Weatherby ウェーザビー
ルード・バグマンは四人がこれまでに出会った人の中でも―――あの花模様のネグリジェのアーチーじいさんも含めて―――一番目立っていた。鮮やかな黄色と黒の太い横縞が入ったクィディッチ用の長いローブを着ている。胸のところに巨大なスズメバチが一匹描かれている。逞しい体つきの男が、少し弛んだという感じだった。イングランド代表でチームでプレーしていたころにはなかっただろと思われる大きい腹のあたりで、ロープがパンパンになっていた。鼻はつぶれている。しかし、丸いブルーの瞳、短いブロンドの髪、ばら色の顔が、育ちすぎた少年のような感じを与えていた。
「よう、よう!」
バグマンがうれしそうに呼びかけた。まるで踵にバネがついているように弾んで、完全に興奮しまくっている。
「わが友、アーサー、ジェームズ」
バグマンはフーッフーッと息を切らしながら、焚き火に近づいた。
「どうだい、この天気は、え?どうだい!こんな完全な日和はまたとないだろう?今夜は雲ひとつないぞ・・・・・それに準備は万全・・・・・俺の出る幕はほとんどないな!」
バグマンの背後を、げっそりやつれた魔法省の役人が数人、遠くのほうで魔法火が燃えている印の火花を指差しながら、急いで通り過ぎた。魔法火は、六メートルもの上空に紫の火花を上げていた。
パーシーが急いで進み出て、握手を求めた。ルード・バグマンが担当の部を取り仕切るやり方が気に入らなくとも、それはそれ、バグマンに好印象を与える方が大切らしい。
「ああ――そうだ」
ウィーズリーおじさんはニヤッとした。
「私の息子のパーシーだ。魔法省に勤めはじめたばかりでね――こっちはフレッド――おっと、ジョージだ。すまん――こっちがフレッドだ――ビル、チャ-リー、ロン――娘のジニーだ――それからロンの友人のハーマイオニー・グレンジャーと・ブラック、そしてハリー・ポッターだ」
ハリーとの名前を聞いて、バグマンがほんのわずかたじろぎ、目があのおなじみの動きでハリーの額の傷痕を探り、を恐ろしげに少し見た。
「みんな、こちらはルード・バグマンさんだ。だれだか知ってるね。この人のお陰でいい席が手に入ったんだ――」
バグマンはニッコリして、そんなことはなんでもないというふうに手を振った。
「試合に賭ける気はないかね、アーサー?」
バグマンは黄色と黒のローブのポケットに入った金貨をチャラつかせながら、熱心に誘った。相当額の金貨のようだ。
「ロディ・ポントナーが、ブルガリアが先取点をあげると賭けた――いい賭け率にしてやったよ。アイルランドのフォワードの三人は、近来にない強豪だからね――それと、アガサ・ティムズお嬢さんは、試合が一週間続くと賭けて、自分の持っている鰻養殖場の半分を張ったね」
「ああ・・・・・それじゃ、賭けようか」ウィーズリーおじさんが言った。
「そうだな・・・・・アイルランドが勝つほうにガリオン金貨一枚じゃどうだ?」
「一ガリオン?」
バグマンは少しガッカリしたようだが、気を取り直した。
「よし、よし・・・・・ほかに賭ける者は?」
「この子たちにギャンブルは早すぎる」おじさんが言った。「妻のモリーがいやがる――」
「賭けるよ。三十七ガリオン、十五シックル、三クヌートだ」
ジョージと二人で急いでコインをかき集めながら、フレッドが言った。
「まずアイルランドが勝つ――でも、ビクトール・クラムがスニッチを捕る。あ、それから、『だまし杖』も賭け金に上乗せするよ」
「バグマンさんに、そんなつまらないものをお見せしてはダメじゃないか――」
パーシーが口をすぼめて非難がましく言ったが、バグマンはつまらないものとは思わなかったらしい。それどころか、フレッドから杖を受け取ると、子供っぽい顔で興奮で輝き、杖がガアガア大きな鳴き声をあげてゴム製のおもちゃの鶏に変わると、大声をあげて笑った。
