二人が着いた先は、ホグワーツの庭だった。多くの生徒たちはまだホグズミートから帰ってきていないらしく、芝生には他に生徒はいなかった。
「あの二人、もう大丈夫そうね」
はハリーの後姿に話しかけた。しかし、ハリーは黙ったまま、芝生の上に座った。
「僕、ホグズミートに行ったんだ」
「知ってるわ」はそう言って、ハリーの隣に腰を下ろし、静かに遠くを見つめながらハリーの話を聞いていた。
「ロンと一緒にいろんなところを回って見た。それで、『叫びの屋敷』にも行ったんだ。そしたら、マルフォイたちに会った。僕は透明マントを着ていたから、マルフォイたちには見えない。だから、悪戯してやろうと思って、泥を投げつけてやったんだ、あいつら、ロンやハグリッドの悪口を言うから。そしたら、クラッブの馬鹿でかい足が、たまたまマントを踏んづけて、マルフォイに頭を見られた。僕は急いで城に戻ったけど、グリフィンドール塔には戻れなかったんだ。スネイプに見つかった、隻眼の魔女像のところで。マルフォイはスネイプに告げ口していたんだ。僕はスネイプの部屋に連れてこられて、尋問された。でも、スネイプには僕がやったっていう証拠がなかった――マントは証拠になってしまうから、魔女像の内側に隠したんだ。だから、スネイプは知らない――でも、スネイプは証拠を見つけたくて、僕にポケットの中身を出させ、地図を見つけた――もちろん、地図はただの羊皮紙に戻っていたけど――スネイプは僕の反応から、その羊皮紙が怪しいって思ったらしくて、無理やり中を読もうとした。そしたら、羊皮紙には文字が浮かんだ。もう、何が書いてあったか忘れちゃったけど、スネイプを侮辱するような文章だった。『忍びの地図』の製作者四人がそれぞれ書いていた」
ハリーはそこまで話すと、一息ついた。何か、言いたいことがあってわざわざ二人きりになったのだろうと考え、は身じろぎもせず、黙って聞いていた。
「スネイプは地図に『闇の魔術』が詰まってると思って、ルーピンを呼んだ」
ああ、それでか、とは内心納得した。スネイプがあのとき、ルーピンを呼んだのは、このためだったのか。
「だけど、ルーピンはそう思っていなかった。ルーピンはあの羊皮紙が地図だって知っていたし、それに製作者に会ったことがあるって言ってた――彼は、スネイプから僕をかばって、それで地図を取り上げた。シリウス・ブラックの手に渡らないうちに」
ハリーは惨めな顔で、黙り込んでしまった。は優しく、「それで?」とハリーを促した。
「ルーピン先生に言われた。先生がいくら説得しても、僕が納得してシリウス・ブラックのことを深刻に受け止めるようなならないって。吸魂鬼が近づいたときに僕が聞いた両親の声こそ、僕に強い影響を与えていると思っていたって。たかが魔法のおもちゃ一袋のために、両親が護ってくれた命を危険にさらすなんてお粗末だって言われた」
二人ともしばらく黙っていた。はルーピンがそう言うのも、ハリーが沈むのももっともだと思った。シリウスが犯人でないにしろ、他に必ず犯人はいる。命が危ないことには違いない。
「過ぎてしまったことをとやかく言っても仕方ないわ。これから、あなたがちゃんと危険だということを認識すれば良いのよ」
ハリーは、にそう言われ、コクンと頷いた。少しは深刻に受け止める気になったようだった。
「あとさ、」
ハリーはに向き直った。
「最近、何か変だよ、君。なんて言うのか、わからないけど・・・・・なんか違う」
はその言葉に一瞬ドキリとした。シリウスたちに密会しているからだろうか、それともルーピンの秘密を知ったからだろうか。
「何か、隠していることない?」
はハリーが自分を見るのをやめてくれればいいと思った。ハリーの目を見て、何も隠してないなどと言えない。
「多分、その通りよ」は認めざるをえなかった。
「でも、聞いて、ハリー」
が懇願した。ハリーはまだの目を見ている。
