イースター休暇はのんびりというわけにはいかなかった。三年生はかつてないほどの宿題を出された。ネビルはほとんどノイローゼだったし、他の生徒も似たりよったりだった。
「これが休暇だってのかい!」
ある昼下がり、シェーマスが談話室で吼えた。
「試験はまだずーっと先だってのに、先生方は何を考えてるんだ?」
それでも、ハーマイオニーほど抱え込んだ生徒はいなかった。「占い学」はやめたものの、ハーマイオニーは誰よりもたくさんの科目を取っていた。夜はだいたい談話室に最後まで粘っていたし、朝は誰よりも早く図書館に来ていた。目の下にルーピン先生なみの隈ができて、いつ見ても、いまにも泣き出しそうな雰囲気だった。
は器用に、効率よく宿題をこなすコツを知っていたので、まだ他の生徒より余裕があった。しかし、その余裕はバックビークの控訴の準備に費やされ、どっちみち、自由になる時間はあまりなかった。そんな中、にはちょっとした楽しみがあった。
「やあ、。隣いいかい?」
図書館でバックビークの控訴で役立ちそうな本を読み漁っていると、いつもセドリックが話しかけてくれた。彼もたくさんの宿題を抱えていたため、話すことはなかったが、それでも隣に座ってくれるというのはとても嬉しい。
「何か、良い資料は見つかったかい?」
「うーん、あんまり」
は苦笑しながらセドリックを見た。彼は優しい微笑みを浮かべ、見つかるといいね、と言ってくれた。
また、休暇後はクィディッチ優勝杯だ。ハリーはグリフィンドールの誇るべきシーカー。しかし、それで宿題を免除されるわけではない。ハリーは毎日続くクィディッチの練習に加えて、作戦会議の間に宿題をやっつけなければならなかった。ある日、スネイプのレポートに四苦八苦していたハリーを見かねて、は自分が使った本をハリーに貸してあげた上、書くポイントを教えると、ハリーは嬉しそうな顔をしてに礼を言った。また、スネイプのレポートに限らず、変身術や、呪文学、闇の魔術に対する防衛術の宿題までは見る羽目になった。
試合前夜、グリフィンドールの談話室では、いつもの活動がいっさい放棄された。ハーマイオニーでさえ、本を手放した。
フレッドにジョージは、プレッシャーを跳ね除けるため、いつもよりやかましく元気がよかった。ウッドは隅の方でクィディッチ競技場の模型の上にかがみ込み、杖で選手の人形を突きながら、一人でブツブツ言っていた。アンジェリーナ、アリシア、ケイティの女性三人は、フレッドとジョージが飛ばす冗談で笑っている。
は騒ぎの中心から離れたところで、ハリーとロンとハーマイオニーと一緒に座っていた。ハリーが浮かない顔をしている。
「絶対、大丈夫よ」ハーマイオニーはそう言いながら、怖くてたまらない様子だ。
「君にはファイアボルトがあるじゃないか!」ロンが言った。
「うん・・・・・」ハリーの顔は不安でいっぱいだ。
「ハリー、あなたを信じてるわ」
は満面の笑みでハリーに笑いかけた。彼にプレッシャーをかけるつもりはない、自信をつけてあげたかった。
「選手!寝ろ!」
ウッドが急に立ち上がり、一声叫んだ。
翌日、はロンとハーマイオニーと一緒に大広間へ降りていった。選手たちはウッドに「食え、食え」と勧められている。三人で固まって席につき、朝食を食べ始めてから数分すると、ウッドがよく響く声でフィールドへ行けと急かした。グリフィンドール生だけでなく、レイブンクローとハッフルパフさえもグリフィンドール・チームの選手を拍手で見送った。
「ハリー、がんばってね!」チョウ・チャンの声が聞こえ、ハリーの顔が赤くなるのを見た。なんだか、面白くない。
「、あなた、これから試合を応援するのに、その顔ったら何?」
ハーマイオニーがブスッとふくれっ面のに怒った。
「元からこんな顔です」はもっとブスッとしてハーマイオニーを見た。すると、ハーマイオニーは呆れながらに囁いた。
「ハリーがチョウに取られたと思ったの?」
「・・・・・別に」
はしばらくの沈黙後、そうつぶやいた。ハーマイオニーがクスクス笑い、挙句の果てには「素直じゃない」とまで言われた。
「さ、行きましょう!試合が始まるわ」
ハーマイオニーは相変わらずクスクス笑っていて、ロンが怪訝な顔をしてハーマイオニーにそれを指摘した。ハーマイオニーは意味ありげにを見たが、としては迷惑この上ない。知らん顔した。
「さあ、グリフィンドールの登場です!」
いつものように解説役のリーの声が響いた。
「ポッター、ベル、ジョンソン、スピネット、ウィーズリー、ウィーズリー、そしてウッド。ホグワーツに何年に一度出るか出ないかの、ベスト・チームと広く認められています――」
リーの解説はスリザリン側からの、嵐のようなブーイングでかき消されたが、生徒たちの耳にはちゃんと届いていた。
