「大丈夫かい?」
ルーピンはの抱き着いた腕が離れるのを感じ、そう聞いた。
「ええ」
には、ルーピンが待っているように思えた。自分が話すことを。
「ちょっと寂しくなっただけなの。本当よ」
の背中に回っていたルーピンの腕の片方がの頭に触れた。
「嘘だなんて思ってないよ」
ルーピンは優しい声でそう言って、の頭を撫でた。
「リーマス」
が小さな声で言った。その声にルーピンは何か、の意志を感じ、腕の動きを止めた。
「これはリーマスに話すことじゃないかもしれない。だけど、私、あなたになら話せる気がする」
ルーピンは再びが口を開くまで黙ってを抱きしめていた。
「私、セドリックが好きなの。でも恋愛感情として好きかって聞かれたら違う気がしてきたの。彼と手も繋いだし、抱きしめてももらった。それにダンスもしたわ。全部、素敵な思い出よ。だけど、彼をチョウに取られた時、私、寂しいとしか思わなかった。チョウに嫉妬しなかった――ううん、出来なかった。私、多分、本当はセドリックを好きになっていないの」
の必死な訴えに、ルーピンはかつて、自分の親友も恋愛に疎かったのを思い出した。もっとも、彼の場合、自分を好きだと言ってきた者に手当たり次第、「シリウス・ブラックの恋人」という地位を与えていただけに過ぎないが。
「、それは違うよ」
やんわりと否定され、は思わずルーピンを見つめた。
「君はきっとセドリックを好きだよ。だけど、確かに恋愛感情的なものではないと思う。友達以上の人として認識はしているだろう。多分、君はセドリックを兄妹として感じているんじゃないかな」
ルーピンはから目をそらさず、じっと彼女を見た。案の定、はその視線に耐え切れなくなって、俯いた。
「どうだい?何か心当たりはある?」
ルーピンの言葉を聞きながら、は心当たりがないこともない、と思った。確かに自分がもっと小さい時はセドリックはただの憧れであり、彼のことを聞かれて真っ赤になったことは覚えている。そして、夏休み、セドリックと出掛けたとき、頭を過ぎったのはジェームズとハリーの膨れっ面だった。
「・・・・・うん――リーマスはずっと知ってたの?私がセドリックを兄妹にしか思ってないって」
はルーピンのヨレヨレのローブをにぎりしめた。
「うっすらとね。でも気付いたのは夏休みからかな。どうやら恋愛については、我が身でなければ感覚が鋭いようでね」
ルーピンは昔の思い出に浸った。シリウスがの前で落ち着かないことに気付き、それから彼をジェームズと一緒に少しからかうようになった日のことを思い出した。
「セドリックも私を兄妹と思ってるのかしら」
「さあ?それはわからないな」ルーピンが言った。
「セドリックをわたしは直接見ていないから」
そして、ルーピンはぽんぽんともう一度、の頭を撫でると、いつものようにニッコリ笑ってを見た。
「もう大丈夫かい?」
「うん」
今度はも笑顔でそう返事した。ルーピンも安心したように微笑むと、に帰るように促した。
「あまり遅いとハリーが心配するんじゃないかい?」
ルーピンがの背中を押しながらそう言った。はその言葉にちょっとした違和感を感じたが、でもその違和感がどこからくるものか分からずに、素直に頷いた。
ルーピンは去年のシリウスとジェームズのように、「暴れ柳」の下まで送ってくれた。はずっと自分たちの後ろを歩いていたクルックシャンクスがスッと飛び出していくのを感じた。
「それじゃあ、気をつけてね」
ルーピンは幾分、真剣な顔付きでそう言った。
「それと、今回は見逃してあげるけれど、今度からは学校を抜け出したら、こっぴどく怒るからね」
やはり怒っていたのか、とが内心思うとルーピンが見透かしたように答えた。
「今回は特別。怒ってないよ。シリウスたちにもこのことは上手く言っておいてあげるから――君と会ったことは話さないといけないから、黙ってはあげられない」
何故、特別なのか、が聞くと、ルーピンは少し微笑んで答えた。
「実を言うと、わたしもシリウスも、ジェームズも、ダンスパーティが心配だったんだ。だから君と直接話して、顔を見れたことは、わたしたちにとっても有り難い」
