Training 練習
二人は黙って歩いた。二人きりになったことは何度かあるが、こんなに居心地が悪いのは初めてだった。は耐え切れずに口を開いた。
「リータ・スキーターの記事、信じてるのね」
セドリックを責めているわけではなかったが、彼にはそう聞こえたらしい。ビクッと肩がゆれた。
「こう言ったら、言い訳にしか聞こえないかもしれない。だけど――」
セドリックはの言葉を制して、「ついてきて」と一言言った。はセドリックに従って、大人しく人気のない廊下を歩いた。疾うに授業の始まりのベルは鳴っていたが、セドリックもも気にしていなかった。ついた先はふくろう小屋だった。
「ここなら見つからない」
セドリックはに向き直った。今更ながら、はセドリックの背が高いことに気づいた。
「あの、セドリック――」
「僕が君を避けていたのは確かに認める」
セドリックがはっきりと言った。はショックすぎて何も言えなくなった。
「でも、それは君を傷つけてしまいそうだったからで、君が思っているような、僕が君に弄ばれた、というようなことは思ってない――それとも、本当に弄んでいたのか?」
は勢い良く首を振った。しかし、怖くてセドリックの顔が見れなかった。
「なら――うん、僕は・・・・・えっと――」
セドリックは様子がおかしかった。は恐々とセドリックを見上げ、「ごめんなさい」と言った。
「え?」セドリックが驚いた顔をした。
「ハリーと一緒に住んでたこと、黙っていて・・・・・でも、小さい頃からポッター家とはずっと一緒に住んでた。だから、私、好きでハリーと一緒に住んでるわけじゃないの。もちろんハリーが嫌いってわけじゃないけど――」
はただひたすら言い訳した。セドリックに嫌われないために、せめて誤解が解けるように。
「でも、私、ハリーと付き合ってなんかいないの。ただ、昔から一緒にいる所為で、それに慣れちゃって、だから・・・・・」
「もういいよ、
はその言葉に身構えた。セドリックとは恋人同士というわけではないが、それでも、その口から別れの言葉が今にも出てきそうでは頭の中が真っ白になった。
「あの・・・・・」
もういいんだ
セドリックのグレーの目がを見下ろしていた。
「確かに僕は君を避けていた。君を傷つけてしまいそうだったから。君に会ったら、自分でも制御できないほど君に八つ当たりしてしまいそうだった。一度は君が僕を弄んだんじゃないかと疑った。だけど、違うとわかったんだ。君は僕が目をそらすと必ず哀しそうな顔をした。僕は何度も君に謝ろうと思った。けれど、その勇気がなかった。いつもハリーと一緒で、それに、今更君に話しかける資格はないように思えた」
「あの、セドリック?」
はセドリックが何を言いたいのかわからなくなった。しかし、セドリックはの声を無視して続けた。
「僕は君と一緒にいることで傷つけてしまうかもしれない。だけど――」
彼はの髪にそっと触れ、そのまま両腕を背中に回し、彼女をまるで壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。は驚きと嬉しさが入り交じって身動きが取れなかった。顔がほのかに赤い。
「もしよかったら、僕と――」
しかしその先は聞けず仕舞いだった。突然、一羽のふくろうが怒ったように鳴きながら、ぐるぐると小屋を飛び回り、他のふくろうもそれにつられるようにして、騒ぎだしたのだ。は耳元で虫独特のあのブーンという音が聞こえた。
「虫、嫌い!」
は咄嗟にセドリックの影に隠れた。しばらくして騒ぎがおさまると、なんだかさっきの甘い雰囲気はなくなってしまって、セドリックもも自然と足は教室に向かった。
「さっきのふくろう、虫が怖かったんだね」セドリックがクスクス笑いながら言った。「君と一緒で」
