そこで、その日の夕食後、四人はまた城を出て、凍てつく校庭を、ハグリッドの小屋へと向かった。小屋の戸をノックすると、ファングの轟くような吠え声が応えた。
「ハグリッド、僕たちだよ!」
ハリーはドンドンと戸を叩きながら叫んだ。
「開けてよ!」
ハグリッドの答えはなかった。ファングが哀れっぽく鼻を鳴らしながら、戸をガリガリ引っ掻く音が聞こえた。しかし、戸は開かない。それから十分ほど、四人は戸の前でねばったが、何の反応もなかった。ロンは小屋を回りこんで、窓をバンバン叩いた。それでも何の反応もない。
「どうして私たちを避けるの?」
ついに諦めて、城に向かって戻る道々、ハーマイオニーが言った。
「ハグリッドが半巨人だってこと、まさか、ハグリッドったら、私たちがそれを気にしてると思っているわけじゃないでしょうね?」
「さあ・・・・・」
が元気なく答えた。
しかし、ハグリッドはそれを気にしているようだった。その週、ハグリッドの姿はどこにも見当たらなかった。食事のときも教職員テーブルに姿を見せず、校庭で森番の仕事をしている様子もなかった。「魔法生物飼育学」は、グラブリー‐プランク先生が続けて教えた。マルフォイは、ことあるごとに満足げにほくそ笑んだ。
「混血の仲よしがいなくて寂しいのか?」
マルフォイは、ハリーが反撃できないように、だれか先生が近くにいるときだけを狙ってハリーに囁いた。
「エレファントマンに会いたいだろう?」
「どっか行きなさいよ、マルフォイ」がにらみつけた。
ハグリッドについての話の他、のダンス相手がマルフォイだったことが同学年の生徒たちの話題になり始め、はマルフォイに対してうんざりしていた。きっと、マルフォイ自身が言いふらしているに違いなかった。
一月半ばに、ホグズミード行きが許された。ハリーが行くつもりだと言ったので、ハーマイオニーは驚いた。
「せっかく談話室が静かになるのよ。このチャンスを利用したらいいのにと思って」
ハーマイオニーが言った。
「あの卵に真剣に取り組むチャンスよ」
「ああ。僕――僕、あれがどういうことなのか、もう相当いいとこまでわかってるんだ」
嘘だな、とはハリーの表情を見て思った。しかし、口には出さず、ハーマイオニーが感心する様子を眺めていた。
「ハリー、あなたってすごいわ!」
土曜日が来た。四人は連れ立って城を出、冷たい、湿った校庭を、校門のほうへと歩いた。湖に停留しているダームストラングの船のそばを通るとき、ビクトール・クラムがデッキに現われるのが見えた。水泳パンツ一枚の姿だ。痩せてはいるが、見かけよりずっとタフらしい。船の縁によじ登り、両腕を伸ばしたかと思うと、まっすぐ湖に飛び込んだ。
「狂ってる!」
クラムの黒い頭髪が湖の中央に浮き沈みするのを見つめながら、ハリーが言った。
「凍えちゃう。一月だよ!」
「あの人はもっと寒いところから来ているの」ハーマイオニーが言った。
「あれでも結構暖かいと感じてるんじゃないかしら」
「ああ、だけど、その上、大イカもいるしね」
ロンの声は、ちっとも心配そうではなかった――むしろ、何か期待しているようだった。ハーマイオニーはそれに気づいて顔をしかめた。
「あの人、ほんとにいい人よ」ハーマイオニーが言った。
「ダームストラング生だけど、あなたが考えているような人とはまったく違うわ。ここのほうがずっと好きだって、私にそう言ったの」
ロンは何も言わなかった。ダンスパーティー以来、ロンはビクトール・クラムの名を一度も口にしなかった。
