ほんの数時間眠っただけで、みんなウィーズリーおじさんに起こされた。おじさんが魔法でテントを畳み、できるだけ急いでキャンプ場を離れた。途中で小屋の戸口にいたロバーツさんのそばを通ると、ロバーツさんは奇妙にトロンとして、みんなに手を振り、ぼんやりと「メリー・クリスマス」と挨拶をした。
「大丈夫だよ」
荒地に向かってみんなせっせと歩きながら、おじさんがそっと言った。
「記憶修正されると、しばらくの間はちょっとボケることがある・・・・・それに、今度はずいぶん大変なことを忘れてもらわなきゃならなかったしね」
がしばらくジェームズと並んであるいていると、ジェームズはこっそり杖を取り出してに囁いた。マグルが近くにいるかもしれないのに、魔法を使う気のようだった。
「も共犯だよ」
「え?」
が止める間もなく、ジェームズは自分の杖先から何か銀色の物体を作り出し、その物体はサッと空に消えていった。
「何が共犯よ!」
はむくれた。ジェームズが先ほど出したのは、彼の守護霊だった。二年前の冬休み、の前で何度も出してくれた彼の守護霊だった。
「僕らは監獄の中でも一緒だよ」
「絶対にイヤ。ママに言いつけてやる」
が一睨みすると、ジェームズは肩をすくめた。そして、ふと真面目な顔になってに言った。
「きっと彼らも家で心配してる。君たちがあんな夢を見たんだ。なにか関係があってもおかしくない」
「移動キー」が置かれている場所に近づくと、切羽詰ったような声がガヤガヤと聞こえてきた。その場に着くと、大勢の魔法使いたちが「移動キー」の番人、バージルを取り囲んで、とにかく早くキャンプ場を離れたいと大騒ぎしていた。ウィーズリーおじさんはバージルと手早く話をつけ、みんなで列に並んだ。
そして、古タイヤに乗り、太陽が完全に昇りきる前にストーツヘッド・ヒルに戻ることができた。夜明けの薄明かりの中、みんなでオッタリー・セント・キャッチボールを通り、「隠れ穴」へと向かった。疲れ果て、だれもほとんど口を聞かず、ただただ朝食のことしか頭になかった。路地を曲がり「隠れ穴」が見えてきたとき、朝露に濡れた路地の向こうから、叫び声が響いてきた。
「ああ!よかった。ほんとによかった!」
家の前でずっと待っていたのだろう。ウィーズリーおばさんが、真っ青な顔を引きつらせ、手に丸めた「日刊預言者新聞」をしっかり握り締めて、スリッパのまま走ってきた。
「アーサー――心配したわ――
ほんとに心配したわ――」
おばさんはおじさんの首に腕を回して抱きついた。手から力が抜け、「日刊預言者新聞」がポトリと落ちた。が見下ろすと、新聞の見出しが目に入った。
「
クィディッチ・ワールドカップの恐怖」と書いてある。梢の上空に「闇の印」がモノクロ写真でチカチカ輝いていた。
「無事だったのね」
おばさんはオロオロ声で呟くと、おじさんから離れ、真っ赤な目で子供たちを一人ひとり見つめた。
「みんな、生きててくれた・・・・・ああ、
おまえたち・・・・・」
驚いたことに、おばさんはフレッドとジョージをつかんで、思いっきりきつく抱きしめた。あまりの勢いに、二人は鉢合わせした。
「
イテッ!ママ――窒息しちゃうよ――」
「家を出るときにおまえたちにガミガミ言って!」
おばさんはすすり泣きはじめた。
「『例のあの人』がお前たちをどうにかしてしまっていたら・・・・・母さんがお前たちに言った最後の言葉が『O・W・L試験の点が低かった』だったなんて、いったいどうしたらいいんだろうって、ずっとそればっかり考えてたわ!ああ、フレッド・・・・・ジョージ・・・・・」
「さあさあ、母さん、みんな無事なんだから」
ウィーズリーおじさんは優しくなだめながら、双子の兄弟に食い込んだおばさんの指を引き離し、おばさんを家の中へと連れ帰った。
「ビル」おじさんが小声で言った。
「新聞を拾ってきておくれ。何が書いてあるか読みたい・・・・・」
狭いキッチンにみんなでぎゅうぎゅう詰めになり、ハーマイオニーがおばさんに濃い紅茶を入れた。おじさんはその中に、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーをたっぷり入れると言ってきかなかった。それからビルがおじさんに新聞を渡した。おじさんは一面にざっと目を通し、パーシーがその肩越しに新聞を覗き込んだ。
「思ったとおりだ」おじさんが重苦しい声で言った。
「魔法省のヘマ・・・・・犯人を取り逃がす・・・・・警備の甘さ・・・・・闇の魔法使い、やりたい放題・・・・・国家的恥辱・・・・・いったいだれが書いている?ああ・・・・・やっぱり・・・・・リータ・スキーターだ」
「あの女、魔法省に恨みでもあるのか!」パーシーが怒りだした。
「先週なんか、鍋底の厚さの粗探しなんかで時間を無駄にせず、バンパイア撲滅に力を入れるべきだって言ったんだ。そのことは『非魔法使い半ヒト族の取り扱いに関するガイドライン』の第十二項に
はっきり規定してあるのに、まるで無視して――」
「パース、頼むから」ビルが欠伸しながら言った。「黙れよ」
「私のことが書いてある」
「日刊預言者新聞」の記事の一番下まで読んだとき、メガネの奥でおじさんが目を見開いた。
「どこに?」
急にしゃべったので、おばさんはウィスキー入り紅茶に咽た。
「それを見ていたら、あなたがご無事だとわかったでしょうに!」
