Tent テント
どうやら霧深い辺鄙な荒地のようなところに到着したらしい。目の前に、疲れて不機嫌な顔の魔法使いが二人立っていた。一人は大きな金時計を持ち、もう一人は太い羊皮紙の巻紙と羽ペンを持っている。二人ともマグルの格好をしてはいたが素人丸出しだった。時計を持ったほうは、ツイードの背広に、太股までのゴム引きを履いていたし、相方はキルトにポンチョの組み合わせだった。リリーが見たら、きっと大笑いするに違いない。ハリーやはリリーから教えてもらったマグル学の知識がある。
「おはよう、バージル」
ウィーズリーおじさんが古ブーツを拾い上げ、キルトの魔法使いに渡しながら声をかけた。受け取った方は、自分の脇にある「使用済み移動キー」用の大きな箱にそれを投げ入れた。が見ると、箱には古新聞やら、ジュースの空き缶、穴の開いたサッカーボールなどが入っていた。
「やあ、アーサー、ジェームズ」
バージルは疲れた声で答えた。
「非番なのかい、え?まったく運がいいなあ・・・・・私らは夜通しここだよ・・・・・さ、早くそこをどいて。五時十五分に黒い森から大集団が到着する。ちょっと待ってくれ。君のキャンプ場を探すから・・・・・ウィーズリー・・・・・ポッターと・・・・・」
バージルは羊皮紙のリストを調べた。
「ここから四百メートルほどあっち。歩いていって最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんという名だ。ディゴリー・・・・・二番目のキャンプ場・・・・・ベインさんを探してくれ」
「ありがとう、バージル」
ウィーズリーおじさんは礼を言って、みんなについてくるよう合図した。一行は荒涼とした荒地を歩き始めた。霧でほとんど何も見えない。ものの二十分も歩くと、目の前にゆらりと、小さな石造りの小屋が見えてきた。その脇に門がある。その向こうにゴーストのように白く、ぼんやりと、何百というテントが立ち並んでいるのが見えた。テントは広々としたなだらかな傾斜地に建ち、地平線上に黒々と見える森へと続いていた。
そこでディゴリー父子にさようならを言い、一行は小屋の戸口へと近づいていった。
戸口に男が一人、テントの方を眺めて立っていた。一目見て、は、この周辺数キロ四方で、本物のマグルはこの人一人だけだろうと察しがついた。足音を聞きつけて男が振り返り、こっちを見た。
「おはよう!」
ウィーズリーおじさんが明るい声で言った。
「おはよう」マグルも挨拶した。
「ロバーツさんですか?」
「あいよ。そうだが」ロバーツさんが答えた。
「そんで、おめえさんは?」
「ウィーズリーです――テントを二張り、ニ、三日前に予約しましたよね?」
「あいよ」
ロバーツさんはドアに貼りつけたリストを見ながら答えた。
「おめえさんの場所はあそこの森の傍だ。一泊だけかね?」
「そうです」ウィーズリーおじさんが答えた。
「そんじゃ、いますぐ払ってくれるんだろうな?」ロバーツさんが言った。
「え――ああ――いいですとも」
ウィーズリーおじさんは小屋からちょっと離れ、ハーマイオニーを手招きした。
「ハーマイオニー、手伝っておくれ」
ウィーズリーおじさんはポケットから丸めたマグルの札束を引っ張り出し、一枚一枚はがしはじめた。
「これは――っと――十かね?あ、なるほど、数字が小さく書いてあるようだ――するとこれは五かな?」
「二十ですよ、ウィーズリーおじさん」
ハーマイオニーは声を低めて訂正した。ロバーツさんが一言一句聞き漏らすまいとしているので、気が気ではなかった。
「ああ、そうか。・・・・・どうもよくわからんな。こんな紙切れ・・・・・」
「おめえさん、外国人かね?」
ちゃんとした金額を揃えて戻ってきたおじさんに、ロバーツさんが聞いた。
「外国人?」
おじさんはキョトンといてオウム返しに言った。
「金勘定ができねえノは、おめえさんがはじめてじゃねえ」
ロバーツさんはウィーズリーおじさんをジロジロ眺めながら言った。
「十分ほど前にも、二人ばっかり、車のホイールキャップぐれえのでっけえ金貨で払おうとしたかな」
「ほう、そんなのがいたかね?」おじさんはドギマギしながら言った。
ロバーツさんは釣銭を出そうと、四角い空き缶をゴソゴソ探った。
「いままでこんなに混んだこたあねえ」
霧深いキャンプ場にまた目を向けながら、ロバーツさんが唐突に言った。
「何百って予約だ。客はだいたいフラッと現れるもんだが・・・・・」
「そうかね?」
ウィーズリーおじさんは釣銭をもらおうと手を差し出したが、ロバーツさんは釣をよこさなかった。
「そうよ」
ロバーツさんは考え深げに言った。
「あっちこっちからだ。外国人だらけだ。それもただの外国人じゃねえ。変わりもんよ。なあ?キルトにポンチョ着て歩き回ってるやつもいる」
「いけないのかね?」
ウィーズリーおじさんが心配そうに聞いた。
「なんていうか・・・・・その・・・・・集会かなんかみてえな」
ロバーツさんが言った。
「お互いに知り合いみてえだし。大がかりなパーティーかなんか――」
そのとき、どこからともなく、ニッカーズを履いた魔法使いが小屋の戸口の脇に現れた。
オブリビエイト!忘れよ!