「私、確かにあなたに秘密にしていることがあるかもしれない。だけど、これだけはあなたに誓えるわ」
少し柔らかな風が、二人の間を通り抜けた。の美しい黒髪がなびく。
「あなたを信じてる。あなたが何を、どうしようとも・・・・・私は、あなたを信じる」
とハリーの視線が絡み合った。
「僕も君を信じるよ。シリウスはもしかしたら、犯人じゃないかもしれない、君が言うから」
ハリーが初めて、シリウスのことを悪く言わなかった瞬間だった。しかし、ハリーがシリウスのすべてを信じているのではないと、には分かっていた。
シリウス・ブラックの二度目の侵入事件以来、生徒は厳しい安全対策を守らなければならず、ハリーもロンももハーマイオニーも、日が暮れてからハグリッドを訪ねるのは不可能だった。話ができるのは「魔法生物飼育学」の授業中しかなかった。
ハグリッドは判決を受けたショックで放心状態だった。
「みんな俺が悪いんだ。舌がもつれちまって。みんな黒いローブを着込んで座ってて、そんでもって俺はメモをボロボロ落としちまって、ハーマイオニー、おまえさんがせっかく探してくれたいろんなもんの日付は忘れちまうし。そんで、その後、ルシウス・マルフォイが立ち上がって、奴の言い分を喋って、そんで、委員会はアイツに『やれ』と、言われた通りにやったんだ・・・・・」
「まだ控訴がある!」ロンが熱を込めて言った。「まだ諦めないで。僕達、準備してるんだから!」
五人はクラスのほかの生徒たちと一緒に、城に向かって歩いているところだった。前の方に、クラッブとゴイルを引き連れたマルフォイの姿が見えた。チラチラと後ろを振り返っては、小バカにしたように笑っている。
「ロン、そいつぁダメだ」城の階段までたどり着いたとき、ハグリッドが悲しそうに言った。
「あの委員会はルシルス・マルフォイの言うなりだ。俺はただ、ビーキーに残された時間を思いっきり幸せなもんにしてやるんだ。俺は、そうしてやらにゃ・・・・・」
ハグリッドは踵を返し、ハンカチに顔を埋めて、急いで小屋に戻っていった。
「見ろよ、あの泣き虫!」
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが城の扉のすぐ裏側で聞き耳を立てていたのだ。
「あんなに情けないものを見たことがあるかい」マルフォイが言った。「しかも、あいつが僕たちの先生だって!」
乾いた音が鳴り響き、マルフォイがよろけた。ハーマイオニーがあらん限りの力をこめて、マルフォイの横っ面を張ったのだ。ハリーもロンももクラッブもゴイルも、びっくり仰天してその場に棒立ちになった。ハーマイオニーがもう一度手を上げた。
「ハグリッドを情けないだなんて、よくもそんな事を。この汚らわしい――この悪党――」
「ハーマイオニー!」
ロンがオロオロしながら、ハーマイオニーが大上段に振りかぶった手を押さえようとした。
「放して!ロン!」
ハーマイオニーが杖を取り出した。マルフォイはあとずさりし、クラッブとゴイルはまったくお手上げ状態で、マルフォイの命令を仰いだ。
「行こう」
マルフォイがそうつぶやくと、三人はたちまち地下牢に続く階段を下り、姿を消した。
「ハーマイオニー!」
ロンがびっくりするやら、感動するやらで、また呼びかけた。
「ハリー、クィディッチの優勝戦で、何が何でもあいつをやっつけて!」
ハーマイオニーが上ずった声で言った。
「絶対に、お願いよ。スリザリンが勝ったりしたら、私、とっても我慢できないもの!」
「大丈夫よ、ハリーは負けやしないわ」が自信たっぷりにそういった。ハリーを見ると、彼もを見てニヤリと笑ってみせた。
「もう『呪文学』の時間だ。早く行かないと」
ロンはまだハーマイオニーをしげしげと眺めながら促した。
四人は急いで大理石の階段を上り、フリットウィック先生の教室に向かった。
ハリーとの友情がまた一段と深まりましたね。