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Relationship of mutual trust 信頼関係
突拍子もない言葉を、飲み込むまでに数秒かかった。
しばらくして、が呟いた。
「ありえない」
「バカバカしい!」ハーマイオニーもヒソッと言った。
「ピーター・ペティグリューは死んだんだ!」ハリーが言った。「父さんたちを裏切った後に、仲間の死喰い人に殺された!」
「殺されてなかった」シリウスが歯をむき出して唸った。
「こざかしいピーターの演技だった・・・・・今度はそうはさせない!」
シリウスはスキャバーズに襲い掛かった。折れた脚にシリウスの重みがのしかかって、ロンは痛さに叫び声をあげた。
「シリウス、
よせ!
」ルーピンとジェームズが飛び付いて、シリウスをロンから引き離しながら叫んだ。
「
待ってくれ!
そういうやり方をしてはだめだ――みんなにわかってもらわねば――説明しなければいけない――」
「あとで説明すればいい!」
シリウスは唸りながらルーピンとジェームズを振り払おうとした。片手はスキャバーズを捕らえようと空を掻き続けている。スキャバーズは子豚のようにビービー鳴きながら、ロンの顔や首を引っ掻いて逃げようと必死だった。
「みんな――すべてを――知る――権力が――あるんだ!」ルーピンはシリウスを押さえようとして息を切らしながら言った。
「ロンはあいつをペットにしていたんだ!わたしにもまだわかってない部分がある!それにだ――シリウス、君はに真実を話す義務がある!」
シリウスがあがくのをやめた。しかし、その落ち窪んだ目だけはまだスキャバーズを見据えたままだった。ロンの手は、噛み付かれ引っ掻かれて血が出ていたが、スキャバーズをしっかり握り締めていた。
「は何が起こったのか知ってるはずだ」ハリーがをにらみつけた。「あいつらとグルなんだから」
「いいえ」はハリーの目を見た。
「いいえ、知らないわ。私は確かにグルかもしれないわね。学校にいる間、何回かここに来てパパとジェームズと接触した。でも、何が起こったのかは知らないわ。二人とも、私には話してくれなかったから」
「それでよく信じる気になったな」ロンが冷たく言った。
「ええ。だってシリウス・ブラックは私の大切な、たった一人の父親ですもの」はさみしそうに微笑んでみせた。誰一人として動かなかった。きっかけを造った張本人のロンでさえ、少しバツが悪そうな顔をした。
「、君は――君は、
間違ってる!
」ハリーが叫んだ。
「あいつらは君を利用したかっただけだ!」
「違う――」ジェームズが口を挟もうとすると、がそれを制した。
「それなら私が誰かに襲われたのなんて気にしないし、心配なんてしないわ。そんなことしたって無意味じゃない」
「君は騙されてるんだ・・・・・」ハリーが力無く言った。
「そうかもしれないわね」はハリーに近寄った。
「だけど信じなきゃ何も始まらないの、わかって、ハリー。話を聞くだけで良いから。お願い」
ハリーはから目を反らして、ロンを見下ろした。
「聞くだけだ」
ハリーが確かにそう言ったのを聞いて、はシリウスとジェームズとルーピンを振り返った。
ハーマイオニーが、震えながら冷静を保とうと努力し、ルーピンに話した。
「ルーピン先生・・・・・スキャバーズがペティグリューのはずがありません・・・・・・そんなこと、あるはずないんです。先生はそのことをご存知のはずです・・・・」
「どうしてかね?」
ルーピンは静かに言った。まるで授業中に、ハーマイオニーが水魔の実験の問題点を指摘したかのような言い方だった。
「だって・・・・・だって、もしピーター・ペティグリューが『動物もどき』なら、みんなそのことを知っているはずです。マクゴナガル先生の授業で『動物もどき』の勉強をしました。その宿題で、私、『動物もどき』を全部調べたんです――魔法省が動物に変身できる魔法使いや魔女を記録していて、何に変身するとか、その特徴などを書いた登録簿があります――私、登録簿で、マクゴナガル先生が載っているのを見つけました。それに、今世紀にはたった七人しか『動物もどき』がいないんです。ペティグリューの名前はリストに載っていませんでした――」