「そして、こちらはスリザリン・チーム。率いるはキャプテンのフリント。メンバーを多少入れ替えたようで、腕よりデカさを狙ったものかと――」
ロンももハーマイオニーも、解説がスリザリンのブーイングでかき消されたものの、その言葉にニヤリと笑った。どう考えたって、リーの言うとおりだと思った。
「キャプテン、握手して!」フーチ先生が合図した。
フリントとウッドが歩み寄って互いの手をきつく握り締めた。まるで互いの指をへし折ろうとしているかのようだった。
「箒に乗って!」フーチ先生の号令だ。
「さーん・・・・・にー・・・・・いちっ!」
十四本の箒がいっせいに飛び上がり、ホイッスルの音は歓声でかき消された。ハリーが上昇していくのが見えた。
「さあ、グリフィンドールの攻撃です。グリフィンドールのアリシア・スピネット選手、クアッフルを取り、スリザリンのゴールにまっしぐら。いいぞ、アリシア!アーッと、駄目か――クアッフルがワリントンに奪われました。スリザリンのワリントン、猛烈な勢いでフィールドを飛んでます――ガッツン!――ジョージ・ウィーズリーの素晴らしいブラッジャー打ちで、ワリントン選手、クアッフルを取り落としました。拾うは――ジョンソン選手です。グリフィンドール、再び攻撃です。行け、アンジェリーナ――モンタギュー選手を上手く躱しました――アンジェリーナ、ブラッジャーだ。かわせ!――ゴール! 十対0、グリフィンドール得点!」
アンジェリーナがフィールドの端からグルリと旋回しながら、ガッツポーズをした。グリフィンドール生もレイブンクロー生もハッフルパフ生も大喜びだ。
「あいたっ!」
マーカス・フリントが、アンジェリーナに体当たりをかませ、アンジェリーナが危うく箒から落ちそうになった。
観衆からブーイングが飛ぶ。
「悪い!わりいな、見えなかった!」
つぎの瞬間、フレッドがビーターの棍棒をフリントの後頭部に投げつけ、フリントはつんのめって箒の柄にぶつかり、鼻血をだした。
「それまで!グリフィンドール、相手のチェイサーに不意打ちを喰らわせたペナルティー!スリザリン、相手のチェイサーに故意にダメージを与えたペナルティー!」
「行け!アリシア!」
競技場がいっせいに沈黙に覆われる中、リーが叫んだ。
「やったー!キーパーを破りました!二十対0、グリフィンドールのリード!」
フリントがまだ鼻血を出しながら、ペナルティー・スローのために前に飛んだ。ウッドがグリフィンドールのゴール前に浮かんでいる。
「なんてったって、ウッドは素晴らしいキーパーであります!」
フーチ先生が、ペナルティー・ゴールの為のホイッスルを鳴らした。
「すーばらしいのです!キーパーを破るのは難しいのです――間違いなく難しい――やったー!信じられねぇぜ!ゴールを守りました!」
グリフィンドールの応援がますます激しくなった。
「グリフィンドールの攻撃、いや、スリザリンの攻撃――いや――グリフィンドールがまたボールを取り戻しました。ケイティ・ベルです。グリフィンドールのケイティ・ベルがクアッフルを取りました。フィールドを矢の様に飛んでいます――アイツめ、わざとやりやがった!」
スリザリンのチェイサーのモンタギューが、ケイティの前に回り込み、クアッフルを奪うかわりにケイティの頭をむんずとつかんだ。ケイティは空中でもんどり打ったが、なんとか箒からは落ちずにすんだ。しかし、クアッフルは取り落とされた。
フーチ先生のホイッスルがまた鳴り響き、先生が下からモンタギューの方に飛び上がって叱り付けた。一分後、ケイティがスリザリンのキーパーを破ってペナルティを決めた。
「三十対0!ざまぁ見ろ、汚い手使いやがって。卑怯者――」
「ジョーダン、公平中立な解説が出来ないなら――!」
「先生、ありのままを言っているだけです!」
リーの暴言にマクゴナガル先生が怒っていた。マイクを奪おうとしている。しかし、リーはテコでも渡さなかった。
そんな中、ハリーが何かに気を取られたかのようにスピードを上げてスリザリンのゴールの方に飛んだ。マルフォイがその後を追う。ブラッジャーがハリーの右耳をかすめ、もう一個のブラッジャーがハリーのひじをこすった。そして、ハリーはそのままゴールに突っ込むかと思ったら、ぎりぎりのところで箒を上に向け、ハリーに向かっていたボールとデリックがボクッといやな音を立てて正面衝突した。
「ハッハーだ!」
スリザリンのビーター二人が、頭を抱えてフラフラと離れるのを見て、リーが叫んだ。
「お気の毒さま!ファイアボルトに勝てるもんか。顔を洗って出直せ!さて、またまたグリフィンドールのボールです。ジョンソンがクアッフルを手にしています――フリントがマークしています――アンジェリーナ、奴の目を突付いてやれ!――あ、ほんの冗談です。先生。冗談ですよ――ああ、駄目だ――フリントがボールを取りました。フリント、グリフィンドールのゴール目掛けて飛びます。それっ、ウッド、ブロックしろ!――」
