次の日、が目を覚ますとすでにハーマイオニーの姿はなかった。は先に朝食にでも行ったのだろうと思い、ゆっくり着替え、寝室のドアを開けようとすると、バンという音とともに、扉が勢いよくこちらに向かって開いた。もちろん、がそんなことを予想出来るはずもなく、ズキズキするおでこを押さえて、ドアを開いた主をにらんだ。
「、今、すごい音がしたんだけど――もしかして、あなた?」
が恨めしそうにハーマイオニーに頷いてみせると、ハーマイオニーは慌てておでこにあったの手を退けた。
「ああ、ごめんなさい、。どうしよう、本当にごめんなさい」
ハーマイオニーはオロオロとした。そんなに自分のおでこは酷いのか、とハーマイオニーに聞くと、ハーマイオニーは鏡を見せてくれた。確かに赤くなって腫れてきているようだ。
「大丈夫よ、ハーマイオニー。前髪で隠せるわ」
はそう言って前髪を撫で付けた。微かに赤いのが見えるが大部分は隠れている。
「ダメよ、。医務室に行かなきゃ」
「私、朝食も食べてないのよ」
そんな二人の張り合いは決着がつかず、結局、朝食を食べ終えたら医務室に行く、という案で妥協した。
「談話室にハリーが待ってるわ」
ハーマイオニーはを引っ張って談話室に連れて行った。
談話室ではハリーがクリービー兄弟に捕まって、適当に相槌を打っているところだった。しかし、ハリーは二人の姿を見つけると急いでクリービー兄弟と別れ、手に何かを持ってこちらにやってきた。
「ハーマイオニー、遅いよ」ハリーが言った。
「ごめんなさい、ちょっとトラブルがあって」
ハーマイオニーがそう言ったので、は自分の前髪を掻き上げてハリーに見せた。
「どうしたの、それ」
ハリーが痛々しげに聞いた。
「あのね、ドアがバンって、それでゴンッて言って、痛いの」
が言ったのでハリーはちゃんと伝わったらしい。ハーマイオニーはある意味で二人に感心した。
「ハーマイオニーが開けたドアにおでこが当たって痛いんだね?」
が頷いた。
「でも、医務室は後。朝食まだだから」
が先回りしてそう言うと、ハリーがクスリと笑って、手に持っているものをに見せた。ナプキンに包んだトーストが見えている。
「ハーマイオニーが持ってきてくれたんだ。三人で食べようって」
は首をかしげた。
「三人?四人じゃなくて?」
ハリーの表情がたちまち変わった。
「僕はロンのあとを追いかけ回して、あいつが大人になるのを手助けするなんて真っ平だ」
心配していたことが現実になったのが、には理解できた。やはりハリーとロンはけんかしてしまったらしい。
「ここで話してないで、散歩しない?」
ハーマイオニーが取り直すように言った。
階段を下り、大広間には目もくれずに、すばやく玄関ホールを通り、まもなく三人は湖に向かって急ぎ足で芝生を横切っていた。湖にはダームストラングの船が繋がれ、水面に黒い影を落としていた。肌寒い朝だった。三人はトーストを頬張りながら歩き続け、ハリーが昨日、大広間の隣の部屋に入ってから何があったのか話してくれた。
「まずダンブルドアが責められた。カルカロフもマダム・マクシームもホグワーツから二人も代表選手が出るなんて許せないみたいだった。でも、ムーディが強力な『錯乱の呪文』かなにかで四校目の候補者として僕の名前を入れたんじゃないかって」
そこでハリーは一息ついて、トーストをかじった。
「結局、魔法契約の拘束で、僕は出場することになった。ダンブルドアも僕が入れたんじゃないって信じてくれているみたいだった――」
「最初の課題は?」
が口を挟んだ。
「最初の競技は勇気を試すものだから、内容は教えてくれなかった。ただ、十一月二十四日に行うって。それと、期末テストが免除――」
「いいな!」
が思わず目を輝かせると、ハリーが初めて笑顔を見せた。
「もう、!ハリーは代表選手にさせられたのよ」
ハーマイオニーがを見た。
「でも、期末テスト免除はうらやましい」がそれでもそう言い張ると、ハリーが声を上げて笑った。
「ところで、二人とも昨日の談話室のパーティで見なかったけど、どこにいたの?」ハリーが聞いた。
ハーマイオニーはをちらりと見て、ハリーに言った。
「昨日、、倒れたのよ。あなたが隣の部屋に入ったとたん――」
ハーマイオニーは昨日、自分にした話とまったく同じ話を繰り返した。ただ、自分がどうして倒れたのかは言わないでくれた。
「大丈夫なの?」ハリーが心配そうにを見た。
「大丈夫よ」
がそれしか言わなかったので、ハーマイオニーがを小突いた。
「ハリーにも言った方がいいわ」
は最初は何があっても黙っていようと思ったが、ハリーとハーマイオニーの視線に耐え切れず、口を開いた。
「倒れる前、トム・リドルの声を聞いた気がしたの。でも実際には聞いてないわ。あのとき、なんでか、とっても怖くて、怖がってたら倒れたの」
「――は昔から怖がりだけど、失神したのは初めてだね」
聞き慣れた声がして、はバッと後ろから抱き着かれた。
「ちょっと!」
が慌てて逃げようとすると、腕にますます力が込められた。
「父さん、母さん!」
ハリーが驚いた顔で二人をまじまじと見た。
