「セドリック・ディゴリーはヴォルデモート卿に殺された」
大広間に、恐怖に駆られたざわめきが走った。みんないっせいに、まさかという面持ちで恐ろしそうにダンブルドアを見つめていた。みんながひとしきりざわめき、また静かになるまで、ダンブルドアは平静そのものだった。
「魔法省は」
ダンブルドアが続けた。
「わしがこのことを皆に話すことを望んでおらぬ。皆のご両親の中には、わしが話したということで驚愕なさる方もおられるじゃろう――その理由は、ヴォルデモート卿の復活を信じられぬから、または、皆のようにまだ年端もゆかぬものに話すべきではないと考えるからじゃ。しかし、わしは、たいていの場合、真実は嘘に勝ると信じておる。さらに、セドリックが事故や、自らの失敗で死んだと取り繕うことは、セドリックの名誉を汚すものだと信ずる」
驚き、恐れながら、いまや大広間の顔という顔がダンブルドアを見ていた・・・・・ほとんど全員の顔が。スリザリンのテーブルでは、ドラコ・マルフォイがクラッブとゴイルに何事かコソコソ言っているのを、は目にした。
「セドリックの死に関連して、もう二人の名前を挙げねばなるまい」
ダンブルドアの話は続いた。
「ハリー・ポッターと・ブラックのことじゃ」
大広間に漣のようなざわめきが広がった。何人かが二人のほうを見て、また急いでダンブルドアに視線を戻した。
「二人は、辛くもヴォルデモート卿の手を逃れた」
ダンブルドアが言った。
「自分の命を賭して、二人は、セドリックの亡骸をホグワーツに連れ帰ったのじゃ。ヴォルデモート卿に対峙した魔法使いの中で、あらゆる意味でこれほどの勇気を示したものは、そう多くはない。そういう勇気を、彼らは見せてくれた。それが故に、わしはハリー・ポッター、そして・ブラックをたたえたい」
ダンブルドアは厳かにハリーとのほうを向き、もう一度ゴブレットを上げた。大広間のほとんどすべての者がダンブルドアに続いた。セドリックのときと同じく、みんなが二人の名を唱和し、杯を上げた。しかし、起立した生徒たちの間から、はマルフォイ。クラッブ、ゴイル、それにスリザリンのほかの多くの生徒が、頑なに席に着いたまま、ゴブレットにも手を触れずにいるのを見た。
みんなが再び席に着くと、ダンブルドアは話を続けた。
「三大魔法学校対抗試合の目的は、魔法界の相互理解を深め、進めることじゃ。このたびの出来事――ヴォルデモート卿の復活じゃが――それに照らせば、そのような絆は以前にも増して重要になる」
ダンブルドアは、マダム・マクシームからハグリッドへ、フラー・デラクールからボーバトンの生徒たちは、スリザリンのテーブルの、ビクトール・クラムからダームストラング生へと、視線を移していった。
「この大広間にいるすべての客人は」
ダンブルドアは視線をダームストラングの生徒たちに留めながら言った。
「好きなときにいつでもまた、おいでくだされ。皆にもう一度言おう――ヴォルデモート卿の復活に鑑みて、我々は結束すれば強く、バラバラでは弱い。ヴォルデモート卿は、不和と敵対感情を蔓延させる能力に長けておる。それと戦うには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかない目的を同じくし、心を開くならば、習慣や言葉の違いはまったく問題にはならぬ。わしの考えでは――まちがいであってくれればと、これほど強く願ったことはないのじゃが――我々は暗く困難なときを迎えようとしている。この大広間にいる者の中にも、すでに直接ヴォルデモート卿の手にかかって苦しんだ者もおる。皆の中にも、家族を引き裂かれたものも多くいる。一週間前、一人の生徒が我々のただなかから奪い去られた。
セドリックを忘れる出ないぞ。正しきこと、易きことのどちらかの選択を迫られたとき、思い出すのじゃ。一人の善良な、親切で勇敢な少年の身に何が起こったかを。たまたまヴォルデモート卿の通り道に迷い出たばかりに。セドリック・ディゴリーを忘れるでないぞ」
