「
麻痺せよ!」
二十人の声が轟いた――目の眩むような閃光が次々と走り、しかし、それらはの呪文により、標的を反れて、木の幹にぶつかり、さらにはね返って闇の中へ――。
「やめろ!」聞き覚えのある声が叫んだ。
「
やめてくれ!私の息子だ!」
はガクッと自分の膝が折れるのを感じた。安心したからなのか、緊張が解けたからなのか、分からなかったがともかく、身体が疲れきっていた。
「、大丈夫か?」
は自分の腕が誰かの手に掴まれるのが分かった。顔を上げると心配そうなジェームズの顔がある。は疲れすぎて、ただ頷くことしか出来なかった。
「ロン――ハリー――」
おじさんの声が震えていた。
「、ハーマイオニー、みんな無事か?」
「どけ、アーサー」無愛想な冷たい声がした。
クラウチ氏だった。魔法省の役人たちと一緒に、四人の包囲網を縮めていた。ハリーが周囲を見回して、包囲陣と向かい合った。クラウチ氏の顔が怒りで引きつっている。
「だれがやった?」
刺すようなな目で四人を見ながら、クラウチ氏がバシリと言った。
「僕たちがやったんじゃない!」ハリーが髑髏を指差しながら言った。
「僕たち、なんにもしてないよ!」
ロンは肘をさすりながら、憤然として父親を見た。
「何のために僕たちを攻撃したんだ?」
「白々しいことを!」
クラウチ氏が叫んだ。杖をまだロンに突きつけたまま、目が飛び出している――狂気じみた顔だ。
「おまえたちは犯罪の現場にいた!」
「バーティ」長いウールのガウンを着た魔女が囁いた。
「みんな子供じゃないの。バーディ、あんなことができるはずは――」
「おまえたち、あの印はどこから出てきたんだね?」
ウィーズリーおじさんが素早く聞いた。
「あそこよ」
ハーマイオニーは声の聞こえたあたりを指差し、震え声で言った。
「木立の陰にだれかがいたわ・・・・・何か叫んだの――呪文を――」
「ほう。あそこにだれかが立っていたというのかね?」
クラウチ氏が飛び出した目を今度はハーマイオニーに向けた。顔中にありありと「だれが信じるものか」と書いてある。
「呪文を唱えたというのかね?お嬢さん、あの印をどうやって出すのか、大変よくご存知のようだ――」
しかし、クラウチ氏以外は、魔法省のだれもハリー、ロン、、ハーマイオニーがあの髑髏を作り出すなど、とうていありえないと思っているようだった。ハーマイオニーの言葉を聞くと、みんなまたいっせいに杖を上げ、暗い木立の間を透かすように見ながら、ハーマイオニーの指差した方向に杖を向けた。
「遅すぎるわ」
ウールのガウン姿の魔女が頭を振った。
「もう『姿くらまし』しているでしょう」
「そんなことはない」
茶色いごわごわ髭の魔法使いが言った。セドリックの父親、エイモス・ディゴリーだった。
「『失神光線』があの木立を突き抜けた・・・・・犯人に当たった可能性は大きい・・・・・」
「エイモス、気をつけろ!」ジェームズが警告した。
ディゴリー氏は肩をそびやかし、杖を構え、空き地を通り抜けて暗闇へと突き進んでいった。数秒後、ディゴリー氏の叫ぶ声が聞こえた。
「よし、捕まえたぞ。ここにだれかいる!気を失ってるぞ!こりゃあ――なんと――まさか・・・・・」
「だれか捕まえたって?」
信じられないという声でクラウチ氏が叫んだ。
「だれだ?いったいだれなんだ?」
小枝が折れる音、木の葉の擦れ合う音がして、ザックザックという足音とともに、ディゴリー氏が木立の陰から再び姿を現した。両腕に小さなぐったりしたものを抱えている。はすぐにキッチン・タオルに気づいた。ウィンキーだ。
