Portkey 移動キー
ウィーズリーおばさんに揺り動かされて目が覚めたとき、は一瞬、自分の家にどうしてウィーズリーおばさんがいるのだろうと錯覚してしまった。
、出かける時間ですよ」
おばさんは小声でそう言うと、ジニーを起こしにいった。ジニーはしばらく駄々をこねて布団から出ようとしなかったが、ワールドカップだということを思い出したのか、もぞもぞと布団から顔を出した。
「まだ眠いわ、ママ」
ジニーがトロンとした目で言った。
三人はウィーズリーおばさんが出て行った後、やっと着替えることを決意した。ハーマイオニーでさえ、まだ頭がはっきりしていないようで、だらだらと服を着て、髪を梳かしたり、顔を洗ったりとしているうちに大分、目が覚めてきた。三人がやっとキッチンに下りていこうと階段を降り始めると、下からセカセカしたおばさんが姿を現した。
「なにをしているの?早くキッチンにおいでなさい」
三人が階段を降り始めたのを確認して、おばさんはまたきびきびとキッチンに下りていってしまった。キッチンからは男の子たちの話し声が聞こえる。
「どうしてこんなに早起きしなきゃいけないの?」
キッチンに現れた三人は目をこすりながらテーブルについた。
「結構歩かなくちゃならないんだ」おじさんが言った。
「歩く?」ハリーが言った。「え?僕たち、ワールドカップのところまで歩いていくんですか?」
「いや、いや、それは何キロもむこうだ」ウィーズリーおじさんが微笑んだ。
「少し歩くだけだよ。マグルの注意を引かないようにしながら、大勢の魔法使いが集まるのは非常に難しい。私たちは普段でさえ、どうやって移動するかについては細心の注意を払わなければならない。ましてや、クィディッチ・ワールドカップのような一大イベントはなおさらだ―――」
そのとき、ウィーズリー家の玄関で、「こんにちは」と言う聞きなれた声がした。
「ハリー、ジェームズの声よ!」
がパッと顔を輝かせ、ウィーズリーおばさんと一緒にジェームズを迎えに行った。
「いらっしゃい、ジェームズ。久しぶりね」おばさんはジェームズをキッチンに通すと、オートミールをよそろうとしたが、ジェームズが断った。
「お招き、感謝します」ジェームズはおじさんに言った。
「いやいや、お安い御用だよ。ところで、家族を紹介しよう。モーリーは知ってるね?――そっちは双子のフレッドとジョージだ。向こうが末っ子のジニーだ。上の三人はまだ寝ているんだ。『姿現し』で競技場まで行くんでね――もちろん、ロンとハーマイオニーは知っていたね?」
ジェームズはウィーズリーおじさんに頷いてみせると、ハリーとに向き直った。
「良い子にしてた?」
「してた」ハリーとの声がハモった。
「ジョージ!」
ウィーズリーおばさんの鋭い声が上がった。
「どうしたの?」
ジョージがしらばっくれたが、だれも騙されなかった。
「ポケットにあるものは何?」
「なんにもないよ!」
「嘘おっしゃい!」
おばさんは杖をジョージのポケットに向けて唱えた。
アクシオ!出てこい!
