翌日、四人は正午に城を出た。校庭を淡い銀色の太陽が照らしていた。これまでになく穏やかな天気で、ホグズミードに着くころには、四人ともマントを脱いで片方の肩に引っかけていた。シリウスが持って来いといった食料は、ハリーとのカバンに入っている。鳥の足を二十四本、パン二本、かぼちゃジュース二瓶を、昼食のテーブルからくすねておいたのだ。
四人でゲラドラグス・魔法ファッション店に入り、ドビーへのみやげを買った。思いっきりケバケバしい靴下を選ぶのはおもしろかった。金と銀の星が点滅する柄や、あんまり臭くなると大声で叫ぶ靴下もあった。一時半、四人はハイストリート通りを歩き、ダービッシュ・アンドバングズ店を通り過ぎ、村の外れに向かっていた。
曲がりくねった小道が、ホグズミードを囲む荒涼とした郊外へと続いていた。住宅もこのあたりはまばらで、庭は大きめだった。四人は山の麓に向かって歩いていた。ホグズミードはその山懐にあるのだ。そこで角を曲がると、道の外れに柵があった。柵の一番高いところにすらっとした男性の姿が見え、その隣には新聞らしいものを口にくわえて四人を待っている大きな、毛むくじゃらの黒い犬。
「やあ、ハリー、。こんにちは、ロン、ハーマイオニー」
ジェームズがにっこりと笑って四人を歓迎した。黒い犬はハリーのカバンを夢中で嗅ぎ、尻尾を一度だけ振り、向きを変えてトコトコ走り出した。あたりは低木が茂り、上り坂で、いくては岩だらけの山の麓だ。ジェームズはついておいで、と一言言うと、ハリー、ロン、、ハーマイオニーをつれて、柵を乗り越え、シリウスのあとを追った。
ジェームズは四人を山のすぐ下まで導いた。あたり一面岩石で覆われている。四人はジェームズについて山を登った。ジェームズの歩く先には、シリウスの黒い尻尾が見える。およそ三十分、太陽に照らされながら曲がりくねった険しい石ころだらけの道を登っていった。
そして、最後に、シリウスがスルリと視界から消え、ジェームズがその手前で立ち止まった。四人がジェームズのそばまで行くと、狭い岩の裂け目があった。
「ここが今の我が家さ」
ジェームズが楽しそうにそういうと、彼は裂け目からその中に入っていった。四人もその真似をして中に入ると、中は薄暗い涼しい洞窟だった。一番奥に、大きな岩にロープを回して繋がれているのは、ヒッポグリフのバックビークだった。下半身は灰色の馬、上半身は巨大な鷲のバックビークは、四人の姿を見ると、獰猛なオレンジ色の目をギラギラさせた。四人が丁寧にお辞儀すると、バックビークは一瞬尊大な目つきで四人を見たが、鱗に覆われた前足を追って挨拶した。ハーマイオニーは駆け寄って羽毛の生えた首を撫でた。は、黒い犬が父親の姿に戻るのを見ていた。
シリウスはちゃんと身だしなみには気をつかっているらしく、そのまま、家に帰っても違和感はない。
「チキン!」
くわえていた「日刊予言者新聞」の古新聞を口から離し、洞窟の床に落としたあと、シリウスはかすれた声で言った。ハリーはカバンをパッと開け、鳥の足を一掴みと、パンを渡した。
「ありがとう」
そう言うなり、シリウスは包みを開け鳥の足をつかみ、洞窟の床に座り込んで、歯で大きく食いちぎった。
「食べてないの?」
はジェームズにも食べ物を渡しながら、そう聞いた。
「少しずつしか食べられなくてね」
ジェームズの返事にが不思議な顔をしてシリウスを見ると、シリウスが苦笑しながら付け足した。
「食べ物はジェームズが調達してきてくれるんだが、ここをあまり多く出入りすると目立ってしまうし、食料をあまりにも多く持ちすぎているとそれも目立ってしまうからな――」
そんなにまでして、二人がここにいるなんて、とは動揺した。
「でも、どうしてここにいるの?家にいれば、食べ物だって・・・・・」
「そうだよ。母さんたちは?」
ハリーもに畳み掛けるようにしてそう聞いた。
