それからの数日は、ハリーにとってホグワーツ入学以来最低だっただろうとは思った。二年生のとき、学校の生徒の大半が、ハリーがほかの生徒を襲っている、と疑っていた数ヶ月間もハリーは孤独だったが少なくとも、そのときは、ロンが味方だった。ハリーの名前がゴブレットから出てきた次の日から、ロンの態度はあからさまに酷かった。とハーマイオニーにはいつも通りに口を利くのに、ハリーにだけは口を利かず、また、目も合わせようとはしなかった。それに、ハッフルパフ生はグリフィンドール生全員に対して、はっきりと冷たい態度をとった。スプラウト先生までがどこかよそよそしかった。しかし、どんなに四方八方から冷たい視線を浴びせられようとも、ハリーはロンと口を利こうとしなかった。
一方、その後、ジェームズたちからは何の音沙汰もなく、が見ている限り、ハリーはかなりのダメージを受けているようだった。その上、トレローニー先生はこれまでより自信たっぷりに、ハリーの死を予言し続けていた。しかも、フリットウィック先生の授業で、ハリーは「呼び寄せ呪文」の出来が悪く、特別に宿題を出されてしまった――宿題を出されたのはハリー一人だけだった。ネビルは別として。
「大丈夫よ、ハリー」
はフリットウィック先生の教室を出ながら、ハリーを励ました。
「そうよ、あなたはちゃんと意識を集中していなかっただけなのよ――」ハーマイオニーが言った。
「なぜそうなんだろうね」
ハリーはそばを通り過ぎたセドリックが、大勢の追っかけ女子学生に取り囲まれているのを見て言った。はひそかにセドリックを見たかったと思ったが、こんな状況でそんな我侭を言うほど、は子供ではなかった。
「これでも――気にするなってことかな。午後から二時限続きの『魔法薬学』の授業がある。お楽しみだ・・・・・」
二時限続きの「魔法薬学」の授業ではいつもいやな経験をしていたが、このごろはまさに拷問だった。ハリーが望んだことではないのに、スネイプやスリザリンの生徒たちは代表選手になったハリーを懲らしめてやろうと、待ち構えているのだ。すでに先週の金曜日に、その酷さを目の当たりにしているにとっても、それは耐えがたかった。何の恨みがあって、ここまでハリーに酷く当たるのだろうかと、は幾度も抗議の声を上げようとしたが、その度に、隣に座ったハーマイオニーが、声を殺して「がまん、がまん」とお経のように唱えていた。今日も状況がましになっているとは思えない。
昼食の後、ハリーととハーマイオニーが地下牢のスネイプの教室に着くと、スリザリン生が外で待っていた。一人残らず、ローブの胸に、大きなバッジをつけている。一瞬、面食らったは「S・P・E・W」バッジかと思った。しかし、良く見ると、それは赤い蛍光色の文字で「
セドリック・ディゴリーを応援しよう――ホグワーツの真のチャンピョンを!」と書かれていた。は心のどこかでセドリックが優勝すればいいな、と思っている自分に気づき、恥ずかしくなった。
「気に入ったかい?ポッター?」ハリーが近づくと、マルフォイが大声で言った。
「それに、これだけじゃないんだ――ほら!」
マルフォイがバッジを胸に押し付けると、赤文字が消え、緑に光る別な文字が浮かび出た――汚いぞ、ポッター。
スリザリン生がどっと笑った。全員が胸のバッジを押し、「
汚いぞ、ポッター」の文字が三人をぐるりと取り囲んでギラギラ光った。ハリーの顔がだんだん赤くなっていくのには気づいた。
「あら、
とってもおもしろいじゃない」
ハーマイオニーが、パンジーとその仲間の女子学生に向かって皮肉たっぷりに言った。このグループがひときわ派手に笑っていたのだ。
「ほんとに
お洒落だわ」
がパンジーから視線を外すと、ロンが見えた。ロンはディーンやシェーマスと一緒に、壁にもたれて立っていた。笑ってはいなかったが、ハリーのために突っ張ろうともしていなかった。
「一つあげようか?グレンジャー?」
マルフォイがハーマイオニーにバッジを差し出した。
「たくさんあるんだ。だけど、僕の手にいま触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。『穢れた血』でベットリにされたくないんだよ」
は隣にいたハリーが素早く杖を抜くのを見た。同じことを思ったらしい。も自分で意識しないうちに、杖を引き抜いてマルフォイに向けていた。周りの生徒たちが、慌ててその場を離れ、廊下で遠巻きにした。
「ハリー!!」ハーマイオニーが引きとめようとした。
「二対一か?ポッター、臆病者だな。おまえはいつもに助けてもらわないと戦えないのか?」
はマルフォイの発言を聞いて、静かに杖を下ろした。ハリーが臆病者といわれるのは納得がいかないし、マルフォイ相手なら、ハリー一人で十分だ。それに、チャンスならまだいくらでもある。は周りの生徒たちの集団に混じった。そのとたん、二人が同時に動いた。
「
ファーナンキュラス!鼻呪い!」ハリーが叫んだ。
「
デンソージオ!歯呪い!」マルフォイも叫んだ。
二人の杖から飛び出した光が、空中でぶつかり、折れ曲がって跳ね返った――ハリーの光線はゴイルの顔を直撃し、マルフォイのはハーマイオニーに命中した。
「ハーマイオニー!」