雪でぬかるんだハイストリート通りを、は滑らないように歩いた。時たま、ハリーがキョロキョロあたりを見回すのを見て、ハグリッドを探しているのだとわかった。とうとう諦めたのか、ハリーが「三本の箒」に行こうと提案した。
パブは相変わらず混み合っていた。四人はカウンターに行き、マダム・ロスメルタにバタービールを注文した。
「あの人、いったいいつ、お役所で仕事してるの?」
突然ハーマイオニーがヒソヒソ声で言った。
「見て!」
ハーマイオニ−はカウンターの後ろにある鏡を指差していた。が覗くと、ルード・バグマンが映っていた。大勢の小鬼に囲まれて薄暗い隅のほうに座っている。バグマンは小鬼に向かって、低い声で早口にまくしたてている。小鬼は全員腕組して、何やら恐ろしげな雰囲気だ。
たしかにおかしい、とは思った。今週は三校対校試合がないし、審査の必要もないのに、週末にバグマンが「三本の箒」にいる。は鏡のバグマンを見つめた。バグマンはまた緊張している。あの夜に、「闇の印」が現われる直前に見た、バグマンのあの緊張ぶりと同じだ。しかしそのとき、チラリとカウンターを見たバグマンが、こちらを見つめて立ち上がった。
「すぐだ。すぐだから!」
は、バグマンが小鬼に向かってぶっきらぼうにそういうのを聞いた。そして、バグマンは急いでこちらにやってきた。少年のような笑顔が戻った。
「ハリー!」バグマンが声をかけた。
「元気か?君にばったり会えるといいと思っていたよ!すべて順調かね?」
「はい。ありがとうございます」ハリーが答えた。
「ちょっと、二人だけで話したいんだが、どうかね、ハリー?」バグマンが頼み込んだ。
「君たち、三人とも、ちょっとだけはずしてくれるかな?」
「あ――はい」
はそう言うと、ロンとハーマイオニーと三人でテーブルを探しに行った。
バグマンは、マダム・ロスメルタから一番遠いカウンターの隅に、ハリーを引っ張っていった。
「何を話しているのかしら」
テーブルにつくと同時、ハーマイオニーがつぶやいた。
「さあ?でも、聞かれたくない話ってわけね」
は二人の様子を見ながら、ハーマイオニーの呟きに返事した。
そのとき、店の入り口に赤毛の頭がチラリと見え、は立ち上がった。向こうもこちらに気づいたようで、カウンターで注文すると三人が座っているテーブルに近づいて来た。
「やあ。奇遇だね」
ジョージが言った。フレッドは空いている椅子に座ると、三人の顔を見回して不思議そうに聞いた。
「一人足りないな。どうした?」
「バグマンに取られたのよ」
がハリーとバグマンの方を指差すと、フレッドとジョージは顔を見合わせてそちらの方へ行ってしまった。
「なんだ?」
ロンが不思議そうに自分の兄貴たちを眺めた。
「バグマンに用事でもあるのかしら」ハーマイオニーが言った。
そして、二人と入れ替わりに、ハリーが戻ってきた。
「何の用だったんだい?」
ハリーが椅子に座るや否や、ロンが聞いた。
「金の卵のことで、助けたいって言った」
ハリーが答えた。
「そんなことしちゃいけないのに!」
ハーマイオニーはショックを受けたような顔をした。
「審査員の一人じゃない!どっちにしろ、ハリー、あなたもうわかったんでしょう?――そうでしょう?」
「あ・・・・・まあね」
「でも、バグマンがハリーに八百長を勧めてたなんて、ダンブルドアが知ったら、きっと気に入らないと思うわ!」
ハーマイオニーは、まだ、絶対に納得できないという顔をしていた。
「バグマンが、セドリックもおんなじように助けたいって思っているならいいんだけど!」
は「セドリック」という単語に、ぴくっと自分が反応するのがわかった。しかし、三人とも、バグマンの八百長騒ぎに気を取られ、に気づく様子はなかった。
