「僕はここを降りていく」
ハリーが言った。
「僕も行く」
ロンが言った。
そして、も二人と目を合わせて頷いた。
「私も行くわ」
一瞬の空白があった。
「さて、私はほとんど必要ないようですね」
ロックハートが、得意のスマイルの残骸のような笑いを浮かべた。
「私はこれで――」
ロックハートがドアの取っ手に手を掛けたが、ロンとハリーが、同時に杖をロックハートに向けた。
「先に降りるんだ」
ロンが凄んだ。
そのとき、が何かを思い出したように、杖を取り出し、ブツブツと何かを唱えた。
すると、杖先から何か、銀色のものが飛び出し、ドアをスルリと抜けていった。
「今のは何?」
ハリーがに聞いた。
「あ、気にしないで。おまじないみたいなものよ」
が肩をすくめて言った。
「さあ、ロックハート先生、降りてくださいね」
はそのまま杖をロックハートに向けた。
「君たち」
ロックハートは弱々しい声で言った。
「ねえ、君たち、それがなんの役に立つというんだね?」
ハリーが無言でロックハートの背中を杖で小突いた。
ロックハートは足をパイプに滑り込ませた。
「ほんとうになんの役にも――」
ロックハートがまた言いかけたが、ロンが押したので、ロックハートは滑り落ちて見えなくなった。
すぐあとにハリーが続き、はそのあとを追った。
ゆっくりとパイプの中に入り込み、それから手を放した。
ちょうど、果てしのない、ぬるぬるした暗い滑り台を急降下していくようだった。
あちこちで四方八方に枝分かれしているパイプが見えたが、自分たちが降りていくパイプより太いものはなかった。
そのパイプは曲がりくねりながら、下に向かって急勾配で続いている。
は学校の下を深く、地下牢よりも一層深く落ちて行くのがわかった。
急にパイプが平になり、出口から放り出され、ドスッと湿った音をたてて、暗い石のトンネルのじめじめした床に落ちた。
トンネルは立ち上がるに十分な高さだった。
ロックハートが少し離れたところで、全身ベトベトで、ゴーストのように白い顔をして立ち上がるところだった。
ハリーはのために、パイプの出口の脇によけていてくれた。
もそれにならい、ロンのために出口を空けた。
「学校の何キロもズーッと下の方に違いない」
ハリーの声がトンネルの闇に反響した。
「湖の下だよ、多分」
暗いぬるぬるした壁を目を細めて見回しながら、ロンが言った。
四人とも、目の前に続く闇をじっと見つめた。
「ルーモス 光よ!」
ハリーが杖に向かって呟くと、杖に灯りがともった。
「、君も頼むよ」
はハリーに軽く頷くと、ハリーと同じく杖に向かって呟き、灯りをともした。
「行こう」
ハリーは三人に声をかけ、歩き出した。
足音が、湿った床にピシャッピシャッと大きく響いた。
トンネルは真っ暗で、目と鼻の先しか見えない。
杖灯りで湿っぽい壁に映る四人の影が、おどろおどろしかった。
「みんな、いいかい」
そろそろと前進しながら、ハリーが低い声で言った。
「何かが動く気配を感じたら、すぐ目をつぶるんだ・・・・・」
しかし、トンネルは墓場のように静まり返っていた。
最初に耳慣れない音を聞いたのは、ロンが何かを踏んづけたバリンという大きな音で、それはネズミの頭蓋骨だった。
そのままハリーを先頭に歩いて行くと、行く手に大きなものが見えた。
「何かあるわ・・・・・」
はハリーの肩をギュッとつかんで、これ以上前に進まないようにした。
「もしかしたら眠っているのかもしれない」
ハリーがの手をヤンワリとどかし、ゆっくりと、その何かに近付いて行った。
杖灯りが照らし出したのは、巨大な蛇の抜け殻だった。
毒々しい鮮やかな緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。
脱皮した蛇はゆうに六メートルはあるに違いない。
「なんてこった」
ロンが力なく言った。
後ろの方で急に何かが動いた。
ギルデロイ・ロックハートが腰を抜かしていた。
「立て」
ロンがロックハートに杖を向け、きつい口調で言った。
ロックハートは立ち上がり――ロンにとびかかって床に殴り倒した。
ハリーもも急いで前に飛び出したが間に合わなかった。
ロックハートは肩で息をしながら立ち上がった。
ロンの杖を握り、輝くようなスマイルが戻っている。
「坊やたち、お遊びはこれでおしまいだ!私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たち三人はズタズタになった無惨な死骸を見て、哀れにも気が狂ったと言おう。あさ、記憶に別れを告げるがいい!」
ロックハートはスペロテープで張り付けたロンの杖を頭上にかざし、一言叫んだ。
「オブリビエイト、忘れよ!」
杖は小型爆弾なみに爆発した。
次の瞬間、はハリーに引っ張られながら蛇の抜け殻の奥に滑り込んだ。
トンネルの天井から、大きな固まりが、雷のような轟音をあげてバラバラと崩れ落ちてきたのだ。
落石が収まり、が恐る恐る自分のさっきまでいた場所を見ると、石の塊が固い壁のようにたち塞がっていた。
「ローン!」
ハリーがの隣で壁の向こうに向かって叫んだ。
「大丈夫か?ロン!」
「ここだよ!」
ロンの声は崩れ落ちた岩石の影からぼんやりと聞こえた。
「僕は大丈夫だ。でもこっちのバカはダメだ――杖で吹っ飛ばされた」
ドンと鈍い音に続いて「アイタッ!」と言う大きな声が聞こえた。
ロンがロックハートのむこう脛を蹴飛ばしたような音だった。
「さあ、どうする?」
ロンの声は必死だった。
「こっちからは行けないよ。何年もかかってしまう・・・・・」
は一瞬、この岩を砕こうとしたが、天井を見上げて、考え直した。
巨大な割れ目が出来ている。
もし、トンネル全体が崩れてしまったら、意味がない。
「ハリー、わたしたちだけでも、行きましょう」
は小声でハリーにそう言った。
すると、ハリーも同意見だったのか、頷いてロンに呼びかけた。
「そこで待ってて。ロックハートと一緒に待っていて。僕たちが先に進む。一時間たって戻らなかったら・・・・・」
もの言いたげな沈黙があった。
「ロン、だから、わたしたちが戻ってくる間に、この岩石をどうにかしてみて。ジニーを助けたって、これじゃあ、地上に戻れないわ」
はその沈黙を破って、言った。
「わかった。だから、あの――」
ロンは懸命に落ち着いた声を出そうとしているようだった。
「うん、またあとでね」
ハリーもどこか、声が震えているようだったが、顔には硬い決心の色がうかがえた。
落石発生!笑