幸いは昨日、車の中で寝た格好のままだったので、上にジェームズのローブをかぶって出かけた。ジェームズのローブはやはりには大きすぎたが、なんだかジェームズに抱きしめられているような心地がして安心できた。外はまだ暗く、ジェームズはの手を握りながら歩いた。
「ジェームズの手、暖かい」
がさっきの強張った顔とは打って変わって柔らかい笑みを浮かべると、ジェームズはなんだか少し安心した。
「の手は小さいね」ジェームズはの手を握り直した。
「そんなことないよ」はクスクスと笑った。「ジェームズの手が大きいの」
ジェームズは一人クスクスと笑うを見ながら、少し意地悪したくなった。ジェームズが突然立ち止まり、も一緒になって立ち止まった。
「は僕とシリウス、どちらが好きかい?」
「え?」
の顔から途端に笑みが消えた。まじまじとジェームズを見つめている。
「いきなり・・・・・どうしたの?ジェームズ」
「前から気になってたんだ」ジェームズはサラリとの発言に返答した。
「それで、どっちだい?」
「どっちって言われても・・・・・」
はいつの間にか黒い犬もこちらを見上げているのに気がついた。としてはどっちも好きだ。だけど、そんな答えだったらジェームズは納得してくれないだろう。
「――クスッ」
そんな笑い声が聞こえ、が見上げると、ジェームズが笑っていた。
「冗談だよ、。少し意地悪してみたくなっただけ」
ジェームズはそう言って、またの手を握って歩きだした。はジェームズに引かれながら、さっきの質問は本当に意地悪して聞いたのか疑っていた。ジェームズにしては本音がポロリと出たような、そんな気もする。
「さあ、着いた」
そのまま黙って三人が歩き続け、着いた先は少し小高い丘だった。
「綺麗なところね」
がぐるりと辺りを見回すと、シリウスの家がある町並みが見えたし、はるか向こうには海が見えた。
「も立ってないで座りなよ」
ジェームズがぽんぽんと自分の隣の芝生を叩き、を誘った。がジェームズの隣に座ると、犬の姿のシリウスがに寄り掛かるようにして座った。はなんだかシリウスが可愛くて、その真っ黒な背中を優しく撫でた。
「空が明るくなってきたね」ジェームズが芝生にねっころがった。
「うん、月はまだ出てるけど」は雲に半分隠れている月を見つけて目を細めた。大好きなルーピンが一番恐れるもの、なんだか憎たらしい。
犬がクゥンと鳴いて、の膝に頭を乗せた。がシリウスの頭を優しくなでると、ジェームズがクスクスと笑った。
「そうしてると本当に犬に見えるね。可愛いよ、パッドフット」
シリウスが途端に唸り声を上げて、やかましく吠えた。
「パッドフット、近所迷惑だよ。家に帰ってからにして」
が怒ると、娘に甘いシリウスはジェームズをにらみつけながらも静かになった。
「流石、だね。お見事」ジェームズが笑いながら言った。
「ママならもっと上手になだめるわ、きっと」は肩をすくめてみせた。
「そうでもないよ、逆にやり込められると思うけど」
「それはジェームズが相手の場合でしょ?」
がツンとして言い返すと、ジェームズは返す言葉がなくて、苦笑した。ジェームズもシリウスも、もちろんルーピンもに弱いなんて、この子は夢にも思っていないに違いない。
「も次は四年生だね」
そろそろ大人っぽくなって恋に芽生える時期だ。周りの男が放っておくわけがない。ジェームズがふと隣に座るの背中を見上げると、彼女は一心にシリウスを撫でている。きっとその表情は柔らかく笑っていることだろう。ジェームズはシリウスが少し羨ましくなった。
「今年こそ、静かに過ごしたいわ!」
が少し咎めるような視線でジェームズを振り返った。先学期のことをまだ根に持っているのかと、ジェームズが少し不安に駆られると、そのときがニッコリ笑った。
「でも、静かにっていうのは私の性に合わないわね」
は立ち上がってジェームズの顔の横に座り直すと、茶化した様子で言った。
「危険な目に合ったら、また助けてね」
ジェームズはなんだかその台詞に胸騒ぎがして、突然起き上がるとを抱きしめた。
「どうしたの?」は不安になってそう問い掛けた。その不安がジェームズにも伝わったのか、ジェームズはをパッと離すと、今度はふざけた様子で返事した。
「がとっても可愛くてね」
変なジェームズ、とはクスクス笑った。ジェームズの笑顔がどこか引き攣った様子なのには気付かなかった。しかし、シリウスは違う。と違い、ジェームズとは長い付き合いだ。ジェームズが何かを恐れている様子なのはすぐにわかった。
シリウスは少し考えると、もう家に帰ることを決断した。ワンと一声吠えると、シリウスは家に向かって駆け出した。その後ろをが一生懸命追い掛ける。シリウスは何メートルか走ってはまた止まり、が追い付くのを待ってまた走り出すということを繰り返した。は楽しそうにシリウスの後ろを追い掛けていたが、なんだか少し寂しくなり、後ろを振り返った。
「ジェームズ!」
は力いっぱい叫んだ。
「一緒に帰ろう!」
ジェームズは遠く離れたところでゆっくり歩いていたが、すぐにの隣にピタッと到着した。が不思議そうにジェームズを見ると、ジェームズが「姿現し」をしたのだと教えてくれた。
「さあ、じゃあ家まで競争しようか」
ジェームズはいきなりそう言って呆気にとられるとシリウスを置いて走り出してしまった。
「ずるいよ、ジェームズ!」が怒ったように叫んだが、それは無駄なことで。
シリウスはがかぶっているジェームズのローブに噛み付いて引っ張った。
「なあに?」
シリウスは「ワン」と鳴くと、伏せをした状態でを見上げた。
「背中に乗るの?」
がそう問いかけると、シリウスは嬉しそうにもう一度吠えた。確かに犬の姿のシリウスならジェームズを追い越して、先に家に着くことも可能だろう。はニヤリと笑って、「わかった」と言った。
「パッドフット、ジェームズになんか負けるな!」
は振り落とされないようにシリウスの首に手を回してそう言った。ジェームズに追い付くまでまだ距離がある。勝者がどちらかはまだわからない。
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