「ハリー!ああ、ハリー!」
はぼんやりとした頭で、ウィーズリーおばさんの声を聞いた。うっすらと目をあけるととリーマスがカーテンの隙間から外の様子をうかがっているのが見える。いつの間にか寝てしまっていたらしい。きちんとベッドに寝かされ、毛布がかけられていた。
「ママ?」
がはっとしたように振り向き、に笑いかけた。
「起きたのね、」
は優しくの頬を撫でた。
「ハリーが戻ってきたわ。ジェームズもリリーも一緒にいるわ。それと――」
シリウスも、とは声をひそめてそう言った。
「ハリー!」
はいてもたってもいられなくなり、ベッドから飛び出した。しかし、カーテンの近くに立っていたリーマスに捕まえられた。はイヤイヤと抵抗をし、カーテンを半分ほど開けた。そこにはダンブルドアに連れられたハリーと、ジェームズ、リリー、そして黒い犬がいた。
「、気持ちはだいぶ整理はついたかね?」
ダンブルドアが気遣うようにに問いかけた。はダンブルドアを見上げ、どう返事をしようか悩んだ。すると、ダンブルドアはのそんな気持ちを察したのか、優しく話しかけた。
「もうしばらく休むとよい。今夜のことはハリーが話してくれおった。しかしながら、。いずれ君にも話を聞かねばなるまい。それまでもう少し、心身ともに休ませておくとよい」
そう言われ、がハリーに視線を向けると、ハリーもを見ていたようで、目があった。
「ごめんなさい、ありがとう」
はハリーに、今夜の出来事を一人思い出させ、ダンブルドアに伝えてくれたことに対し、心からその言葉を伝えた。ハリーは弱弱しくではあったが、笑顔をに向けた。
「校長先生」マダム・ポンフリーが、シリウスの変身した黒い大きな犬を睨みながら言った。
「いったいこれは――?」
「この犬はしばらく二人のそばにいる」ダンブルドアはさらりと言った。
「わしが保証する。この犬はたいそう躾がよい。わしは、ファッジに会ったらすぐ戻ってこよう」ダンブルドアが言った。
「明日、わしが学校のみんなに話をする。それまで、二人とも明日もここにおるのじゃぞ」
そして、ダンブルドアはその場を去った。
マダム・ポンフリーはハリーをの隣のベッドに連れて行った。ジェームズとリリーも黙ってそのあとに続いた。はさっきまで気付かなかったが、一番隅のベッドに、ムーディが死んだように横たわっているのがチラリと見えた。木製の義足と「魔法の目」が、ベッド脇のテーブルに置いてある。
「ムーディだ!あの人、悪い人なのよ!」
は今夜の出来事の始めを思い出し、そう叫んだ。暴れ出そうとするをリーマスが前から抱きしめて、落ち着かせようとした。
「大丈夫だから、。もう、全部終わったんだ――大丈夫だよ」
繰り返し、リーマスが優しくの耳元でそう囁き、は少し落ち着きを取り戻し、力を抜いた。
「でも、あの人が――」
「、大丈夫、わかってるよ」
後ろから大きな暖かい手がの頭に置かれ、は振り向いた。
「ジェームズ」
ジェームズは安心させるようににほほ笑んで、もう一度繰り返した。
「安心しなさい、。もう大丈夫。ホントだ、約束する」
その言葉に、は再び糸が切れたように涙があふれた。
「うそつき!ジェームズのうそつき!そう言って、約束したのに!――ジェームズは助けにきてくれなかった――助けてくれるって、約束したのに!」
がしゃくりあげ、そう泣き叫ぶと、だんだん呼吸が荒く浅くなり、ペタンと座り込んでしまった。
「!」
が慌ててに駆け寄り、ジェームズをから遠ざけた。マダム・ポンフリーも紙袋を片手にに駆け寄るとの頭を固定し、口と鼻を紙袋で覆った。はその横で安心させるようにを抱きしめ、優しく言葉をかけ続けた。
数分での症状は落ち着き、とリーマスに支えられながらは再びベッドに戻った。そして、はカーテンでのベッドを仕切ると、をパジャマに着替えさせ、横にした。
「、に、これを飲ませなさい」
カーテンの合間からマダム・ポンフリーが顔を出し、ゴブレットと紫色の薬の入った小瓶を差し出した。
「この薬で、夢を見ずに寝ることができます」
はゴブレットを受け取り、二口、三口飲むとすぐに眠くなってきた。の顔がぼやけて見える。おやすみ、とそう言われた気がした。
目覚めたとき、あまりに暖かく、まだとても眠かったので、もう一眠りしようと、は目を開けなかった。部屋はぼんやりと明かりが灯っていた。きっとまだ夜で、あまり長い時間眠っていないのだろうと思った。
そのとき、そばでヒソヒソ話す声が聞こえた。
「あの人たち、静かにしてもらわないと、この子たちを起こしてしまうわ」
「いったい何を喚いてるんだろう?また何か起こるなんて、ありえないよね?」
ウィーズリーおばさんとビルの声だ。目をあけるとも再びカーテンの隙間から外の様子をうかがっている。
「ファッジの声だわ」リリーの囁きが聞こえた。
「それと、ミネルバ・マクゴナガルね。いったい何を言い争ってるのかしら」
にも、もうはっきりと聞こえた。だれかが怒鳴り合いながら病棟に向かって走ってくる。
「残念だが、ミネルバ、仕方がない――」
コーネリウス・ファッジの喚き声がする。
「絶対に、あれを城の中に入れてはならなかったのです!」
マクゴナガル先生が叫んでいる。
「ダンブルドアが知ったら――」
は病棟のドアがバーンと開く音を聞いた。がカーテンを開け、みんながドアのほうを見つめているのが見えた。もその騒ぎを見ようと、体を起こした。
ファッジがドカドカと病室に入ってきた。すぐ後ろにマクゴナガル先生とスネイプ先生がいた。
「ダンブルドアはどこかね?」
ファッジがウィーズリーおばさんに詰め寄った。
「ここにはいらっしゃいませんわ」ウィーズリーおばさんが怒ったように答えた。