鮮やかな色の小さなものが数個、ジョージのポケットから飛び出した。ジョージが捕まえようとしたが、その手をかすめ、小さいものはウィーズリーおばさんが伸ばした手にまっすぐ飛び込んだ。
「捨てなさいって言ったでしょう!」
おばさんはカンカンだ。色鮮やかな包み紙に包まれた、大きなおいしそうなヌガーを手に掲げている。にはどうしてヌガーがダメなのか分からなくて、ロンにこっそり話しかけた。
「どうしておばさんはヌガーごときであんなに怒っているの?」
おばさんはカンカンで、フレッドやジョージに向かって狂ったように「呼び寄せ呪文」を使っている。
「あれは『ペロペロ飴』さ。ヌガーじゃなくてね。あれをなめると、ベロが大きくなるんだ――」
いつの間にか、ハリーもハーマイオニーもジェームズも聞き耳を立てていた。
「ママがね、フレッドとジョージの部屋を掃除してたら、注文書が束になって出てきたんだ。二人が発明したものの価格表で、ながーいリストさ。悪戯おもちゃの。『だまし杖』とか、『ひっかけ菓子』だとか、いっぱいだ。ただ、作ったものがほとんど――っていうか、全部だな――ちょっと危険なんだ・・・・・」
「僕たち、それを開発するのに六ヶ月もかかったんだ!」
ロンの話にフレッドの大声が割り込んだ。「ベロベロ飴」を放り棄てる母親に向かって、叫んでいる。
「おや、ご立派な六ヶ月の過ごし方ですこと!」母親も叫び返した。
「『O・W・L試験』の点が低かったのも当然だわね」
「それにね、あの二人、ホグワーツでそれを売って稼ごうと計画してたんだ」ロンが話を続けた。
「ママがカンカンになっちゃってさ。もう何も作っちゃいけません、って二人に言い渡して、注文書を全部焼き捨てちゃった・・・・・ママったら、その前からあの二人にさんざん腹を立ててたんだ。二人が『O・W・L試験』でママが期待してたような点を取らなかったから――それから大論争があって、ママは、二人にパパみたいに『魔法省』に入ってほしかったんだ。でも、二人はどうしても『悪戯専門店』を開きたいってママに言ったんだ――」
そんなこんなで、出発のときはとても和やかとは言えない雰囲気だった。ウィーズリーおばさんは、しかめっ面のままでおじさんの頬にキスしたが、双子はおばさんよりももっと恐ろしく顔をしかめていた。双子はリュックサックを背負い、母親に口も聞かずに歩き出した。
「それじゃ、楽しんでらっしゃい」おばさんが言った。
お行儀よくするのよ
離れていく双子の背中に向かっておばさんが声をかけたが、二人は振り向きもせず、返事もしなかった。
「ビルとチャーリー、パーシーはお昼ごろそっちへやりますから」
おばさんがおじさんに言った。おじさんとジェームズは、ハリー、ロン、、ハーマイオニー、ジニーを連れて、ジョージとフレッドに続いて、まだ暗い庭へと出て行くところだった。外は肌寒く、まだ月が出ていた。右前方の地平線が鈍い緑色に縁取られていることだけが、夜明けの近いことを示している。は、何千人もの魔法使いがクィディッチ・ワールドカップの地を目指して急いでいる姿を想像したので、足を速めてジェームズと並んで歩きながら聞いた。
「マグルたちに気づかれないように、みんないったいどうやってそこに行くの?」
「組織的な大問題だったよ」
ジェームズの代わりに、おじさんが答え、溜息をついた。
「問題はだね、およそ十万人もの魔法使いがワールドカップに来るというのに、当然だが、全員を収容する広い魔法施設がないということでね。マグルが入り込めないような場所はあるにはある。でも、考えてもごらん。十万人もの魔法使いを、ダイアゴン横丁や九と四分の三番線にぎゅう詰めにしたらどうなるか。そこで人里離れた格好な荒地を探し出し、できるかぎりの『マグル避け』対策を講じなければならなかったのだ。魔法省をあげて、何ヶ月もこれに取り組んできたよ。まずは、当然のことだが、到着時間を少しずつずらした。安い切符を手にしたものは、二週間前に着いていないといけない。マグルの交通機関を使う魔法使いも少し入るが、バスや汽車にあんまり大勢詰め込むわけにもいかない――なにしろ世界中から魔法使いがやってくるのだから――」
おじさんの声が途切れると、ジェームズが後を続けた。
「『姿現わし』をするものももちろんいるが、現れる場所を、マグルの目に触れない安全なポイントに設定しないといけない。たしか、手ごろな森があって、『姿現わし』ポイントに使ったはずだ。『姿現わし』をしたくない者、またはできない者は、『移動キー』を使う。これはあらかじめ指定された時間に、魔法使いたちをある地点から別の地点に移動させるのに使う鍵だ。必要とあれば、これで大集団を一度に運ぶこともできる。イギリスには二百個の『移動キー』が戦略的拠点に設置されたんだよ。そして、ウィーズリー家に一番近い鍵が、ストーツヘッド・ヒルのてっぺんにある。今、そこに向かっているんだよ」
