Secret agent スパイ
三本の青白い光を受け、一瞬、スキャバーズは宙に浮き、そこに静止した。小さな黒い姿が激しくよじれた――ロンが叫び声をあげた――ネズミは床にボトリと落ちた。もう一度、目も眩むような閃光が走り、そして、一人の男が、手をよじり、あとずさりしながら立っていた。にはなんだか見覚えがあった。
小柄で、まばらな色あせた髪はクシャクシャで、てっぺんに大きな禿げがあった。太った男が急激に体重を失って萎びた感じだ。皮膚はまるでスキャバーズの体毛と同じように薄汚れ、尖った鼻や、ことさら小さい潤んだ目にはなんとなくネズミ臭さが漂っていた。男はハアハアと浅く、速い息遣いで、男の目は素早くドアの方に走り、全員を見回した。男は最後にを見るとビクッと体を震わせた。
「やあ、ピーター」
ルーピンが朗らかに声をかけた。
「しばらくだったね」
「シ、シリウス・・・・・リ、リーマス・・・・・ジ、ジェームズ・・・・・」
ペティグリューは声まで、キーキーとネズミ声だ。
「友よ・・・・・なつかしの友よ・・・・・」
シリウスの杖腕が上がったが、ルーピンがその手首を押さえ、たしなめるような目でシリウスを見た。それからまたペティグリューに向かって、さりげない軽い声で言った。
「リリーとが襲われた日の話をしていたんだがね、ピーター。君はキーキー喚いていたから、細かいところを聞き逃したかもしれないな――」
「リーマス」
ペティグリューが喘いだ。その不健康そうな顔から、ドッと汗が噴き出した。
「君はブラックの言うことを信じたりしないだろうね・・・・・あいつはリリーとを襲ったんだ、リーマス・・・・・」
「その前におまえはわたしたちを裏切ったな、ピーター」
ジェームズが感情を入れずに淡々と言った。
「ジェームズ、違うんだ!わたしはこいつに脅されて無理矢理やらされた!」
ペティグリューは突然シリウスを指差して金切り声をあげた。人差し指がなくなり、中指で指している。は頭の中であの日のことがフラッシュバックした――エクスペリアームス、武器よ去れ!
「あなただったのね!」は思わず叫んだ。全員の目がに注がれた。
「ダンブルドアに犯人を見たかと聞かれて、ずっと頭の中で何かが引っ掛かっていた・・・・・でも、やっとなんだったのかわかったわ。人差し指がなかったのよ!」
「やっぱりおまえだったのか!」
の言葉に重なるようにシリウスは叫ぶと、ペティグリューにつかみ掛かろうとした。しかし、ジェームズがそれを許さなかった。ジェームズはシリウスを引き戻し、その勢いでシリウスを床に座らせて杖を突き付けた。
「シリウス、今日は過激な真似をしない約束だ。君が約束を破るなら、僕は君を攻撃しないわけにはいかない」
「――悪かった。ついカッとなってしまった」
シリウスは素直に謝ると、立ち上がってペティグリューを睨み付けた。ジェームズもシリウスから杖を退けると、言った。
「しかし、これじゃ、僕もいつまで理性を保てるかわからないな、シリウス」
ジェームズがシリウスにため息をついてみせた。
、どういうこと?犯人って?」ハーマイオニーが不安げにを見つめた。
「私が一週間くらい入院した日のこと。私、最初はなにが何だかわからなくて、気付いたら医務室にいたの。それに目の前にはダンブルドアが。犯人を見たかって聞かれたわ。そのとき、私は何かを見た気がしたの、だけどなんだかわからなかった。ダンブルドアには見てないって答えたわ。だけど、思い出した。やっとわかったの、私を襲った犯人には人差し指がなかったわ――」
「こいつも嘘を言っているんだ!」
突然、ペティグリューが喚き散らした。
「リーマス、ジェームズ、君たちは信じないだろう――こんなバカげた作り話――話の調子に合わせて――こいつはブラック家なんだ――」
「ピーター、わたしはもう十二年間の成長をこの目で見てきている。君より信頼できるのは火を見るより明らかだ」ジェームズがあざ笑うかのように言った。
「ピーター、はっきり言ってを襲ったのがシリウスであるより、君である方がとても上手く納得できるんだが――」
ルーピンの言葉に、ペティグリューの甲高い声が割り込んだ。
「わたしはジェームズもリリーも裏切ってはいない!ブラックに無理矢理言わされたんだ!ブラックこそヴォルデモートのスパイなんだ!」
ジェームズの顔が歪んだ。
「よくもそんなことを」シリウスは、突然、あの熊のように大きな犬に戻ったように唸った。
「わたしが?ジェームズとリリーを殺すように仕向けた?わたしがいつ、彼らを裏切った?わたしが、ヴォルデモートのスパイ?わたしがいつ、自分より強く、ある人たちにヘコヘコした?しかし、ピーター、おまえは――」シリウスの目にはいままでに見たことがないほどの怒りがあった。
