Ferret ケナガイタチ
午後の始業のベルが鳴り、はハリーとロンと一緒に北塔へと向かった。北塔の急な螺旋階段を上りつめたところに銀色の梯子があり、天井の円形の撥ね戸へと続いていた。そのむこうがトレローニー先生の棲みついている部屋だった。
梯子を上り、部屋に入ると、暖炉から立ち昇るあの甘ったるい匂いが、ムッと鼻を突いた。いつものように、カーテンは締め切られている。円形の部屋は、スカーフやショールで覆った無数のランプから出る赤い光で、ぼんやり照らされていた。そこかしこに置かれた布張り椅子や円形クッションはもう他の生徒が座っていた。ハリーとロンとは、その間を縫って歩き、一緒に小さな丸テーブルに着いた。
「こんにちは」
ハリーのすぐ後ろで、トレローニー先生の霧のかかったような声がして、はバッと振り向いた。細い体に巨大なメガネが、顔に不釣合いなほど目を大きく見せている。トレローニー先生だ。ハリーを見るときに必ず見せる悲劇的な目つきで、ハリーを見下ろしていた。いつものように、ゴッテリと身につけたビーズやチェーン、腕輪が、暖炉の火を受けてキラキラしている。
「坊や、なにか心配してるわね」先生が哀しげに言った。
「あたくしの心眼は、あなたの平気を装った顔の奥にある、悩める魂を見通していますのよ。お気の毒に、あなたの悩み事は根拠のないものではないのです。あたくしには、あなたの行く手に困難が見えますわ。嗚呼・・・・・ほんとうに大変な・・・・・あなたの恐れていることは、かわいそうに、必ず起こるでしょう・・・・・しかも、恐らく、あなたの思っているより早く・・・・・」
先生の声がグッと低くなり、最後はほとんど囁くように言った。は呆れたようにトレローニー先生を見上げた。しかし、先生は気づかないようで、三人のそばをスイーッとと折り、暖炉前に置かれた、ヘッドレスのついた大きな肘掛け椅子に座って、生徒たちと向かい合った。トレローニー先生を崇拝するラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルは、先生のすぐそばのクッション椅子に座っていた。
「みなさま、星を学ぶときが来ました」先生が言った。
「惑星の動き、そして天体の舞のステップを読み取るものだけに明かされる神秘的予兆。人の運命は、惑星の光によって、その謎が解き明かされ、その光は交じり合い・・・・・」
はなんだかボーっとしているハリーを見ていた。トレローニー先生の話より、ハリーの様子の方がもっと気になる。香を炊き込めた暖炉の火で、いつも眠くなり、ボーっとなるのはいつものことだが、今回は違う気がしたのだ――気にしている。にはそう感じた。しかし、ハリーにそう指摘しても彼は認めないだろう。ますます状況は悪くなるばかりだ。はそう考えて、ハリーが自分で気づく方に賭けた。
が我に返ると、まだトレローニー先生は星の話を続けていた。もやれやれと思い、睡眠時間に当てようとしたとき、トレローニー先生の口からハリーの名前が飛び出した。しかし、本人は上の空だ。はハリーを突いた。
ハリー!
「えっ?」
ハリーはキョロキョロあたりを見回した。クラス中がハリーを見つめていた。ハリーはきちんと座り直した。
「坊や、あたくしが申し上げましたのはね、あなたが、まちがいなく、土星の不吉な支配の下で生まれた、ということですのよ」
ハリーがトレローニー先生の言葉に聞き惚れていなかったのが明白なので、先生の声が微かにイライラしていた。
「何の下に――ですか?」ハリーが聞いた。
「土星ですわ――不吉な惑星、土星!」
この宣告でもハリーに止めを刺せないので、トレローニー先生の声が明らかにイライラしていた。
「あなたの生まれたとき、まちがいなく土星が天空の支配宮に入っていたと、あたくし、そう申し上げていましたの・・・・・あなたの黒い髪・・・・・貧弱な体つき・・・・・幼くして悲劇的な喪失・・・・・あたくし、まちがいないと思いますが、ねえ、あなた、真冬に生まれたでしょう?」
「いいえ」ハリーが言った。「僕、七月生まれです」
ロンは、笑いを誤魔化すのに慌ててゲホゲホ咳をした。
三十分後、みんなはそれぞれ複雑な円形チャートを渡され、自分の生まれたときの惑星の位置を書き込む作業をしていた。年代表を参照したり、角度を計算するばかりの、おもしろくない作業だった。
「僕、海王星が二つもあるよ」
しばらくして、ハリーが自分の羊皮紙を見て顔をしかめながら言った。
「そんなはずないよね?」
「あぁぁぁぁー」
ロンがトレローニー先生の謎めいた囁きを口まねした。
「海王星が二つ空に現れるとき。ハリー、それはメガネをかけた小人が生まれる確かな印ですわ・・・・・」