ジェームズは行く手を指差した。オッタリー・セント・キャッチボールの村のかなたに、大きな黒々とした丘が盛り上がっている。
「『移動キー』って、またヤカンとか?」が聞いた。
、丘のてっぺんにヤカンなんてあったらおかしいだろう?」
ジェームズが噴き出した。
「当然、目立たないものじゃないと。マグルが拾って、もてあそんだりしないように・・・・・」
一行は村に向かって、暗い湿っぽい小道をただひたすら歩いた。静けさを破るのは、自分の足音だけだった。村を通り抜けるころ、ゆっくりと空が白み始めた。墨を流したような夜空が薄れ、群青色に変った。は手も足も凍えついていた。おじさんが何度も時計を確かめた。
ストーツヘッド・ヒルを登りはじめると、息切れで話をするどころではなくなった。あちこちでウサギの隠れ穴に続いたり、黒々と生い茂った草の塊に取られたりした。一息一息が、の胸に突き刺さるようだった。
「フーッ」
ウィーズリーおじさんは喘ぎながらメガネを外し、セーターで拭いた。
「やれやれ、ちょうどいい時間だ――あと十分ある・・・・・」
ハーマイオニーが最後に上ってきた。ハァハァと脇腹を押さえている。
「さあ、あとは『移動キー』があればいい」
ウィーズリーおじさんはメガネをかけ直し、目を凝らして地面を見た。
「そんなに大きいものじゃない・・・・・さあ、探して・・・・・」
一行はバラバラになって探した。探しはじめてほんのニ、三分もたたないうちに、大きな声がしんとした空気を破った。
「ここだ、アーサー、ジェームズ!息子や、こっちだ。見つけたぞ!」
丘の頂の向こう側に、星空を背に長身の影が二つ立っていた。
「エイモス!」
ウィーズリーおじさんが、大声の主のほうにニコニコと大股で近づいていった。みんなもおじさんのあとに従った。
おじさんは、褐色のゴワゴワした顎鬚の、血色のよい顔の魔法使いと握手した。男は左手に黴だらけの古いブーツを下げていた。
「みんな、エイモス・ディゴリーだよ」おじさんが紹介した。
「『魔法生物規制管理部』にお勤めだ。みんな、息子のセドリックは知ってるね?」
セドリック・ディゴリーは十七歳くらいのとてもハンサムな青年だった。ホグワーツでは、ハッフルパフ寮のクィディッチ・チームのキャプテンで、シーカーでもあった。にとっては先日、二人っきりで出かけた仲でもあった。
「やあ」
セドリックがみんなを見回した。みんなも「やあ」と挨拶を返したが、フレッドとジョージは黙って頭をコックリしただけだった。去年、自分たちの寮、グリフィンドールのチームを、セドリックがクィディッチ開幕戦で打ち負かしたことが、いまだに許しきれていないのだ。はセドリックと目が合うと、顔が熱くなるのを感じた。
「久しぶり」セドリックがに笑いかけた。
「久しぶり」
も頬を赤く染めながら、セドリックに笑顔を向けた。
「二人とも、ずいぶん歩いたかい?」セドリックの父親が聞いた。
「いや、まあまあだ」おじさんが答えた。
「村のすぐむこう側に住んでるからね。そっちは?」
「朝の二時起きだよ。なあ、セド?まったく、こいつが早く『姿現わし』のテストを受けられればいいのにと思うよ。いや・・・・・愚痴は言うまい・・・・・クィディッチ・ワールドカップだ。たとえガリオン金貨一袋やるからと言われたって、それで見逃せるものじゃない――もっとも切符二枚で金貨一袋分くらいはしたがな。いや、しかし、わたしのところは二枚だから、まだ楽なほうだったらしいな・・・・・」
エイモス・ディゴリーは人のよさそうな顔で、ウィーズリー家の三人の息子と、ジェームズの息子と、、ハーマイオニー、ジニーを見回した。
「全部君たちの子かね?」
「まさか。赤毛の子はうちの子で、ハリーはジェームズの息子だが、この子はハーマイオニー、ロンの友達だ――こっちが、やっぱり友達だ」
ウィーズリーおじさんは子供たちを指差した。
「おっと、どっこい」
エイモス・ディゴリーが目を丸くした。
・ブラックかい?」
「あ――えぇ」が一歩ジェームズに近寄って答えた。
シリウスがホグワーツで一騒ぎ起こした後、は世間で未だ犯罪者の娘だった。知らない人に指を指されたり、いじめられたりすることはなかったが、改めて驚かれてしまうと、やはり少し身構えてしまう。
「セドが、もちろん、君のことを話してくれたよ」エイモス・ディゴリーが朗らかに言った。
「先日、一緒にダイアゴン横丁へ行ったんだろう?セドは帰ってきてから、ずっとその話ばかりでね――」
「父さん!」
セドリックの顔がほのかに赤くなっていた。
「それに、ハリー・ポッターの話もしてくれた」
エイモス・ディゴリーは気にせず、言葉を続けた。
「去年、君と対戦したことも詳しく話してくれた・・・・・わたしは息子に言ったね、こう言った――セド、そりゃ、孫子にまで語り伝えることだ。そうだとも・・・・・おまえはハリー・ポッターに勝ったんだ!
