翌朝目が覚めると、休暇が終わったという憂鬱な気分があたり一面に漂っていた。降り続く激しい雨が窓ガラスを打つ中、はジーンズと長袖のTシャツに着替えた。みんな、ホグワーツ特急の中で制服のローブに着替えることにしていた。
「ほら、早く下に降りてきなさい!」
朝食が済んで、ハリーとが自室にあったトランクを引きずっていると、下からリリーの大声が聞こえた。そして軽快な足音が聞こえたかと思うとジェームズが現れた。
「トランク、貸してご覧」
二人は素直にトランクを渡すと、ジェームズは杖を取り出して宙に浮かべた。
「こういうときだけは役に立つね」
ハリーが嫌味っぽくジェームズに言うと、は思わず噴出した。ジェームズは「酷いなあ」と膨れて見せたが、こういうとこも彼の良いところだとはわかっていた。二人がなんだか気恥ずかしくて「ありがとう」と言えないときも、彼にはいつの間にかちゃんと伝わっている。彼は五人の大人の中で、一番人を理解する能力に富んでいる。だからこそ、信頼も厚く、ヴォルデモートに狙われたのだろうか――。
がそんなことを考えていると、いつの間にかハリーは一人で下へ降りていってしまったのか、ジェームズだけがの傍に立って、彼女の顔を覗き込んでいた。
「あっちの世界から帰って来たみたいだね」ジェームズがクスクスと笑った。
「あ、うん。ごめん」
は慌てて下の階へ降りていった。リリーが「遅い!」と怒っていた。
荷物もペットも箒も全てスモークガラスの赤い車に詰め込んだ。夏休み初日にジェームズが魔法省から借りてきた車だった。
「いってらっしゃい、ハリー、。残念ながらわたしはホームまで見送れない。ホグワーツの生徒たちに知られているからね」
ルーピンはハリーと握手し、とも握手するとそう言った。
「わたしも見送れない。世間ではお尋ね者だからな」
シリウスがやれやれとため息をつくと、今度はにっこり笑って、ハリー、をそれぞれ抱きしめた。
「気をつけるんだ。ダンブルドアの許なら大丈夫だと思うが、『闇の印』が上がった今、危険に備えすぎることはない」
「パパも気をつけて。他の人に見つからないでね」がそう釘を刺すとルーピンがシリウスに、にっこりと言った。「これで君は危険な真似が出来なくなったね」
はもう一度シリウスとルーピンの顔をそれぞれ見つめると、元気良く言った。
「いってきます」
助手席にリリーが座り、後部座席には、、ハリーが座った。運転手はもちろんジェームズだった。
キングズ・クロス駅で車を降りたときは、雨足がいっそう強くなっていた。交通の激しい道を横切ってトランクを駅の構内に運び込む間に、びしょ濡れになってしまった。はもう九と四分の三番線への行き方に慣れてきていた。九番線と十番線の間にある、一見堅そうに見える柵を、まっすぐ突き抜けて歩くだけの簡単なことだった。唯一厄介なのは、マグルに気づかれないように、何気なくやり遂げなければならないことだった。今日はまずハリーと二人でいくことにした。二人は何気なくおしゃべりをしているフリをして柵に寄りかかり、スルリと横向きで入り込んだ。
九と四分の三番線には、紅に輝く蒸気機関車のホグワーツ特急がもう入線していた。吐き出す白い煙のむこう側に、ホグワーツの学生や親たちが大勢、黒いゴーストのような影になって見えた。ハリーとは席探しを始めた。まもなく列車の中ほどに空いたコンパートメントを見つけ、荷物を入れた、それからホームにもう一度飛び降り、ジェームズ、リリー、にお別れを言った。
「本当に気をつけてね」
リリーが心配そうな顔で息子を抱きしめた。
「もよ。またあんな夢見たらすぐに手紙を送りなさい。いいわね?」
にきつく抱きしめられながら、はジェームズを盗み見た。彼は何かを考えているようだった。
「ジェームズ、ホグワーツで何があるの?」
「そりゃあ、楽しいことさ。いつもあそこは楽しいからね」
絶対に何か隠している――とが深く突っ込もうとした矢先、汽笛が鳴り、リリーとが二人を汽車のデッキへと追い立てた。
「ホグワーツでなにがあるの?」
は窓から身を乗り出して叫んだ。しかし、何も答えぬうちに、三人は列車がカーブを曲がる前に、『姿くらまし』してしまった。
二人は仕方なく、コンパートメントに戻った。窓を打つ豪雨で、外はほとんど見えない。ロンとハーマイオニーはどこのコンパートメントに乗ったのだろうかと、話していると、コンパートメントのドアがノックされた。
「ロン!ハーマイオニー!」
はドアを開けると勢い良くハーマイオニーに抱きついた。
「久しぶりね」
「うん、そうだね。てっきり他のコンパートメントにいるかと思ったよ」
ハリーはをハーマイオニーから引き剥がすと目の前の椅子を二人に勧めた。ハリーとはロンとハーマイオニーと向き合って座った。