すぐそばで作業していたシェーマスとディーンが、声を上げて笑ったが、ラベンダー・ブラウンの興奮した叫び声に掻き消されてしまった。
「うあわ、先生、見てください!星位のない惑星が出てきました!おぉぉー、先生、いったいこの星は?」
「冥王星、最後尾の惑星ですわ」トレローニー先生が星座標を覗き込んで言った。
「ドンケツの星か・・・・・。ラベンダー、僕に君のドンケツ、ちょっと見せてくれる?」
ロンが言った。ロンの下品な言葉遊びが、運悪くトレローニー先生の耳に入ってしまった。たぶんそのせいで、授業が終わるときに、どさっと宿題が出た。
「これから一ヶ月間の惑星の動きが、みなさんにどういう影響を与えるか、ご自分の星座標に照らして、詳しく分析なさい」
いつもの霞か雲かのような調子とは打って変わって、まるでマクゴナガル先生かと思うようなきっぱりとした言い方だった。
「来週の月曜日にご提出なさい。言い訳は聞きません!」
「あのババァめ」
みんなで階段を下り、夕食をとりに大広間に向かいながら、ロンが毒づいた。
「週末いっぱいかかるぜ。マジで・・・・・」
「もう、ロンの所為でしょ!」が言い返した。
「宿題がいっぱい出たの?」
ハーマイオニーが追いついて、明るい声で言った。
「私たちには、ベクトル先生ったら、なんにも宿題を出さなかったのよ!」
「じゃ、ベクトル先生、バンザーイだ!」ロンが不機嫌に言った。
「まったく、もう。宿題が出たのは誰の所為だと思ってるのよ」
がブツブツ言う隣で、ハリーがの様子にクスクス笑っていた。
玄関ホールにつくと、夕食を待つ生徒であふれ、行列ができていた。四人が列の後ろに並んだとたん、背後で大声がした。
「ウィーズリー!おーい、ウィーズリー!」
ハリー、ロン、、ハーマイオニーが振り返ると、マルフォイ、クラッブ、ゴイルが立っていた。何かうれしくてたまらないという顔をしている。
「なんだ?」
ロンがぶっきらぼうに聞いた。
「君の父親が新聞に載ってるぞ、ウィーズリー!」
マルフォイは「日刊預言者新聞」をヒラヒラ振り、玄関ホールにいる全員に聞こえるように大声で言った。
「聞けよ!」

魔法省、またまた失態

特派員リータ・スキーターによれば、魔法省のトラブルは、まだ終わっていない模様である。クィディッチ・ワールドカップの警備の不手際や、職員の魔女の失踪事件がいまだにあやふやになっていることで非難されてきた魔法省が、昨日、「マグル製品不正使用取締局」のアーノルド・ウィーズリーの失態で、またもや顰蹙を買った。

マルフォイが顔を上げた。
「名前さえまともに書いてもらえないなんて、ウィーズリー、君の父親は完全に小物扱いみたいだねぇ?」
マルフォイは得意満面だ。
玄関ホールの全員が、いまや耳を傾けている。マルフォイは、これみよがしに新聞を広げ直した。

アーノルド・ウィーズリーは、二年前にも空飛ぶ車を所有していたことで責任を問われたが、昨日、非常に攻撃的なゴミバケツ数個を巡って、マグルの法執行官(「警察」)と揉め事を起こした。ウィーズリー氏は、「マッド‐アイ」ムーディの救助に駆けつけた模様だ。年老いた「マッド‐アイ」は、友好的握手と殺人未遂との区別もつかなくなった時点で魔法省を引退した、往年の「闇祓い」である。警戒の厳重なムーディー氏の自宅に到着したウィーズリー氏は、案の定、ムーでぅー氏がまたしてもまちがい警報を発したことに気づいた。ウィーズリー氏はやむなく何人かの記憶修正を行い、やっと警官の手を逃れたが、こんな顰蹙を買いかねない不名誉な場面に、なぜ魔法省が関与したのかという「日刊預言者新聞」の質問に対して、回答を拒んだ。

「写真まで載ってるぞ、ウィーズリー!」
マルフォイが新聞を裏返して掲げて見せた。
「君の両親が家の前で写ってる――もっとも、これが家と言えるかどうか!君の母親は少し減量したほうがよくないか?」
ロンは怒りで震えていた。みんながロンを見つめている。
「そうだ、、君は夏休みにこの連中のところに泊まったそうだね?」
マルフォイがせせら笑った。
「それじゃ、教えてくれ。ロンの母親は、ほんとにこんなデブチンなのかい?それとも写真写りかねぇ?」
「マルフォイ、君の母親はどうなんだ?」
が何か言う前に、ハリーが言い返した――ハリーもハーマイオニーも、ロンがマルフォイに飛び掛らないよう、ロンのローブの後ろをがっちり押さえていた。
「あの顔つきはなんだい?鼻の下に糞でもぶら下げているみたいだ。いつもあんな顔をしてるのかい?それとも単に君がぶら下がっていたからなのかい?」
マルフォイの青白い顔に赤味が差した。
「僕の母上を侮辱するな、ポッター。おまえの母親こそ、どうだ。穢れた血だそうじゃないか」
マルフォイ!
