The Unforgivable Curses 許されざる呪文
「さて・・・・・魔法法律により、もっとも厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」
何人かが中途半端に手を上げた。ロンもハーマイオニーも手を上げていた。ムーディはロンを指しながらも、「魔法の目」はまだラベンダーを見据えていた。
「えーと・・・・・」
ロンは自信なさげに答えた。
「パパが一つ話してくれたんですけど・・・・・たしか『服従の呪文』とかなんとか?」
「ああ、そのとおりだ」
ムーディが誉めるように言った。
「おまえの父親なら、たしかにそいつを知っているはずだ。一時期、魔法省を手こずらせたことがある。『服従の呪文』はな」
ムーディは左右不揃いの足で、グイと立ち上がり、机の引き出しを開け、ガラス瓶を取り出した。黒い大グモが三匹、中でガサゴソ這い回っていた。ロンがギクリと身を引いた――ロンはクモが大の苦手だ。
ムーディは瓶に手を入れ、クモを一匹つかみ出し、手の平に載せてみんなに見えるようにした。
それから杖をクモに向け、一言呟いた。
インペリオ!服従せよ!
クモは細い絹糸のような糸を垂らしながら、ムーディの手から飛び降り、空中ブランコのように前に後ろに揺れ始めた。脚をピンと伸ばし、後ろ宙返りをし、糸を気って机の上に着地したと思うと、クモは円を描きながらクルリくるりと横とんぼ返りを始めた。ムーディが杖をグイグイと上げると、クモは二本の脚で立ち上がり、どう見てもタップダンスとしか思えない動きを始めた。
みんなが笑った――ムーディを除いて、みんなが。
「おもしろいと思うのか?」ムーディは低く唸った。
「わしがおまえたちに同じことをしたら、喜ぶか?」
笑い声が一瞬にして消えた。
「完全な支配だ」
ムーディが低い声で行った。クモは丸くなってコロリコロリと転がりはじめた。
「わしはこいつを、思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさすことも、誰かの喉に飛び込ませることも・・・・・」
ロンが思わず身震いした。
「何年も前になるが、多くの魔法使いたちが、この『服従の呪文』に支配された」
ムーディの言っているのはヴォルデモートの全盛時代のことだとわかった。
「だれが無理に動かされているのか、だれが自らの意志で動いているのか、それを見分けるのが、魔法省にとって一仕事だった。『服従の呪文』と戦うことはできる。これからそのやり方を教えていこう。しかし、これには個人のもつ心の力が必要で、だれにもできるわけではない。できれば呪文をかけられぬようにするほうがよい。油断大敵!
ムーディの大声に、みんな飛び上がった。
ムーディはとんぼ返りをしているクモを摘み上げ、ガラス瓶に戻した。
「他の呪文を知っている者はいるか?何か禁じられた呪文を?」
ハーマイオニーの手が再び高く上がった。何と、ネビルの手もあがったので、ちょっと驚いた。ネビルがいつも自分から進んで答えるのは、ネビルにとってほかの科目よりダントツに得意な「薬草学」の授業だけだった。ネビル自身が、手を挙げた勇気に驚いているような顔だった。
「何かね?」
ムーディは「魔法の目」をぐるりと回してネビルを見据えた。
「一つだけ――『磔の呪文』」
ネビルは小さな、しかしはっきり聞こえる声で答えた。
ムーディはネビルをじっと見つめた。今度は両方の目で見ている。
「おまえはロングボトムという名だな?」
「魔法の目」をスーッと出席簿に走らせて、ムーディが聞いた。
ネビルはおずおずと頷いた。しかし、ムーディはそれ以上追究しなかった。ムーディはクラス全員のほうに向き直り、ガラス瓶から二匹目のクモを取り出し、机の上に置いた。クモは恐ろしさに身がすくんだらしく、じっと動かなかった。
「『磔の呪文』」ムーディが口を開いた。
「それがどんなものかわかるように、少し大きくする必要がある」
ムーディは杖をクモに向けた。
エンゴージオ!肥大せよ!
ク後が膨れ上がった。いまやタランチュラより大きい。ロンは、恥も外聞もかなぐり捨て、椅子をグッと引き、ムーディの机からできるだけ遠ざかった。
ムーディは再び杖を上げ、クモに指し、呪文を唱えた。
クルースオ!苦しめ!
たちまち、クモは脚を胴体に引き寄せるように内側に折り曲げて引っくり返り、七転八倒し、ワナワナと痙攣した。何の音も聞こえなかったが、クモに声があれば、きっと悲鳴をあげているに違いない、とは思った。ムーディは杖をクモから離さず、クモはますます激しく身を捩りはじめた。は誰かが小さな声を漏らしたような気がして振り向いた。そこにいたのは机の上で指の関節が白く見えるほどギュッとこぶしを握り締め、恐怖に満ちた目を大きく見開いたネビルだった。
「やめて!」は金切り声をあげてムーディに訴えた。
生徒たちはを見た。しかし、の目はクモでもなく、生徒でもなく、ネビルを見ていた。
ムーディは杖を離した。クモの脚がはらりと緩んだが、まだヒクヒクしていた。
レデュシオ!縮め!
