車が家に着いたとき、ハリーももスヤスヤと夢の中で、五人の大人たちは二人を起こさないように優しく彼らの自室に運んだ。なんだかんだ言って、まだ子供なのだ。この一年の疲れがドッと出たっておかしくない。
五人の大人たちも、子供をベッドに寝かせ、おやすみを言うとそれぞれの寝室に引き上げた。大人たちも元気そうな二人の子供の姿を見たら、安心せずにはいられなかった。
その晩、は夢を見た。果てない暗闇の中、自分は立っていた。飲み込まれそうな闇に恐ろしくなり、は走りだした。それと同時に、ゾッとするような冷たい声が聞こえた。
「」
私の名前を呼ぶのは誰?
「」
あなたは何者なの?
「こっちにおいで」
ここはどこ?
「さあ、
来るんだ、
今すぐに!」
やめて、助けて!
は強い力で引っ張られ、思わず叫んだ。身体に寒気が走った。
は夢から覚めた喜びを感じずにはいられなかった。自分の身体が震えているのがわかる。全身が汗ばんで気持ち悪い。
そのとき、部屋の扉がバタンと開き、血相を変えたシリウスとジェームズが飛び込んできた。
「どうした?」
シリウスがのベッドに腰掛けて聞いた。一先ず、が無事なようで安心したのだろう。
「言いたくないのかい?」ジェームズがいつまでも黙っているを見つめた。
「そうじゃない――」は震えながら言った。「怖いの・・・・・」
真っ暗なところで、不気味な声が自分の名前を呼んでこっちに来いと命令する。揚げ句の果てには強い力で闇の底に引っ張り込まれた。とにかく、怖いとしか言いようがない。は自分が泣いているのに気がついた。
「大丈夫だ」
シリウスがの涙を拭って、彼女を優しく抱きしめた。暖かくて、は忘れてた安心感を思い出した。
「顔が真っ青だ」
ジェームズがふとそう呟いて、何かを考えこんだ。
「シリウス、あいつも呼んでくる。きっと起きたのは僕らだけじゃないよ――ミスター・スウィートも起きてるよ」
ジェームズもシリウスもその名前にクスクスと笑ったが、は笑う気分になれなかった。シリウスから手を離してしまえば、また闇の中に落ちていくような気がしたのだ。ジェームズはシリウスにを任せると、部屋を出て行った。
「起こしちゃって、ごめんなさい」が小さく呟いた。
「いや、大丈夫だ。元から三人とも眠りは浅いんだ、何かあった時に素早く反応出来るように。やリリー、ハリーは起きていないから心配しなくていい」
シリウスが優しくの頭を撫でた。そのとき、今度はドアがゆっくりと開き、ジェームズとミスター・スウィートならぬ、ルーピンが現れた。ルーピンは手に何かを持っている。
「やっぱり起きてたよ、ミスター・スウィート」
「その呼び方は止めてくれないかな、ミスター・クレイジー」
ルーピンの黒い笑みにジェームズは勝てなくて、頭を下げた。それを見て、シリウスが呆れた。
「それで、どうしたんだい?」
突然、ルーピンが真剣な表現になったかと思うと、部屋には緊迫した空気が流れた。
「わからない。僕らもまだ事情は聞いてないんだ。があまりにも酷い顔色だからね。それに身体が震えて、泣いていた――あまり良いことではなさそうだ」ジェームズが言った。
はシリウスから離れようとはせず、ますます強く抱きついた。
「、ちょっとだけで良い。これを食べてくれないかな――」
そう言ってルーピンが差し出したのはやはりチョコレート。は震える手で、出来るだけ小さなチョコレートを掴み、口に運んだ。
「良い子だ」ルーピンの微笑みはいつも暖かくなれるが、このときばかりはそれも効かなかった。
はチョコレートを噛まずに、ずっと舌の上に置いたままだった。チョコレートは噛まなくても勝手に溶けてくれる。は溶けたチョコレートが喉を流れるのを感じた。
「何があったか話せるか?」
シリウスがを抱きしめながら囁いた。震えはもう収まって、顔色も大分良くなっていた。
はゆっくりとさっきの夢の話をした。三人は夢だというのに、笑わずにきちんと聞いてくれた。
「――どう思う?」
の話が終わると、ジェームズが考え深げに口を開いた。
「良い兆候じゃないのだけは確かなようだね」ルーピンが言った。
「しかし・・・・・ヴォルデモート卿なのか?」シリウスはを抱えなおした。
「それは分からないね、シリウス。でも、もしヴォルデモート卿なら、結構、危ないな――」ジェームズはと視線の高さを合わせた。
「――どこかで聞いたような声だったかい?」
はしばらく悩んだ。そう聞かれると、どこかで聞いたような声のような気にもなる――でも、どこで・・・・・?は記憶をたどって、やっとその可能性の原点にたどり着いた。二年前の「T・M・リドル」の日記のときだ。あのときに見た夢のトム・リドルの声に似ている。しかし、もしそうなら、シリウスの言うとおり、ヴォルデモート卿が夢に現れた、ということだ――考えるだけでも恐ろしい。
「?」シリウスが黙り込んだに声をかけた。しかし、返事はない。
「
!」今度はジェームズが声をかけた。さっきよりも大きな声だし、心配そうな顔をしている。
はゆっくりとジェームズの方を見た。三人はが動いたことで安心したような顔になった。
「いきなり黙り込んで・・・・・心配するだろう?」ジェームズがの頬を撫でた。
「聞いたこと、ない声だった」が出し抜けにそう言った。シリウスたちにトム・リドルの声を聞いただなんて、言いたくなかった。これ以上、心配をかけたくない。
「そう」ルーピンが呟いた。
「そう、それなら、もう一回寝るかい?それとも――」
「ううん、もう起きる。眠くないわ」
はやっとシリウスを掴む手の力を抜くと、ルーピンに微笑みかけた。どこかぎこちなかったが、しっかりと笑えている。
「じゃあ、。僕と出かけようか」ジェームズがにっこりと満面の笑みで言った。
「どこに行くの?」は直ぐさま反応した。
「素敵なところさ。行くかい?」
は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。家の中で起きているより、少し外の空気を吸いたくなった。
「というわけだ、リーマス。後はよろしく頼むよ――シリウスも行く気満々だ」
ジェームズの声につられて見ると、シリウスはすでに犬の姿になって、従順にを見上げている。
「まったく・・・・・君たちは・・・・・、気をつけて行っておいで」ルーピンがの頭を撫でると、は嬉しそうに笑った。
「はい、ルーピン先生――」
「リーマスでいいよ。去年の夏休みと同じくね――いってらっしゃい」
ルーピンに見送られながら、はジェームズとシリウスと一緒に外に出た。
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