Good-by my dear さようなら
「まったく・・・・・、君っていう子は」ルーピンが苦笑しながらを見た。
「だって、ね?」が笑いかけると、ルーピンも笑顔を返してくれた。
時計を見るとちょうどお昼どき。ルーピンは杖をひとふりしてテーブルに昼食を出してくれた。そして、三人はお昼を食べ終わると、部屋の片付けに入った。ルーピンは一人で片付ける、と言い張ったが、もジェームズも手伝う気が満々だった。
ふとはルーピンが本当に家に泊まってくれるのか、返事を聞いていないことを思い出したが、は聞かなかった。いや、聞けなかった。返事を聞くのが怖かったのだ。
「これ、なあに?」
大分片付けが進んだとき、は一冊の本からはみ出ている写真を見つけた。
「懐かしいな。まだ学生のときのだ。いつ撮ったんだろう」
ルーピンはの肩越しに写真を覗き込んだ。写真は若いときのハリーとの両親、そしてルーピンとペティグリューが写っている。みんなグリフィンドールのネクタイをしめて、に笑いかけている。ペティグリューを見て、はどうしようもなく悲しくなった。彼さえいなければ、彼さえ吸魂鬼に引き渡していたら、いや、殺すのを躊躇さえしなければ、今ごろシリウスは自由なのに。
「――、過ぎたことは気にしないのが君らしいと思うよ」
ルーピンの言葉にがパッと振り向くと、いきなりジェームズに鼻を摘まれた。
「怖い顔して、僕の可愛いが台なしだよ」ジェームズはクスクスと笑っていた。
「やめてよ!」はジェームズの手を掴んで、必死に抵抗したが、ジェームズの笑いのツボを刺激するだけだった。
「じゃあ、もうヤツのことで悩まないで」ジェームズは笑いながらそう言うと、パッと手を離した。
「悩んでない!」はとっさにそう言い返した。
「じゃあ何かな、わたしたちを止めたことを気にしてる、とか」ルーピンに鋭く指摘され、はウッと詰まった。
「図星だね」クスッと笑うルーピンに、が悔しそうな目を向けた。
「まだ気にしてるのかい?」ジェームズが半ば呆れたような目をして、を見た。
「だって・・・・・」は思わず二人から目線をそらした。
、よく聞いて」ジェームズは無理やりの顔を、自分の方に向けさせた。
「人生の中で、何回かとても重要な選択をしなければいけないときがある。そのとき、どちらが正しい選択かなんて、誰にもわからない――そう誰にもね。自分が選んでいない選択が、このあとどんな影響を及ぼしたかなんて、一生わからないんだから・・・・・だから、一番良いのは自分の選択に自信を持つことだ」
そう言われても、の罪の意識は消えなかった。が無言でジェームズを見ていると、「言いたいことがあるなら言った方がいい」とルーピンが促した。
「後悔はしていないの?」
「ヤツを殺さなかったことにか?」ジェームズの声が少し震えた。
「後悔していない、とは言わない」
ジェームズがそう言うと、の肩が沈んで、みるみるうちに、目が潤み始めた。
「もし、僕らが君たちの意見に反対だったら、それこそ君たちを縛り上げてでも、ヤツを殺していた」ジェームズはの目から零れ落ちた雫をぬぐった。
後悔してるならやればよかったじゃない!が叫んだ。「パパは今頃、自由になってたかもしれないのに!
ジェームズはルーピンと目を合わせ、ゆっくりとに微笑みかけた。
「僕たちが殺さなかったのは、君たちの意見が正しいと思ったからだ。言ったろう?反対だったら、無理やりでも殺していた。だけど、君たちが僕らを止めてくれた。あんなやつのために、殺人者になることはないって――正直に言うと、とても嬉しかった。君たちが止めてくれて――だから、いいかい?君が気にすることはなにもないんだ。僕らは自分の意志でヤツを殺さないことを選択した」
はそう言われて、また涙を流した。しかし、今度は悲しさや、悔しさからではなく、彼らの優しさに涙した。
「泣き虫だね、も。涙腺が昨日から緩みっぱなしじゃないか」
ジェームズにクスクス笑われても、にはどうしようもできなかった。
「おや、ハリーがこっちに向かっているよ」ルーピンが呟いた。
「今、どこらへんだい?」ジェームズが泣き顔のを抱きしめながら、ルーピンに尋ねた。
「もうすぐ着くよ」
ルーピンがそう言ったとき、ルーピンの部屋がノックされて、ドアが開いた。
「君がやってくるのが見えたよ」
ルーピンが微笑みながら、「忍びの地図」を指差した。
「いま、ハグリッドに会いました。先生がお辞めになったって言ってました。嘘でしょう?」
「いや、ほんとうだ」ルーピンは机の引き出しを開け、中身を取り出しはじめた。もジェームズも静かに成り行きを見守っていた。
「どうしてなんですか?魔法省は、まさか先生がシリウスの手引きをしたなんて思っているわけじゃありませんよね?」
ルーピンはドアのところまで行って、ハリーの背後でドアを閉めた。
「いいや。わたしが君たちの命を救おうとしていたのだと、ダンブルドア先生がファッジを納得させてくださった」ルーピンはため息をついた。
は耐え切れなくなって、口を挟んだ。
「スネイプがバラしたの。ルーピン先生が狼人間だ、って。だからびしょ濡れにしてやった。当然の報いだわ」
ジェームズがこらえ切れずに噴き出した。先ほどのスネイプの姿を思い出したのだろう。
「びしょ濡れって、、スネイプが君のこと、タダで終わらすとは思えないよ?」ハリーが心配そうに言うと、はにっこり笑ってみせた。
「証拠がないの、スネイプには。だから大丈夫」
とハリーが話している間、ルーピンは黙々と片付けに応じていた。最後の数冊の本をスーツケースに放り込み、引き出しを閉め、ハリーに向き直った。
「さあ――受け取りなさい」ルーピンが「透明マント」と「忍びの地図」を差し出していた。
「わたしはもう、君の先生ではない。だから、これを君に返しても別に後ろめたい気持ちはない。わたしにはなんの役にも立たないものだ。それに、君と、ロン、ハーマイオニーなら、使い道を見つけることだろう」
ルーピンは二人に微笑みかけ、ハリーは地図とマントを受け取ってニッコリした。そのとき、ドアをノックする音がして、ダンブルドアがドアの向こうに立っていた。
「リーマス、門のところに馬車が来ておる」
「校長、ありがとうございます」
ルーピンは古ぼけたスーツケースと空になった水魔の水槽を取り上げた。
「それじゃ――さようなら」ルーピンはハリーとに微笑んだ。「君たちの先生になれてうれしかったよ。またいつかきっと会える。校長、門までお見送りいただかなくて結構です。一人で大丈夫です・・・・・」
は何故、ルーピンがジェームズとは目を合わせないのか、不思議で仕方なかった。
「それでは、さらばじゃ、リーマス」ダンブルドアが重々しく言った。ルーピンはダンブルドアを握手すると、もう一度、ハリーとに向かって頷き、チラリと笑顔を見せて、ルーピンは部屋を出て行った。
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さようなら、ルーピン先生。