「それが、違うんだ。僕も質問した」ハリーが言った。
「ディゴリーが援助を受けているかいないかなんて、どうでもいいだろ?」
ロンが言った。ハリーの表情が一瞬、その通りだと語った。
「あの小鬼たち、あんまり和気藹々の感じじゃなかったわね」
バタービールを啜りながら、ハーマイオニーが言った。
「こんなところで、何していたのかしら?」
「クラウチを探してるって、バグマンはそう言ったけど」ハリーが言った。
「クラウチはまだ病気らしい。仕事に来てないんだって」
「パーシーが一服持ってるんじゃないか」ロンが言った。
「もしかしたら、クラウチが消えれば自分が『国際魔法協力部』の部長に任命されるって思ってるんだ」
ハーマイオニーが、「そんなこと、冗談にも言うもんじゃないわ」という目つきでロンを睨んだ。
「変ね。小鬼がクラウチさんを探すなんて・・・・・ふつうなら、あの連中は『魔法生物規制管理部』の管轄でしょうに」
「でも、クラウチはいろんな言葉がしゃべれるし」ハリーが言った。
「たぶん、通訳が必要なんだろう」
「今度はかわいそうな『小鬼ちゃん』の心配かい?」
ロンがハーマイオニーに言った。
「エス・ピー・ユー・ジーかなんか始めるのかい?醜い小鬼を守る会とか?」
「お・あ・い・に・く」
ハーマイオニーが皮肉たっぷりに言った。
「小鬼には保護は入りません。ビンズ先生のおっしゃったことを聞いていなかったの?小鬼の反乱のこと?」
「聞いてない」ハリーとロンが即答した。
ハーマイオニーが呆れ顔になった。はとっさに、ハーマイオニーの小言が出ると思い、彼女に代わって二人に説明した。
「つまり、小鬼たちは魔法使いに立ち打つできる能力があるの。あの連中はとっても賢いわ。自分たちのために立ち上がろうとしない屋敷しもべ妖精とは違ってね」
「お、わ」ロンが入り口を見つめて声を上げた。
リータ・スキーターが入ってきたところだった。今日はバナナ色のローブを着ている。長い爪をショッキング・ピンクに染め、いつもの腹の出たカメラマンを従えている。飲み物を買い、カメラマンと二人でほかの客を掻き分け、近くのテーブルにやって来た。近づいてくるリータ・スキーターを、ハリー、ロン、、ハーマイオニーが睨みつけた。
スキーターは何かとても満足げに、早口でしゃべっている。
「・・・・・あたしたちとあんまり話したくないようだったわねえ、ボゾ?さーて、どうしてか、あんた、わかる?あんなにぞろぞろ小鬼を引き連れて、何してたんざんしょ?観光案内だとさ・・・・・バカ言ってるわ・・・・・あいつはまったく嘘が下手なんだから。何か臭わない?ちょっとほじくってみようか?『魔法ゲーム・スポーツ部、失脚した元部長、ルード・バグマンの不名誉』・・・・・なかなか切れのいい見出しじゃないか、ボゾ――あとは、見出しに合う話を見つけるだけざんす――」
「まただれかを破滅させるつもりか?」ハリーが大声を出した。
何人かが声のほうを振り返った。リータ・スキーターは、声の主を見つけると、宝石縁のメガネの奥で、目を見開いた。
「ハリー!」リータ・スキーターがニッコリした。
「すてきざんすわ!こっちに来て一緒に――」
「おまえなんか、いっさいかかわりたくない。三メートルの箒を中に挟んだっていやだ」
ハリーはカンカンに怒っていた。そして、立ち上がり、ジェームズとそっくりな怒りのまなざしでリータ・スキーターを睨みつけていた。
「いったい何のために、記事を書くんだ?始めは、その次にハグリッド。次は誰を傷つけるんだ?」
リータ・スキーターは、眉ペンシルでどぎつく描いた眉を吊り上げた。
「読者には真実を知る権利があるのよ。ハリー、あたくしはただ自分の役目を――」
