Sincereness 本音
「――信じられない」が息を吐きだした。
「しかし、それが事実だ」
シリウスが暗い表情でそう告げた。がシリウスを困ったような不安そうな目で見つめると、シリウスは父親の表情に戻り、の頭を優しく撫でた。
「クラウチは権力に溺れていた。息子よりも自分の地位が大切だった」
はシリウスの目を見ながら、小さな声で問いかけた。
「パパは私がもし裁判にかけられたら――」
「アズカバン送りになんてするわけないだろう」
シリウスはがすべてを言い終わらないうちに、はっきりとそう断言した。
「何があっても自分の子供を『吸魂鬼』になんて渡さない」
「――の彼氏にも、だろ?」
ずっと大人しく様子を見ていると思ったら、突然ジェームズは厳しい突っ込みを入れた。
「ジェームズ!」
シリウスとは揃ってジェームズをにらんだ。
「怖い怖い」
ジェームズはニヤリと笑いながら、そう言った。
「リーマスから聞いたぞ。のダンスの相手を突き止めようと躍起になって問い詰めたんだって?」
シリウスは赤くなって、あわてて言い訳を始めたが慌て過ぎていて何を言っているのかわからない上に、ジェームズのニヤニヤ笑いが酷いため、シリウスの声もそれにつられて大きくなっていく。
「それじゃ」
ハリーがシリウスに負けないくらいの大きな声で割り込むと、ジェームズもシリウスも一応真面目な顔になってハリーに注目した。
「息子はまだアズカバンにいるの?」
「いや」
シリウスがゆっくり答えた。
「いや。あそこにはもういない。連れて来られてから約一年後に死んだ」
死んだ?
「みんなそうなる」
ジェームズが苦々しげに答えた。
「たいがい気が狂う。最後には何も食べなくなる者が多い。生きる意志を失うのだ。死が近づくと、まちがいなくそれがわかる。『吸魂鬼』がそれを嗅ぎつけて興奮するからだ――ちなみにクラウチの奥方も息子が死んでからまもなくして死んだと聞いた。嘆き悲しんでね。息子と同じように憔悴していったらしい」
ジェームズは喉が渇いたのか、かぼちゃジュースの瓶を取り上げて飲み干した。
「そして、あのクラウチは、すべてをやり遂げたと思ったときに、すべてを失った」
シリウスは話を続けた。
「一時は、魔法省大臣と目されたヒーローだった・・・・・次の瞬間、息子は死に、奥方も亡くなり、家名は汚された。そして、人気も大きく落ち込んだ。あの子が亡くなると、みんながあの子に少し同情しはじめた。れっきとした家柄の、立派な若者が、なぜそこまで大きく道を誤ったのかと、人々は疑問に思い始めた。結論は、父親が息子をかまってやらなかったからだ、ということになった。そこで、コーネリウス・ファッジが最高の地位に就き、クラウチは『国際魔法協力部』などという傍流に押しやられた」
長い沈黙が流れた。は、クィディッチ・ワールドカップのとき、森の中で、自分に従わなかった屋敷しもべ妖精を見下ろしたときの、目が飛び出したクラウチの顔を思い浮かべていた。すると、ウィンキーが「闇の印」の下で発見されたとき、クラウチが過剰な反応を示したのには、こんな事情があったのか。息子の思い出が、昔の醜聞が、そして魔法省での没落が蘇ったのか。
「ムーディは、クラウチが闇の魔法使いを捕まえることに取り憑かれているって言った」
ハリーがシリウスに話した。
「ああ、ほとんど病的だと聞いた」シリウスは頷いた。
「わたしの推測では、あいつは、もう一人『死喰い人』を捕まえれば昔の人気を取り戻せると、まだそんなふうに考えているのだ」
「そして、学校に忍び込んで、スネイプの研究室を家捜ししたんだ!」
ロンがハーマイオニーを見ながら、勝ち誇ったように言った。
「そうだ。それがまったく理屈に合わない」ジェームズが言った。
「理屈に合うよ!」ロンが興奮して言った。
しかし、シリウスも頭を振った。
「ジェームズの言う通りだ。クラウチがスネイプを調べたいなら、試合の審査員としてこればいい。しょっちゅうホグワーツに来て、スネイプを見張る格好な口実ができるじゃないか」
「それじゃ、スネイプが何か企んでいるって、そう思ってるの?」
ロンが聞いた。が、ハーマイオニーが口を挟んだ。
「いいこと?あなたがなんと言おうと、ダンブルドアがスネイプを信用なさっているのだから――」
「まったく、いい加減にしろよ、ハーマイオニー」
ロンがイライラした。
「ダンブルドアは、そりゃ、すばらしいよ。だけど、ほんとにずる賢い闇の魔法使いなら、ダンブルドアを騙せないわけじゃない――」
