四人はみんなと一緒に夕食を食べに下に下りたが、そのあとグリフィンドール塔へは戻らなかった。玄関ホールの隅にある、誰もいない小部屋に、四人はこっそり隠れ、聞き耳を立てて、みんながいなくなるのを確かめた。最後の二人組がホールを急ぎ足で横切り、ドアがバタンと閉まる音を聞いてから、ハーマイオニーは小部屋から首を突き出してドアのあたりを見回した。
「オッケーよ」ハーマイオニーが囁いた。「誰もいないわ――『マント』を着て――」
誰にも見えないよう、四人はピッタリくっついて歩いた。マントに隠れ、抜き足差し足で玄関ホールを横切り、石段を下りて校庭に出た。太陽はすでに「禁じられた森」のむこうに沈みかけ、木々の梢が金色に輝いていた。
ハグリッドの小屋にたどり着いてドアをノックした。一分ほど、答えがなかった。やっと現れたハグリッドは、青ざめた顔で震えながら、誰が来たのかとそこら中を見回した。
「僕たちだよ」ハリーがヒソヒソ声で言った。「『透明マント』を着てるんだ。中に入れて。そしたらマントを脱ぐから」
「来ちゃなんねえだろうが!」ハグリッドはそう囁きながらも、一歩下がった。四人が中に入ると、ハグリッドは急いで戸を閉め、四人はマントを脱いだ。
ハグリッドは泣いてはいなかったし、四人の首っ玉にかじりついてもこなかった。自分がいったいどこにいるのか、どうしたらいいのか、まったく意識がない様子だった。茫然自失のハグリッドを見るのは、涙を見るより辛かった。
「茶、飲むか?」ヤカンのほうに伸びたハグリッドのでっかい手が、ブルブル震えていた。
「ハグリッド、バックビークはどこ?」が恐る恐る聞いた。
「俺――俺、あいつを外に出してやった」
ハグリッドはミルクを容器に注ごうとして、テーブルいっぱいにこぼした。
「俺のかぼちゃ畑さ、繋いでやった。木やなんか見た方がいいだろうし――新鮮な空気も吸わせて――そのあとで――」
ハグリッドの手が激しく震え、持っていたミルク入れが手から滑り落ち、粉々になって床に飛び散った。
「オキュラス・レパロ」がそう唱えるとミルク入れが元に戻った。
「、零れたミルクも拭かなくちゃ」ハーマイオニーはに呆れたようにそう言うと、床をきれいに拭き始めた。しかし、はただ、その様子を眺めるだけで手を貸そうとはしなかった。
「ハグリッド、誰でもいい、なんでもいいから、できることはないの?」ハリーがハグリッドとならんで腰掛け、語気を強めて聞いた。「ダンブルドアは――」
「ダンブルドアは努力なさった。だけんど、委員会の決定を覆す力はお持ちじゃねえ。ダンブルドアは連中に、バックビークは大丈夫だって言いなさった――だけんど、連中は怖気づいて・・・・・ルシウス・マルフォイがどんなやつか知っておろう・・・・・連中を脅したんだ、そうなんだ・・・・・そんで、処刑人のマクネアはマルフォイの昔っからのダチだし・・・・・だけんど、あっという間にスッパリいく・・・・・俺がそばについててやるし・・・・・」
ハグリッドはゴクリと唾を飲み込んだ。わずかの望み、慰めのかけらを求めるかのように、ハグリッドの目が小屋のあちこちを虚ろにさまよった。
「ダンブルドアがおいでなさる。ことが――事が行われるときに。今朝手紙をくださった。俺の――俺のそばにいたいとおっしゃる。偉大なお方だ、ダンブルドアは・・・・・」
ハーマイオニーがこらえきれずに、小さく、短く、すすり泣きをもらしたが、背筋を伸ばして、ぐっと涙をこらえた。
「ハグリッド、私たちもあなたと一緒にいるわ」
しかし、ハグリッドはモジャモジャ頭を振った。
「おまえさんたちは城さ戻るんだ。言っただろうが、おまえさんたちにゃ見せたくねえ。それに、初めっから、ここさ来てはなんねえんだ・・・・・ファッジやダンブルドアが、おまえさんたちが許可ももらわずに外にいるのを見つけたら、ハリー、、おまえさんたち、厄介なことになるぞ」
ミルクを瓶から容器に注ごうとしていたハーマイオニーが、突然叫び声をあげた。
「ロン!し――信じられないわ――スキャバーズよ!」
ロンは口をポカンと開けてハーマイオニーを見た。
「何を言ってるんだい?」
ハーマイオニーが瓶をひっくり返した。キーキー大騒ぎしながら、瓶の中に戻ろうともがいているネズミのスキャバーズが、テーブルの上に滑り落ちてきた。
