三月に入ると、天気はカラッとしてきたが、校庭に出ると風が情け容赦なくてや顔を赤むけにした。ふくろうが吹き飛ばされて進路を逸れるので、郵便も遅れた。ホグズミード行きの日にちをシリウスに知らせる手紙を託したフクロウは、金曜の朝食のときに戻ってきた。羽が半分逆立っていた。ハリーがシリウスの返信を外すや否や、茶モリフクロウは飛び去った。また配達に出されてはかなわないと思ったに違いない。
シリウスの手紙は前のと同じくらい短かった。
ホグズミードから出る道に、柵が立っている(ダービッシュ・アンド・バングズ店を過ぎたところだ)。土曜日の午後二時に、そこにいること。二人分の食べ物を持てるだけ持ってきてくれ。
「まさかホグズミードに帰ってきたんじゃないだろうな?」
ロンが信じられないという顔をした。
「帰ってきたみたいじゃない?」ハーマイオニーが言った。
「それに、ジェームズも一緒ね――多分、リーマスではないわ」
がちらりとハリーを見ると、険しい顔をしていた。
「そんなバカな――捕まったらどうするつもり・・・・・」
「なんにも考えていないと思うわよ」
が肩をすくめた。
「まあ、あそこはもう、吸魂鬼がウジャウジャというわけじゃないし」
ロンが取り直すように言った。
ハリーは手紙を折り畳み、心配そうな顔をしていたが、午後の最後の授業に出かけるときには――二時限続きの「魔法薬学」の授業だ――地下牢教室への階段を下りながら、いつもよりずっと顔が明るかった。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが、パンジー・パーキンソンの率いるスリザリンの女子学生と一緒に、教室のドアの前に群がっていた。四人のところからは見えない何かを見て、みんなで思いっきりクスクス笑いをしている。ハリー、ロン、、ハーマイオニーが近づくと、ゴイルのただっ広い背中の陰から、パンジーのパグ犬そっくりの顔が、興奮してこっちを覗いた。
「来た、来た!」
パンジーがクスクス笑った。すると塊っていたスリザリン生の群れがパッと割れた。パンジーが手にした雑誌が、の目に入った――「週間魔女」だ。表紙の動く写真は巻き毛の魔女で、ニッコリ歯を見せて笑い、杖で大きなスポンジケーキを指している。
「あなたの関心がありそうな記事が載ってるわよ、グレンジャー!」
パンジーが大声でそう言いながら、雑誌をハーマイオニーに投げてよこした。そのとき、地下牢のドアが開いて、スネイプがみんなに入れと合図した。
新聞を見るために、ハリー、ロン、、ハーマイオニーは地下牢教室の一番後ろに向かった。スネイプが、今日の魔法薬の材料を黒板に書くのに後ろを向いたとたん、ハーマイオニーは急いで机の下で雑誌をパラパラめくった。ついに、真ん中のページに、ハーマイオニーは探していた記事を見つけた。ハリーとロンとも横から覗き込んだ。ハリーのカラー写真の下に、短い記事が載り、「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み」と題がついている。
ほかの少年とは違う。そうかもしれない――しかしやはり少年だ。あらゆる青春の痛みを感じている。と、リータ・スキーターは書いている。先日・ブラックとの関係も噂された十四歳のハリー・ポッターは、今ホグワーツでマグル出身のハーマイオニー・グレンジャーというガールフレンドを得て、安らぎを見出していた。すでに痛みに満ちたその人生で、やがてまた一つの心の痛手を味わうことになろうとは、少年は知る由もなかったのである。
ミス・グレンジャーは美しいとは言いがたいが、有名な魔法使いがお好みの野心家で、ハリーだけでは満足できないらしい。先ごろ行われたクィディッチ・ワールドカップのヒーローで、ブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムがホグワーツにやってきて以来、ミス・グレンジャーは二人の少年の愛情をもてあそんできた。クラムが、この擦れっ枯らしミス・グレンジャーに首っ丈なのは公の事実だが、夏休みにブルガリアに来てくれとすでに招待している。クラムは「こんな気持ちを久しぶりに味わっている」とはっきり言った。
しかしながら、この不幸な少年たちの心をつかんだのは、ミス・グレンジャーの自然な魅力(それも大した魅力ではないが)ではないかもしれない。
