「ずるいよ、」
家に戻ってきたジェームズが最初に言った言葉はそれだった。ちょっと息を切らしているが、普通にしゃべっている。
「ずるいのはどっちだよ」シリウスが口を挟んだ。
結局、先に家に着いたのはたちの方だった。やはり人間より犬の方が速いし、体力もある。
「子供の前でけんかなんて教育に悪いよ」
台所からルーピンが三人分の紅茶を運んで来てくれた。
「楽しかったかい?」ルーピンはに微笑みかけた。
「うん、楽しかった」も嬉しそうにそう言った。
「やっと帰って来たわね」
そのとき、厨房にリリーとが入ってきた。
「やあ、おはよう、リリー、」ジェームズが立ち上がってリリーに抱き着こうとすると、リリーはさっと避けて、に優しい微笑みを浮かべて「おはよう」と言った。ジェームズはにクスクス笑われながら、ひねくれていた。一方、はリリーに「おはよう」と言われて戸惑いを隠せなかった。自分が悪夢を見たことを知っていて、彼女は「おはよう」と言ったのだろうか。
「さっきの話のことはハリー以外、みんな知ってる。大丈夫、恐くないよ」
ルーピンに微笑まられて、安心せずにはいられない。はゆっくりと「おはよう」と返事した。
「さあ、それじゃあ――」
「なんでみんなそんなに早いの?」
が何かを言いかけたそのとき、ハリーが目を擦りながら現れた。少し賑やかな家の中に目覚めたのだろう。
「おはよう、ハリー。たまたまだよ」シリウスがにこやかに返答すると、ハリーはそれだけで納得したようだった。
「じゃあ、朝食にしましょうか――いつもより結構早いけど」
が苦笑しながら杖を一振りすると、ヤカンが火にかけられ、パンがトーストされ、タマゴが焼けた。
「まで早起きなんて珍しいね」
何も知らないハリーは先程までシリウスが座っていた、の隣の席に座った。シリウスはを手伝って台所に立っていた。
「うん、今日は雨かもね」
はどうしても大人たちの前で、ハリーに悪夢の話を出来なくてごまかした。
「雨降ったらやだな」ハリーがそれを聞いてクスクスと笑った。
「ほら、そこの二人も朝食にしたいんだったらこれ運んで」
突然、リリーの声が二人の間に割り込んで、会話は終わりを告げた。
「今日ね、夢見たの」
はハリーの部屋でゆっくりとくつろぎながら突然そう言った。部屋はクリーチャーが入ってこないようにドアを閉め、鍵を掛けてある。両親たちは下の階でくつろいでいることだろう。
「どんな?」ハリーはきょとんとして聞いた。
「ヴォルデモート卿に暗闇の中に引っ張り込まれる夢――だから、今朝あんなに早起きだったの。うなされて起きたら、パパたちが駆けつけてくれて、それで気晴らしに外に行こうって誘われたから、ちょっと外に出てすぐ帰ってきたわ」
ハリーが心配そうな顔をしてを見た。はそれに気づいて、すぐに笑顔をつくってハリーを見返した。
「もう大丈夫よ。ちょっと恐いけど、みんないるし」
「でも、ヴォルデモート卿だろう?」
は静かに頷いた。
「パパたちにはヴォルデモート卿が夢に現れたなんて言ってないの。私の見た夢は、声しか聞こえなくて・・・・・それで、ジェームズに聞いたことあるような声だったか、って聞かれて、私はトム・リドルの声に似てるって思ったの。二年前の、あの冷たい声、忘れられない――でも、パパたちには言えなかった。たかが夢なのにあんなに心配して・・・・・」
「でも、君はそんな『たかが夢』にうなされたんだろう?」ハリーが鋭く言い返した。
「ええ、そうよ。でも、言えなかった――それに、あの時はトム・リドルだ、ってまだ確信できなかった。ただの可能性でパパたちに言いたくなかったもの」
はいまさらになってやっぱり、言った方が良いのかと少し思ったが、今になって夢の話を掘り返すようなことはしたくない。
「まあ、この家は安心できるから、大丈夫だと思うけど」ハリーも少し責めすぎたと感じたのか、ボソボソとそう言った。
そのとき、部屋のドアがノックされてリリーが入ってきた。鍵はきっと魔法で開けたのだろう。
「、あなたに手紙よ」
「誰から?」
