Such a night そんな夜
セドリックはいきなり声をかけられて、唖然としているようだった。も、もちろん、同様だった。一体、誰が声をかけてきたのだろうかと、セドリックの肩越しに見ると、確かに見たことのある顔だった――チョウ・チャンだ。
「あ、いや、チョウ・・・・・」
セドリックはこの場をどうすればいいか、迷っているようだ。そしてまた、チョウもの存在に気づき、驚いていた。
「あら、ごめんなさい。一人じゃなかったのね」チョウが言った。
しかし、には詫びれた様子に見えなかった。
「でも、セドリック。をダンスパーティに誘うなら気をつけた方がいいわ」
チョウの言葉に何故だか嫌な予感がして、はセドリックの影から抜け出した。
「それ、どういう意味?」
はできるだけ平静を装って聞いたが、きっと、言葉のなかに焦りや不安が表れていたのだろう、チョウが勝ち誇ったように何かをとセドリックの前に突き出した。今日の夕刊預言者新聞だった。見出しには「男を惑わす魅惑の魔女」とある。はその記事に目が釘付けになった。
「ある昼下がり、黒髪にグリフィンドールのネクタイを締めた少女は一人の男とふくろう小屋にいた。本来なら、その時間は授業中のはず。しかし、少女たちは気にも留める様子もなく、男がいきなりその少女を抱きしめた。少女は抵抗するかと思いきや、そのまま男の腕の中だった。その男の名はセドリック・ディゴリー」
はそこまで読んで、本気で焦り始めた。この記事は自分のことなのだろうか。
「また、ある夜。その少女は別の男と散歩道にいた。男は真剣な様子で少女に迫っていた。自分と付き合ってくれるように言っている。少女は少し揺れ動いているようだ。その男の名はビクトール・クラム」
確実だ。は確信した。この記事に書かれている少女は自分だ。でも何故。
「そして、その少女はまた別の男といつも一緒に行動している。まるで恋人のようだ。いや、恋人らしい。学校でも何度も二人が抱き合っている姿を目撃されている。キスもしているとの噂だ。その男の名はハリー・ポッター」
は自分が怒りで震えるのが分かった。
「読者の方々ももうお分かりであろう。この少女、大変な男好きである。また、その対象の男は代表選手に限られているらしい。少女の名は、かの有名な殺人鬼シリウス・ブラックの娘、・ブラックである。父親に似たのだろうか、いや、そうではないらしい。少女は自ら男に言い寄り、たぶらかしていた。代表選手に言い寄り、対抗試合を台無しにする気なのだろうか。今後とも、この少女の様子には目を離せないが、近くにいる男たちには是非とも注意してもらいたい」
記事の終わりはそんな言葉で締めくくられていた。セドリックももう読み終わっているはずなのに、その記事から目を離す様子がなかった。
「ね?ご覧の通りよ」
チョウがそういいながら新聞を丸めた。は顔を上げられなかった。涙がこぼれそうだ。
「だから、セドリック。と行くのはやめた方がいいわ。弄ばれて終わるだけよ。それより私とダンスパーティに行かない?」
はチョウがセドリックを誘うのを聞きながら、もう駆け出していた。セドリックが自分の名前を呼んだ気がしたが、多分、気のせいだっただろう。はぬぐってもあふれ出る涙をどうしようもできなかった。
グリフィンドール塔に向かう途中、何度も人にぶつかったが、は謝ることさえできなかった。今は誰とも話したくなかった。寮への合言葉を言い、は急いで寝室の階段を上りきり、自分のベッドに潜り込んだ。まだ寝るには早い時間だし、ちょうど夕食時で、談話室には下級生の何人かしかいなかった。当分の間、は一人でいられるし、他人になじられる心配もなかった。しかし、例外で母親だけには会いたかった。はこのとき初めて家に帰りたいと思った。
、大丈夫?」
それからしばらくして、寝室に灯りが点り、ハーマイオニーの優しい声が聞こえた。しかし、は寝たフリをし、それには答えなかった。
「寝ているの?」
ハーマイオニーがそっと布団に触れ、そしてまた寝室が暗くなった。きっと部屋から出て行ったのだろう。が安心して寝返りをうつと、目の前には優しい顔をしたハーマイオニーがいた。
「ハ、ハーマイオニー!」
がびっくりした声を出すと、ハーマイオニーがクスッと笑った。
「よかった。私まで嫌われたかと思ったわ」
「ハーマイオニーのこと、嫌うわけないじゃない!」
がベッドから起き上がり、ハーマイオニーと向かい合った。ハーマイオニーは遠慮なくのベッドに腰かけ、じっとの顔を見ていた。
「大丈夫?」
はハーマイオニーがあの新聞記事を読んだのだろうと察したが、自分からその話題には触れたくなかった。
「何が?」がボソッと聞き返した。
「気分とか。ハリーもロンも心配してるわ」
はハリーの名前を聞き、身体の中心がズキンと傷んだ。そして、何かが込み上げてきた。
「私、何にもしてないのに――」