なら私を見張ってたの、とは一言出そうになった。やはりルーピンが偶然、あの場にいたわけがないと思えてきた。しかし、彼らを出し抜けなかった自分にも非があると、は黙っていた。
「さあ、それじゃあ、本当にさようならだ。そろそろあたりも暗くなる。気をつけるんだ」
「うん。さようなら、リーマス」
は急いでルーピンに抱き着くと、振り向かずにトンネルを抜け出た。振り返ったのは玄関ホールについてからだった。
グリフィンドール塔に戻ると、ちょうどハリーとロンが夕食に出かけるところだった。
「、どこに行ってたんだ?ハーマイオニーが君を捜してたよ」
ハリーが談話室に入ってきたに気付き、声をかけた。
「散歩してたの」
は無意識に、クルックシャンクスを入れていたバッグを後ろに隠した。彼女とは「暴れ柳」を出て、別れたからバッグにはいないが、それでも気付かれそうで不安だった。
「そう。夕食はもう食べた?」
ロンは何も気付かなかったようで、にそう声をかけた。
「まだよ。ハーマイオニーは先に行ったのかしら」
「多分ね」ハリーが答えた。
それから自然に三人で夕食に向かった。もちろん、は大広間に行く前に、バッグを寝室に置いてきた。
「そういえば、小耳に挟んだんだけど――」
ロンがちらっとハリーを見て、それからを見た。
「昨日、マルフォイと踊ったって本当?ネビルが、そうマルフォイが自慢しているのを聞いたらしいんだ」
「そうさ」
が何か言う前に、横から嫌な声が聞こえてきた。
「失せろ、マルフォイ」
ハリーが唸るように言った。
「僕も大広間に向かう途中なんだ。むしろ、通路を塞ぐように立っている君たちの方が邪魔だろ」
マルフォイの言う通り、三人は通路の真ん中に立っており、夕食に向かう生徒たちが、三人を邪魔そうに避けながら歩いていた。
「行きましょう」
はハリーとロンを引っ張ったが、二人は動きそうになかった。
「ねえ!」
が呼んでも二人は耳に入らないようだった。
「ポッター、昔、僕の言ったことを覚えているか?」
唐突にマルフォイが言った。ハリーは何のことなのか分からないのか、黙っている。
「僕は言ったはずだ。彼女はブラック家の末裔だ――」
「行こうってば!」
は二人の腕を思いっきり引っ張った。すると、二人もやっとマルフォイを相手にしなくなり、と一緒に、グリフィンドールのテーブルに落ち着いた。
「じゃあ、本当なんだ」
何が、という質問はロンの顔を見ると喉に突っ掛かってしまった。
「私が誰と踊ろうと私の勝手でしょう」
はロンの視線をさけるようにそっぽを向いた。
「君、じゃあ何人の男と踊れば気が済むんだ?セドリックとも踊ってたんだ、そうだろう?」
「・・・・・仕方がなかった」
はロンに一言呟いた。
「仕方なかった?どこらへんが?君、セドリックの所為で酷い目に合ったじゃないか。もう忘れたのか?」
今度はハリーが横から低い声でに言った。その声から、ハリーが怒っていることがよくわかった。
「でも、あれは彼の所為じゃないわ。スキーターの所為よ。それに、私のダンスの相手に不満があるなら、どうしてその時私を誘ってくれなかったの?誰も傍にいなかったのよ!あなたたちは何もしてくれなかった!それなのに――酷いわ!」
はハリーに言い返すうちに、目が潤んできたのがわかった。しかし、涙は流すまいと必死になって堪えた。
ハリーもその様子を見て、言い過ぎたのかと思ったらしく、反省した様子で言った。
「ごめん。でも、君が好きでマルフォイと踊ったのかって思って――」
「誰が好きであんなやつと踊るもんですか!」
はハリーをにらんだ。
「セドリックとは?」
ロンはちょっと悪いと思っているのか、しかしそれでも好奇心に負けたようだった。
「・・・・・彼とは別に何でもないの。私、彼のこと恋愛対象じゃないのよ」
「え!」
の言葉にハリーもロンも相当驚いたようで、まじまじとを見た。
「だって、、夏に――」
「友達として一緒に出掛けたの。私、多分、最初から彼を恋愛対象として見ていなかったのよ」
が落ち着いた声でハリーにそう言うと、ハリーもロンも少し不思議な視線をに送った。
一方で、恋愛対象外という発言をした自身も、自分が妙に落ち着いていることが不思議でならなかった。
兄妹から恋愛に発展するかしら。いや、させる。笑