ディゴリー氏がクラウチ氏の足元にウィンキーを置いたとき、クラウチ氏は身動きもせず、無言のままだった。魔法省の役人がいっせいにクラウチ氏を見つめた。数秒間、蒼白な顔に目だけをメラメラと燃やし、クラウチ氏はウィンキーを見下ろしたまま立ちすくんでいた。やがてやっと我にかえったかのように、クラウチ氏が言った。
「こんな――はずは――ない」途切れ途切れだ。「絶対に――」
クラウチ氏はサッとディゴリー氏の後ろに回り、荒々しい歩調でウィンキーが見つかったあたりへと歩き出した。
「無駄ですよ。クラウチさん」ディゴリー氏が背後から声をかけた。
「そこにはほかにだれもいない」
しかしクラウチ氏は、その言葉を鵜呑みにはできないようだった。あちこち動き回り、木の葉をガサガサ言わせながら、茂みを掻き分けて探す音が聞こえてきた。
「なんとも恥さらしな」
ぐったり失神したウィンキーの姿を見下ろしながら、ディゴリー氏が表情をこわばらせた。
「バーティ・クラウチ氏の屋敷しもべとは・・・・・なんともはや」
「エイモス、やめてくれ」
ウィーズリーおじさんがそっと言った。
「まさかほんとうにしもべ妖精がやったと思ってるんじゃないだろう?『闇の印』は魔法使いの合図だ。創り出すには杖が要る」
「そうとも」ディゴリー氏が応じた。「そしてこの屋敷しもべは杖を持っていたんだ」
「
なんだって?」
「ほら、これだ」
ディゴリー氏は杖を持ち上げ、ウィーズリーおじさんに見せた。
「これを手に持っていた。まずは『杖の使用規則』第三条の違反だ。
ヒトにあらざる生物は、杖を携帯し、またはこれを使用することを禁ず」
ちょうどそのとき、またボンと音がして、ルード・バグマンがウィーズリーおじさんのすぐ脇に『姿現わし』した。息を切らし、ここがどこかもわからない様子でクルクル回りながら、目をギョロつかせてエメラルド色の髑髏を見上げた。
「『闇の印』!」
バグマンが喘いだ。仲間の役人たちに何か聞こうと顔を向けた拍子に、危うくウィンキーを踏みつけそうになった。
「いったいだれの仕業だ?捕まえたのか?バーティ!いったい何をしてるんだ?」
クラウチ氏が手ぶらで戻ってきた。幽霊のように蒼白な顔のまま、両手も歯ブラシのような口髭もピクピク痙攣している。
「バーティ、いったいどこにいたんだ?」バグマンが聞いた。
「どうして試合に来なかった?君の屋敷しもべが席を取っていたのに――おっとどっこい!」
バグマンは足元に横たわるウィンキーにやっと気づいた。
「
この屋敷しもべはいったいどうしたんだ?」
「ルード、私は忙しかったのでね」
クラウチ氏は、相変わらずギクシャクした話し方で、ほとんど唇を動かしていない。
「それと、わたしのしもべ妖精は『失神術』にかかっている」
「『失神術』?ご同輩たちがやったのかね?しかし、どうしてまた――」
バグマンの丸いテカテカした顔に、突如「そうか!」という表情が浮かんだ。バグマンは髑髏を見上げ、ウィンキーを見下ろし、それからクラウチ氏を見た。
「
まさか!ウィンキーが?『闇の印』を創った?やり方も知らないだろうに!そもそも杖が要るだろうが!」
「ああ、まさに持っていたんだ」ディゴリー氏が言った。
「杖を持った姿で、私が見つけたんだよ、ルード。さて、クラウチさん、あなたにご異議がなければ、屋敷しもべ自身の言い分を聞いてみたいんだが」
クラウチ氏はディゴリー氏の言葉が聞こえたという反応をまったく示さなかった。しかし、ディゴリー氏は、その沈黙がクラウチ氏の了解だと取ったらしい。杖をあげ、ウィンキーにむけて、ディゴリー氏が唱えた。
「
エネルベード!活きよ!」
