「賭けをしたなんて母さんには
絶対言うんじゃないよ」
紫の絨毯を敷いた階段を、みんなでゆっくり下りながら、ウィーズリーおじさんがフレッドとジョージに哀願した。
「パパ、心配ご無用」
フレッドはうきうきしていた。
「このお金にはビッグな計画がかかってる。取り上げられたくはないさ」
ウィーズリーおじさんは、一瞬、ビッグな計画が何かと聞きたそうな様子だったが、かえって知らないほうがよいと考え直したようだった。
間もなく一行は、スタジアムから吐き出されてキャンプ場に向かう群集に巻き込まれてしまった。ランタンに照らされた小道を引き返す道すがら、夜気が騒々しい歌声を運んできた。レプラコーンは、ケタケタ高笑いしながら手にしたランタンを打ち振り、勢いよく一行の頭上を飛び交った。
やっとテントに辿り付いたときは、周りが騒がしいこともあり、だれもとても眠る気にはなれなかった。ウィーズリーおじさんは寝る前にみんなでもういっぱいココアを飲むことを許した。たちまち試合の話に花が咲き、ウィーズリーおじさんは反則技の「コビング」についてチャーリーとの議論にはまり、ジェームズはハリーと両チームのシーカーについて語り合ってしまった。ジニーが小さなテーブルに突っ伏して眠り込み、そのはずみにコーヒーを床にこぼしてしまったので、ウィーズリーおじさんもジェームズもやっと舌戦を中止し、全員もう寝なさいと促した。とハーマイオニーとジニーは隣のテントに行き、三人一緒にパジャマに着替えて二段ベッドの上に上った。キャンプ場のむこうはずれから、まだまだ歌声が聞こえ、バーンという音が時々響いてきた。
夜も更けた頃、はふと異変に気がついた。テントの外の騒音が、悲鳴に変わっていた。
「ハーマイオニー、ジニー、起きて!何か変よ!」
はパジャマの上に上着をかぶるとハーマイオニーとジニーをたたき起こした。そのとき、ウィーズリーおじさんが血相を変えて、女子テントに入ってきた。
「一体、どうしたんですか――」
は不安でおじさんにそう聞いたが、おじさんは説明する時間ももどかしいのか、三人をさっさとテントの外に出るように急かすだけだった。
まだ残っている火の明かりで、みんなが追われるように森へと駆け込んでいくのが見えた。キャンプ場の向こうから、何かが気妙な光を発射し、大砲のような音を立てながらこちらに向かってくる。大声でやじり、笑い、酔って喚き散らす声がだんだん近づいてくる。そして突然強烈な緑の光が炸裂し、辺りが照らし出された。
魔法使いたちが一塊になって、杖をいっせいに真上に向け、キャンプ場を横切り、ゆっくりと行進してくる。は目を凝らした・・・・・魔法使いたちの顔がない・・・・・いや、フードを被り、仮面をつけている。その遥か頭上に、宙に浮かんだ四つの影が、グロテスクな形に歪められ、もがいている。仮面の一段が人形遣いのように、杖から宙に伸びた見えない糸で人形を浮かせて、地上から操っているかのようだった。四つの影のうち、二つはとても小さかった。
だんだん多くの魔法使いが、浮かぶ影を指差し、笑いながら、次々と行進に加わった。行進すると群れが膨れ上がると、テントは潰され、倒された。行進すしながら行く手のテントを杖で吹き飛ばすのを、は一、二度目撃した。火がついたテントもあった。叫び声がますます大きくなった。
燃えるテントの上を通過するとき、宙に浮いた姿が急に照らし出された。はその一人に見覚えがあった―――キャンプ場管理人のロバーツさんだ。あとの三人は、奥さんと子供たちだろう。行進中の一人が、杖で奥さんを逆さまに引っくり返した。ネグリジェがめくれて、ダブダブしたズロースがむき出しになった。奥さんは隠そうともがいたが、下の群集は大喜びでギャーギャー、ピーピー囃し立てた。
「最低」
一番小さい子供のマグルが、首を左右にグラグラさせながら、二十メートル上空で独楽のように回りはじめたのを見て、は見えない魔法使いをにらみつけた。
「、急ぐんだ!」
