どうやって城に戻ったのか、ははっきり覚えていなかった。通り過ぎなければいけない吸魂鬼のところの記憶さえ、なかった。ロンとハーマイオニーは帰る間、ずっと気遣わしげにを見ていた。誰も口を利かなかった。夕食中もあまり口を利かず、は一人、誰もいない寝室に上がり、ベッドに横になった。
自分ひとりがシリウスを無罪だと知っている。は、果たして自分がそのプレッシャーに耐えることが出来るのだろうか、と思った。無罪だとは知っているが、本当にそうなのだろうか。ジェームズもシリウスとグルだったりしないだろうか。結局のところ、シリウスとジェームズは何が起こったのか話してくれてはいない。もし、魔法省の見解が正しかったら――。
寝室のドアが開いた。
「?」遠慮がちにカーテンの向こうからハーマイオニーの声が聞こえた。
は寝たふりをして、じっとしていた。今は、誰とも話をする気分ではない。しばらくすると、ハーマイオニーがまた出て行く気配がした。は休暇中、どんな顔をしてシリウスとジェームズに会いに行こうかと悩んだ。鋭い彼らのことだ、何かあったのだろうとすぐに気づかれてしまうだろう。だからと言って会いに行かないのも、は寂しかった。
「おはよう」
「おはよう」
が目覚めたとき、寝室には誰もいなかった。服を着て螺旋階段を下り、談話室まで来ると、ロンとハーマイオニーしかいない。は今日が休暇初日だったことを思い出した。
「ハリーは?」
三つテーブルを占領して宿題をやっているハーマイオニーからちょっと離れたところには座った。
「まだ寝てる――」
ロンがそう言いかけたとき、ハリーが降りてきた。なんだか疲れきった顔をしている。
「ハリー、君――君、ひどい顔だ」ロンが言った。
ハリーは黙ってのそばを通り過ぎ、暖炉わきの椅子にドサッと座った。
「ねえ、本当に顔色がよくないわ」
ハーマイオニーが心配そうに、ハリーの顔をまじまじと覗き込んだ。
「大丈夫」ハリーが言った。
「ハリー、、ねえ、聞いて」ハーマイオニーがロンと目配せしながら言った。ハリーとは談話室の端と端に座って目を合わせていた。ハリーの表情からは、珍しく何も伺えない。
「昨日、私たちが聞いてしまったことで、あなたたちはとっても大変な思いをしてるでしょう。でも、大切なのは、あなたたちが軽はずみをしちゃいけないってことよ」
「どんな?」ハリーが聞いた。
「たとえばブラックを追いかけるとか」ロンがはっきり答えた。
トントン拍子に進む会話に、は自分たちが寝ている間にこのやり取りを練習したのだと、察しがついた。は自分の考えを表に出さないようにしながら黙っていた。
「そんなことしないわよね?」ハーマイオニーがハリーとを見比べながら念を押した。ハリーとは相変わらず、お互いを見て黙っていた。
「だって、ブラックのために死ぬ価値なんてないぜ」ロンだ。
ハリーはやっとから目線を外し、二人を見た。もつられて二人を見た。
「吸魂鬼が僕に近づくたびに、僕が何を見たり、何を聞いたりするか、知ってるかい?」
ロンもハーマイオニーも不安そうに首を振った。
「母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いをする声が聞こえるんだ。もし君たちが、自分の母親が殺される直前にあんなふうに叫ぶ声を聞いたなら、そんなに簡単に忘れられるものか。自分の友達だと信じていた誰かに裏切られた、そいつがヴォルデモートを差し向けたと知ったら――」
「あなたにはどうにもできないことよ!」
ハーマイオニーが苦しそうに言った。
「吸魂鬼がブラックを捕まえるし、アズカバンに連れていくわ。それが当然の報いよ!」
「パパは悪くない。魔法省はただの憶測で彼を犯罪者に仕立てているだけだわ」は思わず口を挟んだ。
「母さんはブラックを見たって証言してるんだ。事実、父さんは殺されてるんだ!」ハリーが食って掛かった。
「ジェームズの亡骸は見つかってない!」
今や、ハリーとは談話室の端と端で立ち上がってにらみ合っていた。ロンとハーマイオニーは黙っている。自分たちが種をまいてしまったと分かっているようだった。二人をなだめようとするが、ハリーもも聞く耳を持たなかった。
「ブラックは父さんの友人を演じていただけに過ぎなかった!僕らが生まれる前からヴォルデモート側の人間だったんだ!」
「パパはそんなことしない!パパが殺人者なら、とっくに私たち、殺されてるわ!チャンスは今までに何度もあったじゃない!」
「ハリーもも冷静になって、お願い」ハーマイオニーが懇願した。
「お願いだから冷静になって。どちらが真実にしても、今ここであなたたちがケンカする意味がないわ。あなたたちのご両親はあなたたちが仲違いすることを望んでいらっしゃらないわよ。そうでしょう?」
「父さんが何を望んだかなんて、僕は一生知ることはないんだ。ブラックのせいで」
「ハリー、お願い」ハーマイオニーの目は、いまや涙で光っていた。
しばらく沈黙が流れた。クルックシャンクスがその間に悠々と伸びをし、爪を曲げ伸ばしした。ロンのポケットが小刻みに震えた。
「さあ」ロンがとにかく話題を変えようと慌てて切り出した。
「休みだ!もうすぐクリスマスだ!それじゃ――それじゃハグリッドの小屋に行こうよ。もう何百年も会ってないよ!」
「だめ!」ハーマイオニーがすぐ言った。「ハリーもも城を離れちゃいけないのよ、ロン――」
「よし、行こう」ハリーがすぐさま言った。「私も行く」二人とも、先ほどの会話を忘れたわけではなかったが、お互いにその話題には触れない暗黙の了解ができていた。
「じゃなきゃ、チェスの試合をしてもいいな」ロンが慌てて言った。「それともゴブストーン・ゲームとか。パーシーが一式忘れていったんだ――」
「いや、ハグリッドのところへ行こう」ハリーとは頑として言い張った。
そこで四人とも寮の寝室からマントを取ってきて、肖像画の穴をくぐり、がらんとした城を抜け、樫の木の正面扉を通って出発した。
ちょっとイラつき気味の二人です。