Imperius curse 服従の呪文
翌朝、早々と目が覚めたは、急いで羊皮紙を一枚取り、手紙を書いた。

親愛なるパパ
悪夢を見たというのはハリーの過剰な表現で、ほんとうに見たわけではないので心配いりません。こちらに来るのはとても無駄な行為だと思います。私は心配要りません。ジェームズやリーマスと静かな時間をお過ごしください。くれぐれも戻ってこないように。
                                             

それから談話室に行くと、今起きたのか、ハリーと一緒になった。ハリーも手に羊皮紙を持っているのに気づいた。
「パパに手紙?」
「そういう君こそ」
二人はそう言って少し笑った。
が書いたなら、僕は出さなくていいかな。きっと娘の君のほうが説得できるだろうし」
ハリーはそう言ってパチパチと小さく燃えていた暖炉に手紙を投げ入れた。
「せっかく書いた手紙なのに」
が少し咎めるような目でハリーを見ると、ハリーは肩をすくめて、「行こう」と促した。
肖像画の穴をくぐり、静まり返った城の中を抜け、二人は西塔のてっぺんにあるふくろう小屋に辿り着いた。
小屋は円塔形のつくりで、かなり寒く、隙間風が吹き込んでいた。どの窓にもガラスがはまってないせいだ。塔のてっぺんまでびっしりと取り付けられた止まり木に、ありとあらゆる種類のふくろうが、何百羽も止まっている。ほとんど眠っていたが、ちらりほらりと琥珀色の丸い目が、片目だけを開けて二人を睨んでいた。ヘドウィグがメンフクロウとモリフクロウの間にいるのを見つけ、ハリーは急いでヘドウィグに近寄った。
「ヘドウィグ」
ヘドウィグはハリーの姿を見つけると、メンフクロウとモリフクロウが目を覚ますからなどと遠慮することもなく羽を広げ、ハリーの腕に乗った。
「シリウスに届けて、いいね?」
ヘドウィグの突き出した脚にが手紙を括りつけていると、ハリーは優しくヘドウィグの背中を撫でた。
「吸魂鬼より先に」
ヘドウィグはハリーの指を甘噛みし、お任せくださいとばかりに、静かにホーと鳴いた。それから両の翼を広げ、ヘドウィグは朝日に向かって飛んだ。二人は、その姿が見えなくなるまで見送った。