「大臣、ここは病室です。少しお静かに――」
しかし、そのときドアが開き、ダンブルドアがサッと入ってきた。
「何事じゃ」
ダンブルドアは鋭い目でファッジを、そしてマクゴナガル先生を見た。
「病人たちに迷惑じゃろう?ミネルバ、あなたらしくもない――バーティ・クラウチを監視するようにお願いしたはずじゃが――」
クラウチさんを、とは疑問に思ったが、声には出さず、黙って成り行きを眺めた。
「もう見張る必要がなくなりました。ダンブルドア!」マクゴナガル先生が叫んだ。
「大臣がその必要がないようになさったのです!」
はマクゴナガル先生がこんなに取り乱した姿をはじめて見た。怒りのあまり頬はまだらに赤くなり、両手はこぶしを握り締め、ワナワナと震えている。
「今夜の事件を引き起こした死喰い人を捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが――」
スネイプが低い声で言った。
「すると、大臣はご自分の身が危険だと思われたらしく、城に入るのに吸魂鬼を一人呼んで自分に付き添わせると主張なさったのです。大臣はバーティ・クラウチのいる部屋に、吸魂鬼を連れて入った――」
「ダンブルドア、私はあなたが反対なさるだろうと大臣に申し上げました」
マクゴナガル先生がいきり立った。
「申し上げましたとも。吸魂鬼が一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと。それなのに――」
「失礼だが!」
ファッジも喚き返した。ファッジもまた、こんなに怒っている姿をははじめて見た。
「魔法省大臣として、護衛を連れて行くかどうかは私が決めることだ。尋問する相手が危険性のある者であれば――」
しかし、マクゴナガル先生の声がファッジの声を圧倒した。
「あの――あの物が部屋に入った瞬間――」
マクゴナガル先生は、全身をワナワナと震わせ、ファッジを指差して叫んだ。
「クラウチに覆いかぶさって、そして――そして――」
マクゴナガル先生が、何が起こったのかを説明する言葉を必死に探している間、は胃が凍っていくような気がした。マクゴナガル先生が最後まで言うでもない。は吸魂鬼が何をやったのかわかっていた。バーティ・クラウチに死の接吻を施したのだ。口から魂を吸い取ったのだ。クラウチは死よりも酷い姿になった。
「どのみち、クラウチがどうなろうと、なんの損失にもなりはせん!」
ファッジが怒鳴り散らした。
「どうせやつは、もう何人も殺しているんだ!」
「しかし、コーネリウス、もはや証言ができまい」
ダンブルドアが言った。まるではじめてはっきりとファッジを見たかのように、ダンブルドアはじっと見つめていた。
「なぜ何人も殺したのか、クラウチはなんら証言できまい」
「なぜ殺したか?ああ、そんなことは秘密でもなんでもないだろう?」ファッジが喚いた。
「あいつは支離滅裂だ!ミネルバやセブルスの話では、やつは、すべて『例のあの人』の命令でやったと思い込んでいたらしい!」
「たしかに、ヴォルデモート卿が命令していたのじゃ、コーネリウス」
ダンブルドアが言った。
「何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する計画の布石に過ぎなかったのじゃ。計画は成功した。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」
ファッジは誰かに重たいもので顔を殴りつけられたような顔をした。呆然として目を瞬きながら、ファッジはダンブルドアを見つめ返した。今聞いたことが、にわかには信じがたいという顔だ。
目を見開いてダンブルドアを見つめたまま、ファッジはブツブツ言いはじめた。
「『例のあの人』が・・・・・復活した?バカバカしい。おいおい、ダンブルドア・・・・・」
「ミネルバもセブルスもあなたにお話したことと思うが」ダンブルドアが言った。
「わしらはバーティ・クラウチの告白を聞いた。真実薬の効き目で、クラウチは、わしらにいろいろ語ってくれたのじゃ。アズカバンからどのようにして隠密に連れ出されたか、ヴォルデモートが――クラウチがまだ生きていることをバーサ・ジョーキンズから聞き出し――クラウチを、どのように父親から解放するにいたったか、そして、ハリーを捕まえるのに、ヴォルデモートがいかにクラウチを利用したかをじゃ。計画はうまくいった。よいか、クラウチはヴォルデモートの復活に力を貸したのじゃ」
「いいか、ダンブルドア」ファッジが言った。
驚いたことに、ファッジの顔にはかすかな笑いさえ漂っていた。
「まさか――まさかそんなことを本気にしているのではあるまいね。『例のあの人』が――戻った?まあ、まあ、落ち着け・・・・・まったく。クラウチは『例のあの人』の命令で働いていると、思い込んでいたのだろう――しかし、そんなたわごとを真に受けるとは、ダンブルドア・・・・・」
「今夜ハリーが優勝杯に触れたとき、真っ直ぐヴォルデモートのところに運ばれていったのじゃ。そしてその場にはすでにもいた。彼女が何のためにその場に連れてこられたのかはまだわかっとらん」
ダンブルドアはたじろぎもせずに話した。
「しかしながらハリーが、ヴォルデモートの蘇るのを目撃した。わしの部屋まで来てくだされば、一部始終お話いたしますぞ」
ダンブルドアはハリーとをチラリと見て、二人が目覚めているのに気づいた。しかし、ダンブルドアは首を横に振った。
「今夜は二人に質問するのを許すわけにはゆかぬ」
もう、ジェームズと約束なんてできない。