「わかってるわ。あなたはみんなより目立つし、いろんなことに巻き込まれやすいだけ。あなたは悪くない」
涙を必死にこらえるに、ハーマイオニーは優しく語りかけた。
「新聞記事、読んだわ。大広間で夕食を食べてたら、みんなその話でもちきりだった。でも、グリフィンドール生の多くはそんな記事、笑い飛ばしてた。フレッドとジョージがリータ・スキーターは自分が醜いから、可愛いが憎らしいんだろうって、怒ってたし、ハッフルパフ生だって、セドリックが怒って、みんな何も言わなくなったわ。レイブンクローの生徒たちも、まだ少し言ってた人はいたけど、グリフィンドール生とハッフルパフ生に挟まれて酷く言う人はいないと思うわ。まあ、スリザリン生は相変わらずだけど、スリザリン生なんか放っておけばいいの」
自分が知らない間に、そんなことが起きていたなんて、とは驚きを隠せなかった。それに、グリフィンドール生が記事を真に受けないでいてくれたこと、セドリックが自分のために怒ってくれたことが、何よりも嬉しかった。
「ねえ、下に来ない?あなた、夕食食べてないでしょう?フレッドとジョージが厨房から持ってきてくれたの。それに、みんな、気にしてないわ、あの記事のことなんか」
行きましょう、とハーマイオニーは無理矢理をベッドから立たせた。
「でも、私――」
それでも何か言いかけようとするを無視して、ハーマイオニーはを談話室に強制連行した。
「よ、。何、食べる?」
ハーマイオニーに連れられてきたにフレッドが気付き、に話しかけてきた。
談話室はいつもどおり賑やかで、いつもどおり楽しげだった。
「あ、ううん、あんまり食べたく――」
「ジョージ、がたくさん食べたいって!」
談話の端っこでハリーとロンと話していたジョージを、フレッドが大きな声で呼んだ。その途端、談話室が静かになったが、みんな優しい目をして、を見た。ただ、になんて声をかけたら良いのか、わからないようだった。
「ちょっと、フレッド?があなたみたいに大食いなわけないでしょう?」
アンジェリーナが沈黙を破り、フレッドに笑いながら言った。それを合図に、また談話室が賑やかになり、は暖炉前に引っ張り出された。
「ほら、。ちゃんと食べて!」
ジニーがジョージから食べ物を奪い、に差し出した。
「うん、ありがとう」
はその夕食を一口だけ食べ、ハーマイオニーに助けを求めた。まだ大勢の前に出るのは抵抗があった。
、ちょっと図書館に付き合ってくれるかしら」
ハーマイオニーもの気持ちを察して、二人一緒に談話室を抜け出した。談話室のドアをくぐるとき、こちらをじっと見るハリーに気付いたが、は何も言わなかった。

「みんながあの新聞記事を気にしないでくれていることは、とってもよくわかったし、すっごく励まされたわ。だけど、私、自分でまだ消化しきれない」
とハーマイオニーは湖の辺まで来た。そして、座って黒くなった湖を眺めながら、が口火を切った。
「・・・・・どういうこと?」
ハーマイオニーは不思議そうに尋ねた。
「まだショック状態」
がため息をつきながら、芝にねっころがると、ハーマイオニーが笑いながら、その顔を覗き込んだ。
「それだけ言えれば十分よ」
ペシッと軽くの額を叩き、ハーマイオニーはまた湖に視線を戻した。
「でもね、ハーマイオニー――」
はそんなハーマイオニーの後ろ姿を見つめながら言った。
「私、今年初めて家に帰りたいって思った。初めて逃げたいって思ったの」
すると、しばらくハーマイオニーは黙り、静かに言った。
「人がいつも強いとは限らないから――たまにはそんなも良いんじゃないかしら」
にっこり笑いながら振り向いたハーマイオニーに、は本心から笑うことが出来た。
「それで、セドリックはなんの話だったの?」
しばらくはハーマイオニーの質問の意味がわからなかった。しかし、記憶をたどっていき、やっとさっきのことだとわかった。セドリックに呼び止められたのが遠い昔のようだった。
「一緒にパーティ行かないかって。でも、多分セドリックはチョウと行くわ。彼女が誘ってたから」
「どういうこと?」
はハーマイオニーに話すべきかどうか迷っていたが、結局、さっきのことをすべて話していた。
「――そう」
の話を聞き終えたハーマイオニーはそう言ったっきり黙ってしまった。
「でも、私、それで良いの。別に気にしてないわ。セドリックとは友達のままでいられたら、それで満足よ」
は出来るだけ、本心からそう思っているような声をだしたが、ハーマイオニーにはバレてしまうだろうと思った。
・・・・・」
ハーマイオニーはにかける言葉が思い付かなくて、口を閉じた。
「戻ろう、ハーマイオニー。スネイプに見つかったら減点されるわ」
は立ち上がり、城を見上げた。
「心配なの――なんか嫌な予感がする」
そんな母親の声が聞こえてきそうな夜だった。

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