Armadillo bile アルマジロの胆汁
「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み・・・・・おう、おう、ポッター、今度は何の病気かね?ほかの少年とは違う。そうかもしれない・・・・・」
スリザリン生たちは前の席で笑いを隠そうともせず、大いに笑っている。
「――先日・ブラックとの関係も噂された十四歳のハリー・ポッターは・・・・・」
スリザリン女子学生たちの遠慮ないクスクス笑いが聞こえ、は顔から火が出そうだった。スネイプは一文読むごとに間を取って、スリザリン生が散々笑えるようにしていた。スネイプが読むと、十倍も酷い記事に聞こえる。
「・・・・・ハリーの応援団としては、次にはもっとふさわしい相手に心を捧げることを、願うばかりである。感動的ではないか」
スリザリン生の大爆笑が続く中、スネイプは雑誌を丸めながら鼻先で笑った。
「さて、四人を別々に座らせたほうがよさそうだ。もつれた恋愛関係より、魔法薬のほうに集中できるようにな。ウィーズリー、ここに残れ。ミス・グレンジャー、こっちへ。ミス・パーキンソンの横に。ブラック、マルフォイの隣だ。ポッター――我輩の机の前のテーブルへ。移動だ。さあ」
は意地の悪い笑みを浮かべているマルフォイの隣へ、のろのろと移動した。出来ればあまり関わりたくない。
「ブラック、早く魔法薬に取り掛かれ」
後ろからイライラした低い声が聞こえ、は苦々しく思いながらもマルフォイの隣に座り、材料を取り出した。
「さぞ愉快でしょうね」が唐突に言った。
マルフォイの手が止まり、はじっとマルフォイに見られているのを感じた。
「今回、僕は何も関わっていない。スキーターが勝手にやったことだ」
「白々しい――パーキンソンがスキーターの質問に答えてるじゃない」
マルフォイが肩をすくめ、作業に戻りながらに言った。
「僕が言わせたことじゃない。別に君が信じたくないのならそれでもいいけど」
は何だかいつもと何か違うと感じた。マルフォイの言葉にトゲがなく、嫌味臭くもない。いつもこうなら、マルフォイとも普通に話せるような気がした。
「今回だけよ」
はタマオシコガネの粉末を大鍋に空けながらそう言った。しかし、マルフォイは意味がわからなかったようで、怪訝な顔をしてを見た。
「だから、あなたを信用するのが、よ」
すると、マルフォイはいつもの憎たらしい笑みを浮かべた。
「別に君に信用されなくとも、僕を信用する人は他にも大勢いる」
嫌なヤツ、とは心の中で罵りながら魔法薬に没頭することにした。マルフォイもそれ以上話すことなく、黙々と作業を進めていった。
そのとき、地下牢教室の戸をノックする音がした。
「入れ」
スネイプがいつもどおりの声で言った。
戸が開くのをクラス全員が振り返ってみた。カルカロフ校長だった。スネイプの机に向かって歩いてくるのを、みんなが見つめた。ヤギ鬚を指で捻り捻り、カルカロフは何やら興奮していた。
「話がある」
カルカロフはスネイプのところまで来ると、出し抜けに言った。自分の言ってることをだれにも聞かれないように、カルカロフはほとんど唇を動かさずにしゃべった。下手な腹話術師のようだった。
の席からは二人が何を言っているのか聞こえなかったが、スネイプの目の前にいるハリーになら聞こえているだろうと思った。そして、カルカロフはスネイプに何を言われたのか、二時限続きの授業の間、ずっとスネイプの机のうしろでウロウロしていた。
終業ベルが鳴る少し前、ハリーがアルマジロの胆汁の瓶を引っくり返した。ハリーは大鍋の陰にしゃがみ込み、拭き始めた。はベルが鳴ると教科書と材料をしまいながら、ハリーを待つべきか、彼を見た。すると、ハリーもの方を振り返り、行って、と声に出さずに言った。もそれに頷いて見せると、カバンを持ち、ハーマイオニーの席に向かった。席を立つとき、後ろからマルフォイがまたな、と言った気がした。
「ハリーが先に行ってて、って」
はハーマイオニーが片付け終わるのを待って、そう言った。
「何してるの?」
ハーマイオニーは材料をカバンにしまいながら聞いた。
「さあ?スネイプとカルカロフの秘密のお話の聴講じゃない?」
「行こうぜ――ハリーは?」
そのとき、横からロンが顔をひょっこり出した。
「先に行ってって」
がロンの方を振り返った。
「そう。なら行こうぜ」
これ以上、ここには居たくないとばかりにロンがハーマイオニーを急かした。
「それにしたって、何の用だったのかしら」
教室を出て、階段を上がりきるとハーマイオニーが呟いた。
「きっと今頃ハリーがばっちり聞いてるよ」
が笑った。
「そうね。談話室にいればいいかしら。夕食までには時間があるし――」
ハーマイオニーがグリフィンドール塔に向かって歩き出すと、後ろから足音が聞こえてきて、カルカロフが地下牢教室へ続く階段から姿を現したところだった。カルカロフは三人に気づかないようで、そのまま早足で通り過ぎていった。
「何かありそうだよな」ロンが振り返って言った。
は立ち止まって、カルカロフが行った方向を見つめながら、そうね、と頷いた。
「大体、スネイプに用ってどういうこと?」
ハーマイオニーもそう相槌を打つと、ロンと一緒に歩き出した。はしばらくそのまま立ち止まっていたが、踵を返すと、二人の後を追った。
すると後ろから足音がし、が振り向けばハリーが走ってくるところだった。
「おかえりなさい」
はハリーが息を整えられるようにまた立ち止まった。
「二人の話を――聞いてきた」
ハリーは深呼吸をしながらそう言った。
「知ってる」
はにっこり笑うと、ハリーが落ち着いたのを見計らって歩き出した。
「で?」
ハリーはと並んで歩き出すと、さっき、自分の見たことを話し始めた。
「スネイプは何故かカルカロフを避けていたらしくて、カルカロフはスネイプが逃げられないように授業中に乗り込んできたらしい。それで、カルカロフはスネイプに左腕の内側にある何かを見せて、言ったんだ。こんなにはっきりしたのははじめてだって――その後はスネイプに気づかれて、聞けなかったし、カルカロフがさっさと地下牢から出てったから、僕も急いで出てきたんだ」
「カルカロフなら私たちもさっき見たわ。私たちには気づかない様子で、反対方向に歩いていったけど」
とにかく、とハリーは少し明るい表情で言った。
「明日、父さんたちに会うからさ――」
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素直なマルフォイ君。