セドリックはさっき言いかけたことを再び言おうとはしなかった。
「それじゃあ」
今までのお互いの溝が埋まり、セドリックとは温室から見えないところギリギリで別れた。二人とも笑顔だった。
はスプラウト先生に小言をもらう覚悟をして、温室に入った。すでにハリーはいたし、ハーマイオニーはがかなり遅れてきたことに腹を立てていた。ハリーとハーマイオニーがいるところに行くときに、は急いでスプラウト先生に謝り、合流した。
「ちょっと、、どういうつもり?すぐ追い付くって言ったじゃない」
しかし、はハーマイオニーの小言に答える気にはなれなかった。セドリックの温もりがまだ体中に残っていた。
「ちょっといろいろあって」
はハーマイオニーにそう返して、ハリーに向き直った。
「ムーディはなんて?」
「後で話すよ」ハリーはそう言ってちらりとの背後に目を向けた。もつられてそっちを見ると、スプラウト先生がを見下ろしていた。
「ブラック。遅れてきた上におしゃべりだなんて!グリフィンドール五点減点です」
五点ならいいか、とは笑みを漏らしたが、スプラウト先生の顔を見てたちまち笑顔は消えた。

授業が終わり、はハリーとハーマイオニーと歩きながら、ハリーの話に耳を傾けた。 「ムーディは僕がセドリックに教えたのに気づいてたけど、カンニングは昔からあったことだからって、怒る様子もなかった。それに、ムーディは僕に試合のヒントをくれたんだ――ズバリ言わなかったのは、贔屓しないためだって」
「それで?」は先を促した。
「僕にとって最善策のドラゴンを出し抜く方法は、『呼び寄せ呪文』でファイアボルトを呼び寄せるんだ」
『呼び寄せ呪文』でファイアボルトを手に入れる?
は驚愕した。確かに、それなら習っていない難しい呪文を習得する必要もない。
「とっても良い考えだわ!」ハーマイオニーは素直に喜んだ。
「だから、手伝って欲しいんだ。明日の午後までにちゃんと覚えられるように」
はハーマイオニーと一緒に大きく頷いた。そして、三人は昼食を抜いて、空いている教室に行き、「呼び寄せ呪文」の練習を始めた。しかし、ハリーの「呼び寄せ呪文」はうまくいかず、本や羽根ペンが途中で腰砕けになり、石が落ちるように床に落ちた。
「うーん、もう少しなんだけどな・・・・・」が何が悪いのか頭を捻る横で、ハーマイオニーが唸るようにハリーに言い聞かせた。
「集中して、ハリー、集中して・・・・・」
「これでも集中してるんだ」
ハリーがイライラと言った。
「なぜだか、頭の中に恐ろしい大ドラゴンがポンポン飛び出してくるんだ・・・・・よーし、もう一回・・・・・」
午後の授業の「占い学」の間も、ハリーとは練習を続けた。ハーマイオニーは「数占い」の授業を欠席することをきっぱり断ったのでいなかった。しかし、がいるだけで練習は十分にはかどった。ハーマイオニーは理論がどうのこうの、とハリーに教えた上でやらせていたが、はハリーの集中力の問題だけだと見抜いていた。
「多分ね、ハリー。あなたは明日の試合のことを考えすぎるあまり、集中力が持続しないのよ。だから、ここで私から提案なんだけど――」
の満面の笑みにハリーは身構えた。きっと、自分にとって良いことではないのがわかったのだろう。
「――私に『呼び寄せ呪文』をかけて」
「いやだよ!」ハリーがすぐさま答えた。
「君を怪我させてしまう」
「私を怪我させたくなかったら――」
はハリーから十分距離を置いて向き合った。
「しっかり集中することね」
はハリーをじっと見た。ハリーは杖を持ったまま、動こうとしない。
「ハリー、明日の試合で『呼び寄せ呪文』を使いたいんでしょう?そのためには練習しなきゃ。私なら、大丈夫だから、ね?――信じて」
ハリーはやっと意を決して呪文を唱えた。
アクシオ!