「だったら、そもそもどうしてスネイプは、一年生のときハリーの命を救ったりしたの?どうしてあのままハリーを死なせてしまわなかったの?」
「知るかよ――ダンブルドアに追い出されるかもしれないと思ったんだろ」
「どう思う?シリウス?」
ハリーが声を張り上げ、ロンとハーマイオニーは、罵り合うのをやめて、耳を傾けた。
「二人ともそれぞれいい点を突いてる」
シリウスがロンとハーマイオニーを見て、考え深げに言った。
「スネイプがここで教えていると知って以来、私は、どうしてダンブルドアがスネイプを雇ったのかと不思議に思っていた。スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて、学校ではそれで有名だった。気味の悪い、べっとりと脂っこい髪をした子供だったよ。あいつは」
シリウスがそう言うと、ハリーとロンが顔を見合わせてニヤッとした。
「スネイプは学校に入ったとき、もう七年生の大半の生徒より多くの『呪い』を知っていた。スリザリン生の中で、後にほとんど全員が『死喰い人』になったグループがあり、スネイプはその一員だった」
シリウスは手を前に出し、指を折って名前を挙げた。
「ロジエールとウィルクス――両方ともヴォルデモートが失墜する前の年に、『闇祓い』に殺された。レストレンジたち――夫婦だが――アズカバンにいる。エイブリー――聞いたところでは、『服従の呪文』で動かされていたといって、辛くも難を逃れたそうだ――まだ捕まっていない。だが、わたしの知るかぎり、スネイプは『死喰い人』だと非難されたことはない――それだからどうというのではないが。『死喰い人』の多くが一度も捕まっていないのだから。しかも、スネイプは、たしかに難を逃れるだけの狡猾さを備えている」
「スネイプはカルカロフをよく知っている。でも、それを隠したがってる」
ロンが言った。
「うん。カルカロフが昨日、『魔法薬』のクラスに来たときの、スネイプの顔を見せたかった!」
ハリーが急いで言葉を継いだ。
「カルカロフがスネイプに話があったんだ。スネイプが自分を避けているっていカルカロフが言っていた。カルカロフはとっても心配そうだった。スネイプに自分の腕の何かを見せていたけど、何だったのか、僕たちには見えなかった」
「スネイプに自分の腕の何かを見せた?」
ジェームズはすっかり当惑した表情だった。何かに気を取られたように髪を指でかきむしり、それからまた肩をすくめた。
「さあ、わたしには何のことやらさっぱりわからない・・・・・しかし、もしカルカロフが心配していて、スネイプに答えを求めたとすれば・・・・・」
「でも、スネイプは助けてくれたわ。一年生の時、ダンブルドアをホグワーツに呼び戻したのはあの人だったし、二年生の時、惚れ薬の解毒剤やバジリスクに噛まれた傷の手当てをしたのもあの人よ。三年生の時は――リーマスが助けてくれたけど・・・・・」
が正直にそう言うとジェームズがクスクスと笑った。
「リーマスは面倒見がいいからね」
そして真面目な顔になると、言った。
「ダンブルドアがスネイプを信用しているというのは事実だ。他の者なら信用しない場合でも、ダンブルドアなら信用するということもわかっている」
けれど、とジェームズは続けた。
「スネイプは気に食わない嫌な奴だ」
確かに、とシリウスも相槌をうった。
「それなら、ムーディとクラウチは、どうしてそんなにスネイプの研究室に入りたがるの?」
ハーマイオニーがしつこく言った。
「そうだな」
シリウスは考えながら答えた。
「マッド‐アイのことだ。ホグワーツに来たとき、教師全員の部屋を捜索するぐらいのことはやりかねない。ムーディは『闇の魔術に対する防衛術』を真剣に受け止めている。ダンブルドアと違い、ムーディのほうは誰も信用しないのかもしれない。ムーディが見てきたことを考えれば、当然だろう。しかし、これだけはムーディのために言っておこう。あの人は殺さずにすむときは殺さなかった。できるだけ生け捕りにした。厳しい人だが、『死喰い人』のレベルまで身を落とすことはなかった。しかし、クラウチは・・・・・クラウチはまた別だ・・・・・ほんとうに病気か?病気なら、なぜそんな身を引きずってまでスネイプの研究室に入り込んだ?病気でないなら・・・・・何が狙いだ?ワールドカップで、貴賓席に来れないほど重要なことをしていたのか?三校対抗試合の審査をするべきときに、何をやっていたんだ?」