ちょっと嘘でしょう?
朝食のときにロンとハーマイオニーに今朝の出来事を打ち明けると、ハーマイオニーは厳しく言った。
「悪夢を見たのは、本当のことじゃない。わかってるくせに」
「パパをアズカバンに連行させたくないの」
がハーマイオニーを睨みつけると、ハーマイオニーは反論しようと口を開きかけた。
「やめろよ」
ロンがぴしゃりと言った。ハーマイオニーはこのときばかりはロンの言うことを聞き、押し黙った。
それから数週間、授業はますます難しく、過酷になってきた。ときに「闇の魔術に対する防衛術」がそうだった。
驚いたことに、ムーディ先生は、「服従の呪文」を生徒一人ひとりにかけて、呪文の力を示し、果たして生徒がその力に抵抗できるかどうかを試すと発表した。
ムーディは杖を一振りして机を片付け、教室の中央に広いスペースを作った。そのとき、ハーマイオニーがどうしようかと迷いながら言った。
「でも――でも、先生、それは違法だとおっしゃいました。たしか――同類であるヒトにこれを使用することは――」
「ダンブルドアが、これがどういうものかを、体験的におまえたちに教えてほしいというのだ」
ムーディの「魔法の目」がぐるりと回って、ハーマイオニーを見据え、瞬きもせず、不気味な眼差しで凝視した。
「もっと厳しいやり方で学びたいというのであれば――だれかがおまえにこの呪文をかけ、完全に支配する。そのときに学びたいのであれば――わしは一向に構わん。授業を免除する。出て行くがよい」
ムーディは、節くれだった指で出口を差した。ハーマイオニーは赤くなり、出て行きたいと思っているわけではありません、らしきことをボソボソと言った。ハリーとロン、は、顔を合わせてこっそり笑った。三人にはよくわかっていた。ハーマイオニーが、こんな大事な授業を受けられないくらいなら、むしろ腫れ草の膿を飲む方がましだと思うだろう。
ムーディは生徒を一人ひとり呼び出して、「服従の呪文」をかけ始めた。呪いのせいで、クラスメートが次々と世にもおかしなことをするのを、はじっと見ていた。ディーン・トーマスは国家を歌いながら、片脚をケンケン跳びで教室を三周した。ラベンダー・ブラウンは、リスのまねをした。ネビルは普通だったらとうていできないような見事な体操を、立て続けにやってのけた。だれ一人として呪いに抵抗できた者はいない。ムーディが呪いをといたとき、はじめて我にかえるのだった。
「ブラック」ムーディ先生が唸るように叫んだ。「次だ」
は教室の中央、ムーディ先生が机を片付けて作ったスペースに進み出た。ムーディが杖を上げ、に向け、唱えた。
インペリオ!服従せよ!
最高に素晴らしい気分だった。全ての思いも悩みもやさしく拭い去られ、つかみどころのない、漠然とした幸福感だけが頭に残り、はフワフワと浮かんでいるような心地がした。はすっかり気分が緩み、周りのみんなが自分を見つめていることを、ただぼんやりと意識しながらその場に立っていた。
すると、マッド‐アイ・ムーディの声が、虚ろな脳みそのどこか遠くの祠に響き渡るように聞こえてきた。おまえの家には誰が住んでいるか言うのだ・・・・・。
「私の・・・・・」
は自分の口が勝手に開くのが分かった。
「家には・・・・・」
頭のどこかで、別の声が目覚めた。そんなことを言ってしまえば、シリウス・ブラックをかくまっているのがばれてしまう。
おまえの家には誰が住んでいるか言うのだ・・・・・。
だめだ。シリウスの居場所を吐いてはいけない。もう一つの声が、前よりもややきっぱりと言った。
言うんだ!いますぐ!
嫌だ!
は自分でも驚くような大声を上げた。すると呪文が解けたのか、周りがはっきりとしてきた。
「よーし、それだ!それでいい!」
ムーディはポンポンとの背中を叩いた。
「おまえたち、見たか・・・・・ブラックが戦った!戦って、そして、打ち負かした!もう一度やるぞ、ブラック。あとの者はよく見ておけ――ブラックの目をよく見ろ。その目に鍵がある――いいぞ、ブラック。まっこと、いいぞ!やつらは、おまえを支配するのにはてこずるだろう!」