の体はフワッと浮かび上がった。そして順調にハリーの方へと進む。そして、ハリーの目の前に舞い降りた。意外にあっさりできたことに、二人とも驚きを隠せなかった。
「ハリー!出来たじゃない!」
は嬉しくなってハリーに抱き着いた。
「あ、うん」
ハリーもいまいち実感がないようでぼーっとしている。
「僕、ただ、君を怪我させたらシリウスたちに怒られるなって思って――」
ハリーの集中力の源がシリウスたちへの恐怖感だとわかったとたん、は少し呆れた。そして、ハリーから離れると言った。
「パパは怒らないわよ。まあ、ジェームズはどうだかわからないけど」
二人はクスクス笑うと、また練習に戻った。今度は本や羽根ペンが途中で落ちることはなく、事はスムーズに運んだ。
「うん、コツを掴んだみたいね」
は、自分の手を離れた辞書を見ながらハリーに言った。
「自分を脅せばいいんだよ。ドラゴンが来るぞ、とか、父さんがホグワーツに乗り込んでくるぞ、とか」
ハリーの中でジェームズの存在はどのようなものなのだろうかと、は苦笑を隠せなかった。
「それじゃあ、もうすぐ夕食だわ。ハーマイオニーと合流して、空いた教室で成果を見せましょ」
はハリーと一緒に大広間に向かった。向かう途中、はセドリックとすれ違ったが、セドリックは今までどおり、手を振って笑顔を見せてくれた。が一人で舞い上がっていると、いつの間にかハーマイオニーが合流していた。
「ハーマイオニー。僕、多分、大丈夫だ」ハリーが笑顔を見せた。
「本当?一体、、あなたハリーに何したの!
しかし、ハーマイオニーは喜ぶどころか、がハリーに何か変な暗示でもしたのかと疑った。
「なにもしてないわよ、ハーマイオニー。ハリーの実力よ――まあ、ちょっと危なそうなこと、したけどね」
は怒るハーマイオニーの耳元に自分の口を持っていき、小さな声で教えてあげた。
「ハリーにね、私を呼び寄せるように言ったのよ。あの人、物を途中で落としてしまうでしょう?だから、人間なら傷つくのを恐れて、集中力が持つかなーってやったら、案の定、出来ちゃったってわけ」
が得意げな顔をすると、ハーマイオニーはびっくりした顔での顔を優に五秒は見つめ、それからに抱きついた。
「あぁ、、あなた天才だわ!本当にすごいわ!疑ってごめんなさい」
あのハーマイオニーに天才とまで褒められて、悪い気はしなかった。はハーマイオニーがはがれるのを待って、ハリーとハーマイオニーに言った。
「早く夕食を食べて、もう少し練習しましょ」
三人は空き教室に入って練習した。ハリーは本当にコツをつかめたようで、いろいろなものをまるで磁石のように呼び寄せた。
「ハリー、あなた、できたわ!ほんと」
ハーマイオニーは完成した「呼び寄せ呪文」を見て、大喜びだった。
「明日うまくいけば、だけど――」ハリーは不安そうだ。
「ファイアボルトはここにあるものよりずっと遠いところにあるんだ。城の中に。僕は外で、競技場にいる」
「じゃあ私が箒持って行ってあげるわ」
がふざけてそう言うと、ハーマイオニーがぴしゃりと言った。
「そんなことをしたら、あなた、大変なことになるわよ、。それに、『呼び寄せ呪文』は集中すれば成功する呪文よ。ファイアボルトは飛んでくるわ。ハリー、私たち、少しは寝たほうがいい・・・・・あなたは特に睡眠が必要よ」
ハーマイオニーの意見にハリーもも賛同して、談話室に戻ることにした。そして、「おやすみ」と言葉を交わすと、それぞれの寝室に上がっていった。

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呼び寄せ呪文を取得できました^^