はいつの間にか自分の頬が濡れていたのに気付いた。隣に座っていたハーマイオニーが優しくの手を握った。
はトランクを詰め終わった。ハリー、ロン、、ハーマイオニーは、混み合った玄関ホールで他の四年生と一緒に馬車を待った。馬車はホグズミード駅までみんなを運んでくれる。今日もまた、美しい夏の一日だった。
「アリー!」
ハリーはあたりを見回した。フラー・デラクールが急ぎ足で石段を上ってくるところだった。そのうしろの、校庭のずっとむこうで、ハリーは、ハグリッドがマダム・マクシームを手伝って巨大な馬たちの中の二頭に馬具をつけているのを見た。ボーバトンの馬車が、まもなく出発するところだった。
「まーた、会いましょーね」
フラーが近づいて、ハリーに片手を差し出しながら言った。
「わたーし、英語が上手になりたーいので、ここであたらけるようにのぞんでいまーす」
「もう十分に上手だよ」
ロンが喉を締め付けられたような声を出した。フラーがロンに微笑んだ。
「さようなら、アリー」
フラーは帰りかけながら言った。
「あなたに会えて、おんとによかった!」
はフラーが背を向けたとたん、顔をしかめ、フラーを見送った。フラーは太陽に輝くシルバーブロンドの髪を波打たせ、急いで芝生を横切り、マダム・マクシームのところへ戻って言った。
「ダームストラングの生徒はどうやって帰るんだろ?」ロンが言った。
「カルカロフがいなくても、あの船の舵取りができると思うか?」
「カルカロフヴぁ、舵を取っていなかった」ぶっきらぼうな声がした。
「あの人ヴぁ、自分がキャビンにいて、ヴぉくたちに仕事をさせた」
クラムはハーマイオニーに別れを言いに来たのだ。
「ちょっと、いいかな?」クラムが頼んだ。
「え・・・・・ええ・・・・・いいわよ」
ハーマイオニーは少しうろたえた様子で、クラムについて人混みの中に姿を消した。
「急げよ!」ロンが大声でその後ろ姿に呼びかけた。
「もうすぐ馬車が来るぞ!」
そのくせ、ロンはハリーに馬車が来るかどうかを見張らせて、自分はそれから数分間、クラムとハーマイオニーがいったい何をしているのかと、人群れの上に首を伸ばしていた。
二人はすぐに戻ってきた。ロンはハーマイオニーをジロジロ見たが、ハーマイオニーは平然としていた。
「ヴぉく、ディゴリーが好きだった」突然クラムが四人に言った。
「ヴぉくに対して、いつも礼儀正しかった。いつも。ヴぉくがダームストラングから来ているのに――カルカロフと一緒に」
クラムは顔をしかめた。
「新しい校長はまだ決まってないの?」が聞いた。
クラムは肩をすぼめて、知らないというしぐさをした。クラムもフラーと同じように手を差し出して、ハリーと握手し、それからロンと握手した。
ロンは何やら内心の葛藤に苦しんでいるような顔をした。クラムがもう歩き出したとき、ロンが突然叫んだ。
「サイン、もらえないかな?」
ハーマイオニーが横を向き、ちょうど馬車道を近づいてきた馬なしの馬車のほうを見て微笑んだ。クラムは驚いたような顔をしたが、うれしそうに羊皮紙の切れ端にサインした。
キングズ・クロス駅に向かう戻り旅の今日の天気は、一年前の九月にホグワーツに来たときと天と地ほどに違っていた。
空には雲一つない。ハリー、ロン、、ハーマイオニーは、なんとか四人だけで一つのコンパートメントを独占できた。ピッグウィジョンはホーホーと鳴き続けるのを騙させるために、またロンのドレスローブで覆われていた。ヘドウィグは頭を羽に埋めてウトウトしていた。クルックシャンクスは空いている席に丸まって、オレンジ色の大きなフワフワのクッションのようだ。
列車が南に向かって速度を上げ出すと、ハリー、ロン、、ハーマイオニーは、ここ一週間なかったほど自由に、たくさんの話をした。いまは、あのときの出来事を話すのがそれほど苦痛ではなかった。四人は、ダンブルドアがヴォルデモートを阻止するのに、いまこのときにもどんな措置を取っているだろうかと、ランチのカートが回ってくるまで話し続けた。
ハーマイオニーがカートから戻り、お釣りをカバンにしまうとき、そこに挟んであった「日刊預言者新聞」が落ちた。
