Barty Crouch クラウチ氏
「ウィンキーをクビにした当然の報いじゃない?」
ハーマイオニーが冷たく言った。ハーマイオニーは、シリウスの食べ残した鳥の骨をバリバリ噛んでいるバックビークを撫でていた。
「クビにしなきゃよかったって、きっと後悔してるのよ―――世話してくれるウィンキーがいないと、どんなに困るかわかったんだわ」
「屋敷しもべに取り憑かれてるのさ」
ロンがハーマイオニーに困ったもんだという目を向けながら、呟いた。
ジェームズはゆっくりと口を開くと言った。
「整理してみよう」
鳥の足をもう一本持って振りながら、シリウスが同意した。
「はじめはしもべ妖精が、貴賓席に座っていた。クラウチの席を取っていた。そうだったね」
「そうよ」
が頷いた。には、ジェームズが事を明らかにしてくれるという根拠のない自信のようなものがあった。
「しかし、クラウチは試合には現われなかったんだろ?」
「うん」
シリウスの質問にハリーが言った。
「あの人、忙しすぎてこられなかったって言ったと思う」
それで、とジェームズは自分の息子を見た。
「ハリー、貴賓席を離れたとき、杖があるかどうかポケットの中を探ってみたか?」
「うーん・・・・・」
ハリーは考え込んだ。そして、やっと答えが出たようだった。
「ううん。森に入るまでは使う必要がなかった。そこでポケットに手を入れたら、『万眼鏡』しかなかったんだ」
ハリーは父親を見つめた。
「『闇の印』を作り出しただれかが、僕の杖を貴賓席で盗んだってこと?」
「その可能性はあるな」シリウスが口を挟んだ。
「ウィンキーは杖を盗んだりしないわ!」ハーマイオニーが鋭い声を出した。
「貴賓席にいたのは妖精だけじゃない」
ジェームズは眉根に皺を寄せ、難しい顔をしながら歩き回っていた。
「君たちの後ろにはだれがいたっけ?」
「いっぱい、いた」が答えた。
「ブルガリア、アイルランドの大臣・・・・・あとはコーネリウス・ファッジとか・・・・・マルフォイ一家・・・・・」
「マルフォイ一家だ!」
ロンが突然叫んだ。あまりに大きな声を出したので、洞窟中に反響し、バックビークが神経質に首を振った。
「絶対、ルシウス・マルフォイだ!」
「ほかには?」ジェームズがを促した。
「あとは、ルード・バグマンとか・・・・・」
「バグマンのことはよく知らないな。ウイムポーン・ワスプスのビーターだったこと以外は」
シリウスが言った。
「どんな人だ?」
「あの人は大丈夫だよ」ハリーが言った。
「三校対校試合で、いつも僕を助けたいって言うんだ」
「そんなことを言うのか?」
ジェームズはますます眉根に皺を寄せた。
「なぜそんなことをするのだろう?」
「僕のことを気に入ったって言うんだ」ハリーが言った。
「ふぅむ」
ジェームズは考え込んだ。
「『闇の印』が現れる直前に、私たち森でバグマンに出会ったわ」
ハーマイオニーがジェームズとシリウスに教えた。
「憶えてる?」
ハーマイオニーはハリー、ロン、に言った。
「うん、でも、バグマンは森に残ったわけじゃないだろ?」ロンが言った。
「騒ぎのことを言ったら、バグマンはすぐにキャンプ場に行ったよ」
「どうしてそう言える?」
ハーマイオニーが切り返した。
「『姿くらまし』したのに、どうして行き先がわかるの?」
「やめろよ」
ロンは信じられないという口調だ。
「ルード・バグマンが『闇の印』を作り出したと言いたいのか?」
「ウィンキーよりは可能性があるわ」ハーマイオニーは頑固に言い張った。
「でも、バグマンにはちょっと無理があると思うわ」
はロンとハーマイオニーの間に入った。
「誰かはわからないけれど、『闇の印』を作り出した者は相当のやり手だと思う。バグマンみたいなのには、あれをつくる度胸はないわ」
ロンとハーマイオニーが黙ったのを見て、ジェームズが続けた。
「バーティ・クラウチがずっと不在・・・・・わざわざしもべ妖精にクィディッチ・ワールドカップの席を取らせておきながら、観戦には来なかった。三校対抗試合の復活にずいぶん尽力したのに、それにも来なくなった・・・・・たしかにクラウチらしくない。これまでのあいつなら、一日たりとも病気で欠勤したりしない。そんなことがあったら、私はバックビークを食ってみせるよ」
「それじゃ、クラウチを知ってるの?」ハリーが聞いた。
「ああ、クラウチのことはよく知っている」シリウスが静かに言った。
「わたしたちが一度『闇祓い』を辞めたころだった――」
ずっと、『闇祓い』じゃなかったの?」
が不思議そうに言った。
「ああ、いろいろ事情があってね・・・・・ヴォルデモートの失脚後、もう一度『闇祓い』の職に就いたんだ」
ジェームズが事も何気に言ったが、はその言葉の裏で、それ以上突っ込んではいけないと言われているような雰囲気を汲み取っていた。
