The fact 事実
「どこか、暖かい店に入りたいわ」
のその一言がきっかけで、四人は「三本の箒」に行くことにした。他の三人も寒さに耐えられなかったのだろう。
小さな居酒屋の中は人でごった返し、うるさくて、暖かくて、煙でいっぱいだった。カウンターのむこうに、小粋な顔をした曲線美の女性がいて、バーにたむろしている荒くれ者の魔法戦士たちに飲み物を出していた。
「マダム・ロスメルタだよ」ロンが言った。
「僕が飲み物を買ってこようか?」ロンはちょっと赤くなった。
はハリーとハーマイオニーと一緒に奥の空いている小さなテーブルの方へと進んだ。テーブルの背後は窓で、前にはすっきりと飾られたクリスマス・ツリーが暖炉脇に立っていた。五分後に、ロンが大ジョッキ三本を抱えてやってきた。泡だった熱いバタービールだ。
「メリー・クリスマス!」ロンは嬉しそうに大ジョッキを挙げた。
が大ジョッキに入ったバタービールを飲もうとすると、突然冷たい風が頬をなでた。『三本の箒』のドアが開いていた。大ジョッキの縁から戸口に目をやると、ちょうどマクゴナガル先生とフリットウィック先生が、舞い上がる雪に包まれてパブに入ってくるところだった。すぐ後ろにはハグリッドがいて、若緑の山高帽に細縞のマントをまとったでっぷりとした男と話に夢中になっている。コーネリウス・ファッジ、魔法省大臣だ。
とっさに、ロンとハーマイオニーが同時にハリーの頭のてっぺんに手を置いて、ハリーをグイッとテーブルの下に押し込んだ。ハリーはイスがら滑り落ち、こぼれたバタービールをポタポタ垂らしながら机の下にうずくまった。
モビリアーブス、木よ動け!
は自分たちの姿も隠さなければと判断し、そばにあったクリスマス・ツリーをテーブルの真ん前に運んできた。すぐ近くで、先生方や大臣がイスに座り、フーッというため息や、やれやれという声が聞こえてきた。
「ギリーウォーターのシングルです――」
「わたしです」マクゴナガル先生の声。
「ホット蜂蜜酒 四ジョッキ分――」
「はい、ロスメルタ」ハグリッドだ。
「アイスさくらんぼシロップソーダ、唐傘飾りつき――」
「ムムム!」フリットウィック先生が唇を尖らせて舌鼓を打った。
「それじゃ、大臣は紅い実のラム酒ですね?」
「ありがとうよ、ロスメルタのママさん」ファッジの声だ。
「君にまた会えてほんとうにうれしいよ。君も一杯やってくれ・・・・・こっちに来て一緒に飲まないか?」
「まあ、大臣、光栄ですわ」
マダム・ロスメルタの足音が遠ざかり、また近づいてくるのが聞こえた。
「それで、大臣、どうしてこんな片田舎にお出ましになりましたの?」マダム・ロスメルタの声だ。
「ほかでもない、シリウス・ブラックの件でね」ファッジが声を落とした様子で言った。「ハロウィーンの日に、学校で何が起こったかは、うすうすは聞いているんだろうね?」
「うわさは確かに耳にしてますわ」マダム・ロスメルタが認めた。
「ハグリッド、あなたはパブ中にふれ回ったのですか?」マクゴナガル先生が腹立たしげに言った。
「大臣、ブラックがまだこのあたりにいるとお考えですの?」
マダム・ロスメルタが囁くように言った。
「まちがいない」ファッジがきっぱりと言った。
「吸魂鬼がわたしのパブの中を二度も探し回っていったことをご存知かしら?」
マダム・ロスメルタの声には少しとげとげしさがあった。
「お客さんが怖がってみんな出て行ってしまいましたわ・・・・・大臣、商売あがったりですのよ」
「ロスメルタのママさん。わたしだって君と同じで、連中が好きなわけじゃない」
ファッジもバツの悪そうな声を出した。
「用心に越したことはないんでね・・・・・残念だが仕方がない・・・・・つい先ほど連中に会った。ダンブルドアに対して猛烈に怒っていてね――ダンブルドアが城の校内に連中を入れないんだ」
「そうすべきですわ」マクゴナガル先生がきっぱりと言った。
「あんな恐ろしいものに周りをうろうろされては、私たち教育ができませんでしょう?」
「まったくもってその通り!」
フリットウィック先生のキーキー声がした。
「にもかかわらずだ」ファッジが言い返した。「連中よりもっとタチの悪いものからわれわれを護るために連中がここにいるんだ・・・・・知っての通り、ブラックの力をもってすれば・・・・・」
「でもねえ、わたしにはまだ信じられないですわ」マダム・ロスメルタが考え深げに言った。
「どんな人が闇の側に荷担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと、わたしは思ってました・・・・・あの人がまだホグワーツの学生だったときのことを覚えてますわ。もしあのことに誰かがブラックがこんなふうになるなんて言ってたら、わたしきっと『あなた蜂蜜酒の飲みすぎよ』って言ってたと思いますわ」
「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ」ファッジがぶっきらぼうに言った。
「ブラックはチャンスを狙っていたんだ」
「チャンスを狙っていた?」マダム・ロスメルタの声は好奇心で弾けそうだった。
「ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ」
