みんなが夕食を食べ終わったころ、ダンブルドアが立ち上がり、生徒たちにも立ち上がるように促した。そして、杖を一振りすると、テーブルはズイーッと壁際に退き、広いスペースができた。それから、ダンブルドアは右手の壁に沿ってステージを立ち上げた。ドラム一式、ギター数本、リュート、チェロ、バグパイプがそこに設置された。
いよいよ「妖女シスターズ」が、熱狂的な拍手に迎えられてドヤドヤとステージに上がった。全員異常に毛深く、着ている黒いローブは、芸術的に破いたり、引き裂いたりしてあった。それぞれが楽器を取り上げた。突然、テーブルのランタンがいっせいに消え、ほかの代表選手たちが、パートナーと一緒に立ち上がった。
「いよいよ始まるらしいわね」
アジェリーナがわくわくした声でそう言うのが聞こえた。
「妖女シスターズ」は、スローな物悲しい曲を奏ではじめた。セドリックがチョウを優しくリードしながら優雅にターンするのが目に入った。ハリーもパーバティにリードされながら踊っていた。家で踊ったときより、ハリーが滑稽に見えるのが不思議だった。
「さあ、じゃあ俺たちも踊ろう」
フレッド、ジョージ、リーがそれぞれのパートナーと一緒に立ち上がった。周りのテーブルも多くのペアが踊り始めている。
はジョージに手を引かれながらダンスフロアに歩み出た。そして、ジョージは片方の手をの腰に回し、もう一方の手での手をしっかり握り締めた。その場でスローなターンをしながら、そんなにつまらなくはないな、とは思った。ジョージのリードは上手で、彼の足を踏む心配もなかった。
その後、二曲続けて踊るとジョージもも流石に疲れてきた。は空いているテーブルに座るとダンスフロアを眺めた。ダンブルドア校長はスプラウト先生と、ルード・バグマンはマクゴナガル先生と踊っていた。マダム・マクシームはハグリッドと二人、生徒たちの間をワルツで踊りぬけ、ダンスフロアに幅広く通り道を刻んでいた。しばらくすると、ジョージが気を利かせてバタービールを持ってきてくれた。
「喉渇いただろ?」
ジョージはの隣に座ると、同じくダンスフロアを眺めた。
「一つ、聞いてもかまわない?」
は音楽に消されないよう、それでもまわりには聞こえないような声で聞いた。ジョージはどうした、とでも言うように、不思議そうな顔をしてを見つめた。
「なんで私と踊ってくれたの?」
「そりゃ、が美人――」
「嘘でしょ」
はジョージをさえぎって言った。なんとなく、そんな単純な理由ではなさそうな気がしていた。すると、ジョージは少し困ったような、照れくさそうな顔をした後、意を決したようにに向き直った。
「俺たち、家族みないなものだろ?家族ぐるみの付き合いしてさ――だから、放っておけなかったんだ。傷ついている君を見て」
はそれを聞いて心の深い部分がジーンと熱くなるのを感じた。
「あ――」
は自分で何を言おうとしているのか分からなかった。いつの間にか口が勝手に開き、ジョージに何かを伝えようとしていた。しかし、その何かはわからなかった。
「ジョージ」
そのとき、フレッドがアンジェリーナを連れて二人が座っているテーブルに来たことで、言葉は引っ込んでしまった。
「ああ、わかってるさ」
ジョージが立ち上がり、さっきまで彼が座っていたイスにアンジェリーナが腰掛けると、ジョージは決まり悪そうに謝った。
「俺たち、ちょっと用があるんだ。その代わり、アンジェリーナが傍にいてくれる――ごめんな、」
フレッドとジョージは二人揃ってダンスフロアを横断して、どこかに行ってしまった。は隣のアンジェリーナはフレッドが置いていってしまって怒っていないのかと横目で見ると、別に怒っている様子はなく、むしろ笑っていた。
「まったくもう、自分勝手よね、あの二人」
そうは言いながらも、アンジェリーナは楽しげだ。
「それじゃあ。あの二人がいない間に他の男の子たちと踊りましょ」
アンジェリーナはそう言って周りをキョロキョロ見回した。誰か手の空いている暇そうな男がいないかと探しているらしい。
そのとき、曲がまた終わって拍手の音が響いた。すると、隣でアンジェリーナが静かに立ち上がって、どこかに行ってしまった。が不思議に思ってアンジェリーナの後を追おうとすると、後ろから声をかけられた。
「、今暇なのかい?」
セドリックだった。いつもの優しい笑顔を浮かべて立っていた。どうやら、アンジェリーナは気を利かせてくれたらしい。
「え、えぇ。でも、あなたはチョウが――」
「チョウは今、休憩中だ。他の女の子たちと一緒におしゃべりしているよ」
そして、セドリックは静かに手を差し出した。
「どうだい?僕と一緒に踊らない?」
は自ずと自分の手をセドリックの手に重ねていた。そして、セドリックに優しくリードされながらダンスフロアに躍り出た。
「あの新聞記事、本気にしていないよ」
セドリックは唐突に話し出した。
「だいたい、スキーターの記事はあてにならないってよく分かったから」
