「さて、全選手の準備ができました。第二の課題はわたしのホイッスルを合図に始まります。選手たちは、きっちり一時間のうちに奪われたものを取り返します」
遅刻スレスレで審査員席に疾走してきたハリーはどうやら課題を受ける気らしかった。クラムの隣にバグマンに立たせられていた。けれど、ロンもハーマイオニーもスタンドにいる気配がなかった。来ていないはずはない、とがいくら見渡せど、彼らの姿は見えなかった。
「では三つ数えます。いーち・・・・・にー・・・・・さん!」
ホイッスルが冷たく静かな空気に鋭く鳴り響いた。スタンドは拍手と歓声でどよめいた。ハリーは方法を見つけたのだろうか。は祈る思いでハリーの後ろ姿を見つめた。しかし、ハリーは一向に魔法を使う気配を見せない。観客もそれが分かったようで笑い声が漏れた。
そのとき、まったく突然、ハリーの身体に異変が起きたようだった。耳のすぐ下に鰓ができ、手には水かきがあった。そして、ハリーは水の中に飛び込んでいった。
穏やかな湖をただ眺めている一時間は苦痛以外の何者でもなかった。一体、彼らの大切なものとは何だったのか、ハリーが見つけた方法は一体何なのか、ロンとハーマイオニーはどこへ行ったのか、気になることはいくらでもあった。ただ、その答えは見つかるはずもなく、堂々めぐりを繰り返していた。そして、突然耳にした声で、は現実に引き戻された。
「戻ってきたぞ!」
誰が言ったのかわからなかったが、その声と共に水面からセドリック・ディゴリーとチョウが現れた。
スタンドの観衆が大きな歓声と拍手を二人に送った。
二人は岸辺へと泳ぎ、マダム・ポンフリーの世話になっていた。毛布で体を包み、「元気爆発薬」を飲ませたころに、また歓声が上がった。
がセドリックたちから視線をずらすと、フラーが一人で岸辺に向かって泳いでいるところだった。岸辺に上がり、立ち上がると妙にローブが短いことに気付いた。
「そうか、わかった」
の隣でフレッドがリーに話しかけるのを聞いた。リーはたち三人の分の席を取っておいてくれたのだ。
「奪われたものってあいつらの一番失いたくない人なんだ」
「俺はてっきりダンスパーティのパートナーかと思ったぜ」
リーがフレッドにそう言うのが聞こえた。そして、のもう一方の隣ではジョージが気遣うようにちらっとを見た。
「私なら大丈夫よ、ジョージ」
それに気付いたは横を向いてジョージに笑いかけた。
「無理、するなよな」
ジョージはそう言っての頭を撫でた。
「、ハーマイオニーがいたぞ」
まだ沸き上がった歓声に負けないようにフレッドがに言った。その声につられて湖を見るとハーマイオニーがクラムにと一緒に泳いでいた。
「あの組み合わせか!」
リーが心底びっくりしたと、まじまじと二人の様子を眺めた。
「クラムはが本命じゃなかったのか?」
新聞にも載ったし、とリーが続けようとしたが、フレッドに小突かれたのか、そのまま黙ってしまった。
「過去のことよ。誰だって心変わりはするわ」
の中でもあの新聞記事は思い出したくない出来事だった。しかし、もう傷ついたりしない。気持ちの整理も大分ついていた――セドリックに関しても、だ。
気まずい空気が流れた。そして、それに畳み掛けるようにして、ハリーは一向に現れる気配が無い。やっぱり、うまくいかなかったのだ。四年生が一時間も水の中で生き延びる方法を見つけるなど、ムリだったのだ。は早くシリウスやジェームズに相談していれば、と後悔した。
観客もハリーが戻ってこないので、ざわつき始めていた。しかし、審査員席の方は別に慌てた様子も無い。特にダンブルドアは落ち着いていて、静かに湖を見つめている。
は黙って湖を見つめた。気まずい雰囲気だったが、別に気にすることは無い。大して気にならなかった。それより、ハリーの身が心配だった。
突然、観客のざわめきが大きくなり、湖の真ん中から最後の代表選手、ハリーの頭が飛び出した。ロンと見知らぬ少女を連れている。せいぜい八歳くらいの銀色の豊かな髪から、フラーの妹だろうと思った。そしてハリーの周りをぐるりと囲んで、ボウボウとした緑の髪の頭が、いっせいに水面に現れた。
「おい、フラーの人質も連れてるんじゃないか?」