ムーディが唱えると、クモは縮んで元の大きさになった。ムーディはクモを瓶に戻した。
「苦痛」ムーディが静かに言った。
「『磔の呪文』が使えれば、拷問に『親指締め』もナイフも必要ない・・・・・これも、かつて盛んに使われた。よろしい・・・・・ほかの呪文を何か知っている者はいるか?」
はこの後のことがなんとなく予想された。許されざる呪文を知らなくても、服従、苦痛とくれば残るは唯一つ、死だった。
三度目の挙手をしたハーマイオニーの手が、少し震えていた。
「何かね?」ムーディがハーマイオニーを見ながら聞いた。
「『アバダ ケダブラ』」ハーマイオニーが囁くように言った。
何人かが不安げにハーマイオニーのほうを見た。ロンもその一人だった。
「ああ」ひん曲がった口をさらに曲げて、ムーディが微笑んだ。
「そうだ。最後にして最悪の呪文。『アバダ ケダブラ』・・・・・死の呪いだ」
ムーディはガラス瓶に手を突っ込んだ。すると、まるで何が起こるのかを知っているように、三番目のクモは、ムーディの指から逃れようと、瓶の底を狂ったように走り出した。しかし、ムーディはそれを捕らえ、机の上に置いた。クモはそこでも、木の机の端のほうへと必死で走った。
ムーディが杖を振り上げた。ハリーは突然、不吉な予感で胸が震えた。
アバダ ケダブラ!
ムーディの声が轟いた。
目も眩むような緑の閃光が走り、まるで目に見えない大きなものが宙に舞い上がるような、グォーッという音がした――その瞬間、クモは仰向けに引っくり返った。何の傷もない。しかし、紛れもなく死んでいた。女の子が何人か、あちこちで声にならない悲鳴をあげた。クモがロンのほうにすっと滑ったので、ロンはのけぞり、危うく椅子から転げ落ちそうになった。
ムーディは死んだクモを机から床に払い落とした。
「よくない」ムーディの声は静かだ。
「気持ちのよいものではない。しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者は、ただ一人。その者は、わしの目の前に座っている」
はちらりとハリーを見た。
「そして、その呪文から人間を復活させた者もただ一人。目の前に座っている」
ムーディの両眼が自分を覗き込むのを感じた。そして、クラス中の視線が注がれたのも感じた。
「『アバダ ケダブラ』の呪いの裏には、強力な魔力が必要だ――おまえたちがこぞって杖を取り出し、わしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させることができるものか。しかし、そんなことはどうでもよい。わしは、おまえたちにそのやり方を教えにきているわけではない。さて、反対呪文がないなら、なぜおまえたちに見せたりするのか?それは、おまえたちが知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどういうものか、おまえたちは味わっておかなければならない。せいぜいそんなものと向き合うような目に遭わぬようにするんだな。油断大敵!
声が轟き、またみんな飛び上がった。
「さて・・・・・この三つの呪文だが――『アバダ ケダブラ』、『服従の呪文』、『磔の呪文』――これらは『許されざる呪文』と呼ばれる。同類であるヒトに対して、このうちどれか一つの呪いをかけるだけで、アズカバンで終身刑を受けるに値する。おまえたちが立ち向かうのは、そういうものなのだ。そういうものに対しての戦い方を、わしはおまえたちに教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、何よりもまず、常に、絶えず、警戒することの訓練が必要だ。羽根ペンを出せ・・・・・これを書き取れ・・・・・」
それからの授業は、「許されざる呪文」のそれぞれについて、ノートを取ることに終始した。ベルが鳴るまで、だれも何もしゃべらなかった――しかし、ムーディが授業の終わりを告げ、みんなが教室を出るとすぐに、ワッとばかりにおしゃべりが噴出した。ほとんどの生徒が、恐ろしそうに呪文の話をしていた。
「あのクモのピクピク、見たか?」
「――それに、ムーディが殺したとき――あっという間だ!」
みんなが、まるで素晴らしいショーか何かのように授業の話をしていた。しかし、にはそんなに楽しいものとは思えなかった。十数年前にはそこらじゅうで死喰い人たちが使いまわっていたのだ。
「早く」
ハーマイオニーが緊張した様子でハリーとロンとを急かした。
「また図書館ってやつじゃないだろうな?」ロンが言った。
「違う」
ハーマイオニーはぶっきらぼうにそう言うと、わき道の廊下のを指差した。
「ネビルよ」
ネビルが廊下の中ほどにぽつんと立っていた。ムーディが「磔の呪文」をやって見せたあのときのように、恐怖に満ちた目を見開いて、目の前の石壁を見つめている。
「ネビル?」ハーマイオニーがやさしく話しかけた。
ネビルが振り向いた。