はそれを拾い上げ、恐る恐る記事を探した。
「何も書いてないわ。私、毎日チェックしてたの。第三の課題が終わった次の日に、小さな記事で、ハリーが優勝したって書いてあっただけ。セドリックのことさえ書いてない。あのことについては、なあんにもないわ。私の見るところじゃ、ファッジが黙らせてるのよ」
ハーマイオニーが落ち着いて言った。が記事を探し出し、読むと、確かに何も書いていない。
「でも、ファッジはリータを黙らせられないよ」ハリーが言った。「こういう話だもの、無理だ」
「あら、リータは第三の課題以来、何も書いてないわ」
ハーマイオニーは変に抑えた声で言った。
「実はね」
ハーマイオニーの声が、今度は少し震えていた。
「リータ・スキーターはしばらくの間何も書かないわ。私に自分の秘密をばらされたくないならね」
「どういうことだい?」ロンが聞いた。
「学校の敷地に入っちゃいけないはずなのに、どうしてあの女が個人的な会話を盗み聞きしたのか、私、ついに突き止めたの」ハーマイオニーが一気に言った。
ハーマイオニーは、ここ数日、これが言いたくてうずうずしていたのだろう。しかしヴォルデモートがすぐそばにいることで、ずっと我慢してきたのだろう、とは思った。
「どうやって聞いてたの?」ハリーがすぐさま聞いた。
「君、どうやって、突き止めたんだ?」ロンがハーマイオニーをまじまじと見た。
「そうね、実は、ハリー、あなたがヒントをくれたのよ」ハーマイオニーが言った。
「僕が?」ハリーは面食らった。「どうやって?」
「盗聴器、つまり虫だよ」ハーマイオニーがうれしそうに言った。
「だけど、それは出来ないって言ってたじゃない」
が反論した。
「ああ、機械の虫じゃないのよ。そうじゃなくて、あのね・・・・・あのね、リータ・スキーターは」ハーマイオニーは静かな勝利の喜びに声を震わせていた。
「無登録の『動物もどき』なの。あの女は変身して――」
ハーマイオニーはカバンから密封した小さなガラスの広口瓶を取り出した。
「――コガネムシになるの」
「嘘だろう」ロンが言った。
「まさか君・・・・・あの女がまさか・・・・・」
「いいえ。そうなのよ」
ハーマイオニーが、ガラス瓶を三人の前で見せびらかしながら、うれしそうに言った。中には小枝や木の葉と一緒に、大きな太ったコガネムシが一匹は言っていた。
「まさかこいつが――君、冗談だろ――」
ロンが小声でそう言いながら、瓶を目の高さに持ち上げた。
「いいえ、本気よ」ハーマイオニーがニッコリした。
「病室の窓枠のところで捕まえたの。よく見て。触角の周りの模様が、あの女がかけていたいやらしいメガネにそっくりだから」
が覗くと、たしかにハーマイオニーの言う通りだった。
「ハグリッドがマダム・マクシームに自分のお母さんのこと話すのを、僕たちが聞いちゃったあの夜、石像にコガネムシが止まってたっけ!」
ハリーが思い出したように言った。
「そうなのよ」ハーマイオニーが言った。
「それに、ビクトールが湖のそばで私と話したあとで、私の髪からゲンゴロウを取り除いてくれたわ。それに、私の考えが間違ってなければ、あなたの傷痕が痛んだ日、「占い学」の教室の窓枠にリータが止まっていたはずよ。この女、この一年、ずっと寝た探しにぶんぶん飛び回っていたんだわ」
「僕たちが木の下にいるマルフォイを見かけたとき・・・・・」ロンが考えながら言った。
マルフォイは手の中のリータに話していたのよ」ハーマイオニーが言った。
「私、ロンドンに着いたら出してあげるって、リータに言ったの」ハーマイオニーが言った。
「ガラス瓶に『割れない呪文』をかけたの。ね、だから、リータは変身できないの。それから、私、これから一年間、ペンは持たないようにって言ったの。他人のことで嘘八百を書く癖が直るかどうか見るのよ」
落ち着き払ってほほ笑みながら、ハーマイオニーはコガネムシをカバンに戻した。
コンパートメントのドアがスーッと開いた。
ハーマイオニーは敵に回したくないね。