は我慢できずにマルフォイに杖を向けた。
「それ以上なにか言ってごらんなさい!二度と口が利けないようにしてやるわ」
!」
ハリーは慌てての杖腕を押さえた。彼女は本気でやりかねない。
「いこう、。あんなやつに魔法を使うことなんてない。もっと別のことに魔法を使うべきだ」
ハリーはそう言ってを無理やり大広間の方へ向けた。そして、自分はというとマルフォイを振り返って言った。
「侮辱されたくないなら、その減らず口を閉じとけ」そして、ハリーは背を向けた。
バーンと大きな音が響いた。数人が悲鳴をあげた――ハリーの横を光線が通った――そしてが振り返ったと同時に、二つ目のバーンだ。そして吠え声が玄関ホールに響き渡った。
若造、そんなことをするな!
ムーディ先生が大理石の階段をコツッ、コツッと下りてくるところだった。杖を上げ、まっすぐに純白のケナガイタチに突きつけている。石畳を敷き詰めた床で、ちょうどマルフォイが立っていたあたりに、白イタチが震えていた。
玄関ホールに恐怖の沈黙が流れた。ムーディ以外は身動き一つしない。ムーディがハリーとのほうを見た――少なくとも普通の目のほうはハリーとを見た。もう一つの目は引っくり返って、頭の後ろのほうを見ているところだった。
「やられたかね?」
ムーディが唸るように言った。低い、押し殺したような声だ。
「いいえ。外れました」ハリーが答えた。
触るな!」ムーディーが叫んだ。
「触るなって――何に?」がきょとんとした。
「おまえではない――あいつだ!」
ムーディは親指で背後にいたクラッブをグイと指し、白ケナガイタチを拾い上げようとしていたクラッブは、その場で凍りついた。ムーディの動く目は、どうやら魔力を持ち、自分の背後が見えるらしい。
ムーディはクラッブ、ゴイル、ケナガイタチのほうに向かって、足を引きずりながらまたコツッ、コツッと歩き出した。イタチはキーキーと怯えた声を出して、地下牢のほうにサッと逃げ出した。
「そうはさせんぞ!」
ムーディが吠え、杖を再びケナガイタチに向けた――イタチは空中にニ、三メートル飛び上がり、バシッと床に落ち、反動でまた跳ね上がった。
「敵が後ろを見せたときに襲うやつは気に食わん」
ムーディは低くうねり、ケナガイタチは何度も床にぶつかっては跳ね上がり、苦痛にキーキー鳴きながら、だんだん高く跳ねた。
「鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為だ・・・・・」
ケナガイタチは脚や尻尾をばたつかせながら、なす術もなく跳ね上がり続けた。
「二度と――こんな――ことは――するな――」
ムーディはイタチが石畳にぶつかって跳ね上がるたびに、一語一語を打ち込んだ。
「ムーディ先生!」ショックを受けたような声がした。
マクゴナガル先生が、腕いっぱいに本を抱えて、大理石の階段を下りてくるところだった。
「やあ、マクゴナガル先生」
ムーディはイタチをますます高く跳ね飛ばしながら、落ち着いた声で挨拶した。
「な――何をなさってたんですか?」
マクゴナガル先生は空中に跳ね上がるイタチの動きを目で追いながら聞いた。
「教育だ」ムーディが言った。
「教――ムーディ、それは生徒なのですか?