彼の目は真剣そのもので、嘘をついているようには見えない。
「最初、チョウから聞いたときは何を信じたらいいのかわからなくて――その後落ち着いてみると、前回、新聞記事が出たとき、君はとても傷ついていたことを思い出したんだ。君を誘おうと思った――でも、僕は代表選手だったからパートナーがいなければいけなかった。君がハリーと行くと聞いたから・・・・・チョウを誘ったんだ」
「もういいよ、セドリック」
は彼をさえぎって言った。スキーターの記事がなくとも、自分はどれほどハリーと近しいか関係だと認識されているのが良く分かった。しかし、哀しそうな表情は見せず、はムリに笑ってみせた。
「私も悪いの。一回目で懲りればよかったのに、またスキーターにはめられるなんて」
迂闊だった、とは悔しがった。
「本当にごめん、」セドリックが心から謝った。
二人はその後ダンスフロアの真ん中で踊り続け、そして曲が終わりを告げるとチョウが不機嫌な顔をして二人に歩み寄ってきた。
「セドリック、探したのよ」
チョウに引きずられるようにしながら彼はそれじゃあ、と一方的に別れをに告げた。はダンスフロアに一人残された。ちらりと二人が去った方を見ると、セドリックはチョウの手を優しく握って、楽しそうに談笑している。
「仕方、ないよね」
セドリックの笑顔はいつも以上に輝いて見えた。もしかしたら、チョウと一緒にいるからかもしれない。はキュッと胸が痛んだ。周りからハリーがのものだと思われているように、もはやセドリックはチョウのものなのだろう。
は自分でも気付かず、相当悲しそうな顔をしていたらしく、ダームストラングの男の子が心配そうに話し掛けてきた。どうやら慰めようとしてくれているらしかったが、には有難迷惑でしかなく、ダンスの誘いも断った。
パートナーがいなくなった今、は一人でテーブルに座るしかなかった。アンジェリーナも友人たちのところへ行ってしまい、こちらには気付かないようだ。もハーマイオニーのところに行こうと思ったが、二人の邪魔はしたくなかった。
が一人でバタービールを飲んでいると見たことのない男の子たちからダンスの誘いが何通もきた。しかし、はその全てを断った。知らない男の子と踊る気にはなれなかった。それに、また知らない男の子と踊って変な噂が立つのも嫌だった。
そんな中、マルフォイだけはが良いとも駄目とも言わないうちに、隣の椅子に座ってダンスの誘いをかけたきた。
「嫌よ」
が直ぐさまそう答えると、マルフォイは一瞬憎々しげな表情を見せた後、フッと笑って言い返してきた。
「僕と踊る自信がないんだろ?ダンスが下手くそなんだろ」
マルフォイの挑発に乗ってはいけないと思いながらも、は立ち上がっていた。
「よくもそんなことが言えたものね!いいわ、踊ってやるわよ」
しめた、とマルフォイが余裕の笑みを浮かべると、はやっとまずかったと後悔した。
「君が言ったことだ。最後まで守れよ」
グイッと強引に引っ張られ、は再びダンスフロアの真ん中まで来た。
いざ踊りだしてみると、相手がマルフォイだということ以外、不思議と不快感はなかった。マルフォイのリードは確かに紳士的であり、マルフォイ家が高貴な家柄であることを思い出させた。
しかし、としてはマルフォイのダンスを認めるのは釈で、ターンの合間にでも彼の足を踏んでやろうと狙っていた。
「、顔をあげろ。ブスに見える」
そんなをお見通しだったのかマルフォイはの足を巧みに避けながらニヤリと笑った。
「ブスで結構よ!」
イライラしながらがマルフォイをにらむと、彼はため息をつきながら優雅にターンをした。
「大体、あいつらと関わるから面倒なことになるんだ」
「あいつらって誰のことよ」
は怒りを露にしながらマルフォイに言った。
「僕が何も知らないとでも思ったのか?」
しかしマルフォイは冷静で、さらにの神経を逆なでした。
「ポッターもディゴリーも君に災難を振り掛けるだけだ。君にとって利益となるものは一つもない。現に君は今、彼らに煩わされている。だろ?」
その言葉には我を忘れ、マルフォイに殴り掛かろうとしたが、その前にマルフォイは身動きが取れないようにをきつく抱きしめた。
「気が強いところは相変わらずだが、そろそろそんな態度も止めた方がいい。可愛いげがない」
はどうにかしてマルフォイから離れようともがいた。周りの人は自分たちのダンスに夢中なのか、それともこれがマルフォイとのダンスの余興だと思っているのか、誰も止めようとはしなかった。
「離してよ!」
が声を荒げると、今度は素直に開放された。しかし、そのとき一瞬マルフォイが、の耳元でだけに聞こえるように囁いた。
「僕の言ったことを忘れるな」
すると、ちょうど一曲が終わり、はマルフォイから逃れるようにダンスフロアから抜け出した。ほてった体を冷やしたかった。しかし、はテーブルまで戻っても立ち止まらなかった。そのまま一人、大広間を抜け出して、玄関ホールまで来た。ここまでくれば、もう自分に声をかけてくる輩もいないだろうとはホッと一息ついた。
