The Parting of the Ways 決別
ファッジは、奇妙な笑いを漂わせていた。ファッジもハリーとをチラリと見て、それからダンブルドアに視線を戻した。
「ダンブルドア、あなたは――アー――本件に関して、ハリーの言葉を信じるというわけですな?」
一瞬、沈黙が流れた。静寂を破って、シリウスが唸った。毛を逆立て、ファッジに向かって歯を剥いて唸った。
「もちろんじゃ。わしはハリーを信じる」
ダンブルドアの目が、いまやメラメラと燃えていた。
「わしはクラウチの告白を聞き、優勝杯に触れてからの出来事をハリーから聞いた。二人の話は辻褄が合う。バーサ・ジョーキンズがこの夏に消えてから起こったことのすべてが説明できる」
ファッジは相変わらず変な笑いを浮かべている。もう一度ハリーをチラリと見て、ファッジは答えた。
「あなたはヴォルデモート卿が帰ってきたことを信じるおつもりらしい。異常な殺人者と、こんな少年の、しかも・・・・・いや・・・・・」
ファッジはもう一度素早くハリーを見た。
「ファッジ大臣、あなたはリータ・スキーターの記事を読んでいらっしゃるのですね?」ハリーが静かに言った。
ファッジはちょっと顔を赤らめたが、すぐに、挑戦的で、意固地な表情になった。
「だとしたら、どうだと言うのかね?」
ダンブルドアを見ながら、ファッジが言った。
「あなたはこの子に関する事実をいくつか隠していた。そのことを私が知ったとしたらどうなるかね?蛇語使いだって?え?それに、城のいたるところでおかしな発作を起こすとか――」
「ハリーの傷痕が痛んだことを言いたいのじゃな?」ダンブルドアが冷静に言った。
「では、ハリーがそういう痛みを感じていたと認めるわけだな?」
すかさずファッジが言った。
「頭痛か?悪夢か?もしかしたら――幻覚か?」
「コーネリウス、聞くがいい」
ダンブルドアはファッジに一歩詰め寄った。
「ハリーは正常じゃ。あなたやわしと同じように。額の傷痕は、このこの頭脳を乱してはおらぬ。ヴォルデモート卿が近づいたとき、もしくは殊更に残忍な気持ちになったとき、このこの傷痕が痛むのだと、わしはそう信じておる」
ファッジはダンブルドアから半歩後退りしたが、意固地な表情は変わらなかった。
「お言葉だが、ダンブルドア、呪いの傷痕が警鐘となるなどという話は、これまでついぞ聞いたことが・・・・・」
「でも、僕はヴォルデモートが復活するのを、見たんだ!」ハリーが叫んだ。
それに触発されるようにして、も叫んだ。
「私だって見た!ピーター・ペティグリューがヴォルデモートの指示を受けて、彼を復活させるための道具を揃えてた!」
「戯けたことを!」ファッジが怒った。
「ダンブルドア――この子たちは去年も学期末に、さんざんわけのわからん話をしていた――話がだんだん大げさになってくる。それなのにあなたは、まだそんな話を鵜呑みにしている――おまけに片方は無差別殺人犯の娘で、もう片方は蛇と話ができるのだぞ、ダンブルドア、それなのにあなたは、まだ信用できると思うのか?」
「愚か者!」マクゴナガル先生が叫んだ。
「セドリック・ディゴリー!クラウチ氏!この二人の死が、狂気の無差別殺人だったでも言うのですか!」
「反証はない!」
ファッジの怒りもマクゴナガル先生に負けず劣らずで、顔を真っ赤にして叫んだ。
「どうやら諸君は、この十三年間、我々が営々として築いてきたものを、すべて覆すような大混乱を引き起こそうという所存だな!」
は信じられなかった。いま目の前に立っている小柄な怒れる魔法使いは、心地よい秩序だった自分の世界が崩壊するかもしれないという予測を、頭から拒否し、受け入れまいとしている――ヴォルデモートが復活したことを信じるまいとしている。
「ヴォルデモートは帰ってきた」ダンブルドアは繰り返した。
「ファッジ、あなたがその事実をすぐさま認め、必要な措置を講じれば、我々はまだこの状況を救えるかも知れぬ。まず最初に取るべき措置は、アズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つことじゃ――」
「とんでもない!」ファッジが再び叫んだ。
「吸魂鬼を取り除けと!そんな提案をしようものなら、私は大臣職から蹴り落とされる!魔法使いの半数が、夜安眠できるのは、吸魂鬼がアズカバンの監視されていることを知っているからなのだ!」
