「三人とも、遅刻だよ!」
ハリーが教室のドアを開けると、フリットウィック先生が咎めるように言った。
「早くお入り。杖を出して。今日は『元気の出る呪文』の練習だよ。もう二人ずつペアになっているからね――」
三人は急いで後ろの方の机に行き、カバンを開けた。
「ハーマイオニーは?」は組む相手がいなくて、キョロキョロ辺りを見回した。
「変だなぁ」ハリーがロンとの顔をじっと見た。「きっと――トイレとかに行ったんじゃないかな?」
「帰ってくるまで、僕たちと組めばいいよ」
そう言ってロンはもペアに入れたが、ハーマイオニーはずっと現れなかった。
「ハーマイオニーも『元気の出る呪文』が必要だったのに」
クラスが終わって、全員がニコニコしながら昼食を食べに出ていくとき、ロンが言った。「元気呪文」の余韻でクラス全員が大満足の気分に浸っていた。
ハーマイオニーは昼食にも来なかった。アップルパイを食べ終えるころ、「元気呪文」の効き目も切れてきて、ハリーもロンもも少し心配になってきた。
「マルフォイがハーマイオニーになんかしたんじゃないだろうな?」
グリフィンドール塔への階段を急ぎ足で上りながら、ロンが心配そうに言った。
「でも、もしそうならあの人は得意になって言い触らしそうだけど――まあ、第一、ハーマイオニーがマルフォイに負けるとは思えないわ」は少し息切れしながら言い返した。
三人は警備のトロールのそばを通り過ぎ、「太った婦人」に合言葉を言い、肖像画の裏の穴をくぐり、談話室に入った。
ハーマイオニーはテーブルに「数占い学」の教科書を開き、その上に頭を載せて、ぐっすり眠り込んでいた。三人はハーマイオニーに近寄ると、がそっと突いてハーマイオニーを起こした。
「ど――どうしたの?」
ハーマイオニーは驚いて目を覚まし、あたりをキョロキョロと見回した。
「もう、クラスに行く時間?今度は、な――なんの授業だっけ?」
「『占い学』だ。でもあと二十分あるよ。ハーマイオニー、どうして『呪文学』に来なかったの?」
ハリーが聞いた。
「えっ?あーっ!」ハーマイオニーが叫んだ。「『呪文学』に行くのを忘れちゃった!」
「だけど、忘れようがないだろう?教室のすぐ前まで僕たちと一緒だったのに!」
「なんてことを!」ハーマイオニーは涙声になった。
「フリットウィック先生、怒ってらした?ああ、マルフォイのせいよ。あいつのことを考えてたら、ごちゃごちゃになっちゃったんだわ!」
「ハーマイオニー、言ってもいいかい?」
ハーマイオニーが枕がわりに使っていた分厚い「数占い学」の本を見下ろしながら、ロンが言った。
「君はパンク状態なんだ。あんまりいろんなことをやろうとして」
「そんなことないわ!」
ハーマイオニーは目の上にかかった髪を掻き上げ、絶望したような目でカバンを探した。
「ちょっとミスしたの。それだけよ!私、いまからフリットウィック先生のところへ行って、謝ってこなくちゃ・・・・・『占い学』のクラスでまたね!」
二十分後、ハーマイオニーはトレローニー先生の教室に登るはしごのところに現れた。ひどく悩んでいる様子だった。
「『元気の出る呪文』の授業に出なかったなんて、私としたことが!きっと、これ、試験に出るわよ。フリットウィック先生がそんなことをチラッとおっしゃったもの!」
四人は一緒にはしごを上り、薄暗いムッとするような塔教室に入った。小さなテーブルの一つひとつに真珠色の靄が詰まった水晶玉が置かれ、ボーッと光っていた。四人は、脚のグラグラしているテーブルに一緒に座った。
「水晶玉は来学期にならないと始まらないと思ってたけどな」
トレローニー先生がすぐそばに忍び寄ってきていないかどうか、あたりを警戒するように見回しながら、ロンがひそひそ言った。
「文句言うなよ。これで手相術が終わったってことなんだから」ハリーもひそひそ言った。
「僕の手相を見るたびに、先生がギクッと身を引くのには、もううんざりしてたんだ」
「私も賛成よ。あのリアクション、もう飽きたわ」がクスクスと笑いながら言うと、ハリーが恨めしそうにを見た。
「みなさま、こんにちは!」
おなじみの霧のかなたの声ととまに、トレローニー先生がいつものように薄暗がりの中から芝居がかった登場をした。パーバティとラベンダーが興奮して身震いした。二人の顔が、ほの明るい乳白色の水晶玉の光に照らし出された。
「あたくし、計画しておりましたより少し早めに水晶玉をお教えすることにしましたの」
