十一時半になると、ハリーは透明マントをかぶり、ハグリッドの小屋に向かった。残されたはハーマイオニーと一緒に宿題を片付けていたが十二時になり、ハーマイオニーはを残して寝室へ引き上げてしまった。
が談話室を見渡すと、すでにもう人影はなかった。ただ暖炉の火がパチパチと燃えていた。はそれを見ながら瞼が重くなってきた。しかし、寝るわけにはいかない。頭を振って意識をはっきりさせようとしたが、うまくいかない。約束の時間まであと一時間はある――はそう思って少し目を閉じた。
「――うん、は寝ちゃってるみたい」
夢心地だったの頭にハリーの声が響いた。
「――そうか・・・・・」
シリウスの声も聞こえる――シリウス?・・・・・約束の時間!
「ハリー、ごめん!」
はガバッと起き上がった。すると、ハリーがクスクスと笑っていた。
「大丈夫だよ。僕もシリウスも今来たばっかりさ」
はそう言われてキョロキョロ辺りを見回したが、シリウスの姿は見当たらない。
「、こっちだ」
シリウスの声が下の方から聞こえる。
「暖炉だ」
が暖炉を見るとシリウスの生首が座っていた。
「パパ!」
は暖炉に駆け寄ると、しゃがみ込んだ。ハリーもの隣にきた。「ねえ、大丈夫?誰にも見つかってない?ちゃんと食べてる?」が聞いた。
「大丈夫だ。わたしのことは心配しなくていい。それより、君たちの方はどうだね?」シリウスは真剣な口調だった。
ハリーとは一瞬、お互いに顔を見合わせると、お互いに何をシリウスに言いたいのかわからないんだな、というのが理解出来た。
「パパ――」
ほんの一瞬、「心配いらないわ」と言おうとした――しかし、言えなかった。心配かけたくない、という強い気持ちがついに折れた。久しぶりに父親の顔を見て、涙が出そうになった。シリウスの優しい笑顔がぼやけて見える。
「なんでもいい、辛かったこと、悲しかったこと、全部言ってしまえ。楽になるから」
シリウスに促されてハリーの口からどんどん言葉が溢れ出た。ゴブレットに名前を入れていないと誰も信じてくれないこと、ロンがそれから一言も口を利いてくれなくなったこと、そしてリータ・スキーターの記事が嘘八百を書いたこと、廊下を歩いていると必ずだれかがからかうこと――。
「リータ・スキーターの記事は気にするな。それに、君たちが昔から離れることなく育ってきたのだから、今更つべこべ言われる筋合いはないだろう?」
シリウスはそう言って二人を励ました。いくらかハリーは楽になったようだが、の気はまだ晴れなかった。しかし、シリウスは気付く様子もなく、ハリーの話を促した。
「・・・・・それにハグリッドがついさっき、第一の課題がなんなのか、僕に見せてくれたの。ドラゴンなんだよ、シリウス。僕、もうおしまいだ」
ハリーは絶望的になって話し終えた。
「ドラゴンですって!」
もそれには絶望的になった。たかが四年生の魔法使いがたった一人でドラゴンに立ち向かえるはずがない。
シリウスは憂いに満ちた目でハリーを見つめていた。シリウスはハリーが黙り込むまで、口を挟まずしゃべらせたあと、口を開いた。
「ドラゴンは、ハリー、なんとかなる。しかし、それはちょっとあとにしよう――あまり長くはいられない・・・・・この火を使うのに、とある魔法使いの家に忍び込んだのだが、家の者がいつ戻ってこないとも限らない。君たちに警告しておかなければならないことがあるんだ」
「なに?」が聞いた。
「カルカロフだ」
シリウスが言った。
「あいつは『死喰い人』だった。それが何か、わかってるね?」
「ええ――えっ?――あの人が?」
「でも、あの人、校長先生だわ」
ハリーが驚く横でが抗議の声を上げた。
「校長だろうが、魔法大臣だろうが、関係ない。取引次第だ。カルカロフはかつて逮捕された。アズカバンにいたんだ。しかし、あいつは釈放された。ダンブルドアが今年『闇祓い』をホグワーツに置きたかったのは、そのせいだ。絶対まちがいない――あいつを監視するためだ。カルカロフを逮捕したのはムーディだ。そもそもムーディがやつをアズカバンにぶち込んだ」
「カルカロフが釈放された?」
は話がよくわからなくなってきた。魔法薬学のレポートを書くより、この話を理解する方がはるかに簡単なのに、何故だか、飲み込めない。
「どうして釈放したの?」ハリーが聞いた。
「魔法省と取引をしたんだ」シリウスが苦々しげに言った。