「でも、ムーディの言い方ときたら――」
一時間後、「闇の魔術に対するの防衛術」の教室からフラフラになって出てきたハリーが言った。
ムーディはハリーが「服従の呪文」に抵抗できたのを見て、ハリーの力量を発揮させると言い張り、四回も立て続けに練習させ、ついにはハリーが完全に呪文を破るところまで続けさせたのだ。
「――まるで僕たち全員が、今にも襲われるんじゃないかと思っちゃうよね」
「ウン、そのとおりだ」
ロンは一歩おきにスキップしていた。ムーディは昼食時までには呪文の効果は消えるとロンに請け合ったのだが、ロンはハリーに比べてずっと、呪いに弱かったのだ。
「被害妄想だよな・・・・・」
ロンは不安げにチラリと後ろを振り返り、ムーディが声の届く範囲にいないことを確かめてから話を続けた。
「魔法省が、ムーディがいなくなって喜んだのも無理ないよ。ムーディがシェーマスに聞かせてた話を聞いたか?エイプリルフールにあいつの後ろから『バーッ』て脅かした魔女に、ムーディがどういう仕打ちをしたか聞いたろう?それに、こんなにいろいろやらなきゃいけないことがあるのに、その上『服従の呪文』への抵抗について何か読めだなんて、いつ読みゃいいんだ?」
「それにしたって、はすごいわ。いきなり『服従の呪文』を破ってしまったんだから」
ハーマイオニーが惚れ惚れしたようにに言った。
一方、はどうしてか不安を隠しきれないでいた。
「嬉しくないの?」ハーマイオニーがの顔を覗き込んだ。
「君じゃないんだから、クラスで最初に呪文を破ったって嬉しくなるはずないだろ」ロンが言った。
それを聞いたハーマイオニーが、またロンに食って掛かるのをぼんやりと見ながらは思い悩んだ。ムーディが自分にやらせようと強制したことが「家には誰が住んでいるか言うこと」だなんて簡単すぎる。はそれがただのムーディのネタ切れなのか、それとも故意的なのか、決められなかった。
四年生は、今学年にやらなければならない宿題の両が、明らかに増えていることに気づいた。マクゴナガル先生の授業で、先生が出した変身術の宿題の量にひときわ大きい呻き声が上がったとき、先生は、なぜそうなのか説明した。
「皆さんはいま、魔法教育の中でもっとも大切な段階の一つにきています!」
先生の目が、四角いメガネの奥でキラリと危険な輝きを放った。
「『O・W・L』、一般に『ふくろう』と呼ばれる『普通魔法レベル試験』が近づいています――」
「『O・W・L』を受けるのは五年生になってからです!」
ディーン・トーマスが憤慨した。
「そうかもしれません、トーマス。しかし、いいですか。皆さんは十二分に準備をしないといけません!このクラスでハリネズミをまともな針山に変えることができたのは、ミス・グレンジャーとミス・ブラックです。お忘れではないでしょうね、トーマス。あなたの針山は、何度やっても、だれかが針を持って近づくと、怖がって丸まってばかりいたでしょう!」
ハーマイオニーはまた頬を染め、あまり得意げに見えないよう努力しているようだった。一方、は表情一つ変えずにただマクゴナガル先生を見ていた。
次の「占い学」の授業のとき、トレローニー先生が、ハリーとロンとの宿題が最高点を捕ったと言ったので、三人もとても愉快だった。先生は三人の予言を長々と読み上げ、待ち受ける恐怖の数々を、三人が怯まずに受け入れたことを褒め上げた。ところが、その次の一ヶ月についても同じ宿題を出され、三人の愉快な気持ちも萎んでしまった。
一方、「魔法史」を教えるゴーストのピンズ先生は、十八世紀の「小鬼の反乱」についてのレポートを毎週提出させた。スネイプ先生は、解毒剤を研究課題に出した。クリスマスが来るまでに、だれか生徒の一人に毒を飲ませて、みんなが研究した解毒剤が効くかどうかを試すと、スネイプが仄めかしたので、みんな真剣に取り組んだ。フリットウィック先生は、「呼び寄せ呪文」の授業に備えて、三冊も余計に参考書を読むように命じた。
ハグリッドまでが、生徒の仕事を増やしてくれた。尻尾爆発スクリュートは、何が好物かを、まだだれも発見していないのに、素晴らしいスピードで成長していた。ハグリッドは大喜びで「プロジェクト」の一環として、生徒が一晩おきにハグリッドの小屋に来て、スクリュートを観察し、その特殊な生態についての観察日記をつけることにしようと提案したのだ。ハグリッドは、まるでサンタクロースが袋から特大のおもちゃを取り出すような顔をした。
「僕はやらない」ドラコ・マルフォイがピシャリと言った。
「こんな汚らしいもの、授業だけでたくさんだ。お断りだ」
ハグリッドの顔から笑いが消し飛んだ。
「言われた通りにしろ」ハグリッドが唸った。
「じゃねえと、ムーディ先生のしなさったことを、俺もやるぞ・・・・・おまえさん、なかなかいいケナガイタチになるっていうでねえか、マルフォイ」
グリフィンドール生が大爆笑した。マルフォイが怒りで真っ赤になったが、ムーディに仕置きされたときの痛みをまだ十分覚えているらしく、口応えしなかった。昨年、マルフォイがハグリッドをクビにしようとして、あの手この手を使ったことを思うと、ハグリッドがマルフォイをやり込めたことは、ハリーやロン、、ハーマイオニーにとって愉快なことだった。

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ハグリッドの逆襲。