列車が北に進むに連れて、雨はますます激しくなった。空は暗く、窓という窓は曇ってしまい、昼日中に車内灯が点いた。昼食のワゴンが通路をガタゴトやってきた。ハリーとはみんなで分けるように、大鍋ケーキをたっぷり一山買った。
午後になると、同級生が何人か顔を見せた。シェーマス・フィネガン、ディーン・トーマス、それに、猛烈ばあちゃん魔女に育てられている、丸顔で忘れん坊のネビル・ロングボトムも来た。シェーマスはまだいるランドの緑のロゼットをつけていた。魔法が消えかけているらしく、「トロイ!マレット!モラン!」とまだキーキーさ件ではいるが、弱々しく疲れたかけ声になっていた。三十分もすると、延々と続くクィディッチの話に飽きて、ハーマイオニーは再び「基本呪文集・四学年用」に没頭し、「呼び寄せ呪文」を覚えようとしはじめた。もクイディッチの話がつまらなかったわけではないが、男の子たちの間で一緒に盛り上がるほど元気はなく、窓の外を見ながら夏休み初日のあの夢のことを思い出していた。
「――それに僕たち、クラムをすぐそばで見たんだぞ。貴賓席だったんだ」ロンが自慢げに言う声が聞こえたかと思うと、次に聞こえたのはそれをあざ笑う声だった。
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー」
ドラコ・マルフォイがドアのところに現れた。その後ろには腰巾着のデカぶつ暴漢、クラッブとゴイルが立っていた。二人とも、この夏の間に三十センチは背が伸びたように見えた。ディーンとシェーマスがコンパートメントのドアをきちんと閉めていかなかったので、こちらの会話が筒抜けだったらしい。
「マルフォイ、君を招いた覚えはない」ハリーが冷ややかに言った。
「ウィーズリー・・・・・なんだい、そいつは?」
マルフォイはピッグウィジョンの籠を指差した。鳥かごの上にはロンがピッグウィジョンが騒がないようにと、栗色の布がかぶさっていた。少なくとも、はそう思っていた。
ロンはマルフォイからその布を隠そうとしたが、マルフォイのほうが早かった。
「これを見ろよ!」
マルフォイが持ち上げたのは、布ではなく、ドレスローブのようだった。ビロードの長いドレスで、襟のところに黴が生えたようなレースのフリルがついていて、袖口にもそれに合ったレースがついている。
「ウィーズリー、こんなのをほんとうに着るつもりじゃないだろうな?言っとくけど―― 一八九〇年代に流行した代物だ・・・・・」
「糞食らえ!」
ロンはローブと同じ顔色になって、マルフォイの手からローブをひったくった。マルフォイが高々とあざ笑い、クラッブとゴイルはバカ笑いした。
「それで・・・・・エントリーするのか、ウィーズリー?頑張って少しは家名を上げてみるか?賞金もかかっているしねぇ・・・・・勝てば少しはましなローブが変えるだろうよ・・・・・」
「何を言っているんだ?」ロンが噛み付いた。
「エントリーするのかい?」マルフォイが繰り返した。
「君はするだろうねぇ、ポッター。見せびらかすチャンスは逃さない君のことだし?」
「何が言いたいのか、はっきりしなさい。じゃなきゃ出て行ってよ、マルフォイ」
ハーマイオニーが「基本呪文集・四年生用」の上に顔を出し、つっけんどんに言った。
マルフォイの青白い顔に、得意げな笑みが広がった。
「まさか、君たちは知らないとでも?」マルフォイはうれしそうに言った。
「父親も兄貴も魔法省にいるのに、まるで知らないのか?驚いたね。父上なんか、もうとっくに僕たちに教えてくれたのに・・・・・コーネリウス・ファッジから聞いたんだ。しかし、まあ、父上はいつも魔法省の高官と付き合ってるし・・・・・たぶん、君の父親は、ウィーズリー、下っ端だから知らないのかもしれないな・・・・・そうだ・・・・・おそらく、君の父親の前では重要事項は話さないのだろう・・・・・」
もう一度高笑いすると、マルフォイはクラッブとゴイルに合図して、三人ともコンパートメントを出て行った。
ロンが立ち上がってドアを力任せに閉め、その勢いでガラスが割れた。
「
レパロ!直せ!」
が杖を一振りすると、粉々のガラスの破片が飛び上がって一枚のガラスになり、ドアの枠にはまった。
「フン・・・・・やつはなんでも知ってて、僕たちはなんにも知らないって、そう思わせてくれるじゃないか・・・・・」
ロンが歯噛みした。
「『父上はいつも魔法省の高官と付き合ってるし』・・・・・パパなんか、いつでも昇進できるのに・・・・・。いまの仕事が気に入ってるだけなんだ・・・・・」
「そのとおりだわ」ハーマイオニーが静かに言った。
「マルフォイなんかの挑発に乗っちゃだめよ、ロン――」
「あいつが!僕を挑発?ヘヘンだ!」
