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The tears of the giant 巨人の涙
小屋のカーテンはまだ閉まったままだった。四人が近づいたので、ファングが吠える声が聞こえた。
「ハグリッド!」
玄関の戸をガンガン叩きながら、ハーマイオニーが叫んだ。
「ハグリッド、いい加減にして!そこにいることはわかってるわ!あなたのお母さんが巨人だろうとなんだろうと、だれも気にしてないわ、ハグリッド!リータみたいな腐った女にやられてちゃダメ!ハグリッド、ここから出るのよ。こんなことしてちゃ―――」
ドアが開いた。ハーマイオニーは「ああ、やっと!」と言い掛けて、突然口をつぐんだ。ハーマイオニーに面と向かって立っていたのは、ハグリッドではなく、アルバス・ダンブルドアだった。
「こんにちは」
ダンブルドアは四人に向かって微笑みかけながら、心地よく言った。
「私たち――あの――ハグリッドに会いたくて」
ハーマイオニーの声が小さくなった。
「おお、わしもそうじゃろうと思いましたぞ」
ダンブルドアは目をキラキラさせながら言った。
「さあ、お入り」
「あ・・・・・あの・・・・・はい」ハーマイオニーが言った。
ハーマイオニー、、ロン、ハリーの四人は、小屋に入った。ハグリッドは、大きなマグカップが二つ置かれたテーブルの前に座っていた。ひどかった。顔は泣いて斑になり、両目は腫れ上がり、髪の毛にいたっては、これまでの極端から反対の極端へと移り、撫でつけるどころか、いまや、絡み合った針金のカツラのように見えた。
「やあ、ハグリッド」ハリーが挨拶した。
ハグリッドは目を上げた。
「よう」ハグリッドはしゃがれた声を出した。
「もっと紅茶が必要じゃの」
ダンブルドアは四人が入ったあとで戸を閉め、杖を取り出してクルクルッと回した。空中に、紅茶を載せた回転テーブルが現われ、ケーキを載せた皿も現われた。ダンブルドアはテーブルの上に回転テーブルを載せ、みんながテーブルに着いた。ちょっと間を置いてから、ダンブルドアが言った。
「ハグリッド、ひょっとして、ミス・グレンジャーが叫んでいたことが聞こえたかね?」
ハーマイオニーはちょっと赤くなったが、ダンブルドアはハーマイオニーに微笑みかけて言葉を続けた。
「ハーマイオニーももハリーもロンも、ドアを破りそうなあの勢いから察するに、今でもおまえと親しくしたいと思っているようじゃ」
「もちろん、僕たち、今でもハグリッドと友達でいたいと思ってるよ!」
ハリーがハグリッドを見つめながら言った。
「あんなブスのスキーター婆ぁの言うことなんか――すみません。先生」
ハリーは慌てて謝り、ダンブルドアの顔を見た。
「急に耳が聞こえなくなってのう、ハリー、いまなんと言うたか、さっぱりわからん」
ダンブルドアは天井を見つめ、手を組んで親指をクルクルもてあそびながら言った。
「あの――えーと――」
ハリーがおずおずと言った。
「僕が言いたかったのは――ハグリッド、あんな――女が――ハグリッドのことをなんて書こうと、僕たちが気にするわけないだろう?」
コガネムシのような真っ黒なハグリッドの目から、大粒の涙が二つ部溢れ、モジャモジャ髯をゆっくりと伝って落ちた。
「わしが言ったことの生きた証拠じゃな、ハグリッド」
ダンブルドアはまだじっと天井を見上げたまま言った。
「生徒の親たちから届いた、数え切れないほどの手紙を見せたじゃろう?自分たちが学校にいた頃のおまえのことをちゃんと覚えていて、もし、わしがおまえをクビにしたら、一言言わせてもらうと、はっきりそう書いてよこした――」
「全部が全部じゃねえです」ハグリッドの声はかすれていた。
「みんながみんな、俺が残ることを望んではいねえです」
「それはの、ハグリッド、世界中の人に好かれようと思うのなら、残念ながらこの小屋にずっと長いこと閉じこもっているほかあるまい」
ダンブルドアは半月メガネの上から、今度は厳しい目を向けていた。
「わしが校長になって、学校運営のことで、少なくとも週に一度はふくろう便が苦情を運んでくる。かといって、わしはどうすればよいのじゃ?校長室に立てこもって、だれとも話さんことにするかの?」
「そんでも――先生は半巨人じゃねえ!」
ハグリッドがしゃがれた声で言った。
「ハグリッド。じゃ、私はどうなるの?」
が怒った。
「私だって、あの女にいろいろ書かれた!でも隠れたりしてないわ。それに、私、ブラック家の末裔なのよ」
