ハリーとロンとは「未来の霧を晴らす」の教科書を寝室から取って談話室に戻り、テーブルを見つけて座り、むこう一ヶ月の自らの運勢を予言する宿題に取り掛かった。一時間後、作業はほとんど進んでなかった。テーブルの上は計算の結果や記号を書き付けた羊皮紙の切れ端で散らかっていたが、の頭はすでにピークを越していて、眠かった。
「こんなもの、いったいどういう意味なのか、僕、まったく見当もつかない」
計算を羅列した長いリストをじっと見下ろしながらハリーが言った。
「あのさあ」
イライラして、指で髪を掻き毟ってばかりいたので、ロンの髪は逆立っていた。
「こいつは、『まさかのときの占い学』に戻るしかないな」
「どういうこと?」
「やっぱり、こういうことは鈍いな、」
訳が分からないというふうに尋ねたに、ロンは嫌味っぽく答えた。
「でっち上げさ!」
そう言うなり、ロンは走り書きのメモの山をテーブルから払いのけ、羽根ペンにたっぷりインクを浸し、書き始めた。
「来週の月曜日」書きなぐりながらロンが読み上げた。
「火星と木星の『合』という凶事により、僕は咳が出はじめるであろう」
ここでロンは二人を見た。
「あの先生のことだ――とにかく惨めなことをたくさん書け。舌なめずりして喜ぶぞ」
「よーし」
ハリーが最初の苦労の跡をクシャクシャに丸め、ペチャクチャしゃべっている一年生の群れの頭越しに放って、暖炉の火に投げ入れた。
「オッケー・・・・・月曜日、僕は危うく――えーと――火傷するかもしれない」
「そうね、また月曜日にはハグリッドの授業があるから」はため息とともにそう言った。
「それじゃあ、私は・・・・・月曜日・・・・・」
「大切なものをなくす」
何かアイディアはないかと「未来の霧を晴らす」をパラパラめくっていたハリーが言った。
「ありがと、ハリー」
がにっこり微笑むとほんのりハリーの頬が赤くなった気がした。
それから一時間、三人はでっち上げ運勢を書き続けた。周りの生徒たちが一人、二人と寝室に上がり、談話室はだんだん人気がなくなった。どこからかクルックシャンクスが現われ、三人のそばにきて、空いている椅子にひらりと飛び上がり、謎めいた表情で三人をじっと見た。なんだか、三人がまじめに宿題をやっていないと知ったら、ハーマイオニーがこんな顔をするだろうというような目つきだ。
それから三十分もたったころ、肖像画の穴が開き、ハーマイオニーが談話室に這い登ってきた。片手に羊皮紙を一束抱え、もう一方の手に箱を抱えている。箱の中身が歩くたびにカタカタ鳴った。クルックシャンクスが、背中を丸めてゴロゴロ喉を鳴らした。
「こんばんは」ハーマイオニーが挨拶した。
「ついに出来たわ!」
「僕もだ!」ロンが勝ち誇ったように羽根ペンを放り出した。
ハーマイオニーは腰かけ、持っていたものを空いている肘掛け椅子に置き、それからロンの運勢予言を引き寄せた。
「素晴らしい一ヶ月とは行かないみたいですこと」
ハーマイオニーが皮肉たっぷりに言った。クルックシャンクスがその膝に乗って丸まった。
「まあね。少なくとも、前もってわかっているだけマシさ」ロンは欠伸をした。
「二回も溺れることになってるようよ」ハーマイオニーが指摘した。
「え? そうか?」
ロンは自分の予言をじっと見た。
「どっちか変えた方がいいかな? ヒッポグリフが暴れて踏み潰されるって事に」
「でっち上げだって事が見え見えだと思わない?」ハーマイオニーが言った。
「何を仰る!」ロンが憤慨するふりをした。
「僕たちは、屋敷しもべ妖精の如く働いたのですぞ!」
ハーマイオニーの眉がピクリと動いた。
「ほんの言葉のアヤだよ」
しかし、それでもハーマイオニーの鋭い視線は変わりなかった。は話を逸らそうと思って、ハーマイオニーに声をかけた。
「中身は何?」は箱を指差した。
「いまお聞きになるなんて、なんて間がいいですこと」
ハーマイオニーはににっこり笑いかけると蓋を開け、中身を見せた。
箱の中には、色とりどりのバッジが五十個ほど入っていた。みんな同じ文字が書いてある。S・P・E・W。
「スピュー?」はバッジを一個と利上げ、しげしげと見た。
「何に使うの?」
「スピュー、反吐じゃないわ。エス――ピー――イー――ダブリュー。つまり、エスは協会、ピーは振興、イーはしもべ妖精、ダブリューは福祉の頭文字。しもべ妖精福祉振興協会よ」
「聞いた事無いなあ」ロンが言った。
「当然よ」ハーマイオニーは威勢よく言った。
「私が始めたばかりです」
「へえ?」ロンがちょっと驚いたように言った。
「メンバーは何人いるんだい?」
「そうね――あなたたちが入会すれば――四人」ハーマイオニーが言った。
「それじゃ、僕たちが『スピュー、反吐』なんて書いたバッジを着けて歩き回ると思ってるわけ?」
「エス――イー――ピー――ダブリュー! 本当は『魔法生物仲間の目に余る虐待を阻止し、その法的立場を変える為のキャンペーン』とするつもりだったの。でも入り切らないでしょ。だから、そっちの方は、我らが宣言文の見出しに持って来たわ」