ウィンキーがかすかに動いた。大きな茶色の目が開き、寝ぼけたようにニ、三度瞬きした。魔法使いたちが黙って見つめる中、ウィンキーはヨロヨロと身を起こした。
ディゴリー氏の足に目を止め、ウィンキーはゆっくり、おずおずと目を上げ、ディゴリー氏の顔を見つめた。それから、さらにゆっくりと、空を見上げた。巨大な、ガラス玉のようなウィンキーの両目に、空の髑髏が一つずつ映った。ウィンキーははっと息を呑み、狂ったようにあたりを見回した。空き地に詰めかけた大勢の魔法使いを見て、ウィンキーは怯えたように突然すすり泣きはじめた。
「しもべ!」
ディゴリー氏が厳しい口調で言った。
「私がだれだか知っているか?『魔法生物規制管理部』の者だ!」
ウィンキーは据わったまま、体を前後に揺すり始め、ハッハッと激しい息遣いになった。
「見てのとおり、しもべよ、いましがた『闇の印』が打ち上げられた」ディゴリー氏が言った。
「そして、おまえは、その直後に印の真下で発見されたのだ!申し開きがあるか!」
「あ――あ――あたしはなさっていませんです!」
ウィンキーは息を呑んだ。
「あたしはやり方をご存知ないでございます!」
「おまえが見つかったとき、杖を手に持っていた!」
ディゴリー氏はウィンキーの目の前で杖を振り回しながら吠えた。浮かぶ髑髏からの緑色の光が空き地を照らし、その明かりが杖に当たったとき、はその杖に見覚えがあることに気づいた。
「あれっ――それ、僕のだ!」ハリーの声が空き地に響いた。
空き地の目がいっせいにハリーを見た。
「なんと言った?」
ディゴリー氏は自分の耳を疑うかのように聞いた。
「それ、僕の杖です!」ハリーが言った。「落としたんです!」
「落としたんです?」
ディゴリー氏が信じられないというように、ハリーの言葉を繰り返した。
「自白しているのか?『闇の印』を作り出したあとで投げ捨てたとでも?」
「エイモス、君は正気か!」
ジェームズが怒りで語調を荒げた。
「いいかげんにしろ!
どういうつもりなんだ?」
「あー――いや、そのとおり――」ディゴリー氏が口ごもった。「すまなかった・・・・・どうかしてた・・・・・」
「それに、僕、あそこに落としたんじゃありません」ハリーは髑髏の下の木立の方に親指を反らせて指を差した。
「森に入ったすぐあとになくなっていることに気づいたんです」
「すると」
ディゴリー氏の目が厳しくなり、再び足元で縮こまっているウィンキーに向けられた。
「しもべよ。おまえがこの杖を見つけたのか、え?そして杖を拾い、ちょっと遊んでみようと、そう思ったのか?」
「あたしはそれで魔法をお使いになりませんです!」
ウィンキーはキーキー叫んだ。涙が、潰れたような団子鼻の両脇を伝って流れ落ちた。
「あたしは・・・・・あたしは・・・・・ただそれをお拾いになっただけです!あたしは『闇の印』をおつくりになりません!やり方をご存知ありません!」
「ウィンキーじゃないわ」
は重い身体を動かしてゆっくりと立ち上がって主張した。杖は右手に、左腕にジェームズの手がまだ絡みついていた。
「というと?」
ディゴリー氏が嘲るように聞いた。
「ウィンキーの声は甲高くて小さいけれど、私たちが聞いた呪文は、ずっと太い声だった」
がきっぱりそう言い切ると、ハーマイオニーが同意を示した。そして、ハリーもロンも続けて言った。
「あれは、しもべ妖精の声とははっきり違ってた」
「うん、あれはヒトの声だった」ロンが言った。
「まあ、すぐにわかることだ」
ディゴリー氏は、そんなことはどうでもよいというように唸った。
「杖が最後にどんな術を使ったのか、簡単にわかる方法がある。しもべ、そのことは知っていたか?」