「自分が過ちを犯したことを認めると言った。そしてほかの名前を吐いた・・・・・自分の代わりにずいぶん多くの者をアズカバンに送った・・・・・言うまでもなく、あいつはアズカバンでは嫌われ者だ。そして、出獄してからは、私の知るかぎり、自分の学校に入学する者には全員『闇の魔術』を教えてきた。だから、ダームストラングの代表選手にも気をつけなさい」
はたった一言クラムと話した日のことを思い出した――
杖調べ。悪い人には思えなかった。
「うん。でも・・・・・カルカロフが僕の名前をゴブレットに入れたって言うわけ?だって、もしカルカロフの仕業なら、あの人、ずいぶん役者だよ。カンカンに怒っていたように見えた。僕が参加するのを阻止しようと死んだよ」
ハリーが考えながらゆっくり話した。
「やつは役者だ。それはわかっている」
シリウスが言った。
「何しろ魔法省に自分を信用させて、釈放させたやつだ。さてと、『日刊予言者新聞』にはたしかにずいぶん注目してきたと認めるしかない――」
「私、誰とも付き合ってないわ」がシリウスをにらむと、わかっている、とシリウスは軽く頷いた。
「――そして、スキーター女史の先月の記事の行間を読むと、ムーディがホグワーツに出発する前の晩に襲われた。いや、あの女が、また空騒ぎだったと書いていることは承知している」
ハリーとがとたんに言い返そうとしたのを見て、シリウスが急いで説明した。
「しかし、私は違うと思う。だれかが、ムーディがホグワーツに来るのを邪魔しようとしたのだ。ムーディが近くにいると、仕事がやりにくくなるということを知っているやつがいる。ムーディの件はだれも本気になって追及しないだろう。マッド‐アイが、侵入者の物音を聞いたと、あんまりしょっちゅう言いすぎた。しかし、そうだからといってムーディがもう本物を見つけられないというわけではない。ムーディは魔法省始まって以来の優秀な『闇祓い』だった」
「いったい、パパの言いたいことはなんなの?」
がよくわからない、とシリウスに尋ねた。
「カルカロフが私たちを殺そうとしているから気をつけなさいってこと?でも――」
シリウスは戸惑いを見せた。
「近ごろどうもおかしなことを耳にする」
シリウスは考えながら答えた。
「『死喰い人』の動きが最近活発になっているらしい。クィディッチ・ワールドカップで正体を現わしただろう?だれかが『闇の印』を打ち上げた・・・・・それに――行方不明になっている魔法省の魔女職員のことは聞いているかね?」
「バーサ・ジョーキンズ?」ハリーが言った。
「そうだ・・・・・アルバニアで姿を消した。ヴォルデモートが最後にそこにいたという噂のある場所ずばりだ・・・・・その魔女は、三校対抗試合が行われることを知っていたはずだね?」
「うん、でも・・・・・その魔女がヴォルデモートにばったり出会うなんて、ちょっと考えられないでしょう?」が言った。
「いいかい。私はバーサ・ジョーキンズを知っていた」
シリウスが深刻な声で言った。
「私と同じ時期にホグワーツにいた。ジェームズや私よりニ、三年上だ。とにかく愚かな女だった。知りたがり屋で、頭がまったく空っぽ。これは、いい組み合わせじゃない。バーサなら、簡単に罠にはまるだろう」
「じゃ・・・・・カルカロフがヴォルデモートの命を受けてここに来たと、そう思うの?」
ハリーが驚いてそう尋ねた。
「わからない」
シリウスは考えながら答えた。
「とにかくわからないが・・・・・カルカロフは、ヴォルデモートの力が強大になって、自分を守ってくれると確信しなければ、ヴォルデモートの下に戻るような男ではないだろう。しかし、ゴブレットにハリーの名前を入れたのがだれであれ、理由があって入れたのだ。それに、試合は、君を襲うのには好都合だし、事故に見せかけるにはいい方法だと考えざるをえない」
「でも、パパ、私、気になることがあるの」
はずっと心の奥で引っかかっていた疑問を口にした。
「ムーディは今まで隠居生活だったんでしょう?それなのに――授業中にムーディが生徒全員に『服従の呪文』を体験させたんだけど――そのとき、私に要求したのが『家に誰が住んでいるのが教えろ』ってことだったわ。もう闇祓いではいのに、私の家にパパが戻ってきていないか確かめようとしたんだと思う。なんだかおかしくない?それに、パパはジェームズたちと連絡しているの?」
シリウスはしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「ムーディの方はわからない。確かに魔法省はまだわたしを追っているから、君に『服従の呪文』をかけたチャンスにわたしの居場所を聞いて、それで捕まえようとしたのかもしれない。多分、闇祓いの血が騒いだのだろう。ジェームズの件だが、わたしの方は本当に心配するな。ジェームズともリーマスともちゃんと連絡し合っている。さもなければ、情報が足りなすぎるからな」
「でも、シリウス、僕の名前だけゴブレットに入れたのは失敗だったと思うよ。だって、の方が、僕より賢いもの。試合以外の事故に見せかけて殺したとしても、みんなが疑うよ」
ハリーが力なくそう言うと、シリウスが優しく言った。
「君だって十分に賢い。ジェームズとリリーの血を引いているんだから」
「それに――」が付け足した。
「あなたは私より勇敢よ。あなただってタダじゃ死なないと思うわよ」
ハリーもそう言われておずおずと笑顔を見せた。
「そう、それじゃあドラゴンのことだけど、『失神の呪文』は絶対に使うな――ドラゴンは強いし、強力な魔力を持っているから、たった一人の呪文でノックアウトできるものではない。しかし、それが一人でもできる方法がある――」
しかし、その先を聞くことは出来なかった。が片手を上げてシリウスを制したのだ。螺旋階段からだれかが降りてくる足音を聞いたのだ。
「パパ、行って!誰か来る」
はシリウスに小声でそう言うと、立ち上がって暖炉の火を体で隠した――ホグワーツの城内でだれかがシリウスの顔を見ようものなら、何もかも引っくり返るような大騒ぎになるだろう――魔法省が乗り込んでくるだろう――そして、今度こそシリウスの居場所を問い詰められるだろう――。
背後でポンと小さな音がした。それで、シリウスがいなくなったのだとわかった――ハリーが螺旋階段の下を見つめていた――きっと、もっとシリウスと話していたかったのだろう。あれからジェームズから何の音沙汰もないのだから。
ロンだった。栗色のペーズリー柄のパジャマを着たロンが、部屋の反対側で、ハリーと向き合ってピタリと立ち止まり、あたりをキョロキョロ見回した。
「だれと話してたんだ?」
ロンが聞いた。
「君には関係ないだろう?」
ハリーが唸るように言った。はハリーとロンの顔を見比べた。
「こんな夜中に、何しに来たんだ?」
「君がどこに――」
ロンは途中で言葉を切り、肩をすくめた。
「べつに。僕、ベッドに戻る」
「ちょっと嗅ぎ回ってやろうと思ったんだろう?」
ハリーが怒鳴った。
「ハリー!」
は急いでハリーを落ち着かせようとした。これ以上、二人の仲が悪くなる瞬間など見ていたくない。
「悪かったね」
ロンは怒りで顔を真っ赤にした。
「君が邪魔されたくないんだってこと、認識しておかなきゃ。どうぞ、次のインタビューの練習を、お静かにお続けください」
ハリーはテーブルにあった「ほんとうに汚いぞ、ポッター」バッジを一つつかむと、力任せに部屋の向こう側に投げつけた。バッジはロンの額に当たり、跳ね返った。
「そーら」
ハリーが言った。
「火曜日にそれを付けて行けよ。うまくいけば、たったいま、君も額に傷跡ができたかもしれない・・・・・。傷がほしかったんだろう?」
「ハリー、待って!」
が止めるのも聞かず、ハリーは一人で寝室に戻って行ってしまった。
「ロン、ねえ、ハリーを止めないの?」
は振り返ってロンを見ると、ロンはただ肩をすくめただけだった。
「君がハリーと付き合っているっていうのはわかってる。愛しい恋人の下にでも行ったらいいだろう」
「私、ハリーと付き合ってなんかいない。あなたもそれを知ってるでしょう!私たち、だた小さいときからずっと一緒にいたから、それが習慣になってるだけ!付き合ってなんかいないわ」
はだんだんロンに対する怒りがこみ上げてきた。どうしてここまで意地を張るのか。
「じゃあ、なんで新聞に書かれた後も一緒にいるんだ?おかしいじゃないか」
ロンもそう言い残し、とそれ以上言葉を交わそうとしなかった。はロンが寂しがっているのだとやっと理解できた。彼は、ハリーの下に、もハーマイオニーも行ってしまうことが許せなかったのだ。
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