「やあ、ハリー。ハーマイオニー」
ジェームズがにこやかに挨拶した。
「こんにちは、ハーマイオニー。ハリー、元気?」
リリーも優しい笑顔で二人には挨拶した。けれと、ジェームズもリリーもには手厳しかった。
「」
「何?」
ジェームズの咎めるような声のトーンには身構えた。
「僕たちが君に何を怒っているかわかる?」
は黙っていた。ジェームズはに巻き付いていた腕を解き、を自分の方に向かせ、その手での腕を掴んだ。
「どうして、僕らに悪夢のことを黙ってようとしたんだい?」
はジェームズから目をそらし、黙っていた。
「おまけに、君はその夢の声の主がトム・リドルってわかっていたね?」
ジェームズは無理矢理を自分の目と合わせるとそう言った。
「、黙ってたらわからない。僕らは君の返事次第では君を家に連れて帰ることだって考えているんだ」
の顔色が一気に変わったのをジェームズは見逃さなかった。
「家に連れて帰ったりしないで」
は泣きそうになって言った。ジェームズは本気だ。きっと、家に連れて帰られたら、この先、ずっと家に缶詰だろうし、悪夢を見たら、見たで、どんなものを見たのかと問い詰められそうだ。確かに、シリウスやらやらルーピンに会えるのはうれしいが怒っている彼らほど怖いものはない。
「そういうときはなんて言うんだい?」
ジェームズはが十分に反省したとわかったようだ。声がいくぶんか柔らかくなった。
「ごめんなさい――」
の目からは大粒の涙が零れた。ジェームズの威圧に耐え切れなかったのだ。
ジェームズは軽くため息をすると、を抱き寄せた。泣かすつもりはなかった。ただ、自分たちがどれほど彼女を心配しているのか、どれほど彼女が重要なことを黙っていたのか、わかってほしかっただけだった。
「もう、そんなことしないね?」
ジェームズが優しくに問い掛けると、はコクリと頷いた。
「良い子だ――
」
ジェームズがいつものように、に軽くキスをしようとして前髪を上げると、真っ赤に腫れ上がったおでこがまる見えになった。
「どうしたんだい?」
ジェームズはリリーにもの額が見えるようにした。
「ドアがバンって――」
「寝室のドアを開けようとしたら、いきなり開いたんだ――」
「そしたらゴンッて言って――」
「そしたらおでこにゴンッて当たって――」
「痛かったの」
「痛かったんだ」
の説明不足の言葉を補うように、ハリーがの後に続けて言った。ジェームズたちにはそれが当たり前となっているのか驚いた様子はなかったが、ハーマイオニーは相当驚いた。
「医務室は?」
リリーがジェームズからを受け取ってハリーに聞いた。
「朝食を食べてから行くつもりだった――今食べ終わって、父さんたちが現れたから、医務室に行く暇なんてなかったんだ」
ハリーがそう言うと、ジェームズが言い返した。
「先に医務室に行くって言ってくれればよかったのに!」
明らかにそんなことを言い出せる雰囲気ではなかったのに、そうジェームズは言い張った。
「もう、ジェームズ、あなたは黙ってて」
リリーがジェームズの耳を引っ張り、ハリーから離した。
「時間ないのよ。私たち、彼を待たせることになるわ」
リリーはに向き直った。の目はまだ赤かったが、もう泣き止んでいた。
「いい?これから悪夢を見たときとか、トム・リドルの声を聞いたときとか、必ず私たちにで良いから言うのよ。それと――」
リリーはの額を指差した。
「今から医務室に行くこと。いいわね?」
が返事すると、リリーは満足げに微笑んで、今度はハリーに言った。
「ハリー、代表選手ですってね」
リリーの表情は暗かった。
「誰かがあなたを危険に巻き込もうとしているわ。絶対に無茶はしないこと。一人で頑張ろう、なんて変な考えを持たないこと。みんなあなたたちのことを心配しているのよ――
聞いてる?」
空を飛ぶふくろうを見上げていたはリリーの声によって現実に引き戻された。
「本当に危険なことはしないで。お願いよ」
リリーの泣きそうな顔を見ると、は切なくなった。ハリーもそう思ったのか、リリーに抱き着いた。いつの間にか、ハリーはリリーよりも大きくなっていた。
「こういうときって、も僕に抱き着くんじゃないかな?」
「パパにならいくらでも抱き着くわ」
ジェームズにが言い返した。
「やれやれ。それじゃあ、ハーマイオニー。二人をよろしくね」
ジェームズは静かに四人を見ていたハーマイオニーに別れを言って、もう一度、それぞれハリーとを抱きしめると、リリーと連れ立って城の中に入っていった。
「どうして父さんたち、ホグワーツに来たんだろう」ハリーは二人の背中を見ながら、いまさらの疑問を口にした。
「ダンブルドアが呼んだのよ。昨日、言ってたわ」ハーマイオニーが答えた。
「それじゃあ、医務室に行かなきゃね」
は昨日もお世話になった医務室に、また今日も行くのかと思うと気が重かったが、リリーと約束したので行かないわけにはいかなかった。医務室に行って、苦い薬を飲まなかっただけ、良いとするしかない。
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