ウィンキーは震えながら、耳をパタパタさせて必死に首を横に振った。ディゴリー氏は再び杖を掲げ、自分の杖とハリーの杖の先をつき合わせた。
「
プライアオ・インカンタート!直前呪文!」ディゴリー氏が吼えた。
杖の合わせ目から、蛇の舌のようにくねらせた巨大な髑髏が飛び出した。しかし、それは空中高く浮かぶ緑の髑髏の影にすぎなかった。灰色の濃い煙でできているかのようだ。まるで呪文のゴーストだった。
「
デリトリウス!消えよ!」
ディゴリー氏が叫ぶと、煙の髑髏はフッと消えた。
「さて」
ディゴリー氏はまだヒクヒクと震え続けているリンキーを、勝ち誇った容赦ない目で見下ろした。
「あたしはなさっていません!」
恐怖で目をグリグリ動かしながら、ウィンキーが甲高い声で言った。
「あたしは、けっして、けっして、やり方をご存知ありません!あたしはよいしもべ妖精さんです。杖はお使いになりません。杖の使い方をご存知ありません!」
「
おまえは現行犯なのだ、しもべ!」ディゴリー氏が吠えた。
「
凶器の杖を手にしたまま捕まったのだ!」
「エイモス」ウィーズリーおじさんが声を大きくした。
「考えてもみたまえ・・・・・あの呪文が使える魔法使いはわずか一握りだ・・・・・ウィンキーがいったいどこでそれを習ったというのかね?」
「おそらく、エイモスが言いたいのは・・・・・」
クラウチ氏が一言一言に冷たい怒りを込めて言った。
「私が召使いたちに常日頃から『闇の印』の創り方を訓えていたとでも?」
ひどく気まずい沈黙が流れた。
「クラウチさん・・・・・そ・・・・・そんなつもりはまったく・・・・・」
エイモス・ディゴリーが蒼白な顔で言った。
「今や君は、この空き地の全員の中でも、
最もあの印を創り出しそうにない二人に嫌疑をかけようとしている!」
クラウチ氏が噛み付くように言った。
「ハリー・ポッター――それにこの私だ!この子の身の上は君も重々承知なのだろうな、エイモス?」
「もちろんだとも――みんなが知っている――」
ディゴリー氏はひどくうろたえて、口ごもった。
「その上、『闇の魔術』も、それを行う者をも、私がどんなに侮蔑し、嫌悪してきたか、長いキャリアの中で私の残してきた証を、君はまさか忘れたわけではあるまい?」
クラウチ氏は再び目をむいて叫んだ。
「クラウチさん、わ――わたしはあなたがこれにかかわりがあるなどとは一言も言ってはいない!」
エイモス・ディゴリーは茶色のごわごわ髭に隠れた顔を赤らめ、また口ごもった。
「ディゴリー!私のしもべを咎めるのは、私を咎めることだ!」クラウチ氏が叫んだ。
「他にどこで、このしもべが印の創出法を見につけるというのだ?」
「ど――どこででも修得できただろうと――」ディゴリーが言った。
「エイモス、そのとおりだ」
ジェームズが口を挟んだ。
「
どこででも『拾得』できただろう・・・・・ウィンキー?」
ジェームズはやさしくしもべ妖精に話しかけた。が、ウィンキーはジェームズにも怒鳴りつけられたかのように、ギクリと身を引いた。
「正確に言うと、どこで、ハリーの杖を見つけたのかね?」ウィーズリーおじさんが聞いた。
ウィンキーがキッチン・タオルの縁をしゃにむに捻り続けていたので、手の中でタオルがボロボロになっていた。
「あ・・・・・あたしが発見なさったのは・・・・・そこでございます・・・・・」ウィンキーは小声で言った。
「そこ・・・・・その木立の中でございます・・・・・」
「ほら、エイモス、わかるだろう?」
ウィーズリーおじさんが言った。