杖をロバーツさんに向け、鋭い呪文が飛んだ。とたんにロバーツさんの目が虚ろになり、八文字眉も解け、夢見るようなトロンとした表情になった。これが記憶を消された瞬間の症状なのだとわかった。
「キャンプ場の地図だ」
ロバーツさんはウィーズリーおじさんに向かって穏やかに言った。
「それと、釣だ」
「どうも、どうも」おじさんが礼を言った。
ニッカーズを履いた魔法使いがキャンプ場の入り口まで付き添ってくれた。疲れきった様子で、無精髭をはやし、目の下に濃い隈ができていた。ロバーツさんに聞こえないところまで来ると、その魔法使いがウィーズリーおじさんにボソボソ言った。
「あの男はなかなか厄介でね。『忘却術』を日に十回もかけないと機嫌が保てないんだ。しかもルード・バグマンがまた困り者で、あちこち飛び回ってはブラッジャーがどうの、クアッフルがどうのと大声でしゃべっている。マグル安全対策なんてどこ吹く風だ。まったく、これが終わったら、どんなにホッとするか。それじゃ、アーサー、またなジェームズもな」
「姿くらまし」術で、その魔法使いは消えた。
「バグマンさんて、『魔法ゲーム・スポーツ部』の部長さんでしょう?」
ジニーが驚いて言った。
「マグルのいるところでブラッジャーとか言っちゃいけないぐらい、わかってるはずじゃないの?」
「そのはずだよ」
ウィーズリーおじさんは微笑みながらそう言うと、みんなを引き連れてキャンプ場の門をくぐった。
「しかし、ルードは安全対策にはいつも、少し・・・・・なんというか・・・・・甘いんでね。スポーツ部の部長としちゃ、こんなに熱心な部長はいないがね。なにしろ、自分がクィディッチのイギリス代表選手だったし。それに、プロチームのウイムボーン・ワスプスじゃ最高のビーターだったんだ」
霧の立ち込めるキャンプ場を、一行は長いテントの列を縫って歩き続けた。ほとんどのテントはごく当たり前に見えた。テントの主が、なるべくマグルらしく見せようと努力したことは確かだ。しかし、煙突をつけてみたり、ベルを鳴らす引き紐や風見鶏をつけたところでボロが出ている。しかも、あちこちにどう見ても魔法仕掛けと思えるテントがあり、これではロバーツさんが疑うのも無理はないと思った。キャンプ場の真ん中に当たり、縞模様のシルクでできた、まるで小さな白のような豪華絢爛なテントがあり、入り口に生きた孔雀が数羽繋がれていた。もう少し行くと、三階建てに尖塔が数本立っているテントがあった。そこから少し先に、前庭付きのテントがあり、鳥の水場や、日時計、噴水まで揃っていた。
「毎度のことだ」
ウィーズリーおじさんが微笑んだ。
「大勢集まると、どうしても見栄を張りたくなるらしい。ああ、ここだ。ご覧、この場所が私たちのだ」
たどり着いたところは、キャンプ場の一番奥で、森の際だった。その空き地に小さな立て札が打ち込まれ、「うーいづり」と書いてあった。
「最高のスポットだ!」
ウィーズリーおじさんはうれしそうに言った
「競技場はちょうどこの森の反対側だから、こんなに近いところはないよ」
おじさんは肩にかけていたリュックを降ろした。
「よし、と」
おじさんは興奮気味に言った。
「魔法は、厳密に言うと、許されない。これだけの数の魔法使いがマグルの土地に集まるのだからな。テントは手作りで行くぞ!そんなに難しくはないだろう・・・・・マグルがいつもやっていることだし・・・・・さあ、ハーマイオニー、どこから始めればいいと思うかね?」
ハーマイオニーは困ったようにみんなを見回した。それがあまりにも貧相な顔だったので、は思わず噴き出してしまった。
「ウィーズリーおじさん、ジェームズがテントを張れますよ」
「本当かい?ジェームズ」