「スキャバーズ!」ロンはあっけにとられた。「スキャバーズ、こんなところで、いったい何してるんだ?」
ジタバタするスキャバーズをロンは鷲づかみにし、明かりにかざした。スキャバーズはボロボロだった。前よりやせこけ、毛がバッサリ抜けてあちらこちらが大きく禿げている。しかもロンの手の中で必死に逃げようとするかのように身をよじっている。
「大丈夫だってば、スキャバーズ!猫はいないよ!ここにはおまえを傷つけるものはなんにもないんだから!」
ハグリッドが急に立ち上がった。目は窓にくぎづけになり、いつもの赤ら顔が羊皮紙色になっていた。
「連中が来おった・・・・・」
ハリー、ロン、、ハーマイオニーが振り向いた。遠くの城の階段を何人かが下りてくる。先頭はアルバス・ダンブルドアで、銀色の髭が沈みかけた太陽を映して輝いている。その隣をせかせか歩いているのはコーネリウス・ファッジだ。二人の後ろから、委員会のメンバーの一人、よぼよぼの大年寄りと、死刑執行人のマクネアがやってくる。
「おまえさんら、行かねばなんねえ」ハグリッドは体の隅々まで震えていた。「ここにいるとこを連中に見つかっちゃなんねえ・・・・・行け、はよう・・・・・」
ロンはスキャバーズをポケットに押し込み、ハーマイオニーは「マント」を取り上げた。
「裏口から出してやる」ハグリッドが言った。
ハグリッドについて、四人は裏庭に出た。ほんの数メートル先、かぼちゃ畑の後ろにある木に繋がれているバックビークは何かが起こっていると感じているらしい。猛々しい頭を左右に振り、不安げに地面を掻いている。
「大丈夫だ、ビーキー」ハグリッドが優しく言った。「大丈夫だぞ・・・・・」四人を振り返り、「行け」とハグリッドが言った。「もう行け」
四人は動かなかった。
「ハグリッド、そんなことできないよ――」
「僕たち、ほんとうは何があったのか、あの連中に話すよ――」
「あの人たち、間違ってるわ――」
「バックビークを殺すなんて、ダメよ――」
「行け!」ハグリッドがキッパリと言った。
「おまえさんたちが面倒なことになったら、ますます困る。そんでなくても最悪なんだ!」
はハーマイオニーと目配せして、ハリーとロンに「マント」をかぶせた。そのとき、小屋の前で人声がするのが聞こえた。ハグリッドは四人が消えたあたりを見た。
「急ぐんだ」ハグリッドの声がかすれた。「聞くんじゃねえぞ・・・・・」
誰かが戸を叩いている。同時にハグリッドが大股で小屋に戻っていった。
ゆっくりと、恐怖で魂が抜けたかのように、四人は押し黙ってハグリッドの小屋を離れた。小屋の反対側に出たとき、表のドアがバタンと閉まるのが聞こえた。
「急ぎましょ」が呟いた。「何も聞きたくない・・・・・」
四人は城に向かう芝生を登りはじめた。太陽は沈む速度を速め、空はうっすらと紫を帯びた透明な灰色に変わっていた。しかし、西の空はルビーのように紅く燃えていた。
ロンはピタッと立ち止まった。
「ロン、お願いよ」ハーマイオニーが急かした。
「スキャバーズが――こいつ、どうしても――じっとしてないんだ――」
ロンはスキャバーズをポケットに押し込もうと前かがみになったが、ネズミは大暴れで、狂ったようにキーキー鳴きながら、ジタバタと身をよじり、ロンの手にガブリと噛み付こうとした。
「スキャバーズ、僕だよ。このバカヤロ、ロンだってば」ロンが声を殺して言った。
四人の背後でドアが開く音がして、人声が聞こえた。
「ねえ、ロン、お願いだから、行きましょう。いよいよやるんだわ!」
ハーマイオニーがヒソヒソ声で言った。
「ああ――スキャバーズ、じっとしてろったら――」
四人は前進した。は必死に背後の低く響く声を聞くまいと努力した。ロンがまた立ち止まった。
「こいつを押さえてられないんだ――スキャバーズ、黙れ、みんなに聞こえっちまうよ――」
ネズミはキーキー喚き散らしていたが、その声でさえハグリッドの庭から聞こえてくる音を掻き消すことはできなかった。誰という区別もつかない男たちの声が混じり合い、ふと静かになり、そして、突如、シュッ、ドサッと紛れも無い斧の音。
ハーマイオニーがよろめいた。
「やってしまった!し、信じられないわ――あの人たち、やってしまったんだわ!」
は流れ落ちる涙を止めることも、啜り泣く声も、我慢出来なかった。
さて、ハグリッドを訪ねに行きましょうか。