「私たちは現場にいたいのだ。君が最後にくれた手紙・・・そう、ますますきな臭くなっているとだけ言っておこう。だれかが新聞を捨てるたびに拾っていたのだが、どうやら心配しているのは私たちだけではないようだ」
シリウスは洞窟の床にある、黄色く変色した「日刊予言者新聞」を顎で指した。ロンが何枚か拾い上げて広げた。
しかし、ハリーももジェームズとシリウスから目を話さなかった。
「捕まったらどうするの?」
が厳しい表情でそう問いかけると、シリウス同様、床に座ってパンを食べていたジェームズが笑った。
「、君はますますに似てくるね」
「ごまかさないで!」
がジェームズを睨むと、ジェームズはため息をつきながら、を手招きした。はゆっくりと近づくと、ストンとジェームズの目の前に座った。ジェームズはパンくずを叩き落とすと、に手を伸ばし、彼女と目を合わせた。
「もし万が一、君たちに何かあった場合、家にいれば、すぐに駆けつけることができない。連絡も遅くなるしね。でも、ここにいればホグワーツからも近いし、何かあればすぐにわかる――君の悪夢の一件もあるしね」
は自分の所為で彼らが、むしろシリウスが、捕まる危険性のある上に、過酷な生活をしているのが申し訳なかった。そんなことをするよりも、家でゆっくりしていてほしかった。
「が気にすることじゃない」
そんな思いが顔に出ていたのか、ジェームズが優しくの頭を撫でた。
「むしろ、君が勇気を出してくれたことが何より嬉しいよ」
そして、ジェームズはの耳元で囁いた。
「ダンブルドアに知らせてくれるようになって、少し安心した。えらかったよ」
はどんな表情をして良いのかわからず、はにかんでみせた。
「それに、誰も僕らを見つけることはできないさ。無論、リーマスたちはここの場所を知ってるけどね。君の父親を捕まえようとする人々はここには来られない――悪戯仕掛け人には誰にも敵わないよ」
ジェームズが自信満々にそういうと、なんだかそんな気がしてくるから不思議だ。
「で、母さんたちは今、どうしてるのさ」
ハリーがシリウスに視線を移した。
「彼女たちはもちろん家で君たちの安全を願ってるよ。流石に、家中の者でここに引っ越してくるわけにはいかないからね。でも、時々リーマスがここに顔を出すな。ついこの間もに会った、と言ってきた――クリスマスの次の日だったかな」
はハリーから咎めるような視線を受け、縮こまった。それに気付き、ジェームズが助け船をだした。
「今回は特別だ。もいろいろあるからね」
それでも、ハリーは少し不満そうだった。は話をそらすように、ロンとハーマイオニーの方を向き、声をかけた。
「何か書いてある?」
「ええ、『バーテミウス・クラウチの不可解な病気』、『魔法省の魔女、いまだに行方不明――いよいよ魔法省大臣自ら乗り出す』ですって」
ハーマイオニーは新聞をに手渡した。ハリーもそばに来て、二人は新聞に目を通した。
十一月以来、公の場に現れず・・・・・家に人影はなく・・・・・聖マンゴ魔法疾患傷害病院はコメントを拒否・・・・・魔法省は重症の噂を否定・・・・・。
「まるでクラウチが死にかけているみたいだ」
ハリーが考え込んだ。
「だけど、ここまで来られる人がそんなに重い病気のはずないし・・・・・」
「僕の兄さんが、クラウチの秘書なんだ」
あぁ、とロンの言葉にジェームズが思い出したように言った。
「パーシー君、だっけ?」
知ってるのか、とシリウスが驚いたようにジェームズを見た。
「いや、アーサーから聞いたことがあるだけだ――話の腰を折ったね。続けて」
ジェームズに言われ、ロンは口を開いた。
「兄さんは、クラウチが働きすぎだって言ってるんだ」
「だけど、あの人、僕が最後に近くで見たときは、ほんとうに病気みたいだった」
ハリーが新聞から顔を上げ、ゆっくりそう言った。
「僕の名前がゴブレットから出てきたあの晩だけど・・・・・」
久しぶりのシリ&ジェの登場。