◆◆◆One who believes will be saved 信じる
一ヶ月経ってから振り返ってみても、あれから数日のことは、には切れ切れにしか思い出せなかった。これ以上はとても受け入れるのが無理だというくらい、あまりにいろいろなことが起こった。断片的な記憶も、みな痛々しいものだった。
翌日の夜、二人はグリフィンドール塔に戻った。ハーマイオニーやロンの話によれば、ダンブルドアが、その日の朝、朝食の席で学校のみんなに話をしたそうだ。二人をそっとしておくよう、何が起こったかと質問したり、話をせがんだりしないようにと諭しただけだったという。大多数の生徒が、二人に廊下で出会うと、目を合わせないように避けて通るのには気づいた。二人が通った後で、手で口を追いながらヒソヒソ話をするものもいた。たぶん、みんな、セドリックがどんなふうに死んだのか、自分勝手な説を作り上げているのだろう。しかし、はあまり気にならなかった。四人で一緒に他愛のないことをしゃべったり、ロンとハーマイオニーがチェスをするのを、が黙ってそばで見ていたり、そんな時間が好きだった。
そして、その次の日にはダンブルドアから校長室に呼ばれた。そこでは、ムーディが実はバーティ・クラウチだったことを知った。ダンブルドアは、ハリーが来るまで、が墓場でヴォルデモートと何を話し、何の目的で運ばれたか、話をするように頼んだ。はヴォルデモートと大して話していないこと、移動キーになっていた短剣をヴォルデモートに渡すため、運ばれ、そのあとは用無しとなったようで、気絶させられたことを話した。
「ちなみに。あの晩以降、夢にトム・リドルは現れているかね?」
は少し考え、いえ、と首をふった。
「でも、もしかしたら、私の眠りが浅いからかも・・・・・」
「気持ちは十分わかるぞ、」
ダンブルドアは気遣うように優しくにほほ笑んだ。はその瞳に、実はあの晩からほとんど寝ていないことを見透かされているような気がした。
「だがの、。わしらは前へ進まなければなるまい。君のご両親も相当君のことを心配しておる。もちろん、ハリーのご両親もリーマスも、君を自分の子のように心配しておった」
「――ジェームズも?」
そうじゃ、とダンブルドアが答えた。
「先生、私、ときどき考えるんです。もしもあのとき、ジェームズが助けに来てくれたら――セドリックは助かっていたのかもしれない。そう思うと、私、ダメなんです・・・・・セドリックが死んだのもジェームズの所為じゃない。頭ではわかってるんです。あんなに私のことを心配してくれてるのに――私、心がついていかない・・・・・ジェームズは約束してくれたんです。私が危ない目にあったら、絶対助けるって。でも、来てくれなかった」
はいつの間にか自分でも気付かないうちに涙を流していた。
「それが仕方のなかったことだっていうのもわかってます。ヴォルデモートは誰にも知られないところで、ハリーと私を殺し、復活したかったんだから。でも、信じてた。信じて守護霊を送って、どうしたらいいのかもわからなくて、待ってたんです。それなのに、ジェームズは私をうらぎ――」
「」
ダンブルドアが言葉をさえぎった。
「その言葉は言ってはならぬぞ。彼は君の守護霊が届く前から、競技場の席で君の姿を探しておった。ハリーが迷路に入ったのを見届けてからずっとじゃ。彼も何かを感じ取っていたようじゃ。君の守護霊が来た時、彼は会場がパニックにならぬよう、わしのところへ平静を装ってきた。そして、ずっと君の姿が見えぬこと、君から助けを求める声が届いたことを話し、珍しく焦った様子で、、君を探すようにわしに助けを求めたのじゃ」
はじっとダンブルドアを見つめた。彼もそれ以上何も言わなかったし、も何も言わなかった。
しばらくして、ダンブルドアがまた言った。
「One who believes will be saved. 」
「え?」
が聞き返すとダンブルドアは優しく微笑んで答えた。
「信じあうことができない。するとそこに疑が生じる。そこから闇が広がる。、その闇にのまれる出ないぞ」
「闇の魔術に対する防衛術」の先生はもういないので、その授業は自由時間だった。木曜日の午後、その時間を利用して、四人はハグリッドの小屋を尋ねた。明るい、よく晴れた日だった。
三人が小屋の近くまで来ると、ファングが吠えながら、尻尾をちぎれんばかりに振って、開け放したドアから飛び出してきた。
「だれだ?」ハグリッドが戸口に姿を見せた。
「僕たちだよ」
ハリーがそういうと、ハグリッドはよく来たな、と四人を中に招き入れた。暖炉前の木のテーブルに、バケツほどのカップと、受け皿が二組置いてあった。
「オリンペとさっきまでお茶を飲んどったんじゃ」
ハグリッドが言った。
「たったいま帰ったところだ」
「だれと?」ロンが興味津々で聞いた。
「マダム・マクシームに決まっとろうが!」ハグリッドが言った。
「お二人さん、仲直りしたんだね?」ロンが言った。
「なんのこった?」