「すばらしい!こんなに本物そっくりな杖を見たのは久しぶりだ。私ならこれに五ガリオン払ってもいい!」
パーシーは驚いて、こんなことは承知できないとばかりに身を強張らせた。
「おまえたち」
ウィーズリーおじさんが声をひそめた。
「賭けはやってほしくないね・・・・・貯金の全部だろうが・・・・・母さんが――」
「お堅いことを言うな、アーサー!」
ルード・バグマンが興奮気味にポケットをチャラチャラ言わせながら声を張りあげた。
「もう子供じゃないんだ。自分たちのやりたいことはわかってるさ!アイルランドが勝つが、クラムがスニッチを捕るって?そりゃありえないな、お二人さん、そりゃないよ・・・・・二人に素晴らしい倍率をやろう・・・・・その上、おかしな杖に五ガリオンつけよう。それじゃ・・・・・」
バグマンが素早くノートと羽根ペンを取り出して双子の名前を書きつけるのを、ウィーズリーおじさんはなす術もなく眺めていた。
「サンキュ」
バグマンがよこした羊皮紙メモを受け取り、ローブの内ポケットにしまいこみながら、ジョージが言った。
「ジェームズ、君は試合に賭けないのか?」
バグマンがジェームズを不満そうに見ると、ジェームズは肩をすくめ、ポケットから一ガリオン出した。
「アイルランドが勝つ方に一ガリオン」
ジェームズがコインを投げると、バグマンはそれを器用にキャッチし、上機嫌でウィーズリーおじさんのほうに向き直った。
「お茶がまだだったな?バーティ・クラウチをずっと探しているんだが。ブルガリア側の責任者がゴネていて、俺には一言もわからん。バーティならなんとかしてくれるだろう。かれこれ百五十ヶ国語が話せるし」
「クラウチさんですか?」
体を突っ張らせて不服そうにしていたパーシーが、突然堅さをかなぐり捨て、興奮でのぼせ上がった。
「あの方は百ヶ国語以上話します!水中人のマーミッシュ語、小鬼のゴブルディグック語、トロールの・・・・・」
「トロール語なんてだれだって話せるよ!」
フレッドがバカバカしいという調子で言った。
「指差してブーブー言えばいいんだから」
パーシーはフレッドに思いっきりいやな顔を向け、乱暴に焚き火を掻き回してヤカンをグラグラッと沸騰させた。
「バーサ・ジョーキンズのことは、何か消息があったかね、ルード?」
バグマンがみんなと一緒に草むらに座り込むと、ウィーズリーおじさんが尋ねた。
「なしのつぶてだ」バグマンは気楽に言った。
「だが、そのうち現われるさ。あのしょうのないバーサのことだ・・・・・漏れ鍋みたいな記憶力。方向音痴。迷子になったのさ。絶対まちがいない。十月ごろになったら、ひょっこり役所に戻って来て、まだ七月だと思ってるだろうよ」
「そろそろ捜索人を出して探したほうがいいんじゃないのか?」
パーシーアバグマンにお茶を差し出すのを見ながら、ウィーズリーおじさんが遠慮がちに提案した。
「バーティ・クラウチはそればっかり言ってるなあ」
バグマンは丸い目を見開いて無邪気に言った。
「しかし、いまはただの一人も無駄にはできん。おっ――噂をすればだ!バーティ!」
焚き火のそばに魔法使いが一人「姿現わし」でやってきた。ルード・バグマンとはものの見事に対照的だ。バグマンは昔着ていたスズメバチ模様のチームのユニフォームを着て、草の上に足を投げ出している。バーティ・クラウチはシャキッと背筋を伸ばし、非の打ちどころのない背広とネクタイ姿の初老の魔法使いだ。短い銀髪の分け目は不自然なまでにまっすぐで、歯ブラシ状の口髭は、まるで定規を当てて刈り込んだかのようだった。靴はピカピカに磨き上げられている。一目見て、はパーシーがなぜこの人を崇拝しているかがわかった。パーシーは規則を厳密に守ることが大切だと固く信じているし、クラウチ氏はマグルの服装に関する規則を完璧に守っていた。銀行の頭取だといっても通用しただろう。
「ちょっと座れよ、バーティ」