ジェームズは洞窟の壁を見つけたまま、黙り込んだ。バックビークは見逃した骨はないかと、岩の床をあちこちほじくっている。
一方でシリウスは顔をあげ、ロンを見た。
「君の兄さんがクラウチの秘書だといったね?最近クラウチを見かけたかどうか、聞くチャンスはあるか?」
「やってみるけど」
ロンは自信なさそうに言った。
「でも、クラウチがなにか怪しげな事を企んでいる、なんていうふうに取られる言い方はしないほうがいいな。パーシーはクラウチが大好きだから」
「それに、ついでだから、バーサ・ジョーキンズの手掛かりがつかめたかどうか聞き出してみるといい」シリウスは別な「日刊予言者新聞」を指した。
「バグマンは僕に、まだつかんでないって教えてくれた」ハリーが言った。
「ああ、バグマンの言葉がそこに引用されている」
シリウスは新聞のほうを向いて頷いた。
「バーサがどんなに忘れっぽいかと喚いている。まあ、わたしの知っていたころのバーサとは変わっているかも知れないが、私の記憶では、バーサは忘れっぽくはなかった――むしろ逆だ。ちょっとぼんやりしていたが、ゴシップとなると、すばらしい記憶力だった。それで、よく災いに巻き込まれたものだ。いつ口を閉じるべきなのかを知らない女だった。魔法省では少々厄介者だったろう・・・・・だからバグマンが長い間探そうともしなかったのだろう・・・・・」
シリウスは大きなため息をついた。
「何時かな?」
「三時半よ」ハーマイオニーが答えた。
「もう学校に戻ったほうがいい」
シリウスが立ち上がりながら、そう言った。
「いいか。よく聞きなさい・・・・・」
シリウスはとくにハリーをじっと見た。
「君たちは、わたしに会うために学校を抜け出したりしないでくれ。いいね?ここ宛にメモを送ってくれ。これからも、おかしなことがあったら知りたい。しかし許可なしにホグワーツを出たりしないように。だれかが君たちを襲うかっこうのチャンスになってしまうから」
「僕を襲おうとした人なんてだれもいない。ドラゴンと水魔が数匹だけだよ」ハリーが言った。
しかし、シリウスはハリーを睨んだ。
「そんなことじゃない・・・・・この試合が終われば、私はまた安心して息ができる。つまり六月まではだめだ。それから、大切なことが一つ。君たちの間までわたしの話をするときは、『スナッフル』と呼びなさい。いいかい?」
シリウスはナプキンと空になったジュースの瓶をハリーに返した。
「村境まで送っていこう」
ジェームズはシリウスにここでじっとしているように言いつけると、四人を促して洞窟の外へでた。
「ジェームズの名前は変えなくていいの?」
はジェームズの後ろを歩きながら、そう問いかけた。
「わたしは特に追われる身でもないからね――でも、強いて言うなら、が呼びたいなら、『大好きなパパ』でもいいんだよ」
は呆れてため息をつくと、ジェームズに返事をしないことにした。
「まあ、冗談だけどね。でも、これだけは約束して、
なに、とはジェームズの隣に並んだ。
「もし君の身に危険が降りかかったら、すぐにわたしたちに連絡して」
「守護霊で?」が聞いた。
「なんでもいい。とにかくすぐに教えてくれ。そうすれば君のもとへ駆けつける」
はわかった、とジェームズの目を見てそう言った。
四人は岩だらけの山道を下って、柵のところまで戻った。そして、ジェームズとそれぞれ挨拶をすると、四人はジェームズに背を向けてホグズミードへと向かった。ジェームズは四人の姿が見えなくなるまでそこに立っていた。
「パーシーのやつ、クラウチのいろんなことを全部知ってるのかなあ?」
城への道を歩きながら、ロンが言った。
「でも、たぶん、気にしないだろうな・・・・・クラウチをもっと崇拝するようになるだけかもな。うん、パーシーは規則ってやつが好きだからな。クラウチはたとえ息子のためでも規則を破るのを拒んだって、きっとそういうだろう」
「パーシーは自分の家族を『吸魂鬼』の手に渡すことなんてしないわ」
ハーマイオニーが厳しい口調で言った。
「わかんねえぞ」ロンが言った。
「僕たちがパーシーの出世の邪魔になるとわかったら・・・・・あいつ、ほんとに野心家なんだから・・・・・」
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ジェームズが珍しく真剣に心配しています。