「クラウチは当時、魔法省の警察である『魔法法執行部』の部長だった。次の魔法大臣と噂されていた」シリウスが言った。
「すばらしい魔法使いだ。強力な魔法力――それに、権力欲だ。ああ、ヴォルデモートの支持者だったことはない」
がもの言いたそうな顔をしているのを見つけてシリウスが付け足した。
「それはない。バーティ・クラウチは常に闇の陣営にはっきり対抗していた。しかし、闇の陣営に反対を唱えていた多くの者が・・・・・いや、君たちにはわかるまい・・・・・あのときは、まだ小さかったから・・・・・」
「僕のパパもワールドカップでそう言ったんだ」
ロンが、声にイライラを滲ませて言った。
「僕たちを試してくれないかな?」
シリウスの痩せた顔がニコッと綻びた。
「いいだろう。試してみよう・・・・・」
シリウスは洞窟の奥まで歩いていき、また戻ってきて話し始めた。
「ヴォルデモートが、いま、強大だと考えてごらん。だれが支持者なのかわからない。だれがあやつに仕え、だれがそうではないのか、わからない。あやつには人を操る力がある。だれもが、自分ではとめることができずに、恐ろしいことをやってしまう。自分で自分が怖くなる。家族や友達でさえ怖くなる。毎週、毎週、またしても死人や、行方不明や、拷問のニュースが入ってくる・・・・・魔法省は大混乱だ。どうしてよいやらわからない。すべてをマグルから隠そうとするが、一方でマグルも死んでゆく。いたるところ恐怖だ・・・・・パニック・・・・・混乱・・・・・そういう状態だった。最良の面を発揮する者もいれば、最悪の面が出る者もある。クラウチの主義主張は最初はよいものだったのだろう――私にはわからないが。あいつは魔法省でたちまち頭角を現わし、ヴォルデモートに従うものに極めて厳しい措置を取りはじめた。『闇祓い』たちに新しい権力が与えられた――例えば、捕まえるのではなく、殺してもいいという権力だ。裁判なしに『吸魂鬼』の手に渡された者が続出した。クラウチは暴力には暴力をもって立ち向かい、疑わしい者に対して、『許されざる呪文』を使用することを許可した。あいつは、多くの闇の陣営のやからと同じように、冷酷無情になってしまったといえる。たしかに、あいつを指示する者もいた――あいつのやり方が正しいと思うものもたくさんいたし、多くの魔法使いたちが、あいつを魔法省大臣にせよと叫んでいた。ヴォルデモートがいなくなったとき、クラウチがその最高の職に就くのは時間の問題だと思われた。しかし、そのとき不幸な事件があった・・・・・」
シリウスがニヤリと笑った。
「クラウチの息子が、『死喰い人』の一味と一緒に捕まった。この一味は、言葉巧みにアズカバンを逃れた者たちで、ヴォルデモートを探し出して権力の座に復帰させようとしていた」
「クラウチの息子が捕まった?」ハーマイオニーが息を呑んだ。
「そう」
シリウスは、今度は飛びつくようにパンの横に座り込み、パンを半分に引きちぎった。
「あのバーティにとっては、相当きついショックだったろうね。もう少し家にいて、家族と一緒に過ごすべきだった。そうだろう?たまには早く仕事を切り上げて帰るべきだった・・・・・自分の息子をよく知るべきだったのだ」
シリウスは大きなパンの塊を、ガツガツ食らいはじめた。
「自分の息子がほんとうに『死喰い人』だったの?」が聞いた。
「わからない」
シリウスはまだパンを貪っていた。
「あのとき捕まったのは、たしかに『死喰い人』だった。私の首を賭けてもいい。あの子がその連中と一緒に捕まったのも確かだ――しかし、屋敷しもべと同じように、単に、運悪くその場に居合わせただけかもしれない」
「クラウチは自分の息子に罰を逃れさせようとしたの?」
ハーマイオニーが小さな声で聞いた。
シリウスは犬の吠え声のような笑い方をした。
「クラウチが自分の息子に罰を逃れさせる?ハーマイオニー、君にはあいつの本性がわかっていると思ったんだが?少しでも自分の評判を傷つけるようなことは消してしまうやつだ。魔法省大臣になることに一生をかけてきた男だよ。献身的なしもべ妖精をクビにするのを見ただろう。しもべ妖精が、またしても自分と『闇の印』とを結びつけるようなことをしたからだ――それでやつの正体がわかるだろう?クラウチがせいぜい父親らしい愛情を見せたのは、息子を裁判にかけることだった。それとて、どう考えてもクラウチがどんなにその子を憎んでいるかを公に見せるための口実に過ぎなかった・・・・・それから息子を真っ直ぐアズカバン送りにした」
「自分の息子を『吸魂鬼』に?」は声を落とした。
「そのとおり」
シリウスはもう笑ってはいなかった。
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クラウチ氏の疑惑。