ルードはそばの草むらをポンポン叩いて朗らかに言った。
「いや、ルード、遠慮する」
クラウチ氏の声が少し苛立っていた。
「ずいぶんあちこち君を探したのだ。ブルガリア川が、貴賓席にあと十二席設けろと強く要求しているのだ」
「ああ、そういうことを言っていたのか。私はまた、あいつが毛抜きを貸してくれと頼んでいるのかと思った。訛りがきつくて」
「クラウチさん!」
パーシーは息もつけずにそう言うと、首だけ上げてお辞儀をしたので、ひどい猫背に見えた。
「よろしければお茶はいかがですか?」
「ああ」
クラウチ氏は少し驚いた様子でパーシーのほうを見た。
「いただこう――ありがとう、ウェーザビー君」
フレッドとジョージが飲みかけのお茶に咽て、カップの中にゲホゲホやった。パーシーは耳元をポッと赤らめ、急いでヤカンを準備した。
「ああ、それにアーサー、君ともに話したかった」
クラウチ氏は鋭い目でウィーズリーおじさんを見下ろした。
「アリ・バーシルが襲撃してくるぞ。空飛ぶ絨毯の輸入禁止について君と話したいそうだ」
ウィーズリーおじさんは深いため息をついた。
「そのことについては先週ふくろう便を送ったばかりだ。何百回言われても答えは同じだよ。絨毯は『魔法をかけてはいけない物品登録簿』に載っていて、『マグルの製品』だと定義されている。しかし、言ってわかる相手かね?」
「だめだろう」
クラウチ氏がパーシーからカップを受け取りながら言った。
「わが国に輸出したくて必死だから」
「まあ、イギリスでは箒に取って代わることはあるまい?」バグマンが言った。
「アリは家族用乗り物として市場に入り込める余地があると考えている」クラウチ氏が言った。
「わたしの祖父が、十二人乗りのアクスミンスター織の絨毯を持っていた――しかし、もちろん絨毯が禁止になる前だがね」
まるで、クラウチ氏の先祖がみな厳格に方を遵守したことに、家ほども疑いをもたれたくないという言い方だった。
「ところで、バーティ、忙しくしてるかね」バグマンがのどかに言った。
「かなり」クラウチ氏は愛想のない返事をした。
「五大陸に渡って『移動キー』を組織するのは並大抵のことではありませんぞ。ルード」
「二人とも、これが終わったらホッとするだろうね」ジェームズが言った。
バグマンが驚いた顔をした。
「ホッとだって!こんなに楽しんだことはないのに・・・・・それに、その先も楽しいことが待ち構えているじゃないか。え?バーティ?そうだろうが?まだまだやることがたくさんある。だろう?」
クラウチ氏は眉を吊り上げてバグマンを見た。
「まだそのことは公にしないとの約束だろう。詳細がまだ――」
「ああ、詳細なんか!」
バグマンはうるさいユスリカの群れを追い払うかのように手を振った。
「みんな署名したんだ、そうだろう?みんな合意したんだ。そうだろう?ここにいる子供たちには、どのみちまもなくわかることだ。賭けてもいい。だって、事はホグワーツで起こるんだし――」
「ルード、さあ、ブルガリア側に会わないと」
クラウチ氏はバグマンの言葉を遮り、鋭く言った。
「お茶をごちそうさま、ウェーザビー君」
呑んでもいないお茶をパーシーに押し付けるようにして返し、クラウチ氏はバグマンが立ち上がるのを待った。お茶の残りをグイッと飲み干し、ポケットの金貨を愉しげにチャラチャラいわせ、バグマンはどっこいしょと再び立ち上がった。
「じゃ、あとで!みんな、貴賓席で私と一緒になるよ――私が解説するんだ!」バグマンは楽しげに言った。
「ジェームズ、君がいなくなったのは残念だった」
一方、クラウチはフッと笑みを浮かべ、ジェームズを見つめた。ジェームズはどんな顔をしているのかと、が見れば、ジェームズは苦笑していた。そして、バグマンは手を振り、クラウチは軽く頭を下げ、二人とも「姿くらまし」で消えた。
「パパ、ホグワーツで何があるの?」
フレッドがすかさず聞いた。