ハグリッドが食器棚からみんなのカップを取り出しながら、すっとぼけた。茶を入れ、生焼けのビスケットをひとわたり勧めると、ハグリッドは椅子の背に寄り掛かり、コガネムシのような真っ黒な目で、ハリーとを見た。
「大丈夫か?」ハグリッドがぶっきらぼうに聞いた。
「うん」ハリーが答えた。
「いや、大丈夫なはずはねえ」ハグリッドが言った。
「そりゃ当然だ。しかし、じきに大丈夫になる」
は何も言わなかった。
「やつが戻ってくると、わかっとった」
ハグリッドが言った。ハリー、ロン、、ハーマイオニーは驚いてハグリッドを見上げた。
「何年も前からわかっとったんだ、ハリー。あいつはどこかにいた。時を待っっとった。いずれこうなるはずだった。そんで、いま、こうなったんだ。俺たちゃ、それを受け止めるしかねえ。戦うんだ。あいつが大きな力を持つ前に食い止められるかもしれん。とにかく、それがダンブルドアの計画だ。偉大なお人だ、ダンブルドアは。俺たちにダンブルドアがいるかぎり、俺はあんまり心配してねえ」
四人が信じられないという顔をしているので、ハグリッドはボサボサ眉をピクピク上げた。
「くよくよ心配してもはじまらん」ハグリッドが言った。
「来るもんは来る。来た時に受けて立ちゃええ。ダンブルドアが、おまえさんたちのやったことを話してくれたぞ」
ハリーとを見ながら、ハグリッドの胸が誇らしげに膨らんだ。
「おまえさんたちは、おまえたちの父さんや母さんと同じぐらい大したことをやってのけた。これ以上の褒め言葉は、俺にはねえ」
ハリーももハグリッドにニッコリ微笑み返した。ここ何日かではじめての笑顔だった。
「ダンブルドアは、ハグリッドに何を頼んだの?」ハリーが聞いた。
「ダンブルドアはマクゴナガル先生に、ハグリッドとマダム・マクシームに会いたいと伝えるようにって・・・・・あの晩」
「この夏にやる仕事をちょっくら頼まれた」ハグリッドが答えた。
「だけんど、秘密だ。しゃべっちゃなんねえ。おまえさんたちにでもだめだ。オリンペも――おまえさんたちにはマダム・マクシームだな――俺と一緒に来るかもしれん。来ると思う。俺が説得できたと思う」
「ヴォルデモートと関係があるの?」ハグリッドはが言ったその名前の響きにたじろいだ。
「かもな」はぐらかした。
「さて・・・・・俺と一緒に、最後の一匹になったスクリュートを見にいきたいもんはおるか?いや、冗談――冗談だ!」
みんなの顔を見て、ハグリッドが慌ててつけ加えた。
家に帰る前夜、は寮でトランクを詰めながら、気が重かった。明日、ジェームズにどんな顔をして会えばいいのかわからない。正直帰りたくなかった。
ハリー、ロン、、ハーマイオニーが大広間に入ると、すぐに、いつもの飾り付けがないことに気づいた。お別れの宴のときは、いつも、優勝した寮の色で大広間を飾りつける。しかし、今夜は、教職員テーブルの後ろの壁に黒の垂れ幕がかかっている。はすぐに、セドリックの喪に服している印だと気づいた。
本物のマッド‐アイ・ムーディが教職員テーブルに着いていた。木製の義足も、「魔法の目」も元に戻っている。ムーディは神経過敏になっていて、だれかが話しかけるたびに飛び上がっていた。もともと襲撃に対する恐怖感があったものが、自分自身のトランクに十ヶ月も閉じ込められて、ますますひどくなったに違いない。カルカロフ校長の席は空っぽだった。
マダム・マクシームはまだ残っていた。ハグリッドの隣に座っている。二人で静かに話していた。その二人から少しはなれて、マクゴナガル先生の隣にスネイプがいた。
ダンブルドア校長が教職員テーブルで立ち上がり、大広間は、いずれにしても、いつものお別れの宴よりずっと静かだったのだが、水を打ったように静かになった。
「今年も」
ダンブルドアがみんなを見回した。
「終わりがやってきた」
一息置いて、ダンブルドアの目がハッフルパフのテーブルで止まった。ダンブルドアが立ち上がるまで、このテーブルが最も打ち沈んでいた、大広間のどのテーブルよりも悲しげな青い顔が並んでいた。
「今年はみんなにいろいろと話したいことがある」ダンブルドアが言った。
「しかし、まず始めに、一人の立派な生徒を失ったことを悼もう。本来ならここに座って――」
ダンブルドアはハッフルパフのテーブルのほうを向いた。
「みんなと一緒にこの宴を楽しんでいるはずじゃった。さあ、みんな起立して、杯を上げよう。セドリック・ディゴリーのために」
全員がその言葉に従った。椅子が床をこする音がして、大広間の全員が起立した。全員がゴブレットを上げ、沈んだ声が集まり、一つの大きな低い響きとなった。
「セドリック・ディゴリー」
は下唇を噛み、涙をこらえた。
「セドリックはハッフルパフ寮の特性を多く備えた、模範的な生徒じゃった」
ダンブルドアが話を続けた。
「忠実なよき友であり、勤勉であり、フェアプレーを尊んだ。セドリックをよく知る者にも、そうでない者にも、セドリックの死はみんなそれぞれに影響を与えた。それ故、わしは、その死がどのようにしてもたらされたものかを、みんなが正確に知る権利があると思う」