「コーネリウス、あとの半分は、安眠できるどころではない!あの生き物に監視されているのは、ヴォルデモート卿の最も危険な支持者たちだ。そしてあの吸魂鬼はヴォルデモートの一声で、たちまちヴォルデモートと手を組むであろうだ」ダンブルドアが言った。
「連中はいつまでもあなたに忠誠を尽くしたりはしませんぞ、ファッジ!ヴォルデモートはやつらに、あなたが与えているよりずっと広範囲な力と楽しみを与えることができる!吸魂鬼を味方につけ、昔の支持者がヴォルデモートの下に帰れば、ヴォルデモートが十三年前のような力を取り戻すのを阻止するのは、至難の業ですぞ!」
ファッジは、怒りを表す言葉が見つからないかのように、口をパクパクさせていた。
「第二に取るべき措置は――」ダンブルドアが迫った。
「巨人に使者を送ることじゃ。しかも早急に」
「巨人に使者?」
ファッジが甲高く叫んだ。舌が戻ってきたらしい。
「狂気の沙汰だ!」
「友好の手を差し伸べるのじゃ、今すぐ、手遅れにならぬうちに」ダンブルドアが言った。
「さもないと、ヴォルデモートが、以前にもやったように、巨人を説得するじゃろう。魔法使いの中で自分だけが、巨人に権利と自由を与えるのだと言うてな!」
「ま、まさか本気でそんなことを!」
ファッジは息を呑み、頭を振り振り、さらにダンブルドアから遠ざかった。
「私が巨人と接触したなどと、魔法界に噂が流れたら――ダンブルドア、みんな巨人を毛嫌いしているのに――私の政治生命は終わりだ――」
「あなたは、物事が見えなくなっている」
今やダンブルドアは声を荒らげてていた。手で触れられそうなほど強烈なパワーのオーラが体から発散し、その目は再びメラメラと燃えている。
「自分の役職に恋々としているからじゃ、コーネリウス!あなたはいつでも、いわゆる純血をあまりにも大切に考えてきた。大事なのはどう生まれついたかではなく、どう育ったかなのだということを、認めることができなかった!あなたの連れてきた吸魂鬼が、たったいま、純血の家柄の中でも旧家とされる家系の、最後の生存者を破壊した――しかも、その男は、その人生でいったい何をしようとしたか!いま、ここで、はっきり言おう――わしの言う措置をとるのじゃ。そうすれば、大臣色に留まろうが、去ろうが、あなたは歴代の魔法大臣の中で、最も勇敢で偉大な大臣として名を残すであろう。もし、行動しなければ――歴史はあなたを、営々として再建してきた世界を、ヴォルデモートが破壊するのを、ただ傍観しただけの男として記憶するじゃろう!」
「正気の沙汰ではない」
またしても退きながら、ファッジが小声で言った。
「狂っている・・・・・」
そして、沈黙が流れた。長い長い沈黙だった。
「目をつぶろうという決意がそれほど固いなら、コーネリウス」ダンブルドアが言った。
「袂を分かつときがきた。あなたはあなたの考えどおりにするがよい。そして、わしは――わしの考えどおりに行動する」
ダンブルドアの声には威嚇の響きは微塵もなかった。淡々とした言葉だった。しかし、ファッジは、ダンブルドアが杖を持って迫ってきたかのように、毛を逆立てた。
「いいか、言っておくが、ダンブルドア」
ファッジは人差し指を立て、脅すように指を振った。
「私はいつだってあなたの好きなように、自由にやらせてきた。あなたを非常に尊敬してきた。あなたの決定に同意しないことが遭っても、何も言わなかった。魔法省に相談なしに、狼人間を雇ったり、ハグリッドをここにおいて置いたり、生徒に何を教えるかを決めたり、そうしたことを黙ってやらせておく者はそう多くないぞ。しかし、あなたがその私に逆らうというのなら――」
「わしが逆らう相手は一人しかいない」ダンブルドアが言った。
「ヴォルデモート卿だ。あなたもやつに逆らうのなら、コーネリウス、我々は同じ陣営じゃ」
ファッジはどう答えていいのか思いつかないようだった。しばらくの間、小さな足の上で、体を前後に揺すり、山高帽を両手でクルクル回していた。ついに、ファッジが弁解がましい口調で言った。
「戻ってくるはずがない。ダンブルドア、そんなことはありえない・・・・・」
スネイプが左の袖を捻り上げながら、ズイッとダンブルドアの前に出た。そして腕を突き出し、ファッジに見せた。ファッジが怯んだ。
「見るがいい」スネイプが厳しい声で言った。