「あの二人、何のことを話してたの?」
「すぐにわかるよ」
ウィーズリーおじさんが微笑んだ。
「魔法省が解禁するときまでは機密情報だ」
パーシーが頑なに言った。
「クラウチが明かさなかったのは正しいことなんだ」
「おい、黙れよ、ウェーザビー」フレッドが言った。
夕方が近づくにつれ、興奮の高まりがキャンプ場を覆う雲のようにはっきりと感じ取れた。夕暮れには、凪いだ夏の空気さえ、期待で打ち震えているかのようだった。試合を待つ何千人という魔法使いたちを、夜の帳がすっぽりと覆うと、最後の慎みも吹き飛んだ。あからさまな魔法の印があちこちで上がっても、魔法省はもはやお手上げだとばかり、戦うのをやめた。
行商人がそこいらじゅうにニョキニョキと「姿現わし」した。超珍品のみやげ物を盆やカートに山と積んでいる。光るロゼット――アイルランドは緑でブルガリアは赤だ――これが黄色い声で選手の名前を叫ぶ。踊る三つ葉のクローバーがビッシリ飾られた緑のとんがり帽子。ほんとうの吠えるライオン柄のブルガリアのスカーフ。打ち振ると国歌を演奏する両国の国旗。ほんとうに飛ぶファイアボルトのミニチュア模型。コレクター用の有名選手の人形は、手に載せると自慢げに手の平の上を歩き回っていた。
「夏休み中ずっとこのためにお小遣いを貯めたんだ」
ハリー、、ハーマイオニーと一緒に物売りの間を歩き、みやげ物を買いながら、ロンが三人に言った。ロンは踊るクローバー帽子と大きな緑のロゼットを買ったくせに、ブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムのミニチュア人形も買った。ミニ・クラムはロンの手の中を往ったり来たりしながら、ロンの緑のロゼットを見上げて顔をしかめた。
「わあ、これ見てよ!」
は真鍮製の双眼鏡のようなものがうずたかく積んであるカートに駆け寄った。ただし、この双眼鏡には、あらゆる種類のおかしなつまみやダイヤルがビッシリついていた。
「万眼鏡だよ」セールス魔ンが熱心に売り込んだ。
「アクション再生ができる・・・・・スローモーションで・・・・・必要なら、プレーを一コマずつ静止させることもできる。大安売り――一個十ガリオンだ」
「こんなのさっき買わなきゃよかった」
ロンは踊るクローバーの帽子を指差してそう言うと、万眼鏡をいかにも物欲しげに見つめた。
「ハリー、二人で割り勘しましょ」がにっこりそう言うと、ハリーもの意図がわかったようで、ハリーはセールス魔ンにキッパリ言った。
「二個ください」
「こっちにも二個ください」
ハリーとは万眼鏡を受け取ると、ロンとハーマイオニーにそれぞれ押し付けた。
「クリスマス・プレゼントはなしね?」が笑って言った。
「いいよ――気を使うなよ」
ロンが赤くなった。ハリーやがロンよりもずっとお金持ちだということで、ロンはいつも神経過敏になる。そこで、ハリーはにっこりして言った。
「ロン、これから十年ぐらいは、君もクリスマス・プレゼントはなしだね」
「いいとも」今度はロンもニッコリした。
「ありがとう、」ハーマイオニーが言った。
「じゃあ、私が三人分のプログラムを買うわ。ほら、あれ――」
財布がだいぶ軽くなり、四人はテントに戻った。ビル、チャーリー、ジニーの三人も緑のロゼットを着けていた。ウィーズリーおじさんとジェームズはアイルランド国旗を持っている。フレッドとジョージは、全財産をはたいてバグマンに渡したので、何もなしだった。
そのとき、どこか森の向こうから、ゴーンと深く響く音が聞こえ、同時に木々の間に赤と緑のランタンが一斉に赤々と灯り、競技場への道を照らし出した。
「いよいよだ!」
ウィーズリーおじさんも、みんなに負けず劣らず興奮していた。
「さあ、行こう!」

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いざ出陣。