「『闇の印』を創り出したのがだれであれ、そのすぐあとに、ハリーの杖を残して『姿くらまし』したのだろう。あとで足がつかないようにと、狡猾にも自分の杖を使わなかった。ウィンキーは運の悪いことに、その直後にたまたま杖を見つけて拾った」
「しかし、それならウィンキーは真犯人のすぐ近くにいたはずだ!」
ディゴリー氏は急き込むように言った。
「しもべ、どうだ?だれか見たか?」
ウィンキーは一層激しく震えだした。巨大な目玉が、ディゴリー氏からルード・バグマンへ、そしてクラウチ氏へと走った。
それから、ゴクリと唾を飲んだ。
「あたしはだれもご覧になっておりません・・・・・だれも・・・・・」
「エイモス」クラウチ氏が無表情になった。
「通常なら君は、ウィンキーを役所に連行して尋問したいだろう。しかしながら、この件は私に処理を任せてほしい」
ディゴリー氏はこの提案が気に入らない様子だったが、クラウチ氏が魔法省の実力者なので、断るわけにはいかないのだと、はっきりわかった。
「心配ご無用。必ず罰する」クラウチ氏が冷たく言葉をつけ加えた。
「ご、ご、ご主人さま・・・・・」
ウィンキーはクラウチ氏を見上げ、目に涙をいっぱい浮かべ、言葉を詰まらせた。
「ご、ご、ご主人さま・・・・・ど、ど、どうか・・・・・」
クラウチ氏はウィンキーをじっと見返した。皺の一本一本が寄り深く刻まれ、どことはなしに顔つきが険しくなっていた。何の哀れみもない目つきだ。
「ウィンキーは今夜、私が到底ありえないと思っていた行動をとった」
クラウチ氏がゆっくりと言った。
「私はウィンキーに、テントにいるようにと言いつけた。トラブルの処理に出かける間、その場にいるように申し渡した。ところが、このしもべは私に従わなかった。
それは『洋服』に値する」
「おやめください!」
ウィンキーはクラウチ氏の足下に身を投げ出して叫んだ。
「どうぞ、ご主人さま!洋服だけは、洋服だけはおやめください!」
屋敷しもべ妖精を自由の身にする唯一の方法は、ちゃんとした洋服をくれてやることだと、は知っていた。クラウチ氏の足下でさめざめと泣きながら、キッチン・タオルにしがみついているウィンキーの姿は見るからに哀れだった。しかし、どうしてクラウチ氏の許でそんなに働きたいのか、にとっては謎だった。
「でも、ウィンキーは怖がっていたわ!」
ハーマイオニーはクラウチ氏を睨みつけ、怒りをぶつけるように話した。
「あなたのしもべ妖精は高所恐怖症だわ。仮面をつけた魔法使いたちが、だれかを空中高く浮かせていたのよ!ウィンキーがそんな魔法使いたちの通り道から逃れたいって思うのは当然だわ!」
クラウチ氏は、磨きたてられた靴を汚す腐った汚物でも見るような目で、足下のウィンキーを観察していたが、一歩引いて、ウィンキーに触れられないようにした。
「私の命令に逆らうしもべ妖精に用はない」
クラウチ氏はハーマイオニーを見ながら冷たく言い放った。
「主人や主人の名誉への忠誠を忘れるようなしもべに用はない」
ウィンキーの激しいが泣き声が当たり一面に響き渡った。
ひどく居心地の悪い沈黙が流れた。やがてウィーズリーおじさんが静かな口調で沈黙を破った。
「さて、差し支えなければ、私はみんなを連れてテントに戻るとしよう。エイモス、その杖は語るべきことを語りつくした――よかったら、ハリーに返してもらえないか――」
ディゴリー氏はハリーに杖を渡し、ハリーはポケットにそれを納めた。
「さあ、四人とも、おいで」
ウィーズリーおじさんが静かに言った。はジェームズに支えられながらゆっくりと歩き始めた。しかし、ハーマイオニーはその場を動きたくない様子だ。泣きじゃくるウィンキーに目を向けたままだった。