しかし、フリントが得点し、スリザリン側から大きな歓声が巻き起こった。リーがさんざん悪態をついたので、マクゴナガル先生は魔法のマイクをリーからひったくろうとした。
「すみません、先生。すみません!二度と言いませんから!――さて、グリフィンドール、三十対十でリードです。ボールはグリフィンドール側――」
グリフィンドールが早々とリードを奪ったことで頭にきたスリザリンは、たちまち、クアッフルを奪うためには手段を選ばない戦法に出た。ボールはアシリアを棍棒で殴り、「ブラッジャー」とまちがえたと言い逃れをした。仕返しに、ジョージがボールの横っ面に肘鉄を食らわせた。フーチ先生は両チームからペナルティーを取り、ウッドが二度目のファイン・プレーで、スコアは四十対十、グリフィンドールのリードだ。
ハリーが泥仕合となったフィールドの上空で、スニッチを探して飛んでいた。マルフォイがハリーの近くを旋回しているのが見える。
ケイティが得点し、五十対十。スリザリンが仕返しをしかねないと、フレッドとジョージが棍棒を振り上げてケイティの周りを飛び回った。ボールとデリックが双子のいないすきを突き、ブラッジャーでウッドを狙い撃ちした。二個とも続けてウッドの腹に命中し、ウッドはウッと言って宙返りし、かろうじて箒にしがみついた。
フーチ先生が怒りでぶっとんだ。
「クアッフルがゴール区域に入っていないのに、キーパーを襲うとは何事ですか!」
フーチ先生がボールとデリックに向かって叫んだ。
「ペナルティー・ゴール!グリフィンドール!」
アンジェリーナが得点。六十対十。その直後、フレッドがブラッジャーをワリントンにめがけて強打し、ワリントンが持っていたクアッフルを取り落とし、それをアリシアが奪ってゴールを決めた。七十対十。観客席は大いに盛り上がってきた。
すると、そのときハリーが動いた。上に向かって飛んだ、そして、手を伸ばした。スニッチを掴める、と確信した矢先、ファイアボルトのスピードが急に落ちた。マルフォイが前に身を乗り出してファイアボルトの尾を握り締め、引っ張っている。
「こいつーっ」
ハリーがマルフォイに殴りかかろうとしたが、届かない。その間にスニッチはまた消えた。
「ペナルティー!グリフィンドールにペナルティー・ゴール!こんな手口は、見た事がない!」
フーチ先生が、金切り声をあげながら飛んできた。マルフォイは自分のニンバス2001の上にスルスルと戻るところだった。
「このゲス野郎!」
リーがマクゴナガル先生の手の届かないところへと躍り出ながら、マイクに向かって叫んでいる。
「このカス、卑怯者、この――!」
しかし、マクゴナガル先生はリーを叱るどころではなかった。自分もマルフォイに向かって、拳を振り、帽子は頭から落ち、怒り狂って叫んでいた。
アリシアがペナルティー・ゴールを狙ったが、怒りで手元が狂い、一、二メートル外れてしまった。グリフィンドール・チームは乱れて集中力を失い、逆にスリザリン・チームは活気付き、有頂天だった。
「スリザリンのボールです。スリザリン、ゴールに向かう――モンタギューのゴール――七十対二十でグリフィンドールのリード・・・・・」
が他の選手たちと離れ、上空で飛んでいるハリーの方に目をやった。なんだか今度はハリーがマルフォイにくっついているように見える。
「アンジェリーナ・ジョンソンがグリフィンドールにクアッフルを奪いました。行け、アンジェリーナ。行けーっ!」
マルフォイ以外のスリザリン選手がアンジェリーナを追って疾走していた。ハリーがくるりとファイアボルトの向きを変え、箒の柄にピッタリ張り付くように身をかがめ、前方めがけてキックした。弾丸のようにハリーがスリザリン・チームに突っ込んだ。スリザリン・チームはファイアボルトが突っ込んでくるのを診て、散り散りになった。
「――アンジェリーナ、ゴール!アンジェリーナ、決めました!グリフィンドールのリード、八十対二十!」
喜んだのもつかの間、はマルフォイが急降下しているのを見た。スニッチを見つけたらしい。ハリーも気づいたらしく、マルフォイと同じ方向に突っ込んでいく。しかし、明らかにマルフォイのほうがリードしている。追いつくのか――。
「やった!」
ハリーが空中高く手を突き出した。スニッチが輝いている。グリフィンドール生は歓声をあげた。とハーマイオニーは喜びのあまり、抱き合って泣いた。
「ハリーのところに!」
三人は柵を乗り越え、他の生徒と一緒にフィールドになだれ込んだ。ハリーがこっちを見てにっこり笑った。三人も嬉しそうに、ハリーににっこり笑って見せた。ダンブルドアが優勝杯を持って、グリフィンドール生の騒ぎが収まるのを微笑んで待っていた。
優勝おめでとう!