すると後ろからグイッと腕を引っ張られ、はさっきよりももっと早いスピードで走らされた。腕を引っ張ったのはジェームズのようだ。チラリと後ろを振り向くと、ビル、チャーリー、パーシーがちゃんと服を着て、杖を手に袖を捲り上げて、男子用テントから現れた。
「私らは魔法省を助太刀する」
騒ぎの中で、おじさんが腕まくりしながら声を張り上げた。
「おまえたち――森へ入りなさい。
バラバラになるんじゃないぞ。片がついたら迎えに行くから!」
ジェームズ、ビル、チャーリー、パーシーは近づいてくる一団に向かって、もう駆け出していた。ウィーズリーおじさんもその後を急いだ。魔法省の役人が四方八方から飛び出し、騒ぎの現場に向かっていた。ロバーツ一家を宙に浮かべた一団が、ずんずん近づいて来た。
「さあ」
フレッドがジニーの手をつかみ、森のほうに引っ張っていった。ハリー、ロン、、ハーマイオニー、ジョージがそれに続いた。森にたどり着くと、全員が振り返った。ロバーツ一家の下にいる群衆はこれまでより大きくなっていた。魔法省の役人が、なんとかして中心にいるフードを被った一団に近づこうとしているのが見えた。苦戦している。ロバーツ一家が落下してしまうことを恐れて、なんの魔法も使えずにいるらしい。
競技場への小道を照らしていた色とりどりのランタンはすでに消えていた。木々の間を暗い影がまごまごと動き回っていた。子供たちが泣き喚いている。そのとき、ロンが痛そうに叫ぶ声が聞こえた。
「どうしたの?」
ハーマイオニーが心配そうに聞いた。は出し抜けに立ち止まったハリーにぶつかってしまった。
「もう、やってらんない!――
ルーモス!光よ!」
はイライラとそう言いながら杖灯りを点し、その細い光を小道に向けた。ロンが這いつくばっていた。
「木の根につまずいた」
ロンが腹立たしげに言いながら立ち上がった。
「まあ、そのデカ足じゃ、無理もない」背後で気取った声がした。
四人はキッと振り返った。すぐそばにドラコ・マルフォイが一人で立っていた。木に寄りかかり、平然とした様子だ。腕組みしている。木の間からキャンプ場の様子をずっと眺めていたらしい。
ロンはマルフォイに向かって悪態をついた。ウィーズリーおばさんの前では決して口にしないような言葉だ。
「言葉に気をつけるんだな、ウィーズリー」
マルフォイの薄青い目がギラリと光った。
「君たち、急いで逃げたほうがいいんじゃないのかい?その女が見つかったら困るんじゃないのか?」
マルフォイはハーマイオニーのほうを顎でしゃくった。ちょうどそのとき、爆弾の破裂するような音がキャンプ場から聞こえ、緑色の閃光が、一瞬周囲の木々を照らした。
「それ、どういう意味?」
ハーマイオニーが食って掛かった。
「グレンジャー、連中は
マグルを狙っている。空中で下着を見せびらかしたいかい?それだったら、ここにいればいい・・・・・連中はこっちへ向かっている。みんなでさんざん笑ってあげるよ」
「ハーマイオニーは魔女よ!」が一歩前に出ようとすると、その腕をハリーが掴んで引き戻した。
「どうだかな」
マルフォイが意地悪くニヤリと笑った。
「連中が『穢れた血』を見つけられないとでも思うなら、そこにじっとしてればいい」
「口を慎め!」ロンが叫んだ。
「気にしないで、ロン」
マルフォイに殴りかかろうとしたロンの腕を押さえながら、ハーマイオニーが短く言った。
森の反対側で、これまでよりずっと大きな爆発音がした。周りにいた数人が悲鳴をあげた。
マルフォイはせせら笑った。「臆病な連中だねぇ?」気だるそうな言い方だ。
「君のパパが。みんな隠れているようにって言ったんだろう?いったい何を考えているやら――マグルたちを助け出すつもりかねぇ?」
「そっちこそ、
君の親はどこにいるんだ?」ハリーが怒りを抑えて言った。
「あそこに、仮面をつけているんじゃないのか?」
マルフォイはハリーの方に顔を向けた。ほくそ笑んだままだ。