ハーマイオニーはこんなに真剣に宿題に取り組んでいたのだと、ハリーもロンもも内心舌を巻いたが、驚いている間もなく、ルーピン先生が笑い出した。
「またしても正解だ、ハーマイオニー。でも、魔法省は、未登録の『動物もどき』が三匹、ホグワーツを徘徊していたことを知らなかったのだ」
「その話をみんなに聞かせるつもりなら、リーマス、さっさとすませてくれ」
必死にもがくスキャバーズの動きを、じっと観察し続けながら、シリウスが唸った。
「わたしは、もうそう長くは待てない」
「わかった・・・・・だが、シリウス、君にも助けてもらわないと。わたしはそもそもの始まりのことしか知らない・・・・・」
ルーピンの言葉が途切れた。背後で大きく軋む音がしたのだ。ベッドルームのドアが独りでに開いた。七人がいっせいにドアを見つめた。そしてジェームズが足速にドアの方に進み、階段の踊り場の方を見た。
「誰もいない・・・・・」
「ここは呪われてるんだ!」ロンが言った。
「そうではない」不審そうにドアに目を向けたままで、ルーピンが言った。
「『叫びの屋敷』は決して呪われてはいなかった・・・・・村人がかつて聞いたという叫びや吠え声は、わたしの出した声だ」
ルーピンは目にかかる白髪の混じりはじめた髪を掻き上げ、一瞬思いにふけり、それから話し出した。
「話はすべてそこから始まる――わたしが人狼になったことから。わたしが噛まれたりしなければ、こんなことはいっさい起こらなかっただろう・・・・・そして、わたしがあんなにも向こう見ずでなかったら・・・・・」
ルーピンはまじめに、疲れた様子で話した。ロンが口を挟もうとしたが、ハーマイオニーが「シーッ」と言った。ハーマイオニーは真剣にルーピンを見つめていた。
「噛まれたのはわたしがまだ小さいころだった。両親は手を尽くしたが、あのころは治療法がなかった。スネイプ先生がわたしに調合してくれた魔法薬は、ごく最近発明されたばかりだ。あの薬でわたしは無害になる。わかるね。満月の夜の前の一週間、あれを飲みさえすれば、変身しても自分の心を保つことができる・・・・・。自分の事務所で丸まっているだけの、無害な狼でいられる。そして再び月が欠けはじめるのを待つ」ルーピンが一息ついた。
「トリカプト系の脱狼薬が開発されるまでは、わたしは月に一度、完全に成熟した怪物に成り果てた。ホグワーツに入学するのは不可能だと思われた。他の親にしてみれば、自分の子供を、わたしのような危険なものに晒したくないはずだ。しかし、ダンブルドアが校長になり、わたしに同情してくださった。きちんと予防措置を取りさえすれば、わたしが学校に来てはいけない理由などないと、ダンブルドアはおっしゃった・・・・・」
ルーピンはため息をついた。そしてまっすぐにハリーを見た。
「何ヶ月も前に、君に言ったと思うが、『暴れ柳』はわたしがホグワーツに入学した年に植えられた。ほんとうを言うと、わたしがホグワーツに入学したから植えられたのだ。この屋敷は――」
ルーピンはやるせない表情で部屋を見回した。
「――ここに続くトンネルは――わたしが使うために作られた。一ヶ月に一度、わたしは城からこっそり連れ出され、変身するためにここに連れてこられた。わたしが危険な状態にある間は、誰もわたしに出会わないようにと、あの木がトンネルの入口に植えられた」
ルーピンが話し続ける声のほかには、スキャバーズが怖がってキーキー鳴く声だけだった。
「そのころのわたしの変身ぶりといったら――それは恐ろしいものだった。狼人間になるのはとても苦痛に満ちたことだ。噛むべき対象の人間から引き離され、かわりにわたしは自分を噛み、引っ掻いた。村人はその騒ぎや叫びを聞いて、とてつもなく荒々しい霊の声だと思った。ダンブルドアはむしろうわさを煽った・・・・・いまでも、もうこの屋敷が静かになって何年もたつのに、村人は近づこうともしない・・・・・。しかし、変身することだけを除けば、人生であんなに幸せだった時期はない。生まれて初めて友人ができた。三人のすばらしい友が。ピーター・ペティグリュー・・・・・、君のお父さん、シリウス・ブラック・・・・・そしてハリー、君のお父さんだ――ジェームズ・ポッター」