ロンは、残っている大鍋ケーキを一つ摘み上げ、潰してバラバラにした。
旅が終わるまでずっと、ロンの機嫌は直らなかった。制服のローブに着替えるときもほとんどしゃべらず、ホグワーツ特急が速度を落とし始めても、ホグズミードの真っ暗な駅に停車しても、まだしかめっ面だった。
デッキの戸が開いたとき、頭上で雷が鳴った。ハーマイオニーはクルックシャンクスをマントに包み、ロンはドレスローブをピッグウィジョンの籠の上に置きっぱなしにして汽車を降りた。外は土砂降りで、みんな背を丸め、目を細めて下りた。まるで頭から冷水をバケツで何杯も浴びせかけるように、雨は激しく叩きつけるように降っていた。
「やあ、ハグリッド!」
ホームのむこう端に立つ巨大なシルエットを見つけて、ハリーが叫んだ。
「ハリー、元気かぁー?」ハグリッドも手を振って叫び返した。
「歓迎会で会おう。みんな溺れっちまわなかったらの話だがなー!」
一年生は伝統に従い、ハグリッドに引率され、ボートで湖を渡ってホグワーツ城に入る。
「うぅぅぅ、こんなお天気のときに湖を渡るのはごめんだわ」
人波に混じって暗いホームをノロノロ進みながら、ハーマイオニーは身震いし、言葉には熱がこもった。駅の外にはおよそ百台の馬車が待っていた。ハリー、、ロン、ハーマイオニーは、一緒にそのうちの一台に乗り込んだ。ドアがピシャリと閉まり、まもなくゴトンと大きく揺れて動き出し、馬なし馬車の長い行列が、雨水を跳ね飛ばしながら、ガラガラと進んだ。ホグワーツ城を目指して。
羽の生えたイノシシの像が両脇に並ぶ校門を通り、大きくカーブした城への道を、馬車はごトごとと進んだ。風雨は見る見る嵐になり、馬車は危なっかしく左右に揺れた。は窓に寄りかかり、だんだん近づいてくるホグワーツ城を見ていた。灯りの点った無数の窓が、厚い雨のカーテンのむこう側でぼんやり霞み、瞬いていた。正面玄関のがっしりした樫の扉へと上がる石段の前で、馬車が止まったちょうどそのとき、稲妻が空を走った。前の馬車に乗っていた生徒たちは、もう急ぎ足で石段を上り、城の中へと向かっていた。ハリー、、ロン、ハーマイオニーも馬車を飛び降り、石段を一目散に駆け上がった。四人がやっと顔を上げたのは、無事に玄関の中に入ってからだった。松明に照らされた玄関ホールは、広々とした大洞窟のようで、大理石の壮大な階段へと続いている。
「ひでぇ」
ロンは頭をブルブルッと振るい、そこらじゅうに水を撒き散らした。
「この調子で降ると、湖が溢れるぞ。僕、びしょ濡れ―――
うわーっ!」
大きな赤い水風船が天上からロンの頭に落ちて割れた。ぐしょ濡れで水をピシャピシャ撥ね飛ばしながら、ロンは横にいたハリーの方によろけた。そのとき、二発目の水風船が落ちてきた――それは、をかすめて、ハリーの足元で破裂した。ハリーのスニーカーも靴下も、どっと冷たい水しぶきを浴びた。周りの生徒たちは、悲鳴をあげて水爆弾戦線から離れようと押し合いへし合いした――が見上げると、四、五メートル上のほうに、ポルターガイストのピーブズがプカプカ浮かんでいた。鈴のついた帽子に、オレンジ色の蝶ネクタイ姿の小男が、性悪そうな大きな顔をしかめて、次の標的に狙いを定めている。
「
ピーブズ!」
だれかが怒鳴った。
「ピーブズ、ここに降りてきなさい。いますぐに!」
副校長で、グリフィンドールの寮監、マクゴナガル先生だった。大広間から飛び出してきて、濡れた床にズルッと足を取られ、転ぶまいとしてハーマイオニーの首にがっちりしがみ付いた。
「おっと――失礼、ミス・グレンジャー」
「大丈夫です、先生」
ハーマイオニーがゲホゲホ言いながら喉のあたりをさすった。
「ピーブズ、降りてきなさい。さあ!」
マクゴナガル先生は曲がった三角帽子を直しながら、四角い眼鏡の奥から上のほうに睨みをきかせて怒鳴った。
「なーんにもしてないよ!」
ピーブズはケタケタ笑いながら、五年生の女子学生数人目がけて水爆弾を放り投げた。投げつけられた女の子たちはキャーキャー言いながら大広間に飛び込んだ。
「どうせびしょ濡れなんだろう?濡れネズミのチビネズミ!ウィィィィィィィィィィィィ!」
そして、今度は到着したばかりの二年生のグループに水爆弾の狙いを定めた。
「校長先生を呼びますよ!」
マクゴナガル先生ががなり立てた。
「聞こえたでしょうね、ピーブズ―――」
ピーブズはベーッと舌を出し、最後の水爆弾を中に放り投げ、けたたましい高笑いを残して、大理石の階段の上へと消えていった。
「さあ、どんどんお進みなさい!」
マクゴナガル先生は、ぴしょ濡れ集団に向かって厳しい口調で言った。
「さあ、大広間へ、急いで!」
<ワンドリランキングに清き一票を!> この作品は面白かったですか?