「さあ、闇の印だ。一時間ほど前には、黒く焼け焦げて、もっとはっきりしていた。しかし、今でも見えるはずだ。死喰い人はみなこの印を闇の帝王によって焼き付けられている。互いに見分ける手段でもあり、我々を召集する手段でもあった。あの人が誰か一人の死喰い人の印に触れたときは、全員が『姿くらまし』し、すぐさまあの人の下に『姿現わし』することになっていた。この印が、今年になってからずっと、鮮明になってきていた。カルカロフのもだ。カルカロフはなぜ今夜逃げ出したと思うか?我々は二人ともこの印が焼けるのを感じたのだ。二人ともあの人が戻ってきたことを知ったのだ。カルカロフは闇の帝王の復讐を恐れた。やつはあまりに多くの仲間の死喰い人を裏切った。仲間として歓迎されるはずがない」
ファッジはスネイプからも後退りした。頭を振っている。スネイプの言ったことの意味がわかっていないようだった。スネイプの腕の醜い印に嫌悪感を感じたらしく、じっと見つめて、それからダンブルドアを見上げ、囁くように言った。
「あなたも先生たがも、いったい何をふざけているのやら、ダンブルドア、私にはさっぱり。しかし、もう聞くだけ聞いた。私も、もう何も言うことはない。この学校の経営についていて話があるので、ダンブルドア、明日連絡する。私は省に戻らねばならん」
ファッジはほとんどドアをでるところまで言ったが、そこで立ち止まった。向きを変え、つかつかと病室を横切り、ハリーのベッドの前まで戻って止まった。
「君の賞金だ」
ファッジは大きな金貨の袋をポケットから取り出し、そっけなくそう言うと、袋をベッド脇のテーブルにドサリと置いた。
「一千ガリオンだ。授賞式が行われる予定だったが、この状況では・・・・・」
ファッジは山高帽をグイと被り、ドアをバタンと閉めて部屋から出て行った。その姿が消えるや否や、ダンブルドアがハリーとのベッドの周りにいる人々の方に向き直った。
「やるべきことがある」ダンブルドアが言った。
「モリー・・・・・あなたとアーサーは頼りにできると考えてよいかな?」
「もちろんですわ」
ウィーズリーおばさんが言った。唇まで真っ青だったが、決然とした面持ちだった。
「ファッジがどんな魔法使いか、アーサーはよく知ってますわ。アーサーはマグルが好きだから、ここ何年も魔法省で昇進できなかったのです。ファッジは、アーサーが魔法使いとしてのプライドに欠けると考えていますわ」
「ではアーサーに伝言を送らねばならぬ」ダンブルドアが言った。
「真実が何かを納得させることができるものには、直ちに知らさなければならぬ。魔法省内部で、コーネリウスと違って先を見通せる者たち接触するには、アーサーは格好の位置にいる」
「僕が父のところに行きます」ビルが立ち上がった。
「すぐに出発します」
「それは上々じゃ」ダンブルドアが言った。
「アーサーに、何が起こったかを伝えてほしい。近々わしが直接連絡すると言うてくれ、ただし、アーサーは目立たぬようにことを運ばねばならぬ。わしが魔法省の内政干渉をしていると、ファッジにそう思われると――」
「僕に任せてください」ビルが言った。
ビルは母親の頬にキスすると、マントを来て、足早に部屋を出て行った。
「ミネルバ」
ダンブルドアがマクゴナガル先生のほうを見た。
「わしの部屋で、できるだけ早くハグリッドに会いたい。それから――もし、来ていただけるようなら――マダム・マクシームも」
マクゴナガル先生は頷いて、黙って部屋を出て行った。
「ポピー」ダンブルドアがマダム・ポンフリーに言った。
「頼みがある。ムーディ先生の部屋にいって、そこにウィンキーという屋敷妖精がひどく落ち込んでいるはずじゃから、探してくれるか?できるだけの手を尽くして、それから厨房に連れて帰ってくれ。ドビーが面倒を見てくれるはずじゃ」
「は、はい」
驚いたような顔をして、マダム・ポンフリーも出て行った。
ダンブルドアはドアが閉まっていることを確認し、マダム・ポンフリーの足音が消えさるまで待ってから、再び口を開いた。
「さて、そこでじゃ。ここにいる者の中で二名の者が、お互いに真の姿で認め合うべきときが来た。シリウス・・・・・普通の姿に戻ってくれぬか」
大きな黒い犬がダンブルドアを見上げ、一瞬で男の姿に戻った。
「シリウス・ブラック!」おばさんが飛び退き、シリウスを指差してまた叫び声をあげた。
「ママ、静かにして!」ロンが声を張り上げた。「大丈夫だから!」
