ。私の母が私と暮らすために住み始めた家ですもの」
「じゃあこの家で調べることって?」
はを解放すると、奥の部屋に向かって歩き始めた。
「私の母がヴォルデモートと繋がりを持っていたなら何か彼についての情報が得られるかもしれないから」
はの後に続き、廊下を歩いた。
「パパがすでに調べきったって言ってたけど」
「そうよ。あなたたちが産まれる前にすでにここは騎士団によって調べられてる。けれど、何も出てこなかった」
では今調べても何も出てこないのでは、とは思った。
は一つの部屋の前で立ち止まり、言った。
「ここは私の母の部屋だったの」
ドアは長年使われていなかったためか、軋みながら開いた。部屋のなかはベッドとタンス、机があるくらいで、質素なものだった。壁には所々くもの巣が張っている。
「ここになにかあるの?」が聞いた。
「あなたに渡したいものがあるの」
は優しく笑うとポケットから何かを取り出した。
「私も昔、あなたと同じくらいの年のとき、母からこれを貰ったわ。目をつぶって」
に促され、が目を閉じるとが動く気配がし、首もとに何かが触れた。
「、目を開けて」
目の前にはが鏡を持って立っており、は自分の首に金色に輝くチェーンがかかっており、そのチェーンに指輪が通っているのに気づいた。
「指輪?」
「母の形見よ」
はいとおしそうにその指輪に触れた。
「ヴォルデモートとの指輪なのかはわからないけれど、それを受け継いだの。母が言っていたわ。その指輪があなたを災いから護ってくれる、と。今度はこれをあなたが持つ番よ」
「ありがとう、ママ」
とはお互いにニコッと笑った。
そのとき、突然玄関の方で大きな音がした。
「なに?」は不安げにを見た。
はその質問には答えず、シッとを黙らせ、部屋のドアを閉めた。この部屋は玄関からは死角になっていて、玄関で何が起こっているのかはわからないが、よくない事態だろうというのはも予想がついた。
がドアの向こうで何が起きているのかすばやく判断したようで、杖を握り直した。
「奴らだわ。きっと騎士団の誰かがここにくることを予想していたのね――、これから家に帰るまで私の言うことに必ず従うのよ」
はの剣幕に押されながら素直に頷いた。
その間にも爆発音が聞こえ、確実に何かが――多分、死喰い人だろうとには思われた――こちらに向かっているのだろうということがわかった。
「窓から逃げるわ。、念のために杖を構えていなさい」
が杖を振り上げると、窓ガラスが消えてなくなった。
「私の後に続きなさい、いいわね」
は杖を構えたまま、窓から外に出た。一瞬、の視界からが消え、もその後を続こうと窓に足を掛けた瞬間だった。
の悲鳴が聞こえた。
「ママ!」
は慌てて外に出ると、が右腕を抑え、囲まれているのを見た。ここからでもの服が血で滲んでいるのがわかる。
「死喰い人――いえ、ベラトリックス・レストレンジ」
はがあんなに強い眼差して人を見るのを見たことがなかった。
「おやおや。・ブラック、あんただけかと思えばコブつきだったとはね。ま、ちょうどいい」
の背後で音がし、が後ろを向くといつか見たことのある顔があった。
「あなたは確か死刑執行人の人!」
「!何をしてるの!逃げなさい!」
逃げなさいと言われても、とは思った。成人した魔法使い、おまけに死喰い人に囲まれ、どうやって逃げろと言うのか。
「無駄だ。子供は俺が食っていいか?」
「バカね。子供は人質にして残りのやつらを誘き出すんだよ。グレイバック」
ベラトリックスがニヤッと笑う。
「けっ。まあ女で我慢するか。その代わり用が終われば好きにさせてもらうぜ」
お好きに、とベラトリックスは肩をすくめた。
「さてと、じゃああんたには死んでもらうよ、・ブラック」
「あなたたちの好きにはさせないわ」
しかし、は杖腕は傷が深いのか、杖の焦点が定まっていない。
「
クルーシオ
」
の悲鳴と、ベラトリックスの高笑いが響く。
「ママ!」
はぐったりした様子で倒れこんだ。
「泣かせるねえ」死喰い人の一人が笑った。
「さてと、あんたにもやってやるよ、・ブラック!