トレローニー先生は暖炉の火を背にして座り、あたりを凝視した。
「六月の試験は球に関するものだと、運命があたくしに知らせましたの。それで、あたくし、みなさまに十分練習させてさしあげたくて」
ハーマイオニーがフンと鼻を鳴らした。
「あーら、まあ・・・・・『運命が知らせましたの』・・・・・どなたさまが試験をお出しになるの?あの人自身じゃない!なんて驚くべき予言でしょ!」
ハーマイオニーは声を低くする配慮もせず言いきった。はクスクス笑いが止まらなかった。
しかし、先生は二人の声が聞こえなかったかのように話を続けた。
「水晶占いは、とても高度な技術ですのよ」夢見るような口調だ。
「球の無限の深奥を初めて覗き込んだとき、みなさまが初めから何かを『見る』ことは期待しておりませんわ。まず意識と、外なる眼とをリラックスさせることから練習を始めましょう」
のクスクス笑いが、まるで伝染したかのようにロンもクスクス笑いが止まらなくなった。
「そうすれば『内なる眼』と超意識とが顕れましょう。幸運に恵まれれば、みなさまの中の何人かは、この授業が終わるまでには『見える』かもしれませんわ」
そこでみんなが作業に取り掛かった。しかし、はどう考えても水晶玉をじっと見つめることがアホらしく感じられ、コクリコクリと居眠りを始めた。
「なんか見えた?」十五分ほど経ったころ、ハリーのそう言う声で目覚めた。
「ウン。このテーブル、焼け焦げがあるよ」ロンは指差した。「誰か蝋燭をたらしたんだろうな」
「くだらないわ。眠ってた方がまだまし」は欠伸をした。
「まったく時間の無駄よ」ハーマイオニーが歯を食いしばったままで言った。
「もっと役に立つことを練習できたのに。『元気の出る呪文』の遅れを取り戻すことだって――」
トレローニー先生がきぬ擦れの音とともにそばを通り過ぎた。
「球の内なる、影のような予兆をどう解釈するか、あたくしに助けてほしい方、いらっしゃること?」腕輪をチャラつかせながら、トレローニー先生が呟くように言った。
「僕、助けなんかいらないよ」ロンが囁いた。「見りゃわかるさ。今夜は霧が深いでしょう、ってとこだな」
ハリーももハーマイオニーも吹き出した。
「まあ、なにごとですの!」
先生の声と同時に、みんながいっせいに四人の方を振り向いた。パーバティとラベンダーは「なんて破廉恥な」という目付きをしていた。
「あなたがたは、未来を透視する神秘の震えを乱していますわ!」
トレローニー先生は四人のテーブルに近寄り、水晶玉を覗き込んだ。
「ここに、なにかありますわ!」トレローニー先生は低い声でそう言うと、水晶玉の高さまで顔を下げた。玉は巨大なメガネに写って二つに見えた。
「なにかが動いている・・・・・でも、なにかしら?」
「墓場に取り付く巨大な亡霊犬、グリムよ!」がトレローニー先生の声色を真似、そう囁くと、何人かの生徒たちがクスクスと笑った。
トレローニー先生はをにらみつけると、後を続けた。
「ここに、これまでよりはっきりと・・・・・ほら、こっそりとあなたの方に忍び寄り、だんだん大きく・・・・・死神犬のグ――」
「いい加減にしてよ!」
が結局たどり着く先は一緒か、と呆れた瞬間、ハーマイオニーが大声をあげた。
「また、あのバカバカしい死神犬じゃないでしょうね!」
トレローニー先生は巨大な目を上げ、ハーマイオニーを見た。パーバティがラベンダーに何事か囁き、二人もハーマイオニーを睨んだ。トレローニー先生が立ち上がり、まぎれもなく怒りをこめて、ハーマイオニーを眺め回した。
「まあ、あなた。こんなことを申し上げるのは、なんですけど、あなたがこのお教室に最初に現れたときから、はっきりわかっていたことでございますわ。あなたには『占い学』という高貴な技術に必要なものが備わっておりませんの。まったく、こんなに救いようのない『俗』な心を持った生徒にいまだかつてお目にかかったことがありませんわ」
一瞬の沈黙があった。
「結構よ!」
ハーマイオニーが唐突にそう言うと、立ち上がり、「未来の霧を晴らす」の本をカバンに詰め込みはじめた。
「結構ですとも!」再びそう言うと、ハーマイオニーはカバンを振り回すようにして肩にかけ、危うくロンを椅子からたたき落としそうになった。
「やめた!私、出ていくわ!」
クラス中が呆気に取られる中を、ハーマイオニーは威勢よく出口へと歩き、撥ね上げ戸を足で蹴飛ばして開け、はしごを降りて姿が見えなくなった。
ちょっとヒステリックなハーマイオニー・・・・・