「やあ」ネビルの声はいつもよりかなり上ずっていた。
「おもしろい授業だったよね?夕食の出し物は何かな。僕――僕、おなかがペコペコだ。君たちは?」
「ネビル、あなた、大丈夫?」ハーマイオニーが聞いた。
「ああ、うん。大丈夫だよ」
ネビルは、やはり不自然に甲高い声で、ベラベラしゃべった。
「とってもおもしろい夕食――じゃないや、授業だった――夕食の食い物はなんだろう?」
ロンはギョッとしたような顔でハリーを見た。
「ネビル、いったい――?」
そのとき、背後で奇妙なコツッ、コツッという音がして、振り返るとムーディ先生が足を引きずりながらやってくるところだった。五人とも黙り込んで、不安げにムーディを見た。しかし、ムーディの声は、いつもの唸り声よりずっと低く、やさしい唸り声だった。
「大丈夫だぞ、坊主」ネビルに向かってそう声をかけた。
「わしの部屋に来るか?おいで・・・・・茶でも飲もう・・・・・」
ネビルはムーディと二人でお茶を飲むと考えただけで、もっと怖がっているように見えた。身動きもせず、しゃべりもしない。
ムーディは「魔法の目」をハリーに向けた。
「おまえは大丈夫だな?ポッター?」
「はい」ハリーは、ほとんど挑戦的に返事をした。
ムーディの青い目が、ハリーを眺め回しながら、かすかにフフフと揺れた。
そして、こう言った。
「知らねばならん。むごいかもしれん、たぶんな。しかし、おまえたちは知らねばならん。知らぬふりをしてどうなるものでもない・・・・・さあ・・・・・おいで。ロングボトム。おまえが興味を持ちそうな本が何冊かある」
ネビルは拝むような目でハリー、ロン、シェラー、ハーマイオニーを見たが、だれも何も言わなかった。ムーディの節くれだった手を片方の肩に載せられ、ネビルは、仕方なく、促されるままについていった。
「ありゃ、いったいどうしたんだ?」
ネビルとムーディが角を曲がるのを見つめながら、ロンが言った。
「わからないわ」
ハーマイオニーは考えに耽っているようだった。
「だけど、大した授業だったよな、な?」
大広間に向かいながら、ロンがハリーに話しかけた。
「フレッドとジョージの言うことは当たってた。ね?あのムーディって、ほんとに決めてくれるような?『アバダ ケダブラ』をやったときなんか、あのクモ、コロッと死んだ。あっという間におさらばだ――」
「そんなに面白いものだと思うの?」
が静かに、怒ったように言うとロンは黙り込んで、それからは一言もしゃべらず、大広間についてからやっと、トレローニー先生の予言の宿題は何時間もかかるから、今夜にもはじめたほうがいいと思う、と口をきいた。
ハーマイオニーは夕食の間ずっと、ハリーたちの会話には加わらず、激烈な勢いで掻き込み、また図書館へと去っていった。ハリーとロンとはそれからグリフィンドール塔へと歩き出した。
「僕らがあの呪文を見てしまった事が魔法省に知れたら、ムーディもダンブルドアもまずいことにならないかな?」
「太った婦人」の肖像画の近くまで来たとき、ハリーが言った。
「うん、たぶんな」ロンが言った。
「だけど、ダンブルドアって、いつも自分流のやり方でやってきただろ?それに、ムーディだって、もうとっくの昔から、まずいことになってたんだろうと思うよ。問答無用で、まず攻撃しちゃうんだから――ゴミバケツがいい例だ」
ボールダーダッシュ
「太った婦人」がパッと開いて、入り口の穴が現れた。三人はそこをよじ登って、グリフィンドールの談話室に入った。中は混み合っていて、うるさかった。
「じゃ、『占い学』のヤツ、持ってこようか?」ハリーが言った。
「それっきゃねえか」
ロンがうめくように言った。
「早く終わらせましょう」
がやれやれとため息をつくと、後ろのドアがまた開き、ネビルが戻ってきた。ネビルは、ムーディの授業が終わった直後よりは、ずっと落ち着いているようだったが、まだ本調子とはいえない。目を赤くしている。
「ネビル、大丈夫?」が聞いた。
「うん、もちろん」ネビルが答えた。
「大丈夫だよ。ありがとう。ムーディ先生が貸してくれた本を読んでるとこだ・・・・・」
ネビルは本を持ち上げて見せた。「地中海の水生魔法植物とその特性」とある。
「スプラウト先生がムーディ先生に、僕は『薬草学』がとってもよくできるって言ったらしいんだ」
ネビルはちょっぴり自慢そうな声で言った。はネビルがそんな調子で話すのを、滅多に聞いたことがなかった。
「ムーディ先生は、僕がこの本を気に入るだろうって思ったんだ」
スプラウト先生の言葉をネビルに伝えたのは、ネビルを元気付けるのにとても気のきいたやり方だったとは思った。ネビルは、何かに優れているなどといわれたことが滅多にないからだ。少なくとも、ルーピン先生だったらそうしただろうと思われるようなやり方だった。

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許されざる呪文の怖さを目の当たりにした四人でした。