「が誰と一緒にいようがお前に関係ないだろ!ハグリッドが半巨人だって、それがどうだっていうんだ?」ハリーが叫んだ。
「二人ともなんにも悪くないのに!」
酒場中がシンとなっていた。マダム・ロスメルタはカウンターの向こうで目を凝らしていた。注いでいる蜂蜜酒が大だるま瓶から溢れているのにも気づいていないらしい。
はこれほどまで、自分のために怒ってくれるハリーを見たことがなかった。自分の前にあるその背中が、これほどまでに大きいとは思わなかった。
リータ・スキーターの笑顔がわずかに動揺したが、たちまち取り繕って笑顔に戻った。ワニ革バッグの留め金をぱちんと開き、自動速記羽根ペンQQQを取り出し、リータ・スキーターはこう言った。
「ハリー、君の知っているそこにいる小娘とハグリッドについてインタビューさせてくれない?『純血の裏にある真実』、『筋肉隆々に隠された顔』ってのはどうざんす?君の意外な友情とその裏事情についてざんすけど」
突然ハーマイオニーが立ち上がった。手にしたバタービールのジョッキを手榴弾のように握り締めている。
「あなたって、最低の女よ」
ハーマイオニーは歯を食いしばって言った。
「記事のためなら、なんにも気にしないのね。だれがどうなろうと、たとえルード・バグマンだって――」
「お座りよ。バカな小娘のくせして。わかりもしないのに、わかったような口をきくんじゃない」
ハーマイオニーを睨みつけ、リータ・スキーターは冷たく言った。
「ルード・バグマンについちゃ、あたしゃね、あんたの髪の毛が縮み上がるようなことをつかんでいるんだ・・・・・もっとも、もう縮みあがっているようざんすけど――」
ハーマイオニーのボサボサ頭をチラリと見て、リータ・スキーターが捨て台詞を吐いた。
「ハーマイオニーのことを悪く言うのは許さないわよ」
リータ・スキーターの捨て台詞にカッとなり、は無意識に杖に手が伸びていた。
「行きましょう」ハーマイオニーが言った。「さあ、――ハリー、ロン・・・・・」
ハーマイオニーに促され、三人は席を立った。大勢の目が、四人の出て行くのを見つめていた。出口に近づいたとき、はちらりと振り返った。リータ・スキーターの自動速記羽根ペンQQQが取り出され、テーブルに置かれた羊皮紙の上を、飛ぶように往ったり来たりしていた。
「ハーマイオニー、あいつ、きっと次は君を狙うぜ。だってまた攻撃されるかも」
急ぎ足で変える道々、ロンが心配そうに低い声で言った。
「目にのも見せてやる!バカな小娘?私が?絶対にやっつけてやる。最初は、次にハグリッド・・・・・」
「リータ・スキーターを刺激するなよ」ロンが心配そうに言った。
「ハーマイオニー、僕、本気で言ってるんだ。あの女、君の弱みを突いてくるぜ――」
「わたしの両親は『日刊預言者新聞』を読まないから、私は、あんな女に脅されて隠れたりしないわ!」
ハーマイオニーがどんどん早足で歩くので、ハリーもロンももついていくだけでやっとだった。にとって、ハーマイオニーがこんなに怒ったのを見るのは、ドラコ・マルフォイの横面をピシャリと叩いたとき以来だった。自分のために怒ってくれている、と思うと、は体の中心が暖かくなるのを感じた。
「それに、ハグリッドはもう逃げ隠れしてちゃダメ!あんな、ヒトのでき損ないみたいな女のことでおたおたするなんて、絶対ダメ!さあ、行くわよ!」
ハーマイオニーは突然走り出した。三人を従え、帰り道を走り続け、羽根の生えたイノシシ像が一対立っている校門を駆け抜け、校庭を突き抜けて、ハグリッドの小屋へと走った。
スキーターがとことん悪役。笑