がそう聞くと、リリーはニヤッと笑って、ハリーをちらりと見た。
「ここで言わないほうがいいと思うけど?いらっしゃい、下においてあるわ。それに、昼食にするから、ハリーも降りてきて」
二人は返事をすると、リリーの後にくっついて厨房に下りていった。厨房の机には宛の手紙が置いてある。はその字になんだか見覚えがある気がした。そして、やっとピンときて、シリウスやジェームズに見つからないように手紙を急いで自分の部屋に持っていこうとしたが、それは出来なかった。
「やだなぁ、。僕に隠し事?どこ行くの?」
ジェームズがに酔っ払いのように絡んできた。
「か、隠し事なんてしてない。ただ、手紙が汚れないうちに部屋に持っていこうと思って――」
「中身は読まないのかい?」
ジェームズのなにかを企んでいるような笑みに、は確信した。彼は絶対にこの手紙の人物がとどういう関係があるのか知っている。
「もしかして、その手紙の送り主は君の左腕に輝くブレスレットの送り主かな?」
カッと自分の顔が赤くなるのを感じたは、とっさに顔をそらした。しかし、その事実がジェームズに確信を持たせることになってしまった。
「図星だね――、君は可愛いよ!」
ジェームズはそう言って、ギュッとを抱きしめた。は腕の中で暴れたが、ジェームズの力に適うはずがない。それならば、とは一人の男の名前を呼んだ。
「パパ!」
ものの数秒で現場に駆けつけたシリウスはジェームズを一発殴ると、最愛の娘を助け出した。
「シリウス、相変わらず手加減ないね・・・・・」ジェームズが頭を抑えながらうめいた。
「自業自得だろうが」シリウスは鼻でジェームズを笑うと、を愛おしそうに眺めた。「大丈夫か?」
「うん」はちょっとジェームズを可哀想だと思ったが、何も言わなかった。
「今度から何かあったら、リーマスも呼べ。いいな?」シリウスがあまりにも真剣な顔をしてそう言うので、はただ頷くしか出来なかった。一方、ジェームズの顔が引きつるのが見えて、はちょっと試しに呼んでみたくなった。
「試しに呼んでみても?」が悪戯っぽい笑みを浮かべ、シリウスにそう聞くと、シリウスはもちろんと答えたし、ジェームズの顔はますます引きつった。「ルーピン先生!」
ルーピンは相変わらずの柔和な微笑みを浮かべ、三人のもとにやってきた。ただ違ったのはに「リーマスだよ」と一言言ったくらいだ。
「ごめんなさい、忘れてた」は笑ってもう一度、彼の名前を呼んだ。「リーマス」
彼は満足そうな笑みを浮かべ、にどうしたのかと問いかけた。
「ジェームズがね、私のこと、からかって遊ぶの」がちょっと悲しそうな顔をすると、ルーピンの笑顔が固まった。
「ジェームズ、それ、本当?」
「!」
ジェームズはに助けを求めるように、彼女の背後に隠れた。もルーピンの変貌には呆気にとられ、ポカンとルーピンを見ていた。そして、われに返ると、は自らルーピンに抱きついた。
「リーマスってすごい!」
ルーピンは一瞬、びっくりしたような顔をしたが、すぐに笑顔になると、に優しく問いかけた。ジェームズもシリウスもなんだか羨ましそうな、つまらなそうな顔をして二人を見ている。
「どうしてだい?」
「ジェームズが恐いのってリリーだけだと思ってた!」
「ポッター家は恐妻家だな」
の言葉にボソリとシリウスが呟くと、シリウスの頭にゲンコツが振ってきて、振り向くとリリーがなんとも恐ろしい顔で立っていた。
「どういうことかしら、シリウス?」
「そのままの意味だろ」シリウスがそう吐き捨てるとリリーがシリウスに杖を向け、ジェームズもシリウスに飛びついて、『恐妻家』発言を取り消させようと頑張っていた。
「なんか、私、まずいこと言っちゃったみたい・・・・・」
がポツンとそう言うと、ルーピンは笑って「それは違う」と言った。
「すべての元をたどったら、いつもジェームズが悪因なんだから」
ね?とルーピンの優しい微笑みに、は元気良く頷いて見せた。
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