「――おまえがスパイだということを、なぜ初めから見抜けなかったのか。迂闊だった。おまえはいつも、自分の面倒を見てくれる親分にくっついているのが好きだった。そうだな?かつてはそれが我々だった・・・・・わたしとリーマス・・・・・それにジェームズだった・・・・・」
ペティグリューは顔を拭った。いまや息も絶え絶えだった。
「わたしが、スパイなんて・・・・・正気の沙汰じゃない・・・・・決して・・・・どうしてそんなことが言えるのか、わたしにはさっぱり――」
ペティグリューは青ざめながらも、ドアや窓の方にチラチラ視線を送っていた。
「ルーピン先生」ハーマイオニーがおずおず口を開いた。「あの――聞いてもいいですか?」
「どうぞ、ハーマイオニー」ルーピンが丁寧に答えた。
「あの――スキャバーズ――いえ、この――この人――ハリーの寮で三年間同じ寝室にいたんです。『例のあの人』の手先なら、いままでハリーを傷つけなかったのは、どうしてかしら?」
「そうだ!」
ペティグリューが指の一本欠けた手でハーマイオニーを指差し、甲高い声をあげた。
「ありがとう!リーマス、ジェームズ、聞いたかい?ハリーの髪の毛一本傷つけてはいない!そんなことをする理由がありますか?」
「その理由を教えてやろう」
シリウスが言った。
「おまえは、アルバス・ダンブルドアの目と鼻の先で、やるのが怖かっただけだ。もしハリーを傷つけたらジェームズかわたしが学校に乗り込むと思っていたんだろう。そして、偶然、我々がお前を見つけてしまったら――そう思うと臆病なお前は何も出来なかったんだ・・・・・」
ペティグリューは何度か口をパクパクさせた。話す能力をなくしたかに見えた。
「あの――ブラックさん――シリウス?」ハーマイオニーがおずおず声をかけた。シリウスはまさか声をかけられると思っていなかったのか、ハーマイオニーをじっと見つめた。
「お聞きしてもいいでしょうか。ど――どうしてハリーのお母さんはブラックさんが襲ったと言うのでしょう?もしブラックさんが襲っていないなら」
「ありがとう!」
ペティグリューは息を呑み、ハーマイオニーに向かって激しく頷いた。
「その通り!それこそ、わたしが言いた――」
「キーキー煩い」
がボソリと呟いて、ペティグリューを睨み付けた。シリウスはハーマイオニーに向かって少し顔をしかめたが、聞かれたことを不愉快に思っている様子ではなかった。
「たしかに今となっては証明出来ない」
ゆっくりと考えながらシリウスが言った。
「しかし、わたしが考えたのはとリリーの記憶を修正したのだろうということだ。その方法が一番早くて簡単だし、必要なものは杖一つだけ。杖はやろうと思えば、どうやってだって手に入る。後はわたしの家に忍び込むだけだ――わたしとジェームズがいない日を狙って」
「でも、どうしていまさら?」
はそこだけ納得いかなかった。
「いまさら、か・・・・・、頭を使いなさい。本当はこれでも遅いくらいだ」シリウスはを見つめた。
「ピーター・ペティグリューにとって、いや、ヴォルデモート卿にとって、お前たちが魔法を学べば学ぶほど手強くなるのはわかるだろう?だからお前たちがヴォルデモート卿を倒したその日から、こいつはチャンスを待っていた。しかし、なかなかチャンスは廻ってこなかった。それだけダンブルドアの目が光っていたし、我々の警戒もヤツにとってはまだ厳しかった」
ペティグリューは声もなく口をパクつかせながら、首を振っていたが、まるで催眠術にかかったようにシリウスを見つめ続けていた。
「だから計画を変更した。お前たちの親をバラバラにすれば、警戒は少し薄くなると考えた――確かに一時は本当に薄かった。しかし、それが逆に我々にピーター・ペティグリューが生きている証明となってしまった。わたしは自分が追われているのを知って、身を隠していた。だが、偶然にもジェームズはわたしを見つけた・・・・・ジェームズは初めはなかなか信用しなかったが、遂には理解してくれた」
シリウスとジェームズがお互いを見て微笑んだ。
「そして、我々はこの小屋にそれぞれの動物の姿で住み着いた。しかし、まだ不安なことがあった。ハリー、、お前たちの身の上だ。そこで、我々はをこの部屋に無理矢理にでもつれてくることにした――何故を選んだのか、簡単に脅せると思ったからだ――お前がわたしを信じていてくれたとは夢にも思っていなかった。すまない、
誰も何も言わなかった、いや、言えなかった。ハリーもロンもハーマイオニーもを見つめたし、ジェームズもルーピンもペティグリューもシリウスを見つめた。
「パパは悪くないよ」
はそう言うだけで精一杯だった。この他にまだ何かを言おうと思うなら、言葉より涙が先に零れるだろう。
「ハリー」
ジェームズが口を開いた。
「信じてくれ。シリウスは決してわたしたちを裏切ってはいないし、わたしもリリーやを裏切ってはいない」
ようやくハリーの目から疑いが消えた。ハリーがかすかに頷いた。
Back Top Next
ようやく誤解が解けたようですね。