「ハーマイオニー!」
おじさんが少し急かすように呼んだ。ハーマイオニーが振り向き、ハリーとロンのあとについて空き地を離れ、木立の間を抜けて歩いた。
「ウィンキーはどうなるの?」空き地を出るなり、ハーマイオニーが聞いた。
「わからない」ウィーズリーおじさんが言った。
「みんなのひどい扱い方ったら!」
ハーマイオニーはカンカンだった。
「ディゴリーさんは初めっからあの子を『しもべ』って呼び捨てにするし・・・・・それに、クラウチさんたら!犯人はウィンキーじゃないってわかってるくせに、それでもクビにするなんて!ウィンキーがどんなに怖がっていたかなんて、どんなに気が動転してたかなんて、クラウチさんはどうでもいいんだわ――まるで、ウィンキーがヒトじゃないみたいに!」
「そりゃ、ヒトじゃないだろ」ロンが言った。
ハーマイオニーはキッとなってロンを見た。
「だからと言って、ロン、ウィンキーが何の感情も持ってないことにはならないでしょ。あのやり方にはムカムカするわ――」
「ハーマイオニー、私もそう思うよ」
ウィーズリーおじさんがハーマイオニーに早くおいでと合図しながら、急いで言った。
「でも、いまはしもべ妖精の権利を論じているときじゃない。なるべく早くテントに戻りたいんだ。ほかのみんはなどうしたんだ?」
「暗がりで見失っちゃった」ロンが言った。
「は大丈夫かね?」
おじさんは少し振り向いて、ジェームズと並んで歩くを見た。
「怪我はないから、大丈夫。ただ、一気に力を使って疲れただけみたいだ」
ジェームズは優しくの頭を撫でると、「ご苦労様」と言った。
「ご苦労様?」
が訳が分からないという顔でジェームズを見上げると、ジェームズは笑いながら言った。さっき、怒りを露にしていた彼の面影はどこにもない。
「君が盾の呪文を使っていなかったら、きっと無傷で終わらなかった。ありがとう、」
「わたしからもお礼を言おう」おじさんもジェームズに倣って、に笑顔を向けた。
「でも、パパ、どうしてみんな、あんな髑髏なんかでピリピリするの?」ロンがふと疑問を口にしたが、ウィーズリーおじさんは「テントに戻ってから」と教えてくれなかった。
しかし、森の外れまで辿り着いたとき、足止め食ってしまった。怯えた顔の魔女や魔法使いたちが大勢そこに集まっていた。ウィーズリー氏の姿を見つけると、ワッと一度に近寄ってきた。
「あっちで何があったんだ?」「だれがあれを創り出したの?」
「アーサー――もしや――『
あの人』?」
「いいや、『あの人』じゃないとも」
ウィーズリーおじさんが畳みかけるように言った。
「だれなのかわからない。どうも『姿くらまし』したようだ。さあ、道を空けてくれないか。ベッドで寝みたいんでね」
おじさんとジェームズはハリー、ロン、、ハーマイオニーを連れて群集を掻き分け、キャンプ場に戻ってきた。もうすべてが静かだった。仮面の魔法使いの気配もない。ただ、壊されたテントがいくつか、まだ燻っていた。男子用テントから、チャーリーが首を突き出している。
「父さん、何が起こってるんだい?」
チャーリーが暗がりむこうから話しかけた。
「フレッド、ジョージ、ジニーは戻ってるけど、ほかの子が――」
「私と一緒だ」
ウィーズリーおじさんがかがんでテントにもぐりこみながら言った。ハリー、ロン、、ハーマイオニー、ジェームズがあとに続いた。
ビルは腕にシーツを巻きつけて、小さなテーブルの前に座っていた。腕からかなり出血している。チャーリーのシャツは大きく裂け、パーシーは鼻時を流していた。フレッド、ジョージ、ジニーは怪我がないようだったが、ショック状態だった。