「名前は出ていない」おじさんが言った。
「こう書いてある。『森のはずれで、怯えながら、情報をいまや遅しと待ち構えていた魔法使いたちが、魔法省からの安全確認の知らせを期待していたとすれば、みんな、見事に失望させられた。『闇の印』の出現からしばらくして、魔法省の役人が姿を現わし、だれも怪我人はなかったと主張し、それ以外の情報を提供することを拒んだ。それから一時間後に数人の遺体が森から運び出されたという噂を、この発表で十分に打ち消すことができるかどうか、大いに疑問である・・・・・』ああ、やれやれ」
ウィーズリーおじさんは呆れたようにそう言うと、新聞をパーシーに渡した。
「
事実、だれも怪我人はなかった。ほかに何と言えばいいのかね?『数人の遺体が森から運び出されたという噂・・・・・』そりゃ、こんなふうに書かれてしまったら、確実に噂が立つだろうよ」
そう言ってウィーズリーおじさんは深いため息をついた。
「モリー、これから役所に行かないと。善後策を講じなければなるまい」
「父さん、僕も一緒に行きます」パーシーが胸を張った。
「クラウチさんはきっと手が必要です。それに、僕の鍋底報告書を直接に手渡せるし」
パーシーは慌ただしくキッチンを出て行った。
おばさんは心配そうだった。
「アーサー、あなたは休暇中じゃありませんか!これはあなたの部署には何の関係もないことですし、あなたがいなくともみなさんがちゃんと処理なさるでしょう?」
「行かなきゃならない、モリー。私が事態を悪くしたようだ。ローブに着替えて出かけよう・・・・・」
「モリー」ジェームズが唐突に話しかけた。
「わたしたちもそろそろ家に帰らなければ。きっと家で待っている彼らはこの二人の無事な姿を早く見たいだろうから」
「ええ、ええ、わかっていますよ、ジェームズ」おばさんは優しく微笑んだ。
「ハリー、、荷物をまとめておいで」
ジェームズに言われ、二人はロンとハーマイオニーと一緒に屋根裏部屋まで上がった。
「ハリー、今がチャンスよ」
はドアを閉めて、ハリーに言った。ハリーも何のチャンスだか分かったようで、に軽く頷いてみせるとロンとハーマイオニーに向き直った。
「ロン、ハーマイオニー、僕、君たちにまだ話してないことがあるんだ」ハリーが言った。「土曜日の朝のことだけど、僕、また傷が痛んで目が覚めたんだ」
ハーマイオニーは息を呑み、すぐさま意見を述べだした。参考書を何冊か挙げ、アルバス・ダンブルドアからホグワーツの校医のマダム・ポンフリーまで、あらゆる名前を挙げた。
ロンはびっくり仰天して、まともに言葉も出ない。
「だって――そこにはいなかったんだろ?『例のあの人』は?ほら――前に傷が痛んだとき、『あの人』はホグワーツに痛んだ。そうだろう?」
「たしかに、シリウスの家にはいなかった。でも、僕は『あの人』の夢を見た。『あの人』と、ワームテール――ほら、ピーターだよ。もう全部は思い出せないけど、何か企んでた」
ハリーはそこで言葉を切った。は夢の話をまだ聞いていなかったので、ただ黙ってハリーの話に耳を傾けた。
「たかが夢だろ」ロンが励ますように言った。「ただの悪い夢さ」
「うん、だけど、ほんとうにそうなのかな?」
ハリーは窓の方を向いて、明け染めてゆく空を見た。
「なんだか変だと思わない?僕の傷が痛んで、その三日後に『死喰い人』の行進・・・・・そしてヴォルデモートの印がまた空に上がった」
「あいつの――名前を――言っちゃ――ダメ!」
ロンは歯を食いしばったまま言った。
「それに、トレローニー先生が言ったことを覚えてる?」
ハリーはロンの言ったことを聞き流して言葉を続けた。
「去年の暮れだったね?」
トレローニー先生はホグワーツの「占い学」の先生だ。ハーマイオニーの顔から恐怖が飛び、フンと嘲るように鼻を鳴らした。
「まあ、ハリー、あんなインチキさんの言うことを真に受けてるんじゃないでしょうね?」
「君はあの場にいなかったから」ハリーが言った。「先生の声を聞いちゃいけないんだ。あのときだけはいつもと違ってた。言ったよね、霊媒状態だったって――本物の。『闇の帝王』は再び立ち上がるであろうって、そう言ったんだ・・・・・
以前よりさらに偉大に、より恐ろしく・・・・・召使いがあいつの元に戻るから、その手を借りて立ち上がるって・・・・・その夜にワームテールが逃げ去ったんだ」
沈黙が流れた。ロンは無意識にチャドリー・キャノンズを描いたベッドカバーの穴を指でほじくっていた。
「それに、も夏休みの初日、悪夢を見たんだ」
突然ハリーに話を振られ、は少し驚いた。
「ええ、見たわ」
ロンとハーマイオニーの顔が怯えた様子になったが、は気にしなかった。
「暗い闇の中で、トム・リドルに名前を呼ばれる夢――」
そのとき、屋根裏部屋のドアがノックされ、はピタリと口を閉じた。ドアが開き、ウィーズリーおばさんが入ってきた。
「まあ、まだ準備出来ていないの?お話も良いけど、ちゃんと手も動かしてね。ジェームズが下で待ってるわ」
おばさんが下に降りていくと、は三人に言った。
「でも、ジェームズたちはみんな知ってる。パパも、ルーピン先生もね。だから、大丈夫」
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