クル
――」
「
インペディメンタ
!」
は咄嗟にベラトリックスが唱える前に彼女に向かって術をかけた。
ベラトリックスに擦り傷ひとつ負わせることは出来なかったが、不意をつくことは出来たらしく、隙ができた。
「ママ!大丈夫?」
はに駆け寄った。
「安全な所に――行くわよ」
は腕を抑えながら立ち上がった。
「逃がすか!」
死喰い人が杖を構えた。しかし、も負けてはいない。
「
ディフィンド、裂けよ
」
「
プロテゴ・トタラム、万全の守り
」
死喰い人の呪文が跳ね返り、別の死喰い人に命中した。当たった死喰い人は悲鳴を上げた。は呪文が当たったその足から血が噴き出すのを見た。
「ガキだと思って優しくしてやりゃ、これかよ」
グレイバックが唸り声を上げ、とに向かってきた。
「
ステューピファイ、麻痺せよ
」
の杖から赤い閃光が放たれ、グレイバックが倒れた。
「あの二人を捕まえろ!」ベラトリックスが叫ぶ。
死喰い人の目の色が変わった。
「、つかまって!」
そんな中、の声が聞こえ、はの腕につかまった。
ポンと姿現わしの音とドサッとが倒れ込む音がし、も重みに耐えきれず、一緒に倒れた。耳元での荒い呼吸が聞こえる。ここはどこだろうとが体を起こすと、ダイアゴン横町と夜の闇横丁の交差点付近のわき道だった。すぐ近くにそびえ立つグリンゴッツ魔法銀行がある。
「助けを求めなきゃ」
は立ち上がり、駆け出そうとした。しかし、その時ちょうどグリンゴッツ魔法銀行から見たことのあるような人影が出てきた――ビルだった。
「ビル!」
は自分でも驚くようなくらいの大きな声で彼の名前を呼んだ。彼もそんな様子のを見てただ事じゃないと思ったのか、駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、こんなところで」
「大変なの!ママが!私たち
襲われたの!
」
ビルはの姿で見えなかったに気付くと、表情を一変し、の脈を図り、杖を取り出した。杖先からは銀色の守護霊が飛び出し、消えていった。
「今、助けを呼んだよ、。落ち着いて、もう大丈夫だ」
「ママは?助かる?私、また何もできなくて――」
そんなことないよ、とビルは興奮した状態のを優しく抱きしめた。
「君が僕を呼んでくれなかったら、はこのままだった。君が僕を見つけてくれたから、僕は助けを呼ぶことができた」
「そうね、そうね」
はまだ少し興奮していたが、ビルがいることで落ち着きを取り戻しつつあった。
「助けはいつ来る?誰が来るの?」
がビルに問いかけると、ビルはに耳打ちした。
「不死鳥の騎士団」
は目を見開いた。
「僕も入っているんだよ」
そのとき、ポンとかすかな音がして、グリンゴッツ銀行脇に姿現しした人物がいた。
「父さん、ジェームズ、こっちだ!」
二人はビルの声が聞こえたらしく、駆け寄ってきた。
「一体なにが」アーサーがビルに問いかけたが、ビルは首を振り、言った。
「父さん、話はあとにしよう。が重体だ」
すでにジェームズはの傍らに膝をつき、傷の程度を見ている。そして、を抱き上げるとアーサーとビルに言った。
「聖マンゴ魔法疾患傷害病院に連れていく。を頼む」
ジェームズはそれだけ言うとすぐに姿くらましをし、いなくなった。
「、君は怪我はないかい?」アーサーが優しく聞いた。
「大丈夫です」
それはよかったと、アーサーは笑顔になり、に言った。
「ここは誰が話を聞いているかわからない。君の家に行こう」
「父さん、僕もすぐ後を追うよ。先に行っていてくれ」
ビルはの頭を撫でると、銀行に駆け戻った。
「それじゃあ行こうか」
アーサーに連れられ、今日何度目になるだろうか、姿現わしでグリモールド・プレイス12番地付近に出ると、家に戻った。
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