叫ぶような声とともに、マクゴナガル先生の腕から本がぼろぼろこぼれ落ちた。
「さよう!」とムーディ。
「そんな!」
マクゴナガル先生はそう叫ぶと、階段を駆け下りながら杖を取り出した。次の瞬間、バシッと大きな音を立てて、ドラコ・マルフォイが再び姿を現わした。いまや顔は燃えるように紅潮し、滑らかなブロンドの髪がバラバラとその顔にかかり、床に這いつくばっている。マルフォイは引きつった顔で立ち上がった。
「ムーディ、本校では、懲罰に変身術を使うことは絶対ありません!
マクゴナガル先生が困り果てたように言った。
「ダンブルドア校長がそうあなたにお話したはずですが?」
「そんな話をしたかもしれん、フム」
ムーディはそんなことはどうでもよいというふうに顎を掻いた。
「しかし、わしの考えでは、一発厳しいショックで――」
「ムーディ!本校では居残り罰を与えるだけです!さもなければ、規則破りの生徒が属する寮の寮監に話をします」
「それでは、そうするとしよう」
ムーディはマルフォイを嫌悪の眼差しでハッタと睨んだ。マルフォイは痛みと屈辱で薄青い目をまだ潤ませてはいたが、ムーディを憎らしげに見上げ、何か呟いた。「父上」という言葉だけが聞き取れた。
「フン、そうかね?」
ムーディはコツッ、コツッと木製の義足の鈍い音をホール中に響かせてニ、三歩、前に出ると、静かに言った。
「いいか、わしはおまえの親父殿を昔から知っているぞ・・・・・親父に言っておけ。ムーディが息子から目を離さんぞ、とな・・・・・わしがそう言ったと伝えろ・・・・・さて、こいつの寮監は、たしか、スネイプだったな?」
「そうです」マルフォイが悔しそうに言った。
「やつも古い知り合いだ」ムーディが唸るように言った。
「懐かしのスネイプ殿と口を聞くチャンスをずっと待っていた・・・・・来い。さあ・・・・・」
そしてムーディはマルフォイの上腕をむんずとつかみ、地下牢へと引っ立てていった。
マクゴナガル先生は、しばらくの間、心配そうに二人の後姿を見送っていたが、やがて落ちた本に向かって杖を一振りした。本は宙に浮かび上がり、先生の腕の中に戻った。
数分後にハリー、ロン、もハーマイオニーも笑った。それからハーマイオニーはビーフシチューを三人の銘々皿に取り分けた。
「だけど、あれじゃ、ほんとうにマルフォイを怪我させてたかもしれないわ」
ハーマイオニーが言った。
「マクゴナガル先生が止めてくださったからよかったのよ――」
「ハーマイオニー!」
ロンがパッチリ目を開け、憤慨して言った。
「君ったら、僕の生涯最高のときを台無しにしてるぜ!」
ハーマイオニーは、付き合いきれないわというような音を立てて、またしても猛スピードで食べ始めた。
「まさか、今夜も図書館に行くの?」
ハーマイオニーを眺めながらが聞いた。
「行かなきゃ」
ハーマイオニーがモゴモゴ言った。
「やること、たくさんあるもの」
「だって、言ってたじゃない。ベクトル先生は――」
「学校の勉強じゃないの」
ハーマイオニーはハリーの言葉をさえぎると、五分もたたないうちに、皿を空っぽにして、いなくなった。ハーマイオニーがいなくなったすぐあとに、フレッド・ウィーズリーが座った。
「ムーディ!」フレッドが言った。「なんとクールじゃないか?」
「クールを超えてるぜ」
フレッドの向かい側に座ったジョージが言った。
「超クールだ」
双子の親友、リー・ジョーダンが、ジョージの隣の席に滑り込むように腰掛けながら言った。
「午後にムーディの授業があった」リーがハリーとロンとに話しかけた。
「どうだった?」
ロンが聞ききたそうに尋ねると、フレッド、ジョージ、リーが、たっぷりと意味ありげな目つきで顔を見合わせた。
「あんな授業は受けたことがないね」フレッドが言った。
「参った。わかってるぜ、あいつは」リーが言った。
「わかってるって、なにが?」ロンが身を乗り出した。
「現実にやるってことがなんなのか、わかってるのさ」
ジョージがもったいぶって言った。
「やるって、何を?」ハリーが聞いた。
「『闇の魔術』と戦うってことさ」フレッドが言った。
「あいつは、すべてを見てきたな」ジョージが言った。
「スッゲェぞ」リーが言った。
ロンはガバッとカバンを覗き、授業の時間割を探した。
「あの人の授業、木曜までないじゃないか!」
ロンががっかりしたような声を上げた。
「残念でした」
はロンの嘆きようにクスリと笑った。

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イタチの毛はきっと美しいでしょうね。