「他のコンパートメントはいっぱいだったんだ。それに話したいこともあったしさ」ロンが言った。
「話したいことって?」が聞いた。
「バグマンがホグワーツで何が起こるのか話したがってた。ワールドカップのときにさ。覚えてる?それに、チャーリーが『思ってるより早く会えるかも』って。おまけにママが漏らしたんだけど、『規則が変わってよかった、クリスマスはみんなホグワーツに残りたいと思う』だって。なんのことだか分かる?」
ロンは夏休み中、そうとう気になっていたのか、真剣な顔をしていた。そんなに考えなくとも、事がホグワーツで起こるならもうすぐそのベールが脱がされるというのに。
「母親でさえ話さないって――」
「しっ!」
ハーマイオニーが突然唇に指をあて、隣のコンパートメントを指差した。が耳を澄ますと、聞き覚えのある気取った声が開け放したドアを通して流れてきた。
「・・・・・父上はほんとうは、僕をホグワーツでなく、ほら、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ。父上はあそこの校長をご存知だからね。ほら、父上がダンブルドアをどう評価しているか、知ってるね――あいつは『汚れた血』贔屓だ――ダームストラングじゃ、そんな下らない連中は入学させない。でも、母上は僕をそんなに遠くの学校にやるのがおいやだったんだ。父上がおっしゃるには、ダームストラングじゃ『闇の魔術』に関して、ホグワーツよりずっと気のきいたやり方をしている。生徒が実際それを習得するんだ。僕たちがやってるようなケチな防衛術じゃない・・・・・」
ハーマイオニーは立ち上がってコンパートメントのドアのほうに忍び足で行き、ドアを閉めてマルフォイの声が聞こえないようにした。
「それじゃ、あいつ、ダームストラングが自分に合ってただろうって思ってるわけね?」
ハーマイオニーが怒ったように言った。
「ほんとにそっちに行ってくれたらよかったのに。そしたらもうあいつのこと我慢しなくてすむのに」
「ダームストラングって、やっぱり魔法学校なの?」
ハリーが聞いた。
「ええ。前にそんな学校の名前をリリーから聞いたような気がするわ――」が答えた。
「――しかも、ひどく評判が悪い。ダームストラングは『闇の魔術』に相当力を入れてるとか」
「僕もそれ、聞いたことがあるような気がある」
ロンが曖昧に言った。
「どこにあるんだい?どこの国に?」
「さあ、だれも知らないんじゃないかしら」
は窓の外を眺めながら言った。
「ん――どうして?」
ハリーが聞いた。
「魔法学校には昔から強烈な対抗意識があるの。ダームストラングとボーバトンは、だれにも秘密を盗まれないように、どこにあるか隠したいわけ」
ハーマイオニーは至極当たり前の話をするような調子だ。
「そんなバカな」ロンが笑い出した。
「ダームストラングだって、ホグワーツと同じくらいの規模だろ。バカでっかい城をどうやって隠すんだい?」
「だって、ホグワーツも隠されてるじゃない」
ハーマイオニーがびっくりしたように言った。
「そんなこと、みんな知ってるわよ・・・・・って言うか、『ホグワーツの歴史』を読んだ人ならみんな、だけど」
「じゃ、君とだけだね」ロンが言った。
「それじゃ、教えてよ――どうやってホグワーツみたいなとこ、隠すんだい?」
「魔法がかかってるの。マグルが見ると、朽ちかけた廃墟に見えるだけ。入り口の看板に『危険、入るべからず。あぶない。』って書いてあるわ」
「じゃ、ダームストラングもよそ者には廃墟みたいに見えるのかい?」
「たぶんね」
ハーマイオニーが肩をすくめた。
「さもなきゃ、ワールドカップの競技場みたいに、『マグル避け呪文』がかけてあるかもね。その上、外国の魔法使いに見つからないように、『位置発見不可能』にしてるわ」
「もう一回言ってくれない?」ロンが顔をしかめた。
「あのね建物に魔法をかけて、地図上でその位置を発見できないようできるでしょ?」
「うーん・・・・・君がそう言うならそうなんだろうね」ハリーが言った。
「でも、ダームストラングはずっと北のほうにあるって聞いたことあるけど」
が窓を打ちつける雨を見つめたまま言った。
「どこかとっても寒いところでしょうね。制服に毛皮のケープがついてるのを何かの本で見たわ」
「あー、ずいぶんいろんな可能性があったろうなあ」
ロンが夢見るように言った。
「マルフォイを氷河から突き落として事故に見せかけたり、簡単にできただろうになぁ。あいつの母親があいつをかわいがっているのは、残念だ・・・・・」
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