ハーマイオニーは羊皮紙の束を三人の目の前でヒラヒラ振った。
「私、図書館で徹底的に調べたわ。小人妖精の奴隷制度は、何世紀も前から続いていたの。これまで誰も何にもしなかったなんて、信じられないわ」
「ハーマイオニー――耳を、覚ませ」ロンが大きな声を出した。
「あいつらは、奴隷が、好き。奴隷でいるのが
好きなんだ!」
「私たちの、短期的目標は」
ロンより大きな声を出し、何も耳に入らなかったかのように、ハーマイオニーは読み続けた。
「屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保する事である。私達の長期的目標は、以下の事項を含む。杖の使用禁止に関する法律改正。しもべ妖精代表を一人、『魔法生物規制管理部』に参加させる事。何故なら、彼らの代表権は愕然とするほど無視されているからである」
「それで、そんなにいろいろ、どうやってやるの?」ハリーが聞いた。
「まず、メンバー集めから始めるの」
ハーマイオニーは悦に入っていた。
「入会費、二シックルと考えたの――それでバッジを買う――その売り上げを資金に、ビラ撒きキャンペーンを展開するのよ。ロン、あなた、財務担当――私、上の階に、募金用の空き缶を一個、置いてありますからね――ハリー、あなたは書記よ。だから、私がいましゃべっていることを全部記録しておくといいわ。第一回会合の記録として――、あなたは副会長よ。私の手伝いをしてね」
一瞬、間があいた。その間、ハーマイオニーは三人に向かって、ニッコリ微笑んでいた。はハーマイオニーの強引さに呆れるやら、ハリーやロンの表情がおかしいやらで、ただじっと座ったままだった。沈黙を破ったのはロン、ではなく、トントンと軽く窓を叩く音だった。いまやガランとした談話室のむこうに、は月明かりに照らされて窓枠に止まっている、雪のように白いふくろうを見た。
「ヘドウィグ!」
ハリーが叫ぶように名前を呼び、椅子から飛び出して窓に駆け寄り、パッと開けた。
ヘドウィグは、中に入ると、部屋をスイーッと横切って飛び、テーブルに置かれたハリーの予言の上に舞い降りた。
「待ってたよ!」
ハリーは急いでヘドウィグのあとを追った。
「返事を持ってる」
ロンも興奮して、ヘドウィグの脚に結び付けられた汚い羊皮紙を指差した。
ハリーは急いで手紙を解き、座って読み始めた。ヘドウィグはハタハタとその膝に乗り、やさしくホーと鳴いた。
「なんて書いてあるの?」
ハーマイオニーが息を弾ませてハリーに聞く傍で、はどうかシリウスたちが自分のことを気にかけていませんように、と願った。
ハリー
すぐに北に向けて旅立つつもりだ。数々の奇妙な噂が、ここにいるわたしの耳にも届いているが、の悪夢のことは、その一連の出来事に連なる最新のニュースだ――もちろん、ホグワーツに行く前に見たの悪夢も、君の傷跡のことも。には、また悪夢を見ることがあれば、すぐにダンブルドアのところへ行きなさいと伝えておいてくれ。風の便りでは、ダンブルドアがマッド - アイ・ムーディを隠居生活から引っ張り出したとか。ということは、ほかの者はだれも気づいていなくとも、なんらかの気配をダンブルドアが読み取っているということなのだ。
またすぐに連絡する。今度はジェームズに手紙でも書いてやれ。わたし宛の手紙だったものだから、ふてくされてしまった。の好きなミスター・スウィートも元気だ。ただ、の悪夢のことを心配している。くれぐれも、わたしたちに心配をかけたくないというような無駄な意地を張らないようにに言っておいてくれ。彼女は目を離すとすぐに無茶をする。
それじゃあロンととハーマイオニーによろしく。ハリー、くれぐれも用心するよう。
シリウス
ハリーは目を上げてロンととハーマイオニーを見た。三人ともハリーを見つめ返した。
「北に向けて旅立つって?」ハーマイオニーが呟いた。
「
帰って来るって事?」
「ダンブルドアは、なんの気配を読んでるんだ?」ロンは当惑していた。
「パパが帰ってきちゃう!」は頭を抱えた。
「たかが私の悪夢の所為で!」
はハリーを責める気など毛頭なかったが、いつの間にかハリーを見ていたのだろう。ハリーは怒ったように一人で寝室に上がっていってしまった。
「、あなた、別にハリーを怒ったりなど――」
「するわけないでしょ!自分に腹が立ってるだけよ!」
はハーマイオニーの親切ともおせっかいとも取れる行為に今更ながら腹は立ったが、ハーマイオニーを責める気にはなれなかった。今度から、悪夢を見たときはうなされないようにしようと心に誓った。
「ところでさ、『の好きなミスター・スウィート』って誰だい?」
ロンは雰囲気を明るくしようとしてそう聞いた。
「リーマス・ルーピン。私の名付け親よ」
はそう言って立ち上がった。これ以上二人と話していると怒鳴りたくなりそうな気がしたのだ。
「私、寝る。またあした」
は言葉少なに、それだけ言った。
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