「その通りじゃ」
ダンブルドア校長が言った。
「わしの兄弟のアバーフォースも、ヤギに不適切な呪文をかけた咎で起訴されての。あらゆる新聞に大きく出た。しかしアバーフォースが逃げ隠れしたかの?いや、しなかった。頭をしゃんと上げ、いつものとおり仕事をした!もっとも、字が読めるのかどうか定かではない。したがって、勇気があったことにはならんかもしれんがのう・・・・・」
「戻って来て、教えてよ、ハグリッド」
ハーマイオニーが静かに言った。
「お願いだから、戻って来て。ハグリッドがいないと、私たちほんとに寂しいわ」
ハグリッドがゴクッと喉を鳴らした。涙がボロボロと頬を伝い、モジャモジャの髯を伝った。ダンブルドアが立ち上がった。
「辞表は受け取れぬぞ、ハグリッド。月曜日に授業に戻るのじゃ」
ダンブルドアが言った。
「明日の朝八時半に、大広間でわしと一緒に朝食じゃ。言い訳は許さぬぞ。それでは皆、元気での」
ダンブルドアは、ファングの耳をカリカリするのにちょっと立ち止まり、小屋を出て行った。その姿を見送り、戸が閉まると、ハグリッドはゴミバケツの蓋ほどもある両手に顔を埋めて啜り泣き始めた。ハーマイオニーはハグリッドの腕を軽く叩いて慰めた。やっと顔を上げたハグリッドは、目を真っ赤にして言った。
「偉大なお方だ。ダンブルドアは、偉大なお方だ・・・・・」
「うん、そうだね」
ロンが言った。
「ハグリッド、このケーキ、一つ食べてもいいかい?」
「ああ、やってくれ」
ハグリッドは手の甲で涙を拭った。
「ん。あのお方が正しい。そうだとも――おまえさんら、みんな正しい・・・・・俺はバカだった・・・・・俺の父ちゃんは、俺がこんなことをしてるのを見たら、恥ずかしいと思うに違えねえ・・・・・」
またしても涙が溢れ出たが、ハグリッドはさっきよりきっぱりと涙を拭った。
「父ちゃんの写真を見せたことがなかったな?どれ・・・・・」
ハグリッドは立ち上がって洋服箪笥のところへ行き、引き出しを開けて写真を取り出した。ハグリッドと同じくクシャクシャッとした真っ黒な目の、小柄な魔法使いが、ハグリッドの肩に乗っかってニコニコしていた。そばのりんごの木から判断して、ハグリッドは優にニメートル豊かだが、顔には髯がなく、若くて、丸くて、ツルツルだった――せいぜい十一歳だろう。
「ホグワーツに入学してすぐに撮ったやつだ」ハグリッドはしゃがれた声で言った。
「親父は大喜びでなあ・・・・・俺が魔法使いじゃねえかもしれんと思ってたからな。ほれ、おふくろのことがあるし・・・・・うん、まあ、俺はもちろん、あんまり魔法がうまくはなかったな。うん・・・・・しかし、少なくとも、親父は俺が退学になるのを見ねえですんだ。死んじまったからな。二年生のときに・・・・・親父が死んでから、俺を支えてくれなさったのがダンブルドアだ。森番の仕事をくださった・・・・・人をお信じなさる。あの方は。だれにもでやり直しのチャンスをくださる・・・・・そこが、ダンブルドアとほかの校長との違うところだ。才能さえあれば、ダンブルドアはだれでもホグワーツに受け入れなさる。みんなちゃんと育つってことを知ってなさる。たとえ家系が・・・・・その、なんだ・・・・・そんなに立派じゃねえくてもだ。しかし、それが理解できねえやつもいる。生まれ育ちを盾にとって、批判するやつが必ずいるもんだ・・・・・骨が太いだけだなんて言うやつもいるな――『自分は自分だ。恥ずかしくなんかねえ』ってきっぱり言って立ち上がるより、ごまかすんだ。『恥じることはないぞ』って、俺の父ちゃんはよく言ったもんだ。『そのことでおまえを叩くやつがいても、そんなやつはこっちが気にする価値もない』ってな。親父は正しかった。俺がバカだった。あの女のことも、もう気にせんぞ。約束する。骨が太いだと・・・・・よう言うわ」
ハリー、ロン、、ハーマイオニーはソワソワと顔を見合わせた。ハグリッドがマダム・マクシームに話しているのを聞いてしまったと認めるくらいなら、「尻尾爆発スクリュート」五十匹を散歩に連れて行くほうがマシだと思った。しかしハグリッドは、自分がいま変なことを口走ったとも気づかないらしく、しゃべり続けていた。そして、父親の写真から目を上げて言った。
「お前さんたちのおかげだ。感謝しとる。ハリー、試合、頑張れよ」
午後も遅くなって、四人は一緒に城に戻った。
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元気出せ、ハグリッド!