ホグワーツについてから三日目の夜、は再び悪夢を見た。
今度は辺りが暗くなることはなく、は自分が誰かの墓前に立っていることがわかった。
「」
かすかに向こうのほうから自分を呼ぶ声が聞こえたが、はその場から動かなかった。動いたら、このまま一生目覚めないような気がしたからだ。
「」
今度は右手の方で声がした。だんだん近づいてきているようだ。
「
・ブラック」
はっきりと声の主が誰だかわかった。かつて聞いたことのあるトム・リドルの声だ。あの冷たい声、赤い目、蔑んだような笑顔、一気に二年前の記憶がよみがえってきた。
「、君が欲しい」
その言葉と同時には足を引っ張られた。ハッとして見ると、墓の下から一本の手が伸びて、の足を掴んでいる。
「
いやぁー!」
はそう叫んで、ハッと目を覚ました。夢だと分かっていても、恐いものは恐い。何百キロも走ったような疲労感がに圧し掛かっていた。
「?」
隣のベッドからハーマイオニーが心配そうにを見つめている。
「大丈夫?」
「ごめん・・・・・」
はハーマイオニーを起こしてしまったことに罪悪感を感じた。しかし、起きたのはハーマイオイーだけではなかった。パッと部屋が明るくなり、ラベンダーやパーバティも心配そうにのベッドの周りに集まった。
「顔が真っ青よ、。医務室に行きましょう?」
ラベンダーがの顔を覗き込んで言った。
「大丈夫よ、気にしないで」
「でも、ほんとうに、あなたの顔――」
「大丈夫だから!」
はハーマイオニーの言葉をさえぎった。医務室に行っても、状況が良くなるとは思えない。
「三人とも、起こしてごめんなさい。ちょっと外の空気を吸ってくるから」
はそう言って寝室を出て行った。ハーマイオニーたちに心配をかけたくなかったし、彼女たちにはどうしようも出来ないことなどわかっていた。
談話室には人っ子一人いなかった。にとっては好都合だ。詮索されるのはあまり好きではない。暖炉の前の特等席に座って夢のことを思い出していた。
「パパに言った方がいいのかな・・・・・」
は暖炉の火を見つめながら呟いた。
そのまま二、三時間眠っていたらしい。目が覚めるとうっすらと空が明るい。は着替えよう、と寝室に戻った。
寝室ではハーマイオニーたちが良く眠っている。は起こさないように着替えると、グリフィンドール塔から出て行った。そして行く当てもなく、ホグワーツ内をさまよった。まだ薄暗い校内は怖くて、不安だった。杖を持っているが、どうも落ち着かない。
「ブラック、そこで何をしている」
は思わずヒッっと声を上げそうになった。スネイプがいきなり前から現れたのだ。
「い、いえ、何も。スネイプ先生」が答えた。
スネイプはそのままじっとを見つめた。はそわそわとグリフィンドールから何点減点されるかと考えていた。せめて十点くらいなら――。
「夢にうなされたか?」
「え?」
は我が耳を疑った。まさかスネイプが減点しないとは。それ以上に、何故うなされたとこがわかったのか。
「簡単なことだ。顔が青ざめている」
「ああ、そういうことですか――って、人の心を読まないでください」
が言い返すと、スネイプはフッと口元を緩ませた。はスネイプの笑う顔を初めて見た。彼もこんな表情が出来るのだと、は嬉しくなった。
「ついて来い」
スネイプはそう言ってに背を向けて歩き出した。は前にもこんなことがあったのを思い出した。そのときはスネイプについていくか迷ったが、今回は迷わなかった。の中にスネイプへの信頼の心が芽生え始めているのかもしれない。
「入れ」
やはりついたのはスネイプの私室だった。地下はひんやりと冷たくて、は夢の冷たさを思い出して怖くなった。
「安心しろ。ここにはおまえを悩ますものはなにもない」
スネイプは薬品の棚に向かいながら言った。は何故スネイプが自分の心を読み通してしまうのか、不思議だったが、不快ではなかった。
「――飲め。大分、気が楽になるはずだ」
はゆっくりとゴブレットに手を伸ばして、薬を飲んだ。甘くては飲みやすかったが、甘い飲み物はなんだかスネイプには似合わない。
「この魔法薬はなんですか?」
はスネイプを見上げた。
「張り詰めた神経を解く作用がある」
「ずいぶん甘い魔法薬ですね」
がそう言うと、スネイプはピクリと反応した。やはり、彼が甘くなるように何かを薬の中に入れたのだ。しかし、何故。
「グリフィンドール塔まで送っていく。早くしたまえ」
スネイプに急かされながらは地上へ上がった。空を見ると、うっすらと明るい。もうすぐ生徒たちも起きてくるころだろう。