「さあ・・・・・そうだとしても、僕が君に教えてあげるわけはないだろう?ポッター」
「あなたは最低だわ」が吐き捨てた。
マルフォイはそれでも表情を崩さず、に目を向けた。
「ところで、
君の父親は今、どこにいるんだろうねぇ?まだ魔法省に追われているとは。それとも、彼は捕まらないようにどこかの家の中でかくまってもらっているのかな」
「パパは無罪よ!」
は今度こそ我慢できなくて、杖をマルフォイに向けた。しかし、ハーマイオニーが杖腕を押さえ、彼女に言った。
「さあ、行きましょうよ」
ハーマイオニーが嫌なヤツ、という目つきでマルフォイを見た。
「さあ、ほかの人たちを探しましょ」
「そのでっかちのボサボサ頭をせいぜい低くしているんだな、グレンジャー」
マルフォイが嘲った。
「
行きましょうったら!」
ハーマイオニーはもう一度そう言うと、とロンを引っ張って、また小道に戻った。
「あいつの父親はきっと仮面団の中にいる。賭けてもいい!」ロンはカッカしていた。
「そうね。うまくいけば、魔法省が取っ捕まえてくれるわ!」
もロン同様、カッカした口調でそう言った。
「まあ、いったいどうしたのかしら。あとの三人はどこに行っちゃったの?」ハーマイオニーが辺りを見回しながら言った。
小道は不安げにキャンプ場の騒ぎを振り返る人でビッシリ埋まっているのに、フレッド、ジョージ、ジニーの姿はどこにも見当たらない。
道の少し先で、パジャマ姿のティーンエイジャーたちが塊って、何か喧しく言い争っている。ハリー、ロン、、ハーマイオニーを見つけると、豊かな巻き毛の女の子が振り向いて早口に話しかけた。
「ウ エ マダム マクシーム? ヌ ラヴォン ペルデュー」
「え――なに?」ロンが言った。
「オゥ・・・・・」
女の子はくるりとロンに背を向けた。四人が通り過ぎるとき、その子が「オグワーツ」を言うのがはっきり聞こえた。
「ボーバトンだわ」ハーマイオニーが呟いた。
「フレッドもジョージもそう遠くへは行けないはずだ」
ロンが杖を引っ張り出し、と同じに灯りを点け、目を凝らして小道を見つめた。ハーマイオニーもそれに倣った。ハリーも杖をだそうと上着を探っているようだが、何かおかしい。
「どうしたの?」はハリーに問いかけた。
「あれ、いやだな。そんなはずは・・・・・僕、杖をなくしちゃったよ!」
「冗談だろ?」
ロンととハーマイオニーは杖を高く掲げ、細い光の先が地面に広がるようにした。しかし、杖はどこにも見当たらない。
「テントに置き忘れたのかも」とロン。
「走ってるときにポケットから落としたのかもしれないわ」
ハーマイオニーが心配そうに言った。
「そうかもしれない・・・・・」とハリー。
ガサガサッと音がして、四人は飛び上がった。屋敷しもべ妖精のウィンキーが近くの潅木の茂みから抜け出そうともがいていた。動き方が奇妙キテレツで、見るからに動きにくそうだ。まるで、見えないだれかが後ろから引き止めているようだった。
「悪い魔法使いたちがいる!」
前のめりになって懸命に走り続けようとしながら、ウィンキーはキーキー声で口走った。
「人が次々と高く――空に高く!ウィンキーは退くのです!」
そして、ウィンキーは、自分を引きとめている力と抵抗しながら、息を切らし、キーキー声をあげ、小道の向こう側の木立へと消えていった。
「いったいどうなってるの?」
ロンは、ウィンキーの後ろ姿を訝しげに目で追った。
「どうしてまともに走れないんだろ?」
「きっと、隠れてもいいっていう許可をとってないんだよ」ハリーが言った。
はドビーのことを思い出した。マルフォイ一家の気に入らないかもしれないことをするとき、ドビーはいつも自分をいやというほど殴っていた。
「ねえ、屋敷妖精って、
とっても不当な扱いを受けてるわ!」
ハーマイオニーが憤慨した。
「奴隷だわ。そうなのよ!あのクラウチさんていう人、ウィンキーをスタジアムのてっぺんに行かせて、ウィンキーはとっても怖がってた。その上、ウィンキーに魔法をかけて、あの連中がテントを踏みつけにし始めても逃げられないようにしたんだわ!どうしてだれも