の言葉に、ウィーズリーおじさんが目を輝かせた。
「えぇ、一応は――妻がマグル出身なのでね」
ジェームズは不思議そうに自分を見ているロンや双子、ジニー、ハーマイオニーに説明した。リリーがマグル出身だということはハリーとウィーズリーおじさん、以外は知らなかったのだ。
「ジェームズは相変わらず、何でも出来るもんね」がからかい半分でそう言うと、ジェームズも悪戯っぽい口調でに返した。
「うちのお姫様も、相変わらず要領が良いようで」
そして、ジェームズは一同に向き直り、テキパキと指示を出していった。しかし、ウィーズリーおじさんは、木槌を使う段になると、完全に興奮状態だったので、役に立つどころか足手まといだった。それでもなんとかみんなで、二人用の粗末なテントを二張り立ち上げた。
みんなちょっと下がって、自分たちの手作り作品を眺め、大満足だった。だれが見たって、これが魔法使いのテントだとは気づくまい、と思った。しかし、何故だかハーマイオニーは不安そうだった。
「ビル、チャーリー、パーシーが到着しても、ちゃんと全員入れるの?」ハーマイオニーがに聞いた。
「大丈夫よ。そこらへんは、ね」が悪戯っぽい顔でそう言うと、おじさんが中なら呼びかける声が聞こえた。
「ちょっと窮屈かもしれないよ。でも、みんな何とか入れるだろう。入って、中を見てごらん」
二人は身をかがめて、テントの入り口をくぐり抜けた。そのとたん、ハーマイオニーが驚嘆した声を上げるのを聞いた。中は、古風なアパートだった。寝室とバスルーム、キッチンの三部屋だ。不揃いな椅子には、鉤針編みがかけられ、おまけに猫の臭いがプンプンしていた。
「あまり長いことじゃないし」
おじさんはハンカチで頭の禿げたところをゴシゴシ擦り、寝室に置かれた四個の二段ベッドを覗きながら言った。
「同僚のパーキンズから借りたのだがね。奴さん、気の毒にもうキャンプはやらないんだ。腰痛で」
おじさんは埃まみれのヤカンを取り上げ、中を覗いて言った。
「水がいるな・・・・・」
「マグルがくれた地図に、水道の印があるよ」
たちに続いてテントに入ってきたロンが言った。
「キャンプ場のむこう端だ」
「よし、それじゃ、ロン、おまえはハリーととハーマイオニーの四人で、水を汲みにいってくれないか――」
ウィーズリーおじさんはヤカンとソース鍋を二つ三つよこした。
「―――それからほかのものは薪を集めに行こう」
「でも、竈があるのに」ロンが言った。
「簡単にやっちゃえば――?」
「ロン、マグル安全対策だ!」
ウィーズリーおじさんは期待に顔を輝かせていた。
「本物のマグルがキャンプするときは、外で火を熾して料理するんだ。そうやっているのを見たことがある!」

「なに?」
ロンとウィーズリーおじさんの会話を楽しげに聞いていると、ジェームズに話しかけられた。
「気をつけて行ってこい」
ジェームズはいつになく心配そうな表情だったので、は夏休み初日に見たあの悪夢や、ハリーがおととい体験した傷の痛みを気にしているのだと、すぐに分かった。
「大丈夫よ、ジェームズ。私、あの後からあんな夢見てないわ。それに――」
はテントの中を面白そうに見回しているハリーに目を向けた。
「――それを言うなら、私より、ハリーが先じゃない?」
ジェームズはフッと笑って、「そうだな」と言うとハリーに近寄っていった。
ハリーとジェームズの話が終わると、四人は女子用テントをざっと見学してから――男子用より少し小さかったが、猫の臭いはしなかった――ヤカンとソース鍋をぶら下げ、キャンプ場を通り抜けていった。

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楽しいワールドカップの始まりです。