「あの子、ブスよ」活発でかわいらしい四年生のパンジー・パーキンソンは、そう言う。「だけど、『愛の妙薬』を調合することは考えたかもしれない。頭でっかちだから。たぶん、そうしたんだと思うわ」
「愛の妙薬」はもちろん、ホグワーツでは禁じられている。アルバス・ダンブルドアは、この件の調査に乗り出すべきであろう。しばらくのあいだ、ハリーの応援団としては、次にはもっと相応しい相手に心を捧げることを、願うばかりである。
「だから言ったじゃないか!」
記事をじっと見下ろしているハーマイオニーに、ロンが歯ぎしりしながら囁いた。
「リータ・スキーターにかまうなって、そう言ったろう!あいつ、君のことを、なんていうか――緋色のおべべ扱いだ!」
愕然としていたハーマイオニーの表情が崩れ、プッと吹き出した。
「緋色のおべべ?」
ハーマイオニーはロンのほうを見て、体を震わせてくすくす笑いを堪えていた。
「ママがそう呼ぶんだ。その手の女の人を」
ロンはまた耳元を真っ赤にしてボソボソ呟いた。
「せいぜいこの程度なら、リータも衰えたものね」
ハーマイオニーはまだクスクス笑いながら、机の下に「週間魔女」を突っ込んだ。
「バカバカしいの一言だわ」
ハーマイオニーはスリザリンのほうを見た。スリザリン生はみな、記事の嫌がらせ効果は上ったかと、教室のむこうから、ハーマイオニーとハリーの様子をじっとうかがっていた。ハーマイオニーは皮肉っぽく微笑んで、手を振った。そして、ハーマイオニー、、ハリー、ロンは「頭冴え薬」に必要な材料を広げ始めた。
「だけど、ちょっと変だわね」
十分後、タマオシコガネの入った乳鉢の上で乳棒を持った手を休め、ハーマイオニーが言った。
「リータ・スキーターはどうして知ってたのかしら・・・・・?」
「なにを?」ロンが聞き返した。「君、まさか『愛の妙薬』を調合してなかったろうな」
「バカ言わないで」
ハーマイオニーはパシッと言って、またタマオトシコガネをトントン潰しはじめた。
「違うわよ。ただ・・・・・夏休みに来てくれって、ビクトールが私に言ったこと、どうして知ってるのかしら?」
そう言いながら、ハーマイオニーの顔が緋色になった。そして、意識的にロンの目を避けていた。
「えーっ?」
ロンは乳棒をガチャンと取り落とした。
「湖から引き上げてくれたすぐあとにそう言ったの」
ハーマイオニーが口ごもった。
「サメ頭を取ったあとに。マダム・ポンフリーが私たちに毛布をくれて、それから、ビクトールが審査員に聞こえないように、私をちょっと脇に引っ張っていって、それで言ったの。夏休みにとくに計画がないなら、よかったら来ないかって――」
「それで、何て答えたんだ?」
ロンは乳棒を拾い上げ、乳鉢から十五センチも離れた机をゴリゴリ擦っていた。ハーマイオニーを見ていたからだ。
「そして、たしかに言ったわよ。こんな気持ちは久しぶりに感じてるって」
ハーマイオニーは燃えるように赤くなり、は感心したような顔になった。
「だけど、リータ・スキーターはどうやってあの人のいうことを聞いたのかしら?あそこにはいなかったし・・・・・それともいたのかしら?透明マントをほんとうに持っているのかもしれない。第二の課題を見るのに、こっそり校庭に忍び込んだのかもしれない・・・・・」
「それで、なんて答えたんだ?」
ロンがくり返し聞いた。乳棒であまりに強く叩いたので、机がへこんだ。
「それは、私、あなたやハリーが無事かどうか見るほうが忙しくて、とても――」
「君の個人生活のお話は、たしかに目眩くものではあるが、ミスグレンジャー」
氷のような声が四人のすぐ後ろから聞こえた。
「我輩の授業では、そういう話はご遠慮願いたいですな。グリフィンドール、十点減点」
四人が話しこんでいる間に、スネイプが音もなく四人の机のところまできていたのだ。クラス中が四人を振り返って見ていた。マルフォイは、すかさず、「汚いぞ、ポッター」のバッジを点滅させ、地下牢のむこうから見せ付けた。
「ふむ・・・・・その上、机の下で雑誌を読んでいたな?」
スネイプは「週刊魔女」をサッと取り上げた。
「グリフィンドール、もう十点減点・・・・・ふむ、しかし、なるほど・・・・・」
リータ・スキーターの記事に目を留め、スネイプの暗い目がギラギラ光った。
「ポッターは自分の記事を読むのに忙しそうだな・・・・・」
地下牢にスリザリン生の笑いが響いた。スネイプの薄い唇が歪み、不愉快な笑いが浮かんだ。ハリーが怒るのを尻目に、スネイプは声を出して記事を読み始めた。
スネイプ先生嫉妬?笑