抗議しないの?」
「でも、妖精たち、満足してるんだろ?」ロンが言った。
「ウィンキーちゃんが競技場で言ったこと、聞いたじゃないか・・・・・『しもべ妖精は楽しんではいけないのでございます』って・・・・・そういうのが好きなんだよ。振り回されてるのが・・・・・」
「ロン、
あなたのような人がいるから」
ハーマイオニーが熱くなりはじめた。
「腐敗した、不当な制度を支える人たちがいるから。単に面倒だから、という理由で、なんにも――」
「奴隷制度云々はあとでもできるだろう!」
森のはずれから、またしても大きな爆音が響いてきた。
「とにかく先へいこう。ね?」ハリーが言った。
暗い小道を、フレッド、ジョージ、ジニーを探しながら、四人はさらに森の奥へと入っていった。途中、小鬼の一団を追い越した。金貨の袋を前に高笑いしている。きっと試合の賭けで勝ったに違いない。キャンプ場のトラブルなどまったくごこ吹く風という様子だった。周囲がずっと静かになっていた。四人だけになったらしい。
「それにしたって、どうして今夜のように魔法省が総動員されているときにあんなことをしたのかしら」ハーマイオニーが呟いた。
「見せびらかしたかったんじゃないの?」
はさっきまでの緊張感がやっと解け、疲れが少し出てきた。
「それでも、狂ってるわ。あんなことをしてただじゃすまないのに――」
ハーマイオニーが突然言葉を切って、後ろを振り向いた。も疲れた体を無理やり動かし、杖を構えた。だれかが、この空き地に向かってヨロヨロとやってくる音がする。四人は暗い木々の陰から聞こえる不規則な足音に耳を澄ませ、じっと待った。突然足音が止まった。
「だれかいますか?」ハリーが呼びかけた。
しんとしている。ハリーは恐る恐る木の陰から向こうを窺った。暗くて、遠くまでは見えない。それでも、目の届かないところにだれかが立っているのが感じられた。
「どなたですか?」ハリーが聞いた。すると、
何の前触れもなく、この森では聞き覚えのない声が静寂を破った。
「
モースドール!」
すると、巨大な、緑色に輝く何かが、暗闇から立ち上った。それは木々の梢を突き抜け、空へと舞い上がった。
「あれはいったい――?」
ロンが弾けるように立ち上がり、息を呑んで、空に現れたものを凝視した。
空に現れたものは、巨大な髑髏だった。エメラルド色の星のようなものが集まって描く髑髏の口から、下のように蛇が這い出していた。見る間に、それは高く高く上り、緑がかった靄を背負って、あたかも新星座のように輝き、真っ黒な空にギラギラと刻印を押した。
突然、周囲の森から爆発的な悲鳴があがった。髑髏は、気味の悪いネオンのように、森全体を照らし出すほど高く上がっていた。
「だれかいるの?」ハリーはもう一度声をかけた。
「ハリー、早く!
行くのよ!」
は急いでハリーの上着の背を掴み、グイと引き戻した。
「いったいどうしたんだい?」
はハリーの質問が信じられなかった。彼は「闇の印」を知らないのだ。
「『闇の印』よ!ヴォルデモートの印なの!」
は恐怖で震える身体をどうにか動かし、その場から逃げようとした。ハーマイオニーは、よくわからないという顔をしているロンを引っ張っている。
「でも、どうして印だけで――?」
「いいから、
早く!」
はハリーの質問に答える時間さえもどかしく、そのまま駆け出した。しかし、急いだ四人がほんの数歩も行かないうちに、ポン、ポンと立ち続けに音がして、どこからともなく二十人の魔法使いが現れ、四人を包囲した。
ぐるりと周りを見回した瞬間、ははっとあることに気付いた。包囲した魔法使いが手に手に杖を持ち、いっせいに杖先を四人に向けているのだ。は考える余裕もなく、叫んでいた。
「
プロテゴ!護れ!」
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