リーマスはシリウスとジェームズにチラリと視線を送ってから、また話を続けた。
「さて、三人の友人が、わたしが月に一度姿を消すことに気付かないはずはない。わたしはいろいろ言い訳を考えた。母親が病気で、見舞いに家に帰らなければならなかったとか・・・・・わたしの正体を知ったら、とたんにわたしを見捨てるのではないかと、それが怖かったんだ。しかし、三人は、ほんとうのことを悟ってしまった・・・・・それでも三人はわたしを見捨てはしなかった。それどころか、わたしのためにあることをしてくれた。おかげで変身は辛くないものになったばかりでなく、生涯で最高の時になった。三人とも『動物もどき』になってくれたんだ」
「父さんも?」ハリーが驚いてジェームズを見た。ジェームズは少し微笑みを浮かべると、頷いてみせた。
「どうやればなれるのか、三人はほぼ三年の時間を費やしてやっとやり方がわかった。ハリー、、君たちのお父さんは学校一の賢い学生だった。それが幸いした。なにしろ、『動物もどき』変身はまかりまちがうと、とんでもないことになる。魔法省がこの種の変身をしようとする者を厳しく見張っているのもそのせいなんだ。ピーターだけはジェームズやシリウスにさんざん手伝ってもらわなければならなかった。五年生になって、やっと、三人はやり遂げた。それぞれが、意のままに指定の動物に変身できるようになった」
「でも、それがどうしてあなたを救うことになったの?」
ハーマイオニーが不思議そうに聞いた。
「人間だとわたしと一緒にいられない。だから動物としてわたしに付き合ってくれた。狼人間は人間にとって危険なだけだからね。三人はジェームズの『透明マント』に隠れて、毎月一度こっそり城を抜け出した。そして、変身した・・・・・ピーターは一番小さかったので、『暴れ柳』の枝攻撃をかいくぐり、下に滑りこんで、木を硬直させる節に触った。それから三人でそっとトンネルを降り、わたしと一緒になった。友達の影響で、わたしは以前ほど危険ではなくなった。体はまだ狼のようだったが、三人と一緒にいる間、わたしの心は以前ほど狼ではなくなった」
「リーマス、早くしてくれ」
殺気立った凄まじい形相でスキャバーズを睨めつけながら、シリウスが唸った。
「もうすぐだよ、シリウス。もうすぐ終わる・・・・・そう、全員が変身できるようになったので、ワクワクするような可能性が開けた。ほどなくわたしたちは夜になると『叫びの屋敷』から抜け出し、校庭や村を歩き回るようになった。シリウスとジェームズは大型の動物に変身していたので、狼人間を抑制できた。ホグワーツで、わたしたちほど校庭やホグズミードの隅々まで詳しく知っていた学生はいないだろうね・・・・・こうして、わたしたちが『忍びの地図』を作り上げ、それぞれのニックネームで地図にサインした。シリウスはパッドフット、ピーターはワームテール、ジェームズはプロングズ」
ハーマイオニーがルーピンの話に口を挟んだ。
「それでもまだとっても危険だわ!暗い中を狼人間と走り回るんて!もし狼人間がみんなをうまく撒いて、誰かに噛み付いたらどうなったの?」
「それを思うと、いまでもゾッとする」ルーピンの声は重苦しかった。
「あわや、ということがあった。何回もね。あとになってみんなで笑い話にしたものだ。若かったし、浅はかだった――自分たちの才能に酔っていたんだ。もちろん、ダンブルドアの信頼を裏切っているという罪悪感を、わたしは時折感じていた・・・・・ほかの校長なら決して許さなかっただろうに、ダンブルドアはわたしがホグワーツに入学することを許可した。わたしと周りの者の両方の安全のために、ダンブルドアが決めたルールを、わたしが破っているとは、夢にも思わなかっただろう。わたしのために、三人の学友を非合法の『動物もどき』にしてしまったことを、ダンブルドアは知らなかった。しかし、みんなで翌月の冒険を計画するたびに、わたしは都合よく罪の意識を忘れた。そして、わたしはいまでもそのときとかわっていない・・・・・」