フレッドとジョージの二人が、そろってまたしかめっ面になった。セドリックはちょっと困ったような顔をした。
「父さん、ハリーは箒から落ちたんだよ」セドリックが口ごもった。
「そう言ったでしょう・・・・・事故だったって・・・・・」
「ああ。でも、おまえは落ちなかった。そうだろうが?」
エイモスは息子の背中をバシンと叩き、快活に大声で言った。
「うちのセドは、いつも謙虚なんだ。いつだってジェントルマンだ・・・・・しかい、最高の者が勝つんだ。ハリーだってそう言うだろう。そうだろうが、え、ハリー?一人は箒から落ち、一人は落ちなかった。天才じゃなくったってどっちがうまい乗り手かわかるってもんだ!」
「そろそろ時間だ」
ウィーズリーおじさんがまた懐中時計を引っ張り出しながら、話題を変えた。
「そろそろ時間だ。エイモス、ほかにだれか来るかどうか、知ってるかね?」
「いいや、ラブグッド家はもう一週間前から行ってるし、フォーセット家は切符が手に入らなかった」
エイモス・ディゴリーが答えた。
「この地域には、ほかにはだれもいないと思うが、どうかね?」
「私も思いつかない」
ウィーズリーおじさんが言った。
「さあ、あと一分だ・・・・・準備しないと・・・・・」
おじさんは子供たちを見回した。
「『移動キー』に触っていればいい。それだけだよ。指一本でいい――」
背中のリュックが嵩張って簡単ではなったが、エイモス・ディゴリーの掲げた古いブーツの回りに十人がギュウギュウと詰め合った。
一陣の冷たい風が丘の上を吹き抜ける中、全員がぴっちりと輪になってただ立っていた。だれも何も言わない。
「三秒・・・・・」
ウィーズリーおじさんが片方の目で懐中時計を見たまま呟いた。
「二・・・・・一・・・・・」
突然だった。両足が地面を離れた。ハリーとセドリックがの両脇にいて、互いの肩と肩がぶつかり合うのを感じた。風の唸りと色の渦の中を、全員が前へ前へとスピードを上げていった。の人差し指はブーツに張りつき、まるで磁石でを引っ張り、前進させているようだった。そして――。
両足が地面にぶつかった。の頭の近くに、「移動キー」がドスンと重々しい音を立てて落ちてきた。
見上げると、ウィーズリーおじさん、ディゴリーさん、セドリック、そしてジェームズはしっかり立ったままだったが、四人以外はみんな地べたに転がっていた。
、大丈夫?」
セドリックがの前に手を差し出した。は「ありがとう」と言って、セドリックの手を掴んで立ち上がった。すると、セドリックの背後で、ジェームズがニヤニヤしながらを見ているのに気がついて、何か言おうとしたが、その前にアナウンスの声が割り込んだ。
「五時七ふーん。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」

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セドリックと久しぶりに再会です。