スタンドの上のほうからそんな声が聞こえ、観客の一部から笑いが漏れた。
「バカなポッターめ」
嘲笑う嫌な声が聞こえ、ふと見上げるとやはりマルフォイの声だった。向こうもこちらに気づいたらしく、ニヤッと笑うと赤い蛍光色の文字で「セドリック・ディゴリーを応援しよう――ホグワーツの真のチャンピョンを!」と書かれたバッジを見せ付けた。
「英雄気取りでフラーの人質まで助けたってか?」
「冷たい水の中に、女の子一人を残しておけなかったんじゃない?――彼、あなたと違って心優しいから」
嫌味ったらしくそう付け加え、はにっこり笑った。
「どうでもいいけどそのバッジ、もう流行遅れじゃない?ダサい男は嫌われるわよ」
すると、の両隣から笑い声が漏れ、マルフォイの顔が赤く染まった。
「おまえこそどうなんだ?結局、誰の男からも好かれて無いみたいじゃないか!」
カッとなったらしく、マルフォイは新聞記事の話を持ち出してきた。しかし、の方も、もう気持ちの整理がついており、そんな嫌がらせもあしらう事が出来るようになっていた。
「あら、そんなことはないわ。きっと三人とも照れ屋さんなのよ」
そうおどけて見せると、今度こそ両隣の笑い声が激しくなり、マルフォイはをやり込める手口がなくなってしまった。
「覚えてろよ」
顔を真っ赤にしながら、マルフォイはそう言った。は少しやりすぎたかな、とも思ったが、結構清々した。そして、前を向くと、未だに両脇は腹を抱えて笑っている。
「『きっと三人とも照れ屋さんなのよ』」
リーがの声真似をして、再び、双子が爆笑していた。しかし、別に不快ではなかった。彼らの笑いは気持ちの良いものだった。
ルード・バグマンの魔法で拡大された声が轟き、スタンドはしんとなった。
「レディーズ アンド ジェントルメン!審査結果が出ました。水中人の女長、マーカスが、湖底で何があったかを仔細に話してくれました。そこで、五十点満点で、各代表選手は次のような得点となりました・・・・・」
マルフォイの相手をしている間にハリーもロンもフラーの妹もマダム・ポンフリーの世話になったらしく、毛布に包まっていた。
「ミス・デラクール。すばらしい『泡頭呪文』を使いましたが、水魔に襲われ、ゴールに辿り着けず、人質を取り返すことができませんでした。得点は二十五点」
スタンドから拍手が沸いた。
「セドリック・ディゴリー君。やはり『泡頭呪文』を使い、最初に人質を連れて帰ってきました。ただし、制限時間の一時間を一分オーバー。そこで、四十七点を与えます」
ハッフルパフから大きな声援が沸いた。チョウがセドリックに熱い視線を送ったのをハリーは見た。
「ビクトール・クラム君は変身術が中途半端でしたが、効果的なことには変わりありません。人質を連れ戻したのは二番目でした。得点は四十点」
カルカロフが得意顔で、とくに大きく拍手した。
「ハリー・ポッター君の『鰓昆布』はとくに効果が大きい」
「『鰓昆布』?」聞いたことの無い言葉に、は首をかしげた。
その間もバグマンの解説は続いた。
「戻ってきたのは最後でしたし、一時間の制限時間を大きくオーバーしていました。しかし、水中人の長の報告によれば、ポッター君は最初に人質に到着したとのことです。遅れたのは、自分の人質だけではなく、全部の人質を安全に戻らせようと決意したせいだとのことです」
後ろから嫌な笑い声が聞こえてきた。きっとマルフォイだろう。
「ほとんどの審査員が」――と、ここでバグマンは、カルカロフをじろりと見た――「これこそ道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見でした。しかしながら・・・・・ポッター君の得点は四十五点です」
スタンドが大きく沸いた。もみんなと一緒に大きな拍手をハリーに送った。
「第三の課題、最終課題は、六月二十四日の夕暮れ時に行われます」
引き続きバグマンの声がした。
「代表選手はそのきっかり一ヶ月前に、課題の内容を知らされることになります。諸君代表選手の応援をありがとう」
一先ず、六月近くまで心配事が一つ減った。はそう思うと少し足取りが軽くなった。
ハリー、お疲れ様!