はハーマイオニーに駆け寄った。ロンもの隣に駆け寄ってきた。ハーマイオニーが心配なのだろう。ハーマイオニーは手で顔を隠していたが、はその手をそっと取り外した。見たくない光景だった。ハーマイオニーの前歯がいまや、驚くほどの速さで成長していた。まるで、ビーバーそっくりだ。
「この騒ぎは何事だ?」
低い、冷え冷えとした声がした。スネイプが到着したのだ。スネイプはスリザリン生が口々に説明するのを聞き流し、長い黄色い指をマルフォイに向けて言った。
「説明したまえ」
「先生、ポッターが僕を襲ったんです――」
「僕たち同時にお互いを攻撃したんです!」ハリーが叫んだ。
「――ポッターがゴイルをやったんです――見てください――」
スネイプはゴイルの顔を調べた。いまや、毒キノコの本に載ったらぴったりするだろうと思うような顔になっていた。
「医務室へ、ゴイル」スネイプが落ち着き払って言った。
「マルフォイがハーマイオニーをやったんです!」ロンが言った。「見てください!」
歯を見せるようにと、ロンが無理やりハーマイオニーをスネイプのほうに向かせた。ロンはハーマイオニーの手をどけようとしたが、ハーマイオニーは懸命にそれに対抗した。スネイプに見せても、いい結果にはならないだろうという判断から、はとっさに「ダメ!」と言いそうになったが、すでに遅かった。ハーマイオニーの努力も、ロンの努力もむなしく、ハーマイオニーの歯は喉元を過ぎるほど伸びて、隠すのは難しかったのだ。はパンジーとその仲間の女子たちが、スネイプの影に隠れてハーマイオニーを指差し、クスクス笑いの声が漏れないように、身をよじっているのが見えた。
スネイプはハーマイオニーに冷たい眼を向けて言った。
「いつもと変わりない」
ハーマイオニーは泣き声を漏らした。そして目に涙をいっぱい浮かべ、くるりと背を向けて走り出した。そのとたん、ハリーとロンの口から驚くような大声でスネイプの悪口が流れ出た。しかし、石の廊下に大きく木霊して、何を言っているのかははっきりとは聞き取れない。
「ハーマイオニー!」
がハーマイオニーを追いかけようとすると、誰かに腕をつかまれた。殺気立って振り向くと、マルフォイがしてやったり、とニヤリと笑った。は何かがプッツンと切れたようにマルフォイの顔面にパンチを食らわせていた。
「キャー」
パンジーたちのグループが急いでマルフォイの許にやってきた。は目の端で、マルフォイの両鼻から血が垂れるのを見た。
「スッキリしたぜ」
ディーンに背を叩かれ、はニヤリと笑ってみせた。
「
エピスキー」
しかし、マルフォイの鼻血はスネイプの癒術呪文で簡単に治ってしまった。
一方、ハリーとロンは興奮の所為か、ぜいぜいと肩で息を吸っていた。はこの後の展開が簡単に予想できた。
「さよう」スネイプがハリーとロンとを見て、最高の猫なで声で言った。
「グリフィンドール、五十点減点。ポッターとウィーズリーはそれぞれ居残り罰だ。さあ、教室に入りたまえ。さもないと一週間居残り罰を与えるぞ」
はディーンやシェーマスと一緒にいたが、スネイプの脇をハリーとロンが一緒に通り抜けるのを見た。もしかしたら、と期待に胸を高鳴らせ、教室に入ったが、やはり、それは高望みでしかなく、ロンはハリーとは別の机に座っていた。
「、さっきのパンチは最高だったぜ」
ディーンとシェーマスにそう言われながら、はハリーと同じ机に座った。ネビルも一緒だ。ハーマイオニーがいないからなのか、いつもより緊張しているようだ。
「解毒剤!」
スネイプがクラス全員を見渡した。黒く冷たい目が、不快げに光っている。
「材料の準備はもう全員できているはずだな。それを注意深く煎じるのだ。それから、だれか実験台になるものを選ぶ・・・・・」
スネイプがの隣に座っていたハリーを見たのに気づいた。しかし、そのとき地下牢教室のドアをノックする音が飛び込んできた。
コリン・クリービーだった。ソロソロと教室に入ってきたコリンは、一番前にあるスネイプの机まで歩いていった。
「なんだ?」スネイプがぶっきらぼうに言った。
「先生、僕、ハリー・ポッターを上に連れてくるように言われました」
スネイプは鉤鼻の上からズイッとコリンを見下ろした。使命に燃えたコリンの顔から笑いが吹き飛んだ。
「ポッターにはあと一時間魔法薬の授業がある」スネイプが冷たく言い放った。
「ポッターは授業が終わってから上に行く」
コリンの顔が上気した。
「先生――でも、バクマンさんが呼んでいます」コリンはおずおずと言った。
「代表選手は全員行かないといけないんです。写真を撮るんだと思います・・・・・」
は前の方に座っているマルフォイがハリーを指差して笑うのを見た。
「よかろう」スネイプがバシリと言った。
「ポッター、持ち物を置いていけ。戻ってから自分の作った解毒剤を試してもらおう」
「すみませんが、先生――持ち物を持っていかないといけません」
コリンが甲高い声で言った。
「代表選手はみんな――」
「
よかろう!ポッター――カバンを持って、とっとと我輩の目の前から消えろ!」
ハリーはカバンを放り上げるようにして肩にかけたとき、に「あとでね」と小さく囁いた。もそれが聞こえたので、小さく「気をつけて」と囁いた。ハリーはスリザリン生の「
汚いぞ、ポッター」のバッジの光に照らされながら、教室を出て行った。
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