ルーピンの顔がこわばり、声には自己嫌悪の響きがあった。
「この一年というもの、わたしは、シリウスが『動物もどき』だとダンブルドアに告げるべきかどうか迷い、心の中でためらう自分と闘ってきた。しかし、告げはしなかった。なぜかって?それは私が臆病者だからだ。告げれば、学生時代に私がダンブルドアの信頼を裏切っていたと認めることになり、他の者を引き込んだと認めることになる・・・・・ダンブルドアの信頼が私にとって全てだったのに。ダンブルドアは少年の私をホグワーツに入れてくださったし、大人になっても、全ての社会から締め出され、正体が正体なので、まともな職にも就けないわたしに、職場を与えてくださった。だからわたしは、シリウスが学校に入り込むのに、ヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使っているに違いないと思いたかったし、『動物もどき』であるということは、それとは何の関わりもないと自分に言い聞かせた・・・・・ある意味では、スネイプの言うことが正しかったというわけだ」
「スネイプか」ジェームズが目を細めた。
「あいつは気に食わない」シリウスがつぶやいた。
ルーピンはちょっと苦笑すると、ハリー、ロン、、ハーマイオニーを見た。
「スネイプ先生はわたしたちと同期なんだ――」
「知ってるわ。パパから聞いたもの」が口を挟むと、ルーピンが何故だか微笑んだ。
「スネイプ先生はわたしが『闇の魔術の防衛術』の教職に就くことに、強硬に反対した。ダンブルドアに、わたしは信用できないと、この一年言い続けていた。スネイプにはスネイプなりの理由があった・・・・・それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、スネイプが危うく死にかけたんだ。その悪戯にはわたしも関わっていた――」
シリウスが嘲るような声を出した。
「当然の見せしめだったよ」シリウスがせせら笑った。「こそこそ嗅ぎまわって、我々のやろうとしていることを詮索して・・・・・我々を退学に追い込みたかったんだ・・・・・」
「セブルスはわたしが月に一度どこに行くのか非常に興味を持った」
ルーピンは四人に向かって話し続けた。
「わたしたちは同学年だったんだ。それに――つまり――ウム――お互いに好きになれなくてね。セブルスはとくにジェームズを嫌っていた。妬み、それだったと思う。クィディッチ競技のジェームズの才能をね・・・・・とにかく、セブルスはある晩、わたしが校医のポンフリー先生と一緒に校庭を歩いているのを見つけた。ポンフリー先生はわたしの変身のために『暴れ柳』の方に引率していくところだった。
シリウスが――その――からかってやろうと思って、木の幹のコブを長い棒で突けば、あとをつけて穴に入ることが出来るよ、と教えてやった。そう、もちろん、スネイプは試してみた――もし、スネイプがこの屋敷までつけてきていたら、完全に人狼になりきったわたしに出会っただろう――しかし、君のお父さん、ジェームズがシリウスのやったことを聞くなり、自分の身の危険も顧みず、スネイプのあとを追いかけて、引き戻したんだ・・・・・しかし、スネイプはトンネルのむこう端にいるわたしの姿をチラリと見てしまった。ダンブルドアが、決して人に言ってはいけないと口止めした。だが、そのときから、スネイプはわたしが何者なのかを知ってしまった・・・・・」
「だからスネイプは、あなたが嫌いなんだ」ハリーが考えながら言った。「スネイプはあなたもその悪ふざけに関わっていたと思ったわけですね?」
「その通り」ルーピンの背後の壁のあたりから、冷たい嘲るような声がした。
セブルス・スネイプが「透明マント」を脱ぎ捨て、杖をピタリとルーピンに向けて立っていた。
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セブルスも遅かれながら登場^^