Mutual help 助け合い
キラキラ光るパウダー・スノーに浅い小道を掘り込みながら、四人はゆっくりと芝生を下った。靴下もマントの裾も濡れて凍りついた。「禁じられた森」の木々はうっすらと銀色に輝き、まるで森全体が魔法にかけられたようだったし、ハグリッドの小屋は粉砂糖のかかったケーキのようだった。
ロンがノックしたが、答えがない。
「出かけてるのかしら?」ハーマイオニーはマントをかぶって震えていた。
ロンがドアに耳をつけた。
「変な音がする。聞いて――ファングかなぁ?」
ハリーととハーマイオニーも耳をつけた。小屋の中から、低く、ドクンドクンと呻くような音が何度も聞こえる。
「誰か呼んだ方がいいかな?」ロンが不安げに言った。
「ハグリッド!」ドアをドンドン叩きながら、ハリーが呼んだ。「ハグリッド、中にいるの?」
重い足音がして、ドアがギーッと軋みながら開いた。ハグリッドが真っ赤な、泣き腫らした目をして突っ立っていた。涙が滝のように、革のチョッキを伝って流れ落ちていた。
「聞いたか!」
大声で叫ぶなり、ハグリッドはハリーの首に抱き着いた。ハリーはハグリッドの重みで危うく押し潰されそうになるところを、ロンととハーマイオニーに救い出された。三人でハグリッドの腋の下を支えて持ち上げ、ハリーも手伝ってハグリッドを小屋に入れた。ハグリッドはされるがままに椅子に運ばれ、テーブルにつっぷし、身も世もなくしゃくり上げていた。顔は涙でテカテカ、その涙がモジャモジャのあごひげを伝って滴り落ちていた。
「ハグリッド、何事なの?」が唖然として聞いた。
ハリーはテーブルに公式の手紙らしいものが広げてあるのに気がついた。
「ハグリッド、これは何?」
ハグリッドの啜り泣きが二倍になった。そして手紙をハリーの方に押してよこした。ハリーはそれを取って読み上げた。

 ハグリッド殿
ヒッポグリフが貴殿の授業で生徒を攻撃した件についての調査で、この残念な不祥事について、貴殿にはなんら責任はないとするダンブルドア校長の保証を我々は受け入れることに決定いたしました。

「じゃ、オッケーだ。よかったじゃないか、ハグリッド!」
ロンがハグリッドの肩を叩いた。しかし、ハグリッドは泣き続け、でかい手を振って、ハリーに先を読むように促した。

しかしながら、我々は、当該ヒッポグリフに対し、懸念を表明せざるを得ません。我々はルシウス・マルフォイ氏の正式な訴えを受け入れることを決定しました。従いまして、この件は、「危険生物処理委員会」に付託されることになります。事情聴取は四月二十日に行われます。当日、ヒッポグリフを伴い、ロンドンの当委員会事務所まで出頭願います。それまでヒッポグリフは隔離し、繋いでおかなければなりません。
敬具