正面の扉が開けっ放しになっていて、は正面の石段をゆっくり下りた。ドレスに合うように少し高めのヒールを履いていたので、転ばないか心配だった。階段を下りると、そこは潅木の茂みに囲まれ、クネクネとした散歩道がいくつも延び、大きな石の彫刻が立ち並んでいた。噴水の音もどこからか聞こえ、あちらこちらに彫刻を施したベンチが置かれ、人が座っていた。もちろん、どのベンチも男女それぞれ一人ずつで、その中で一人きりでいるはなんだか惨めだった。
はバラの園に延びる小道の一つを歩きだしたが、あまり歩かないうちに後ろから声をかけられた。
「!」
ジョージの声が大きかったのか、何組かのカップルがに注目した。
はジョージが自分に追い付くのを待った。
「どうしたの?」
ジョージは走ったためか、息を切らしていた。しかし、がそう聞くと息を整えながら答えた。
「用事が――終わったから・・・・・ジニーが、君が大広間を――出て行くのを見たって――言うから、走って・・・・・きた」
何故かそれだけの行為だったのに、は今日一日で一番うれしくなった。
「君を放っておいてごめん」
ジョージが真剣な顔をしてに言った。
「良いよ、別に。気にしてないわ――少し一緒に歩かない?」
女から誘うのも少し厚かましいかな、と思ったが、まだ大広間には戻りたくなかったのではそう提案した。
「もちろん」
ジョージもの言葉を聞いて安心したのか、いつもの笑顔になってそう言った。
小道を歩くうちに、二人は大きなトナカイの石像の前に出た。そのむこうに、噴水が水しぶきを輝かせて高々と上がっているのが見えた。
「それで、用事って?『悪戯専門店』は上手くいきそう?」
「え?フレッドに聞いたのか?」
の鎌かけにジョージは上手く引っ掛かってくれた。はクスッと笑ってジョージを見た。
「鎌をかけただけよ。それでも、何と無くは気付いてたけど。そんなんじゃ、ウィーズリーおばさんに直ぐにバレちゃうよ、ジョージ」
するとジョージはちょっとだけ悔しそうな顔をして、軽くため息をついた。
「まったく、には敵わないよ。でも、どこでわかったんだい?」
「あなたたち二人の用事って言われて、他に何か思い付くかしら」
はニコッと笑ってそう言った。
「負けたよ、。君はすごい」
ジョージは両手を上げ、降参した。
二人はいつの間にか噴水の前まで来ていた。そして噴水の近くに石でできた椅子があるのに気付くと、自然とそこに座った。
「そういえば、俺たちがいない間、何があったんだ?アンジェリーナは君がディゴリーと踊るのを見たって言ってたけど」
ジョージは本当に心配そうだった。多分、自分たちがいない間、何があったのか気掛かりなのだろう。は俯く自分を覗き込まれているのを感じた。
「セドリックはチョウがパートナーよ。私はただの暇つぶし」
自分でも、まさかセドリックがそのように思って踊ったなんて思っていなかったが、いつの間にか言葉が飛び出していた。
一方、ジョージもそれを聞くと、まさかがそんなことを言うとは思ってもみなかったらしく、目を丸くしていた。
「何があったか詳しく聞いても大丈夫か?」
しかし、は自分を心配してくれているジョージの申し入れを断った。何があったかは自分だけが知っていればそれで良い。
「ごめんね、ジョージ。でも、ジョージのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだわ。だけどこの話はしたくないの」
の真剣な表情にジョージは何かを察したようで、優しく頷いてみせた。
「それじゃあ、大広間に戻ろう。もそんな薄着じゃ寒いだろ?」
ジョージは椅子から立ち上がると、に手を差し延べた。はジョージの手に自分の手を乗せると、自分の体が冷たくなっていたことに気付いた。
帰りは二人とも黙って歩いた。別に話すこともなかったし、嫌な沈黙ではなかった。
そして玄関ホールまで戻ってくるとジョージはの手を握り直し、大広間のドアをくぐり抜けた。そのときがちらっとダンスフロアから視線を反らすとロンと一緒にバタービールを飲むハリーと目が合った。パーバティは隣にいない。と目が合ったのに気付くと、ハリーはすぐに視線を外し、ロンに向かって何かを話し始めた。ロンはの存在にも、ハリーの不審な態度にも気付かないらしい。
「、踊らないか?そうすればすぐに体も温まるだろうしな」
ハリーの方を見ていたは、突然上から聞こえてきた声に驚いた。ジョージはハリーとのやり取りに何も気付かなかったようで、明るく言った。
「ええ、もちろん良いわ」
もジョージの誘いを断る理由もなく、素直にジョージの手を取った。
それから二人はダンスパーティが終わるまで踊り続けた。途中、隣でセドリックやマルフォイが踊っていても、それが気にならないくらい、ジョージとのダンスは楽しかった。
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