スネイプは叫びもせず、飛び退きもしなかったが、怒りの入り混じった表情だった。
「こやつ!」
スネイプに負けず劣らず嫌悪の表情を見せているシリウスを見つめながら、スネイプが唸った。
「やつがなんでここにいるのだ?」
「わしが招待したのじゃ」
ダンブルドアが二人を交互に見ながら言った。
「セブルス、君もわしの招待じゃ。わしは二人とも信頼しておる。そろそろ二人とも、昔のいざこざは水に流し、お互いに信頼し会うべきときじゃ」
には、ダンブルドアがほとんど奇跡を願っているように思えた。シリウスとスネイプは互いに、これ以上の憎しみはないという目つきで睨み合っている。
「妥協するとしよう」
ダンブルドアの声が少しイライラしていた。
「あからさまな敵意をしばらく棚上げにするということでもよい。握手するのじゃ。君たちは同じ陣営なのじゃから。時間がない。真実を知る数少ない我々が、結束してことに当たらねば、望みはないのじゃ」
ゆっくりと――しかし、互いの不幸を願っているかのようにギラギラと睨み合い――シリウスとスネイプが歩み寄り、握手した。そして、あっという間に手を離した。
「当座はそれで充分じゃ」ダンブルドアが再び二人の間に入った。
「さて、それぞれにやってもらいたいことがある。予想していなかったわけではないが、ファッジがあのような態度をとるのであれば、すべてが変わってくる。ジェームズ、シリウス、リーマス、君たちにはすぐに出発してもらいたい。昔の仲間に警戒態勢をとるように伝えてくれ――アラベラ・フィッグ、マンダンガス・フレッチャー――手分けしてすぐに連絡を。リリー、、闇祓いたちのなかで先を見通せる者がいるようなら声をかけてもらいたい。くれぐれもファッジには気づかれぬよう。五人ともしばらくは自宅に潜伏していてくれ。わしからそこに連絡する」
「パパ――」が不安そうな声を出した。
シリウスにまだいてほしかった。まだなにも話せていないのに。
「またすぐ会えるよ、
シリウスがを見て言った。
「絶対だ。しかし、私は自分にできることをしなければならない。わかるね?」
「うん」が答えた。
「うん・・・・・でも――」
シリウスはほほ笑むと腕を広げ少しかがんだ。は勢いよくベッドを飛び出すと、シリウスに抱きついた。シリウスもしっかりを受け止め、きつく抱きしめた。
「本当によくやったよ、お前。自慢の娘だ。――愛してるよ、
うん、とは涙交じりに頷き、シリウスの肩に顔をうずめた。そして、は涙をぬぐいながらシリウスから離れた。
「良い子だ」
シリウスはの頬にキスをすると、黒い犬に変身し、ジェームズ、リーマス、リリー、と一緒にいなくなった。
「セブルス」
ダンブルドアがスネイプのほうを向いた。
「君に何を頼まねばならぬのか、もうわかっておる。もし、準備ができているなら・・・・・もし、やってくれるなら・・・・・」
「大丈夫です」
スネイプはいつもより青ざめて見えた。冷たい暗い目が、不思議な光を放っていた。
「それでは、幸運を祈る」
ダンブルドアはそういうと、スネイプの後ろ姿を、微かに心配そうな色を浮かべて見送った。スネイプはシリウスのあとから、無言で、さっと立ち去った。
ダンブルドアが再び口を聞いたのは、それから数分がたってからだった。
「下に行かねばなるまい」ようやくダンブルドアが言った。
「ディゴリー夫妻に会わなければのう。二人とも、残っている薬を飲むのじゃ。みんな、またあとでの」
ダンブルドアがいなくなると、ハリーがまたベッドに倒れこんだ。はウィーズリーおばさんに促されるようにして、またベッドに横になった。ハーマイオニーもロンもウィーズリーおばさんも長い間、だれも口をきかなかった。
「残りのお薬を飲まないといけませんよ」
ウィーズリーおばさんがやっと口を開いた。
「ゆっくりおやすみ。しばらくは何かほかのことを考えるのよ」
ハリーとにゴブレットを持たせ、二人が薬を飲もうとした瞬間、パーンと大きな音がした。ハーマイオニーが窓辺に立っていた。何かをしっかり握り締めている。
「ごめんなさい」
ハーマイオニーが小さな声で言った。
は一気に飲み干した。たちまち効き目が現われた。夢を見ない深い眠りが、抵抗しがたい波のように押し寄せた。は枕に倒れこみ、何も考えなかった。
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シリウスがいない・・・・・。――不安。