手紙のあとに学校の理事の名前が連ねてあった。
「ウーン」ロンが言った。
「だけど、ハグリッド、バックビークは悪いヒッポグリフじゃないって、そう言ってたじゃないか。絶対、無罪放免――」
「おまえさんは『危険生物処理委員会』ちゅうとこの怪物どもを知らんのだ!」
ハグリッドは袖で目を拭いながら、喉を詰まらせた。
「連中はおもしれぇ生きもんを目の敵にしてきた!」
突然、小屋の隅から物音がして、ハリー、ロン、、ハーマイオニーが弾かれたように振り返った。ヒッポグリフのバックビークが隅の方に寝そべって、何かをバリバリ食いちぎっている。その血が床一面に滲み出していた。
「こいつを雪ン中に繋いで放っておけねえ」ハグリッドが喉を詰まらせた。
「たった一人で!クリスマスだっちゅうのに!」
四人は互いに顔を見合わせた。ハグリッドが「おもしろい生物」と呼び、ほかの人が「恐ろしい怪物」と呼ぶものについて、四人はハグリッドと意見がぴったり合ったためしがない。しかし、バックビークがとくに危害を加えるとは思えない。事実、いつものハグリッドの基準からして、この動物はむしろかわいらしい。
「ハグリッド、しっかりした強い弁護を打ち出さないといけないわ」
ハーマイオニーは腰掛けてハグリッドの小山のような腕に手を置いて言った。
「バックビークが安全だって、あなたがきっと証明できるわ」
「そんでも、同じこった」ハグリッドがすすり上げた。
「やつら、処理屋の悪魔め、連中はルシウス・マルフォイの手の内だ!やつを怖がっとる!もし俺が裁判で負けたら、バックビークは――」
ハグリッドは喉をかき切るように、指をサッと動かした。それから一声大泣きし、前のめりになって両腕に顔をうずめた。
「ダンブルドアはどうなの、ハグリッド?」ハリーが聞いた。
「あの方は、俺のためにもう十分すぎるほどやりなすった」ハグリッドはうめくように言った。
「手一杯でおいでなさる。吸魂鬼のやつらが城の中さ入らんようにしとくとか、シリウス・ブラックがうろうろとか――」
ロンとハーマイオニーが急いでを見た。まるで、がまたシリウス・ブラックは悪党じゃないと宣言し始めると、思ったかのようだった。しかし、はそこまでは出来なかった。こんなに惨めで、打ち震えている人にわざわざケンカを吹っかけるようなことはしない。
「ねえ、ハグリッド」が声をかけた。
「諦めないで。ハーマイオニーの言う通りよ。ちゃんとした弁護が必要なだけだわ――」
「私、ヒッポグリフいじめ事件について読んだことがあるわ」
ハーマイオニーが考えながら言った。
「たしか、ヒッポグリフは釈放されたっけ。探してあげる、ハグリッド。正確に何が起こったのか、調べるわ」
ハグリッドはますます声を張り上げてオンオン泣いた。とハーマイオニーは、どうにかしてよとハリーとロンに助けを求めるような視線を送った。
「アー――お茶でもいれようか?」ハリーが言った。
「うん、それがいいよ」ロンも賛成した。
助けてあげる、とそれから何度も約束してもらい、目の前にポカポカのお茶のマグカップを出してもらって、やっとハグリッドは落ち着き、テーブルクロスぐらいの大きなハンカチでブーッと鼻をかみ、それから口をきいた。
「おまえさんたちの言う通りだ。ここで俺がボロボロになっちゃいられねえ。しゃんとせにゃ・・・・・」
ボアハウンド犬のファングがおずおずとテーブルの下から現れ、ハグリッドの膝に頭を載せた。
「このごろ俺はどうかしとった」
ハグリッドがファングの頭を片手で撫で、もう一方で自分の顔を拭きながら言った。
「バックビークが心配だし、だーれも俺の授業を好かんし――」
「みんな、とっても好きよ!」ハーマイオニーがすぐに嘘を言った。
「ウン、すごい授業だよ!」ロンもテーブルの下で、手をもじもじさせながら嘘を言った。
「あ――レタス食い虫は元気?」
「死んだ」ハグリッドが暗い顔をした。「レタスのやり過ぎだ」
「ああ、そんな!」そう言いながら、ロンの口元が笑っていた。
「それに、吸魂鬼のやつらだ。連中は俺をとことん落ち込ませる」
ハグリッドは急に身震いした。
「『三本の箒』に飲みにいくたんび、連中のそばを通らにゃなんねえ。アズカバンさ戻されちまったような気分になる――」
ハグリッドはふと黙りこくって、ゴクリと茶を飲んだ。ハリー、ロン、、ハーマイオニーは息をひそめてハグリッドを見つめた。四人とも、ハグリッドが、短い間だが、アズカバンに入れられたあのときのことを話すのを聞いたことがなかった。やや間をおいて、ハーマイオニーが遠慮がちに聞いた。
「ハグリッド、恐ろしいところなの?」
「想像もつかんだろう」ハグリッドはひっそりと言った。
「あんなとこは行ったことがねえ。気が狂うかと思ったぞ。ひどい想い出ばっかしが思い浮かぶんだ・・・・・ホグワーツを退校になった日・・・・・親父が死んだ日・・・・・ノーバートが行っちまった日・・・・・」
ハグリッドの目に涙があふれた。
「しばらくすっと、自分が誰だか、もうわからねえ。そんで、生きててもしょうがねえって気になる。寝てるうちに死んでしまいてえって、俺はそう願ったもんだ・・・・・釈放されたときにゃ、もう一度生まれたような気分だった。いろんなことが一度にドォッと戻ってきてな。こんないい気分はねえぞ。そりゃあ、吸魂鬼のやつら、俺を釈放するのは渋ったもんだ」
「だけど、あなたは無実だったのよ!」ハーマイオニーが言った。
ハグリッドがフンと鼻を鳴らした。
「連中の知ったことか?そいつらにしゃぶりついて、幸福ちゅうもんを全部吸い出してさえいりゃ、誰が有罪で、誰が無罪かなんて、連中はどっちでもええ」
ハグリッドがしばらく自分のマグカップを見つめたまま、黙っていた。それから、ぼそりと言った。
「バックビークをこのまんま逃がそうと思った・・・・・遠くに飛んでいけばええと思った・・・・・だけんどどうやってヒッポグリフに言い聞かせりゃええ?どっかに隠れていろって・・・・・ほんで――法律を破るのが俺は怖い・・・・・」
四人を見たハグリッドの目から、また涙がボロボロ流れ、顔をぬらした。
「俺は二度とアズカバンに戻りたくねえ」
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泣きまくりのハグリッド。