「捕まえたのかい、父さん?」ビルが鋭い語調で言った。「あの印を創ったやつを?」
「いや。バーティ・クラウチ氏のしもべ妖精がハリーの杖を持っているのを見つけたが、あの印を実際に創り出したのが誰なのかは、皆目わからない」
「
えーっ?」ビル、チャーリー、パーシーが同時に叫んだ。
「ハリーの杖?」フレッドが言った。
「
クラウチさんのしもべ?」パーシーは雷に打たれたような声を出した。
ハリー、ロン、、ハーマイオニーに話を補ってもらいながら、ウィーズリーおじさんは森の中の一部始終を話して聞かせた。五人が話し終わると、パーシーは憤然と反り返った。
「そりゃ、そんなしもべをお払い箱にしたのは、まったくクラウチさんが正しい!」
パーシーが言った。
「逃げるなとはっきり命令されたのに逃げ出すなんて・・・・・魔法省全員の前でクラウチさんに恥をかかせるなんて・・・・・ウィンキーが『魔法生物規制管理部』に引っ張られたら、どんなに体裁が悪いか――」
「ウィンキーは何にもしてないわ――間の悪いときに間の悪いところに居合わせただけよ!」
ハーマイオニーがパーシーに噛みついた。パーシーは不意を食らったようだった。ハーマイオニーはたいていパーシーとはうまくいっていた――ほかのだれよりずっと馬があっていたといえる。
「ハーマイオニー。クラウチさんのような立場にある方は、杖を持ってムチャクチャをやるような屋敷しもべ妖精をおいておくことはできないんだ!」
気を取り直したパーシーがもったいぶって言った。
「ムチャクチャなんかしてないわ!あの子は落ちていた杖を拾っただけよ!」ハーマイオニーが叫んだ。
「ねえ、だれか、あの髑髏みたいなものがなんなのか、教えてくれないかな?」
ロンが待ちきれないように言った。
「別にあれが悪さをしたわけでもないのに・・・・・なんで大騒ぎするの?」
「あれが『例のあの人の印』だからだよ」
ジェームズはみんなに気を使ってか、ヴォルデモートの名前を出さずに答えた。
「奴も、その家来も、だれかを殺す時に、決まってあの『闇の印』を打ち上げていた。もちろん、わたしの家も例外ではなかった――」
の記憶にはないが、きっとシリウスとに連れられてポッター家に行ったあの日、空に「闇の印」が出ていたのだろう。
「――しかし、この十三年間は、一度も現れなかった」
「みんなが恐怖に駆られるのは当然だ・・・・・戻ってきた『例のあの人』を見たも同然だからね」
ウィーズリーおじさんが口を挟んだ。
「よくわかんないな」ロンが眉をしかめた。
「だって・・・・・あれはただ、空に浮かんだ形にすぎないのに・・・・・」
「ロン、さっき聞いただろう?『闇の印』は誰かを殺すときに、打ち上げられたのだ。それがどんなに恐怖を掻き立てたか・・・・・わからないだろう。お前はまだ小さかったから。想像してごらん。帰宅して、自分の家の上に『闇の印』が浮かんでいるのを見つけたら、家の中で何が起こっているかわかる・・・・・」
おじさんはブルッと身震いした。
「だれだって、それは最悪の恐怖だ・・・・・最悪も最悪・・・・・」
一瞬みながシンとなった。
ビルの腕のシーツを取り、傷の具合を確かめながら言った。
「まあ、だれが打ち上げたかは知らないが、今夜は僕たちのためにはならなかったな。『死喰い人』たちがあれを見たとたん、怖がって逃げてしまった。だれかの仮面を引っぺがしてやろうとしても、そこまで近づかないうちにみんな『姿くらまし』してしまった。ただ、ロバーツ家の人たちが地面にぶつかる前に受け止めることはできたけどね。あの人たちはいま、記憶修正を受けているところだ」