は悪夢を見たことを誰にも話さなかった。もちろん、スネイプの私室に行ったことも。けれど、ハリーとロンは何故かが悪夢を見たことを知っていた。ハーマイオニーが話したのだろう。三人とも心配そうにの傍から離れようとしなかった。しかし、が怖かったのはハリーがシリウスに手紙を送ってしまうことだった。またシリウスたちに心配をかけてしまう。それがにとって嫌でたまらなかった。けれど、の願いは聞き入れてもらえず、ハリーはヘドウィグをシリウスに飛ばしてしまったのだ。
その日の昼、グリフィンドールの四年生は、ムーディの最初の授業が待ち遠しく、木曜の昼食がすむと、早々と教室の前に集まり、始業のベルが鳴る前に列を作っていた。
ただ一人、ハーマイオニーだけは、始業時間ギリギリに現れた。
「私、今まで――」
「――図書館にいた」
が、ハーマイオニーの言葉を途中から引き取った。
「早く行きましょう。いい席がなくなるわ」
四人は素早く、最前列の先生の机の真正面に陣取り、教科書の「闇の力――護身術入門」を取り出し、いつになく神妙に先生を持った。まもなく、コツッ、コツッという音が、廊下を近づいてくるのが聞こえた。紛れもなくムーディの足音だ。そして、いつもの不気味な、恐ろしげな姿が、ヌッと入ってきた。鉤爪つきの木製の義足が、ローブのしたから突き出しているのが、チラリと見えた。
「そんな物、しまってしまえ」
コツッ、コツッと机に向かい、腰を下ろすや否や、ムーディが唸るように言った。
「教科書だ。そんな物は必要ない」
みんな教科書をカバンに戻した。ロンが顔を輝かせた。
ムーディは出席簿を取り出し、傷痕だらけの歪んだ顔にかかる、鬣のような長い灰色まだらの髪をブルブルッと振り払い、生徒の名前を読み上げ始めた。普通の目は名簿の順を追って動いたが、「魔法の目」はグルグル回り、生徒が返事をするたびに、その生徒をじっと見据えた。
「よし、それでは」
出席簿の最後の生徒が返事をし終えると、ムーディが言った。
「このクラスについては、ルーピン先生から手紙をもらっている。おまえたちは、闇の怪物と対決するための基本をかなり満遍なく学んだようだ――まね妖怪、赤帽鬼、おいでおいで妖怪、水魔、河童、人狼など。そうだな?」
ガヤガヤガヤと、みんなが同意した。
「しかし、おまえたちは遅れている――非常に遅れている――のろいの扱い方についてだ。そこで、わしの役目は、魔法使い同士が互いにどこまで呪い合えるものなのか、おまえたちを最低線まで引き上げることにある。わしの持ち時間は一年だ。その間に、おまえたちに、どうすれば闇の――」
「え?ずっといるんじゃないの?」
ロンが思わず口走った。ムーディの「魔法の目」がぐるりと回ってロンを見据えた。ロンはどうなることかとドギマギしていたが、やがて、ムーディがふっと笑った――傷痕だらけの顔が笑ったところで、ますますひん曲がり、捻れるばかりだったが、それでも笑うという親しさを見せたことは、何から救われる思いだったが。ロンも心からホッとした様子だった。
「おまえはアーサー・ウィーズリーの息子だな、え?」ムーディが言った。
「おまえの父親のお陰で、数日前、窮地を脱した・・・・・ああ、一年だけだ。ダンブルドアのために特別にな・・・・・一年。その後は静かな隠遁生活に戻る」
ムーディはしわがれた声で笑い、節くれだった両手をパンと叩いた。
「では――すぐ取り掛かる。呪いだ。呪う力も形もさまざまだ。さて、魔法省によれば、わしが教えるべきは反対呪文であり、そこまで出終わりだ。違法とされる闇の呪文がどんなものか、六年生になるまでは生徒に見せてはいかんことになっている。おまえたちは幼すぎ、呪文を見ることさえ堪えられぬ、というわけだ。しかし、ダンブルドア校長は、おまえたちの根性をもっと高く評価しておられる。校長はおまえたちが堪えられるとお考え出し、わしに言わせれば、戦うべき相手は早く知れば知るほどよい。見たこともないものから、どうやって身を守るというのだ?いましも違法な呪いをかけようという魔法使いが、これからこういう呪文をかけますなどと、教えてはくれまい。面と向かって、優しく礼儀正しく闇の呪文をかけてくれたりはせん。おまえたちのほうに備えがなければならん。緊張し、警戒していなければならんのだ。いいか、ミス・ブラウン、わしが話しているときは、そんな物はしまっておかねばならんのだ」
ラベンダー・ブラウンは飛び上がって、真っ赤になった。完成した天球図を、パーバティに机の下で見せていたところだったのだ。ムーディの「魔法の目」は、自分の背後が見えるだけでなく、どうやら堅い木もすかしてみることができるらしい。
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