マクゴナガル先生がつぶやくように言った。
「あの人の一番の親友が誰だったか、覚えていますか?」
「えーえー」マダム・ロスメルタはちょっと笑った。
「いつでも一緒、影と形のようだったでしょ?ここにはしょっちゅう来てましたわ――ああ、あの二人にはよく笑わされました。まるで漫才だったわ、シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」
は顔がほころんだ。今だって二人はとても仲が良い。
「その通りです」マクゴナガル先生だ。
「ブラックとポッターはいたずらっ子たちの首謀者。もちろん、二人とも非常に賢い子でした――まったくずば抜けて賢かった――しかしあんなに手を焼かされた二人組はなかったですね――」
「そりゃ、わかんねえですぞ」ハグリッドがクックッと笑った。
「フレッドとジョージ・ウィーズリーにかかっちゃ、互角の勝負かもしれねえ」
「みんな、ブラックとポッターは兄弟じゃないかと思っただろうね!」フリットウィック先生の甲高い声だ。
「一心同体!」
「まったくそうだった!」ファッジだ。
「ポッターはほかの誰よりブラックを信用した。卒業しても変わらなかった。ブラックはジェームズがリリーと結婚したとき新郎の付き添い役を務めた。二人はブラックをハリーの名付け親にした」
ファッジはもっと声を落とし、低いゴロゴロ声で先を続けた。
「ポッター夫妻は、自分たちが『例のあの人』につけ狙われていることを知っていた。ダンブルドアは『例のあの人』と緩みなく戦っていたから、数多くの役に立つスパイを放っていた。そのスパイの一人から情報を聞き出し、ダンブルドアはジェームズとリリーにすぐに危機を知らせた。二人に身を隠すよう勧めた。だが、もちろん『例のあの人』から身を隠すのは容易ではない。ダンブルドアは『忠誠の術』が一番助かる可能性があると二人にそう言ったのだ」
「どんな術ですの?」マダム・ロスメルタが息をつめ、夢中になって聞いた。
フリットウィック先生が咳払いし、「恐ろしく複雑な術ですよ」と甲高い声で言った。
「一人の、生きた人の仲に秘密を魔法で封じ込める。選ばれたものは『秘密の守人』として情報を自分の中に隠す。かくして情報を見つけることは不可能になる――『秘密の守人』が暴露しない限りはね。『秘密の守人』が口を割らない限り、『例のあの人』がリリーとジェームズの隠れている村を何年探そうが、二人を見つけることはできない。たとえ二人の家の居間の窓に鼻先を押し付けるほど近づいても、見つけることはできない!」
「それじゃあ、ブラックがポッター夫妻の『秘密の守人』に?」
マダム・ロスメルタが囁くように聞いた。
「いいえ」マクゴナガル先生だ。
「ジェームズ・ポッターは、ブラックを選びました。表向きはブラックが『秘密の守人』でした。しかし、実はブラックは断っていました・・・・・まさに、目くらましです。ピーター・ぺティグリューをブラックは勧め、ポッターはペティグリューを『秘密の守人』にしていたのです。ブラックは『例のあの人』は自分が『秘密の守人』だと思い込んで自分に矛先を向けるだろうと思っていました」
「ぺティグリュー・・・・・ホグワーツにいたころはいつも二人のあとにくっついていたあの肥った小さな男の子かしら?」マダム・ロスメルタが聞いた。
「ええ、そうです。そして、一週間もたたないうちに――」
「ぺティグリューは二人を裏切った?」マダム・ロスメルタが囁き声で言った。
「まさにそうだ。しかし、計算外のことが起こった。ポッター夫妻は幼いによって息を吹き返すし、『例のあの人』は幼いハリーのために凋落した。すぐさま魔法省がペティグリューを追いかけるが、すでにヤツは途中で何者かによって――おそらくは仲間の『死食い人』によって殺されていた。残ったのは血だらけのローブとわずかの肉片だけだ――」ファッジが言った。
「それが、ブラックの今回の仕業になんの関係がありますの?」マダム・ロスメルタが聞いた。
「もしかしたら、ブラックも『例のあの人』のスパイかもしれないということですよ」ファッジは低く囁いた。
「ブラックはほとぼりが冷めるチャンスを待っていた。『例のあの人』を復活させる機会をね。しかし、長く待てば待つほど、ハリーとは大人になり、魔法が強くなる。その前に邪魔な二人を仕留めたかった」
「ハリーはともかく、は娘ではないんですの?」マダム・ロスメルタが言った。
「ブラックは狂っている。しかし、そう考えるとすべてが繋がる。ブラックはジェームズを殺した。リリーと最愛の妻、を殺そうとした。最近意識を戻したリリーがはっきり証言したよ。襲ったのはシリウス・ブラックだと」
しばらくの沈黙があった。
「さあ、コーネリウス。校長と食事なさるおつもりなら、城に戻ったほうがいいでしょう」マクゴナガル先生が言った。
テーブルの上にガラスを置くカチャカチャという小さな音がして、一人、また一人と立ち上がった。「三本の箒」のドアが再び開き、また雪が舞い込み、先生方は立ち去った。
「ハリー?」
?」
ロンとハーマイオニーは言葉もなく、それぞれの顔をじっと見つめていた。
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真剣なお話に二人とも愕然。