「『死喰い人』?」がビルを見た。
「『例のあの人』の支持者が、自分たちをそう呼んだんだ」ビルが答えた。
「今夜僕たちが見たのは、その残党だと思うね――少なくとも、アズカバン行きを何とか逃れた連中さ」
「そうだという証拠はない、ビル」ウィーズリーおじさんが言った。
「その可能性は強いがね」おじさんの声は絶望的だった。
「うん、絶対そうだ!」ロンが急に口を挟んだ。
「パパ、僕たち、ハリーたちを探して森の中をうろついてた時、ドラコ・マルフォイに出会ったんだ。あいつ、父親があの狂った仮面の群れの中にいるって認めたも同然の言い方をしたんだ!それに、マルフォイ一家が『例のあの人』の腹心だったって、僕たちがみんな知ってる!」
「でも、ヴォルデモートの支持者って――」
ハリーがそう言いかけると、ウィーズリー家とハーマイオニーはギクリとした。ジェームズとは何の反応も示さず、ジェームズが先を促した。
「――何が目的でマグルを宙に浮かせてたんだろう?つまり、そんなことをして何になるのかなあ?」
「何になるかって?」
ジェームズが、乾いた笑い声をあげた。
「ハリー、連中にとってはそれがおもしろいんだ。『例のあの人』が支配していたあの時期には、マグル殺しの半分はお楽しみのためだった。今夜は酒の勢いで、まだこんなにたくさん捕まっていないのがいるんだぞ、と誇示したくてたまらなくなったのだろう。連中にとっては、ちょっとした同窓会気分さ」
ジェームズは最後の言葉に嫌悪感を込めた。
「でも、連中がほんとうに『死喰い人』だったら、『闇の印』を見たとき、どうして『姿くらまし』しちゃったんだい?」ロンが聞いた。
「印を見て喜ぶはずじゃない。違う?」
「ロン、頭を使えよ」ビルが言った。
「連中がほんとうの『死喰い人』だったら、『例のあの人』が力を失ったとき、アズカバン行きを逃れるのに必死で工作したはずの連中なんだ。『あの人』に無理やりやらされて、殺したり苦しめたりしましたと、ありとあらゆる嘘をついたわけだ。『あの人』が戻ってくるとなったら、連中は僕たちよりずっと戦々恐々だろうと思うね。『あの人』が凋落したとき、自分たちはなんのかかわりもありませんでした、と『あの人』との関係を否定して、日常生活に戻ったんだからね・・・・・『あの人』が連中に対してお褒めの言葉をくださるとは思えないよ。だろう?」
「なら・・・・・あの『闇の印』を打ち上げた人は・・・・・」
ハーマイオニーが考えながら言った。
「『死喰い人』を支持するためにやったのかしら、それとも怖がらせるために?」
「ハーマイオニー、私たちにもわからない」ウィーズリーおじさんが言った。
「でも、これだけは言える・・・・・あの印を創り方を知っている者は、『死喰い人』だけだ。たとえいまはそうでないにしても、一度は『死喰い人』だった者でなかったとしたら、辻褄が合わない・・・・・さあ、もうだいぶ遅い。何が起こったか、母さんが聞いたら、死ぬほど心配するだろう。あと数時間眠って、早朝に出発する。『移動キー』に乗ってここを離れるようにしよう」
は自分のベッドに戻ったが、頭がガンガンしていた。ぐったり疲れているはずだともわかっていた。もう朝の三時だった。しかし、目が冴えていた――目が冴えて、心配でたまらなかった。
夏休みの初日に見たあの悪夢と関係があるのだろうか。ハリーの傷跡が三日前に痛んだということと関係があるのだろうか。
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